死ねない少女は異世界を彷徨う

べちてん

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第2章

第39話

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「あーあ、ブレスレット壊れちゃったよ……」

 手を頭の後ろで組ませ、未だ混乱収まらぬ帝都を外へと歩いて行く。
 空一面に広がっていた分厚い雲から雨が降り注ぎ、辺りの騒音と下駄の音をかき消していく。
 この雨が落ち着けば、また以前のように水のない枯れた土地へとなっていくだろう。ただそれが本当の姿で、今までの豊かさは他所から水を奪っていただけ。
 その奪われていた元の町には水が戻り、しばらく経てば豊かな緑が芽生え始めるだろう。

 すべて元に戻るだけ。

 そう言えたら楽だったかもしれない。
 これら一連の事件によって失われた命は戻ってこない。
 私は天使でもないが悪魔でもない。だから、“仕方がない”の一言で片付けるようなことはしない。
 魔法は得意だ。しかし、一度死んでしまった人を生き返らせることは出来ない。
 確かにその体に新たな命を宿すことは出来るだろう。けれどそれは生き返ったというのだろうか。

 その体を使って新たな命を作っただけ。
 脳が破壊されていなければ記憶はある。魔法による蘇生が成功したとき、死ぬ前の記憶を保持したまま日常生活に戻ることは可能だ。
 ただ、体内の魂は違う。
 空気中を彷徨っていた魂がその死んだ体に入るだけ。
 大抵は大丈夫だろうが、もしその魂の中に強い念がこもったものがあったとすれば、前世の記憶も共に引き継いだものが生まれるかもしれない。
 つまりは、異世界転生が可能というわけだ。

 まあ、異世界転生云々は一度忘れて、一度死んだものが生き返ったとき、魂が変わっているのならそれは生き返ったとは言わないと思う。
 体の移植に成功しただけ。
 本人も、周りの人も皆騙されてしまう。中身の本質的な部分が変化しているとはしらず、偽りの日常に戻っていく。
 騙されているということに気づくことはない。
 それが一番辛いと私は思うのだ。

 だから蘇生はしない。
 死体の山、泣きわめく人々から背を向けて、ひたすら遠くへと歩いて行くわけだ。



「この魔石はどうしたものかなぁ」

 謁見の間から去るとき、床に落ちていた魔石を拾い上げた。
 私の力により無理矢理高濃度に圧縮された魔石は、深い赤色をしている。
 ただ、魔石は加工を施さないと魔力の吸収はしないし、何か魔法が発動するわけでもないのだ。
 ちなみに私は魔石をいじることは出来ない。魔石は牢屋にいた200年間の間はほとんど見ることすらなかったのだから。
 見ることすらなかったものを上手く扱えるわけはない。

 ただ、私の隣にいる者はどうだろう。
 実は、先ほどから壊れたブレスレットと拾い上げた魔石を両手に持ちながら、大きな声で意味ありげに言葉を発しているのだ。
 ……私は面倒くさい女だろうか?

「あの、その魔石をブレスレットに埋め込みましょうか?」
「いいの!? ありがとう!!」
「え? あ、はい。私で良ければ……」

 この言葉を待っていた。

 マイヤは他所の水を魔力に変換して、遠くはなれた地にある魔石に入るようにするという、超絶技巧な匠の技を成し遂げた女だ。
 きっと魔力を蓄える加工くらいはちょちょいのちょいだと思う。

「まあ、ひとまずはこの町から離れよう。……正直私はあまりここに長居したくない」

 マイヤは俯き、無言で後に付いてきた。





 門には誰も立っていなかった。
 ただそこには死体になった騎士が横たわっていただけ。
 その横を通り抜け、ぬれた砂の広がる砂漠を突き進んでいく。
 雨の範囲はそこまで広くない。1時間も歩けばさらさらな砂の広がる灼熱の砂漠へと入るだろう。
 ひとまずはそこを目指して歩く。



 曇天を抜けた先に広がる空は皮肉なほどに快晴で、地上に届いた光は地面の砂に反射してまぶしく私たちを照りつける。
 雨によってぬれた服はいつの間にか乾き、ひたすらにベルティナの町へ向けてただっ広い殺風景な砂の世界を歩いて行く。
 なんとなく歩きたい気分で、空を飛んでサッと帰るような気にはならなかった。

 私はベルティナへと戻る必要はない。今戻ったところですぐに美しい景観が復活するわけではないし、何かベルティナに用事があるわけでもない。
 ここからまた別の町へと行く。そっちの方が効率的だ。

「ひとまずここら辺で今日は休憩しよっか」

 太陽はまだ沈んではいない。歩こうと思えば歩けるが、空がオレンジ色になってきたかという時間帯だ。
 今日はいろいろあった。肉体的にも、精神的にも疲労が溜まっているのを感じる。



 カチッ、カチッとブレスレットを直す音が聞こえる。
 あの後、ブレスレットに収まる程度に削った魔石に、マイヤは30分ほど掛けて付与を施した。魔力の流れを見ていたが、おそらく魔力をためる以外にも何か効果をつけてくれているらしかった。
 ただ、私はそこら辺の知識がほとんどないため、どんな効果が付いているかは分からない。

 そんな作業を横目で見ながら、私も私の作業を行う。
 マイヤは随分と集中しているみたいで、私が作業をしていることには気がついていないらしい。
 まあ、これはサプライズというのも少し含まれているので、バレないならバレないでかまわないわけだ。



 それからしばらく経って、静かな部屋の中をまだ幼さの残る美しい声が鳴り響いた。

「ふぅ、出来ました」

 作業をするマイヤを眺めながらうとうととしていた私は、勢いよく顔を上げてなんとか「ほんと?」と返す。
 変な体勢でうとうととしていたからか、腰が多少痛むがなんとか体を椅子から起こし、マイヤの方へと歩いて行く。

 そこにあったのは、壊れる前と同じ、いやそれ以上に高級感の増した、金と赤の色合いが美しいブレスレットだった。
 初めはなかった装飾品も新たに追加されていて、少し魔力を込めてじっくりと魔石部を見てみると、細かく魔方陣が刻まれている。

「おお、いいね」
「ありがとうございます。勝手ながら魔力を蓄える以外にも付与をしたので、少し説明しますね」
「よろしく」

 マイヤが軽く魔力を通してみたところ、大体皇帝が最後に放った魔法10回分以上の魔力を蓄えられるそうだ。
 つまりほぼ無限大ということ。
 加えて、どうやら魔石経由で魔法を使えるらしい。
 攻撃出来るほどの威力となると、相当細かく魔方陣をかかないといけなくて大変だったということで、攻撃に利用できるものは1つしかないらしい。
 ただ、水が出せたり、たいまつの代わりとして明かりを灯せたり、火を出せたりと、様々な機能が盛りだくさんだとか。

「そして、魔力砲を使えるようにしました。これが唯一の攻撃に利用できる魔法ですね」
「魔力砲!」
「大体、魔石に含まれている魔力の10分の1を消費するという形になります。細かい魔力の調節は魔方陣をかこうとすると1週間は掛かってしまいそうだったので、簡易的なものになります。
 なので、緊急事態の時以外は使わないようにして欲しいです」
「分かった。本当にありがとうね」

 うれしそうに口角を上げるマイヤから差し出されたブレスレットを受け取り、右手にはめる。

 そして1つ驚いた。

「サイズがぴったりじゃん」
「はい。見ていて少し大きそうに見えたので、調節しました」
「まじか……、本当にありがとう」

 思ってもみなかった。本当にうれしい。
 確かに私には少し大きかったのだ。どこかでサイズを調節しないとと思っていたのだけれど、まさかマイヤはこんなことまでできるとは……。
 思っていたより遙かにマイヤは才能のある人材かもしれない。   
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