死ねない少女は異世界を彷徨う

べちてん

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第2章

第31話

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Side:マイヤ

 私の父は、私が生まれた当時のセレニア王国の第一王子、現在のセレニア王国国王です。
 そして、私の母はセレニア王国の奴隷でした。
 奴隷の母と、王子の父の間に生まれた存在。それが私です。

 奴隷ながらも、父からの寵愛を受けていた母は、王宮内で下っ端として働いていました。
 私もその母の仕事を見様見真似で行うようになり、なんとか衣食住は保証される。そんな生活を続けていました。
 父は女癖が悪いことで有名で、取っ替え引っ替えいろいろなところから好みの女性を連れてきては、好き放題やっていたらしいです。
 そんな父のお父さん。私の叔父に当たる人物が死にました。
 当時のセレニア王国には3人の王子が居て、その王子の中で王位継承権の争いが行われました。
 生前前国王は跡継ぎの指名を行わなかったのです。
 父は女癖が悪いことを側近以外にバレないようにしていて、派閥争いになった今、私たちの存在が周りにバレると国王になれない可能性がありました。
 私たちは、邪魔な存在になったのです。

 これが今から6年前。
 私が10歳になった頃の話です。

 下っ端としての働きも出来なくなり、王城内の地下で隔離されるように隠れて過ごしていた私たちの元に、父からの呼び出しがありました。
 その呼び出しに応じて向かった先には、父は居ません。
 なんなら向かう前から居ないことは分かっていました。

 私たちが呼び出されたのは、王宮の地下にある広い部屋。
 通称、処刑室と呼ばれるところです。
 私と私の母の存在が邪魔になった父は、私たちを殺すことにしたのです。
 第一王子派の騎士団長が、両手を拘束されて椅子にくくりつけられる私たちの元へやってきました。
 明かりの代わりのわずかな魔石の光に照らされて見えたのは、右手に握られていた剣でした。

「かわいそうな奴らだ」

 私の担当は騎士団の訓練場付近の掃除で、よく騎士団長とは話していました。
 騎士団長は誰にでも気さくに話しかける優しい人で、私の辛い日々の心の支えでもありました。
 そんな騎士団長は、コツコツと足音を立てながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのです。
 そして、私の目の前で母を殺しました。
 飛んだ首が地面を転がり、先ほどまであった生命の灯火が目の前で消えたのです。

 その光景を見たとき、私の中で何かが変わったのです。
 今を凌げばきっと良いことがある。周りからそう言われて、自分でもそれを信じて生きてきた。
 その結果がこれ。あれだけ優しいと思っていた騎士団長。母を殺すときの口元はわずかに笑っていた。
 今までのすべての記憶が一気にフラッシュバックしてくる感覚。これほどまでに思考が加速する感覚を抱いたことはありませんでした。

 そして、体内で何かがビリッとするのを感じました。
 そのビリッとした何かに操られるように、私はそっと目を閉じました。



 気がついたとき、私は騎士団長とその部屋にいた人物を全員殺して、一人処刑室に立っていました。
 あとから分かったことですが、このときビリッとしたものは魔力で、この瞬間に魔法が覚醒したのです。
 私は魔力がほとんどなく、魔法は使えないはずでした。
 何が起きたのか。それが分からない。
 ただ、今この状況が大変であることは分かりました。
 この国最強と名高い騎士団長を殺してしまった。バレるのは時間の問題。
 きっと騎士団長が戻ってこないことを怪しみ、第一王子派の誰かがこの部屋の様子を見に来るはずです。
 私は返り血を浴びて体に張り付く服を気にせず、ひたすらに走りました。
 走って、走って、走って、血反吐を吐きながらもひたすらに走り、転んでもすぐに立ち上がり、王都の人混みの間を縫うように走りました。
 そして、なんとか王都外の森に駆け込んだのです。



 それから私は、森で暮らしながら盗賊まがいのことをしてお金を稼いでいました。
 私の心にあるのは、復讐の念のみ。
 母を苦しめたあの男を。私を苦しめたこの国を。私は世界地図から消さなければならない。
 場所を変え、盗みを働く。
 そうして1年の時が流れました。

 その1年の間に、私は復讐の方法を考えたのです。
 これには罪のない赤の他人を巻き込むことになる。ただ、そんなものは私の心に灯る、年々強くなっていく復讐の念を前にしては些細な問題でした。
 この国と国境を接するフェネリディア帝国。その国を乗っ取り、セレニア王国に攻め込む。
 その計画を実行するためには、とにかくたくさんの魔力を入れられる魔石が必要でした。
 その魔石に魔物化の魔方陣を組み込み、皇帝を魔物化する。
 この地域で水資源の豊かなベルティナ周辺地から水を奪い取り、その水を魔力に変換してフェネリディア帝国の兵を全員魔物化する。
 セレニア王国がフェネリディア帝国に強く出られないというのは、元々王宮にいた私は知っています。
 常にへりくだり、敵対しないような関係を築いていた。
 これは新たな国王になった父も同じような政策を推し進めるだろう。そう確信していました。

 ただ、その魔方陣が組み込める魔石を買うには、今のままでは何十年も掛かってしまう。
 だから私は盗賊まがいの活動を止め、町で自分の身を売ってお金を稼ぐことにしました。
 バレれば犯罪で捕まってしまう。だからできるだけバレないように裏の裏で秘密裏に身売りをし、行為を重ねました。
 心のどこかにバレてもまたあのときのように殺せば良い。そういう思いがあったのかもしれません。
 はじめは確かに嫌でした。徐々に壊されていく私の体、むしばまれていく精神。

 だが、私はだんだんとこう思ってきていたのです。
 私の今の不幸は、すべてあの男が悪い。私を産んだあの父が。母を殺すよう仕向けた父がすべて悪い。
 そう自身の行為のすべてを父のせいにし、ひたすら無心で体を売り、空いた時間にはまた盗みを働く。
 それでも体を売るのは辛かった。気持ちが悪かった。
 何度吐いたことか。客から首を絞められることがあった。痛く、激しく苦しめられることもあった。
 そんな客は通常ではあり得ない年齢との行為で、何をしても拒まない、拒めない私を好き勝手犯す優越感で心を満たせたのだろう。皆羽振りが良かったのです。
 おかげで目標額には思っていたよりも全然早く届きました。
 自身の体を売り始めてから2年でした。
 併せて3年間で稼いだ犯罪で真っ黒に染め上げられて大金をはたき、私は必要な条件に合う魔石を闇市で購入しました。
 これでようやくセレニア王国を滅ぼせる。
 この苦しみから解放される。
 その喜びに鳥肌が止まりませんでした。



 それから私はベルティナの町に移り住み、ひたすらに魔方陣をかきました。
 ベルティナの町の住民には催眠の魔法を掛け、昔から私がここの住民であった。そう錯覚させました。
 親の居ない私をかわいそうに思い、皆恵んでくれる。私がこの町をぐちゃぐちゃに破壊しようとしていることを。自らが住んでいる国を崩壊させようとしていることを知らずに。
 図書館から盗んだ魔法に関する本。破れてぐしゃぐしゃになるまで読み尽くし、たった3ヶ月で魔道具が完成しました。
 そしてそれを匿名でフェネリディア帝国へと送りつけました。





 あれから3年が経ち、少し前の話です。
 そろそろ帝国中の騎士を魔人に出来ただろう。そう思った私は帝国へと向かうことにしたのです。
 ですが、3年間かけ続けた催眠の魔法の効果は私の力では消せないほどに人々の心を蝕んでいました。
 ベルティナの町に住む人々は私をこの町からだそうとしない。
 それほどまでにかわいがってくれた。

 そこに現れたのが黒いギルドカードを持った少女でした。
 どうやらその少女は帝国へ一緒に向かってくれるらしい。見た目は全然強く見えない。
 この町を抜けられればなんでもいい。黒いギルドカードを見せた彼女は、住民たちを納得させ、私を町の外へと出してくれました。
 帝都に着く前に殺す。そう思っていたのに、彼女はあまりにも強すぎる。
 私では勝てない。もうどうしようもない。

 そう思ったときに、突如今まで私がしてきた犯罪の数々を思い出しました。

 私はどうしてここにいるのか。
 皆に甘え、自身の罪を正当化した。
 そんな自分が、途端に許せなくなったのです。
 セレニア王国を壊して何になる。私は私がされたように、他人にとっての近しい人を目の前で殺すことになる。
 これでは父と同じだ。
 そう思った私は魔道具の効果を解除しようとしました。ただ、膨大にため込まれた魔力がそれを拒む。
 いつしか私は世界を壊してしまうような、そんな事態を招いてしまっていたのです。
 いずれその魔力は帝国を超え、セレニア王国を越え、世界中に広がってしまうかもしれない。
 そう思ったとき、私は呼吸が出来ないほどの罪悪感で埋め尽くされました。

 私に残されたたった1つの僅かな望みは、目の前に居るイワミギンと名乗る不思議な少女のみ。   
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