死ねない少女は異世界を彷徨う

べちてん

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第2章

第25話

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 7の鐘とは、1日に鳴る最後の鐘であり、時間にすると夕方の6時だ。
 先ほど買った腕時計を見ると、今の時刻は5時を指している。食事まで1時間の猶予があることだし、先にお風呂に入ることにする。

 この宿に着いている大浴場は男女で場所が分かれていて、露天風呂等はない。すべて室内のお風呂だ。
 話を聞くと、大浴場が点いていると言うことが理由でいつも混んでいるらしい。
 今日も残っていた部屋にギリギリ私が滑り込んだ形になっていて、非常に混雑している。
 だが、続けて聞けば、皆お風呂はご飯を食べた後に入ると言うことで、ご飯前のこの時間は比較的すいているらしいのだ。

 居ないと信じたいが、のぞきを防止するために男女のお風呂は厨房を隔てているらしい。窓も一切なし。
 まあ、悪意を持ったものが入ろうとすれば警報が鳴るように魔道具が設置されているようなのでよっぽど大丈夫だとか。
 安心して入れる。



 のれんをくぐり、扉を開けて脱衣所に入ると、そこはどことなく日本を思い出すような作りになっていた。
 既に部屋で部屋着に着替えていたため、脱ぐのには時間が掛からない。
 着ていた服をパッと脱ぎ、受付で借りたフェイスタオルを1枚もって浴室へと向かう。
 重めの扉を開けた先には石で出来たお風呂があり、向かって右側には洗い場もしっかりと備え付けられている。
 浴槽はものすごい広いとはいえないが、結構な広さで、10人くらいは余裕では入れるだろうと言った感じだ。
 受付で言っていただけはあり、私含めて3人ほどの少ない人数。久しぶりのお風呂、のびのびと入ろうではないか。





 牛乳が欲しい!
 とにかく出たときにそう思った。

 お風呂は非常に心地よかった。肩につくかつかないかといったあたりで切りそろえていた髪のおかげで、髪を洗うのに時間は取らないかと思っていたが、浄化魔法を掛けていたとはいえ結構汚れていて、なかなか泡が立たないわけだ。
 まあこの世界の石鹸の質が悪いというのもあるだろうが、なんやかんやで髪の毛を洗うのに時間が掛かった。
 まあそれはいいのだ。私は髪の毛を洗うのが結構好きだ。
 フェイスタオルで泡立てた体用の石鹸でしっかりと体を洗っていざ入浴。
 水温は少し熱めに感じたが、疲れた体に熱めのお湯。やはり最高だ。
 人が少なくて足も伸ばせた。
 ちょろちょろと聞こえる水の音は、浴室の中で反響し、耳に届く。
 それがさらに癒やしを加速させる。
 腕から肩に掛けて沿うように水をすくい上げる。お湯から少し出ていた肩に掛かるお湯。
 ゆっくりと目を閉じればそこには天国が広がっているわけだ。
 窓がないため暗い。明かりはわずかな魔石の光のみ。それがまたいい。良い感じに眠気を誘う。
 大量の水による適度な圧迫感と、浮遊感。
 素晴らしかった。

 汗をかいた体にグビッと牛乳を流し込みたかったが、残念ながらなかったために水で代用した。
 だが気持ちいいことには変わりない。



 魔法を使って髪の毛を乾かし、自室のベッドにダイブする。
 体がふわっと沈むほど柔らかいわけではない。
 だが、ほどよい堅さのベッドは私の体を全体で受け止めてくれる。

 寝れる! 確信した。

 だがここで寝てはいけない。
 机に置いておいた腕時計で時間を確認すると、ちょうど6時になろうかと言った頃だった。
 まだ私の至福の時は終わらない。

 温かいご飯が待っているのだ。
 思わず私も舞ってしまいそうになる。



 突然だが、みんなは私のように旅をし、食事は少しあぶった干し肉を食べる。
 そんな生活に多少の憧れを抱いているだろうか?
 もし抱いているのであれば、今すぐそんな理想を放り投げるべきだと思う。
 確かに旅は楽しい。……でも食事を干し肉にするのは止めろ。
 硬いのよ。まずいのよ。マジでダメだから。生臭い。
 まあ、前世の地球で丁寧に作られた干し肉なら良いのかもしれない。別に地球で冒険をして、そこで干し肉を食べるなら良いんじゃないかな。
 でも異世界に来て干し肉で冒険しようとは思わない方が良い。

 ……干し肉以外ないって?
 それは残念だ。干し肉で旅をしなさい。

 まあそんな感じで冒険用の食事は不味いのだ。
 私はこの夕食を何よりも楽しみにしていた。
 楽しみすぎてお昼は抜いた。





「うおーーーッ!」

 食堂に行ってびっくり。案内された席の上には既に食事が用意されていた。

「お、お客様!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。気にしないでください……」

 思わず涙が出てしまう。
 焼きたてのパン。熱々のステーキに新鮮なサラダ。
 湯気の立っているスープ。眼福過ぎる。

 ああ、もう私ここに住もうかな。



 パンをいただく。
 パンは触るとまだ熱くて、その熱いパンをアチアチしながら裂くと、ほんのりと湯気が上がる。
 それをゆっくり口に入れると、豊かな小麦粉の香りと味が駆け巡る。
 もちもち。もちもちなんだよ。この食感は冒険中には味わえない。
 それに甘い。本当に甘い。
 偉大だよパンを作った人は。

 次はこの分厚いステーキをいただく。
 ナイフを入れてびっくり。もう柔らかいわけ。
 スって入っていく。このお肉は歯でグギギッってやらなくてもかみ切れる。
 口に入れた瞬間肉汁がじゅわわっと広がる。
 味付けは多分塩だけだと思う。しかしその少量の塩がさらにお肉本来の味を引き立たせている。
 
 ああ、おいしい。

 次に手をつけるのはスープ。
 見た感じそこまでこって作られているわけではなさそうだ。
 野菜を入れ、軽く味を調えたスープ。
 でもどうしてこんなにおいしそうに見えるのだろう。
 スプーンで掬って飲んでみる。
 おいしい。
 味が濃いわけではない。しかしそれのおかげで具材である野菜から出るうまみをダイレクトに感じられる。
 肉で感じた多少の重みを、薄味のスープが洗い流してくれる。

 最後はサラダをいただく。

 ……なんだこの物足りなさは。
 おいしくないわけではない。野菜がシャキシャキで、掛かった塩によってその甘みが引き立たされている。
 でもなんか違う。

――この瞬間、私は理解してしまった。
 世の異世界転生者がマヨネーズで無双する理由を――

 これはマヨネーズが必要だ。
 しかし私はマヨネーズを開発して無双するようなテンプレ展開を行うつもりはない。
 他の異世界転生者にそれは任せよう。

 しかしサラダ自体がおいしくないわけではない。
 シャキッとした食感は他のどの品にもない訳で、それがすばらしいのだ。





「おいしかった……」

 かつてこれほど味わって食事をしたことがあっただろうか。
 この前王宮で食べただろって?
 ……高い食事が必ずしもおいしいとは限らないのさ。
 特に王宮なんかは必ず毒味が入るわけで、その間にせっかくの温かかった食事が冷めてしまう。
 謎の盛り付けがなされたものがチマチマっと小分けに出される。
 正直最悪だった。



 まだ寝るには早い時間だ。
 ただもう寝てしまうことにした。
 明日6時に朝食で、8時に馬車が出る。
 絶対に遅れられない。
 ただ、そんなことを考えていなくても、この布団に包まれていれば自然とまぶたが落ちてくるわけだ……。
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