FATな相棒

みなきや

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 ああ、まただ、と背筋が固まる。

 カチカチとスイッチを押しても、玄関は暗いままだった。
(ここの電球、今朝変えたばかりなのに…)
 開けっぱなしのドアから、マンションの廊下の薄暗い明かりが差し込む。荒れた室内は、奥に行けば行くほど闇が濃くなっているようだった。
 チリン。
 風もないのに、窓にかけた風鈴が鳴る。
 カラン、カランカラン。
 音を立てて玄関まで転がってきたのは、集めていたフィギュアの首のパーツだった。
 ジン、と頸が冷えて、右頬に鳥肌が立つ。
 ギッ、と体重をかけたドアノブが悲鳴を上げた。
 ヒッ、と引きつった息を吐きながら、ダンッとドアを閉めた。
 限界、だと思った。
 一息で廊下を駆けて階段を降りる。背後から闇が追いかけて来ている気配がして、一度も振り返ることは出来なかった。
 夜の住宅街を抜けて、大通りに出たところで明かりを見つける。
(助けて、助けて、助けて!)
 泣きながら、走って走って走って。
 ガラス戸を押し開けた途端、安堵と疲労で足が縺れる。え、と思ったところで、プツンと視界が暗転した。
 遠くで、ガシャンと音がした。



「タムちゃん、新作いい感じだよ~。オレ、チョー気に入った」
「そりゃよかった」
「オレね、もうワンサイズ下の丈伸ばしたやつ欲しいな~。タムちゃん頼むよ~」
「断る!」
「そこをなんとか!」
 夕飯時を過ぎて、人もまばらなファミリーレストラン『Eat me』で、ジョージは手を合わせて拝む。その向かいに座るタムちゃんは、鬱陶しげにそっぽを向いた。
「もうタムちゃんが作った服じゃないと、オレの踝と手首が冷えて冷えて可哀想なんだよ」
「知らねー!興味ねー!」
 オヨヨと泣き真似をするジョージを、タムちゃんは手元のパエリアを掻き込みながらあしらう。タムちゃんには、もう目の前の米しか見えていなかった。
 だが、ジョージも諦めの悪い男なのである。引き下がる気はさらさら無い。
「タムちゃんタムちゃん、頼むよ、お願い!オレ、ショップの店員として、自分の店の服を一番に着たいの!」
 そう言ってタダをこねるジョージは、顔が整っているだけの唯の迷惑な大人だった。あまりにしつこく騒いで粘るから、色々面倒になったタムちゃんはついに手を止めて怒鳴った。
「うるせーな!三日待ってろ!」
「やったー!タムちゃん、最高!流石はオレの相棒!」
 粘り勝ちしたジョージは、タムちゃんに抱き着こうとして見事に躱された。タムちゃんは見た目に依らず俊敏なのだ。
「お待たせ致しました。キャベツとベーコンのペペロンチーノとメガカスタードプリン、こちら烏龍茶になります」
 そこに店員がやって来て、料理をテーブルに並べた。テーブルいっぱいにカロリーが乗る。
「キタキタキタキタ!」
「タムちゃん、本当に体型維持に余念がないよね」
 これから摂取するカロリーに目を輝かせるタムちゃんを尻目に、ジョージは烏龍茶を一口啜った。
 タムちゃんは自身の体型を誇りに思っている。彼女曰く、生きること、食べることに全力で向き合うことで作り上げられた体型らしい。
 最早、アスリートのようなストイックさでカロリーを摂取するタムちゃんを、ジョージは烏龍茶片手に観戦した。
 ジョージは肉、魚、油の摂取を進んではしない。彼は豆、野菜、米で生きている。それは彼が菜食主義だからではなく、自身のベストな体型を維持する為である。
 そんな真逆な二人は、夜な夜なこのファミリーレストランで打ち合わせをしていた。内容のだいたいが、二人でやっている服屋『FAT』の新作についてである。
 話がひと段落すると、毎度毎度タムちゃんのカロリー摂取を観戦して、何故かジョージが胃もたれして帰っていく。
 今日もそんな流れになるのだろうとジョージがグラスに口を付けたところで、来客を知らせるベルが鳴った。
 酷く草臥れた女だった。あんまり見窄らしくて、ジョージは何とは無しにそれを目で追った。
 縺れた足でヨタヨタしたかと思えば、彼女はビタンと勢いよく倒れた。テーブルが揺れて、料理はメチャクチャになる。ジョージが咄嗟に烏龍茶を避難させた向かい側で、タムちゃんが崩れたプリンを全身に浴びた。
 彼女はよりによって、タムちゃんとジョージのテーブルの上に倒れ込んだのだ。
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