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歴史は繰り返す
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現代とは遠く遠く離れた、ある未来のお話…
世の科学技術は飛躍的な進歩を遂げていた。
車の自動運転、宇宙旅行、人体の冷凍保存…どれも今では当たり前の光景だ。その中でも人と共存できるロボットを作りあげたことは、人類史上最高の発明と言われるほどであった。世界最高の研究者たちが何代も意志を継承し、何百年もの研究期間を経て作られた超大作である。
人類はロボットに頼りながらの日常を送っていた。風貌は人間の形をした機械部品の塊そのものだが、充電さえ怠らなければ半永久的に稼働可能。家事などの雑用はもちろん、相談までも乗ってくれる。人間より遥かに賢いため、彼らはどう答えれば人間が喜ぶのかを知っていた。常に最適解を導き出すその能力は、機械に溺れさせるには十分だった。
もう一つの大発明であるタイムマシン。これは800年前の過去へ行ける代物であるが、戻ってくる手段は未だ見つかっていない。また、過去の歴史を悪戯に抵触する恐れがあるため、これを重要機密とし、一般には公開されないでいた。
ここまでの科学的進歩を遂げてもなお、世界の研究者たちは頭を抱え込んでいた。利便性を欠いた事象はあれもこれも、全てと言っていいほど今では改善されている。ほぼ全てのピースが揃ってしまった今、便利すぎるが故に次の一歩が踏み出せずにいるのだ。この苦悩を抱えたまま、時は残酷なまでに遅く遅く流れ続けた…
******************
世界各地の名だたる研究者が、世界研究所へ集った。
「さて、皆さんお集まりいただけたかな」
まだ白髪もなく、腰もしゃんとした老人が教壇に立つ。この男が彼らを束ねるリーダーだ。その姿が、周りへ威圧するような荘重な静けさを与えた。
「わかりきっていることだとは思うが、我々にできる科学技術は何十年も前から飽和している。…かといって研究開発をロボットに任せるのは愚の骨頂だ。人間が熟考を重ねることを怠れば、共存は非常に難しくなる。たちまち彼らの支配の波に飲まれてしまうだろう」
険しい空気があたり一面を包んだ。
そして、彼はこう続けた。
「そこでだ。我々の知識をプログラミングしたロボットをタイムマシンに乗せ、先人へ広めてもらおうと思う。今ある技術を過去から継承し、800年経った今を更新するのだ」
反対する者はいなかった。勿論、今が更新されてどうなるのか、誰にもわからない怖さはある。ただ、その怖さを凌駕するほどの期待が彼らの目からは感じ取れた。何十年とお預けを食らってきたのだ。未来が変わり自分たちが消滅しようと、もはや科学技術の発展のためならば本望であった。
タイムマシンへ乗せられたロボットへ、一同は最後の抱擁を交わした。
「バッテリーの位置がわからなくては本末転倒だからな。一番わかりやすい胸の真ん中につけておいた。充電さえ怠らなければ、お前は何百年でも稼働し続けることができる」
リーダーと握手を交わし、笑顔で元気づけた。
「800年後、元気な姿で会えることを祈っているよ」
「はい。人類の進歩に貢献できるよう、精一杯身を尽くす所存であります」
「よし、行ってこい」
そう言われ送り出されたロボットは、どこか悲しげな顔を見せたような気がした。
******************
世界研究所では、見たことのない機械を前に騒然とする研究者の姿があった。
「皆様、こんにちは。お騒がせして申し訳ありません。現代の科学技術の発展のために、800年後の未来からやって参りました」
精巧に作られた故の人間のような滑舌の良さは、かえって彼らの信用を失うこととなった。
「随分と滑らかに喋る機械だな。中にラジカセでも埋め込まれてるんじゃないか?」
「いや、人の声に反応しているようだ。携帯電話を埋め込んでいるのだろう。スピーカーを通して私たちと会話しているに違いない」
「通話元は誰なんだろうか」
次から次へと出てくる憶測。ロボットは弁明した。
「いえ、そのようなことは一切行われておりません。この滑舌の良さは800年先の科学進歩の賜物でありまして…」
「いずれにせよ、今は大事な研究の最中なんだ。オモチャの相手はしてられなくてね。これか、バッテリーは」
胸に突出しているバッテリーを乱雑に取り出した。
ロボットは気を失ったかのように、冷たい床へ背中を叩きつけた。
「だがまぁ…面白いオモチャだ。近年では見ないタイプだな。少し調べてみようか」
無理やり分解したはいいが、未知なる部品の数々にどうにも手がつけられなくなった。
それも当然。800年近く経ってやっと仕組みがわかるロボットだ。この世界で組み立てる術を知る者は、たった今分解されているロボットだけであった。
「やめだやめだ。こんなものに惑わされてどうする。おい」
バラバラになった金属の塊をゴミ袋に入れ、助手に投げ渡した。
「それ、一応保管庫に置いておいてくれ。誰も弄らないだろうが、これだけの部品を処分するのにも手間がかかる」
普段めったに開くことのない保管庫に投げ入れられた。
「さて、開発を進めるか」
どこかからのイタズラとして片付けられてしまったこの騒動は、5年も経てば覚えている者など誰もいなかった。
時は流れていく…
******************
世界研究所にて。
「800年後、元気な姿で会えることを祈っているよ」
「はい。人類の進歩に貢献できるよう、精一杯身を尽くす所存であります」
「よし、行ってこい」
研究所の奥底で眠るロボットの残骸は、誰にも知られることなく錆びついていた。
世の科学技術は飛躍的な進歩を遂げていた。
車の自動運転、宇宙旅行、人体の冷凍保存…どれも今では当たり前の光景だ。その中でも人と共存できるロボットを作りあげたことは、人類史上最高の発明と言われるほどであった。世界最高の研究者たちが何代も意志を継承し、何百年もの研究期間を経て作られた超大作である。
人類はロボットに頼りながらの日常を送っていた。風貌は人間の形をした機械部品の塊そのものだが、充電さえ怠らなければ半永久的に稼働可能。家事などの雑用はもちろん、相談までも乗ってくれる。人間より遥かに賢いため、彼らはどう答えれば人間が喜ぶのかを知っていた。常に最適解を導き出すその能力は、機械に溺れさせるには十分だった。
もう一つの大発明であるタイムマシン。これは800年前の過去へ行ける代物であるが、戻ってくる手段は未だ見つかっていない。また、過去の歴史を悪戯に抵触する恐れがあるため、これを重要機密とし、一般には公開されないでいた。
ここまでの科学的進歩を遂げてもなお、世界の研究者たちは頭を抱え込んでいた。利便性を欠いた事象はあれもこれも、全てと言っていいほど今では改善されている。ほぼ全てのピースが揃ってしまった今、便利すぎるが故に次の一歩が踏み出せずにいるのだ。この苦悩を抱えたまま、時は残酷なまでに遅く遅く流れ続けた…
******************
世界各地の名だたる研究者が、世界研究所へ集った。
「さて、皆さんお集まりいただけたかな」
まだ白髪もなく、腰もしゃんとした老人が教壇に立つ。この男が彼らを束ねるリーダーだ。その姿が、周りへ威圧するような荘重な静けさを与えた。
「わかりきっていることだとは思うが、我々にできる科学技術は何十年も前から飽和している。…かといって研究開発をロボットに任せるのは愚の骨頂だ。人間が熟考を重ねることを怠れば、共存は非常に難しくなる。たちまち彼らの支配の波に飲まれてしまうだろう」
険しい空気があたり一面を包んだ。
そして、彼はこう続けた。
「そこでだ。我々の知識をプログラミングしたロボットをタイムマシンに乗せ、先人へ広めてもらおうと思う。今ある技術を過去から継承し、800年経った今を更新するのだ」
反対する者はいなかった。勿論、今が更新されてどうなるのか、誰にもわからない怖さはある。ただ、その怖さを凌駕するほどの期待が彼らの目からは感じ取れた。何十年とお預けを食らってきたのだ。未来が変わり自分たちが消滅しようと、もはや科学技術の発展のためならば本望であった。
タイムマシンへ乗せられたロボットへ、一同は最後の抱擁を交わした。
「バッテリーの位置がわからなくては本末転倒だからな。一番わかりやすい胸の真ん中につけておいた。充電さえ怠らなければ、お前は何百年でも稼働し続けることができる」
リーダーと握手を交わし、笑顔で元気づけた。
「800年後、元気な姿で会えることを祈っているよ」
「はい。人類の進歩に貢献できるよう、精一杯身を尽くす所存であります」
「よし、行ってこい」
そう言われ送り出されたロボットは、どこか悲しげな顔を見せたような気がした。
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世界研究所では、見たことのない機械を前に騒然とする研究者の姿があった。
「皆様、こんにちは。お騒がせして申し訳ありません。現代の科学技術の発展のために、800年後の未来からやって参りました」
精巧に作られた故の人間のような滑舌の良さは、かえって彼らの信用を失うこととなった。
「随分と滑らかに喋る機械だな。中にラジカセでも埋め込まれてるんじゃないか?」
「いや、人の声に反応しているようだ。携帯電話を埋め込んでいるのだろう。スピーカーを通して私たちと会話しているに違いない」
「通話元は誰なんだろうか」
次から次へと出てくる憶測。ロボットは弁明した。
「いえ、そのようなことは一切行われておりません。この滑舌の良さは800年先の科学進歩の賜物でありまして…」
「いずれにせよ、今は大事な研究の最中なんだ。オモチャの相手はしてられなくてね。これか、バッテリーは」
胸に突出しているバッテリーを乱雑に取り出した。
ロボットは気を失ったかのように、冷たい床へ背中を叩きつけた。
「だがまぁ…面白いオモチャだ。近年では見ないタイプだな。少し調べてみようか」
無理やり分解したはいいが、未知なる部品の数々にどうにも手がつけられなくなった。
それも当然。800年近く経ってやっと仕組みがわかるロボットだ。この世界で組み立てる術を知る者は、たった今分解されているロボットだけであった。
「やめだやめだ。こんなものに惑わされてどうする。おい」
バラバラになった金属の塊をゴミ袋に入れ、助手に投げ渡した。
「それ、一応保管庫に置いておいてくれ。誰も弄らないだろうが、これだけの部品を処分するのにも手間がかかる」
普段めったに開くことのない保管庫に投げ入れられた。
「さて、開発を進めるか」
どこかからのイタズラとして片付けられてしまったこの騒動は、5年も経てば覚えている者など誰もいなかった。
時は流れていく…
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世界研究所にて。
「800年後、元気な姿で会えることを祈っているよ」
「はい。人類の進歩に貢献できるよう、精一杯身を尽くす所存であります」
「よし、行ってこい」
研究所の奥底で眠るロボットの残骸は、誰にも知られることなく錆びついていた。
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