英雄翁の詩

ジージ

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遠く、受け継がれし伝説

昨日に明日を 生きる理由を

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 静寂が支配する村に、焦げた木材と血の匂いが重く立ち込めていた。数軒の家屋は無残に崩れ落ち、壁の穴から冷たい風が吹き込む。人々は疲弊した顔でうつむき、その目に宿る深い悲しみは、盗賊と魔物の襲撃の爪痕を色濃く物語っていた。

 死亡者───3名
 行方不明者─5名
 重傷者───4名 
 軽傷者───23名 ※治癒済
 家屋全壊──2件
 家屋半壊──4件
 家畜被害──10頭

「……全てを救う事などできないと理解していても、やはり堪えるな」

 村の被害状況を村長から聞かされる。重傷者は腕や脚を魔物に喰い千切られて『治癒』では回復できなかった者だ。『創造』等で四肢自体を再生し接合すれば救えるが医療知識等を要するため術者は滅多にいない。

「たったこれだけの被害で済んだのです、もしあなた様がいらっしゃらなければこの10倍……全滅もあり得たでしょう」
 
 村長は呟くと、麻袋を取り出して英雄翁に差し出す。

「今回の件での謝礼です、どうか受け取ってください」

 村長の声には、深い感謝の気持ちが滲んでいる。しかし、英雄翁はゆっくりと首を横に振った。

「いや、気持ちだけ受け取っておく。わしは魔王の討伐で得た報酬で金だけはある、むしろ村の復興のためにこちらから援助しよう」

「そんな……英雄翁、そこまでしていただかなくても……!」

 村長の驚きと戸惑いの声に、英雄翁は静かに答えた。

「わし自身こうでもせんと気が済まんのだ、だからどうか、受け取って欲しい」

 村長はその言葉に、しばらく沈黙していた。
 そして、やがてぽつりと呟いた。

「……はい、わかりました。本当になんとお礼を申し上げてよいのやら」

 村長の声が震えたその瞬間、女性の叫びが村中の空気を張り裂くように響いた。
 何事かと駆け出し声のもとに駆けつけると女性があの少年の亡骸を前に膝から崩れ落ちていた。

「いやよ……いやよ……! 目を、あけてよ……!」

 どうやら少年の母親のようだ、そしてそれは投擲で救ったあの女性であった。

「他の子は無事なのに……どうして、私の子供だけ……!」

 涙で濡れた声が重たく響いていた。そしてその瞳が英雄翁を見つけたとき怒りに震える。

「どうして私の子供を助けてくれなかったのよ……! 英雄なんでしょ……盗賊くらい簡単に倒しなさいよ!!」

 英雄翁はその場に立ち尽くし、女性の嗚咽と叫びをただ静かに受け止めていた。そんな中、語り手の男が声をあげた。

「いくらなんでも失礼ですし、勝手すぎますよ! 彼とあなたの息子も居なければもっと大勢の人が死んでいました。彼らはまぎれもなく英雄です!」

 語り手の男の声が、怒りと悲しみの入り混じった響きで場を包んだ。身を震わせていた母親が首を勢いよくひねり、涙で濡れた瞳で男を怒りで見つめる。

「英雄……? そんなものに何の意味があるのよ! 死んだら何の意味もないじゃない!!」

 母親の激しい剣幕に語り部の男は狼狽し、言葉を失った。

「あんたが変わりに死ねばよかったのよ……! 老い先短い身なんだから!!」

 狂乱した母親の言葉が語り手の男を追い詰める。
 その時、英雄翁はゆっくりとその母親へと一歩進み出た。身を屈め、膝をついて、涙で濡れたその顔と同じ高さへ、静かに目を合わせる。

「すまなかった、全てはわしの力不足にある。許して欲しいとは言わない。好きなだけ罵ってくれ」

 英雄翁は言葉と共に地面に頭を下げる。だが、それでも母親の怒りを鎮めることも悲しみを癒すこともできはしなかった。

「そんなことをしても、うちの子は帰って来ないのよ!!」

罵声と哭声が混じり、やがて意味を成さない呟きとなる。
英雄翁はゆっくりと立ち上がり、語り手の男の肩へ手を添えた。

「盗賊の残りを倒しにいくぞ、着いてきてくれ」

 突然の誘いに驚く語り手の男。英雄翁は顔を近づけて小声で語り掛ける。

「……彼女に今必要なのは時間だ、わしらが近くにいては余計に苦しませるだけだ」

「……! 分かりました、お供します」

 低い声でそう呟き、英雄翁は踵を返した。語り手の男も、後を追う。

「え、英雄翁!! せめて今夜は休まれては……!」

 村長が心配そうに声をかけてくる。だが、英雄翁は首を横に振る。

「だめだ、拐われた者がいるだろう。早急に助けないと手遅れになりかねん」

 少し時間がたったとはいえ、失った体力はそこまで回復していない。しかし、最善を尽くすならこのタイミングでなければならないのだ。

「……どうか、御武運を」

 無事を祈る村長を後に二人は村の外に出る。

「場所は分かるのですか?」

「あれだけの魔物の群れだ、行軍の痕跡を辿れば見つかるだろう」

 事実、踏みにじられた草木や無数の足跡が、森の奥へと続いていた。
 二人はそれを頼りに森へと進み、やがて一つの洞窟の入り口へとたどり着く。
 暗がりの中、見張りの男が二人、退屈そうにあくびをしている姿があった。

「ここか、突入前にお前の使える魔法を教えてくれ。作戦を立てる」

「分かりました」

 見つからないように少し離れ、腰を落ち着ける。語り手の男が杖を振って詠唱を始める。

「言の葉よ、印となりて、万巻の知を紡げ──『書記』」

 詠唱が終わると空中に踊るように文字が現れ魔法の名前を刻んでいく。


・初級
『加熱』『冷涼』『保温』『着火』『脱水』『加湿』『送風』『照明』『念動』『精力』『鎮痛』『時計』『書記』『芳香』

・中級
『治癒』『防壁』『拘束』『回避』『解毒』

・上級
『時間蝕』『時獄門』


「……案外、戦闘用の魔法が無いな」

 英雄翁が少し頭を抱える、それもそのはず記載された魔法のうち大多数は生活用の魔法なのだ。

「しかし、上級のはわしも知らんな。どんな魔法だ?」

 知らない魔法を前にして期待の入り交じる目で見つめる英雄翁。上級魔法は使える者も少なくその効果も独特なものが多い。

「はい、『時間蝕』は対象の未来に訪れる時間を喰らってその行程を無くします」

「……相変わらず、魔法の理屈はよくわからんな。すまん、簡単にどんなことが起きるのか教えてくれ」

 英雄翁は眉をひそめ、首をわずかに傾けながら唸った。

「あっ、すみません……簡単に言うと対象の次の行動を一秒間なかったことにできます」

「っ! 魔王が使ってきたあれか! 攻撃も詠唱も、何度潰されて苦しめられたことか……」

 英雄翁は、遠い過去の一幕を思い出したように呟き、満足げな笑みを浮かべた。
 だがその横で、語り手の男が申し訳なさそうに肩をすぼめる。

「あの……これ、私だと詠唱から発動までに10分はかかります……」

 喜んでいた英雄翁であったが、その発言に肩を落とす。

「あぁ……魔王が無詠唱で使えたのは、やはり規格外だったということか。効果そのものは強力だが、詠唱時間を考えれば……どうしても割に合わんな」

 唸りつつ、もうひとつの魔法の説明を英雄翁は求めた。

「『時獄門』ですね、これは対象を50年未来に消し飛ばします」

「効果だけはこれも強力だな、効けば魔王すら倒せそうだが……」

 そう言いつつ、ちらりと見やると語り手の男は残念そうに語り出した。

「……はい、お察しの通りこの魔法は発動に一時間の儀式が必要ですし、実力差があって魔法耐性を抜けなければ全く効果が出ません」

 予想通りと言った表情で英雄翁が問いかける。

「やはりか、しかし……これは何のために覚えたんだ」

「粗大ゴミの処理に便利なんですよ」

 妙に得意気な語り手の男に英雄翁は頭を抱えた。

「大魔法をそんなことのために使うな……というかそれ後の事考えてないだろう」

 50年後に突如現れる粗大ゴミを想像すると頭が痛くなってくる。

「まあ……その頃、私はもう生きていないでしょうから」

 一転、語り手の男の表情が曇り、声が震えた。

「……お前さっきの女の言葉、結構刺さってるだろう」

 語り手の男は沈黙する。その様子を受け止め、英雄翁は穏やかなまなざしで続けた。

「命の価値は時間じゃない、どれだけ輝くかだ。胸を張れ、生きろ。それがあの子の為にもなる」

 英雄翁の言葉が語り手の男の胸を打つ、しばらくの沈黙の後、語り手の男はゆっくりと口を開いた。

「……一つ、聞いて良いですか?」

「なんだ?」

「……どうしたら、笑って死ねますか? もし代わりに死んでたら私はあんな風にはなれなかった。私は、死ぬのが怖い──!」

 語り手の男の振り絞るような声に英雄翁は数巡考え、そして答えを出す。

「『生きたい』と願ううちは、死ぬな。そして、『死にたい』と思った時にも死ぬな」

「それは、どうしてでしょうか……?」

 英雄翁は穏やかな笑みをたたえ、語り始める。

「『死にたい』と思うのは『こう生きたくなかった』と言うことだ。そんな時に死んでも笑えはせん。根底にあるのは『生きたい』という願いだ」

 低い、落ち着きのある声が、静寂の森へとゆっくり滲み渡る。語り手の男は唇を震わせながら英雄翁の言葉に聞き入る。

「そして、『生きたい』と願う間はまだ何かしたいことがあるはずだ。どんな老いぼれだろうがそれは変わらん」

 語り手の男は拳を握りしめた。英雄翁の言葉が、胸の奥の怯えや弱さを静かに溶かしていくのを感じた。月光が木々の合間から漏れ、二人の影を長く地に映し出していた。

「成し遂げたこと、愛したもの、そして自分自身に対する誇りがお前の胸に満ちていけば、いつか『死んでもいい』と感じる時が来る。その時こそ笑顔が最後のものとなる」

 英雄翁の声は確かに語り手の男の胸奥に響いた。夜の闇が森を包み、冷たい風が二人の髭をかすかに揺らす。

「誰かのために生きてみるといい、きっとお前の心を埋めてくれるはずだ」

 英雄翁は遠い夜空を見上げ、かすかに目を細めた。その瞳に浮かぶのは、かつて共に戦った仲間たちの姿か、あるいは失った誰かの面影か。ほんの刹那、沈黙が訪れ、森のざわめきだけが彼らの間に流れた。

「……いかんな、つい話し過ぎたようだ」

「わわっ、すみません私なんかのために」

 申し訳なさそうにする語り手の男に英雄翁は笑い掛ける。

「構わん、仲間が心残りを抱えたまま逝くのは避けたい」

 そこで英雄翁がふと思い出したように呟く。

「シグルドだ」

「えっ」

「わしの名前だ、お前の名を教えてくれ」

 そういって手を差し出し握手を求める。

「あっ……ええと、私はガンバ……です、よろしくお願いいたします」

 二人の間に固い握手が交わされ、森の静寂の中で、確かな絆が芽生えた。

「さて、この戦力でどう攻めるか……恐らく拐われた人間は人質されるだろうな」

「そうですね……英雄翁は何か魔法とかは使えるんですか?」

 シグルドは顎に手を当て、わずかに視線をその手へと向けた。

「いや、わしにできるのは聖剣やらを作ることぐらいだ。あと仲間なんだ、わしの事は名前で呼んでくれ」

 ガンバは一瞬だけ呆気に取られた表情をした後、ゆっくりと頷いた。

「分かりました……シグルド」

「あとガンバ、お前の魔法技術についても聞いておきたい。略式詠唱は見せて貰ったが他には何がある?」

 ガンバは一瞬だけ身を固めた後、ゆっくりと説明を始めた。

「ええと、中級までの略式詠唱の他は二重詠唱と発動待機、あとは残響魔法に追加詠唱ですね」

「……驚いたな、魔法技術の方は一流と言って良いじゃないか」

 思わず感嘆の声が漏れる、それもそのはず普通の魔法使いは一つ二つ身に付けてればいい程度の物なのだ。

「よし、それなら作戦はこうだ──」

「──いいんですか? それではシグルドに大きな負担がかかりますが」

 心配そうに見つめるガンバにシグルドは力強く答える。

「大丈夫だ、問題ない。後は『精力』で回復してくれれば十分だ」

「えっ……よ、よろしいのですか? でも……その、アレがもの凄く元気になりますよ?」

 ガンバが頬を赤らめ、身をよじる。

「……ちょっと待て、『精力』ってそっちか。さすがにそれはやめておく」

 どうやら夜のお楽しみ用の魔法だったらしい。照れた笑みを漏らすガンバを見て、シグルドは呆れたように肩を落とした。

 その後、二人は十分ほど身を潜めながら、装備や呪文の最終確認を行った。
夜風が吹き抜け、静寂が張り詰めた森の中、英雄翁の声が低く響く。

「ガンバ、行けるか?」

 シグルドの問いにガンバは無言で頷く。

「では……行くぞ!」

 シグルドの合図と共に、二つの影が森の暗がりから躍り出た。
 こうして、盗賊たちへの追撃の幕が静かに上がるのであった。
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