十龍城砦

月ーん

文字の大きさ
20 / 33
第一章

淡嫌

しおりを挟む
湿禍暗。十龍城砦の裏社会。
閑黄朝のような穏やかさも、中梁層のような活気もない。
清らかな空気や油臭さの代わり、甘さや焦げ臭さが漂うそこ。
息をするだけで敵意が肺に入ってくるような心許なさ。
人間か妖か、種族を判別するのがやっとな闇の中
気持ちばかりに辺りを照らす提灯でさえ、こちらの呼吸を早くする。


木枠に金属が嵌め込まれた扉。
赫い提灯に照らされ、一際妖しく浮かび上がった篝火の根城。

その最奥、赤を基調に粧飾された部屋。

「何のつもりや。」
芯まで滲みる冷ややかな声。
ピアスが揺れ、カチャリと音を立てた。
漆喰の塗られた椅子に座り、こちらを見下ろしてくる安倍。
「佳代。」
上から降ってくる怒気に、佳代の肩が上がる。
「ごめんなさい...」
「ちゃう。」
また一音下がった声に、佳代は口を硬く結んだ。
「もうしないからぁ..っ...」
「ちゃうわ。何当たり前のことを言うとんねん。」

「...っひぐ」
ぽたり
佳代の目から涙が落ちた。
絨毯の上に落ちたそれは、滲むことなく粒になる。
「何泣いとんねや。悪いのは自分やろ。」
「晴夜様」
見かねたように、側近が声をあげた。
「佳代様もまだ幼いですし、」
「それが何や。関係あらへん。」

「佳代」
安倍はもう一度名前を呼ぶ。
龍族に抱えられ、安倍が来いと言っても拒否した佳代。
管理局の連中ゴミに懐きかけていた存在に対して、最後のチャンスだと告げるような、痛い声。
ずびっ
佳代は鼻を啜った。
「ゴミどもを誘き寄せろとは言うたが、仲良うせぇとは言うてへんぞ。」



中梁層、管理局拠点。視察前日。
滑りの悪い引き戸を無理やり開ける。
外から差し込んだネオンが影を伸ばした。
敷居を跨げば、
喉にこびり付くようなねっとりとした空気が
湿っぽい生乾き臭に変わる。
「けほっ」
数十年ここで過ごせど、未だ慣れない。
千樹は咳を漏らした。

『おかえりなさいませ?千樹お坊ちゃま。』
「!リョウさん。」
足元から見上げてくる狐に、千樹はしゃがむ。
手入れされた翠の髪が床を摺った。
「ただいま戻りました。」

『順調そうだねぇ』
「そうでもありません。」
千樹は苦笑を漏らす。
『知ってる。』
細められた吊り目に、片方が上がった口角。
狐の姿になっても変わらない表情。
ゆらりと揺れる尾が、人型だった頃と重なる。
『短気くんとはぐれたんだって?』
「はい。」
『何してたの?』
「ひたすら道に迷ってました。」
『へぇーえ、ごラクさま。』
「ごラクさま?初めて聞きます。中梁層の言葉ですか?」

リョウの目が丸まった。
「あれ?僕変なこと言いました?すみません。」
『いぃや、いいよ。忘れて。』
「わかりました。」
『素直だねぇ、お前。感心するよ。』
「ありがとうございます。」
『...。まぁいいや。
ちょっと坊ちゃんにお願いしたいことがあって、聞いてくれる?』
「僕にできることならなんでも。」
『妖力ちょうだい』
「妖力ですか?全然いいですけど、どうしてですか?」
『狐の姿になってから早一週間。
ちょっとずつ回復するもんだと思ってたけど、まったくそんな兆しがなくてねぇ。
このまんまだと本当にただの狐になっちゃうから、その前にね。』
「応急処置ですか。」
『そゆことぉ。』



「揃いました。」
最後の一人が定位置についたのを確認し、加賀が言う。
管理局三階、会議室。
白髪の男を中心に、椅子を使う様子もなく整列した箱子たち。
ジャンパーに印刷された均衡管理局の文字が等間隔に並ぶ。

「最終確認。」
白髪の男が口を開いた。
管理局局長、人生の全てを管理局に捧げた人間。
顔には皺ができながらも、決して立ち姿が歪むことはない。
「掃除。56番通り、済。」
武下が言う。
「同じく67番通り、済。」
「118番通り、同じく。」
「289番通り、292番通り、同じく。」
他の箱子も続く。
無駄という概念を切り捨てた空間の中、
淡々と報告がなされていく。

「641番通り、同じく。」
最後の一人が告げた。
「その他、未対応事項。」
局長は再び口を開く。

一拍の間。

「以上、解散。」
会議は終わった。
箱子たちは一斉に動き出す。
扉に向かい、密集する。

ヒョォ
突然、風を切る音。

カランカラン
武下の杖が転がった。
真っ二つに折れ、破片が飛び散る。

「よろしい。」
局長の声、蹴りを放った張本人。
「使えるな。」
避けるに十分な空間が無いなか、
武下はそれを杖で受け止めた。



カタカタカタカタ キィ
視察当日。
中梁層の大通りに自走駕籠かごが止まった。
四尺程の車輪にぶら下がった駕籠、
木彫りのそれには「維持庁」の文字。
上質な墨特有のテカりが、青いネオンを映し出す。
「お疲れ様でございます。」
管理局長が頭を下げた。
衰えながらも、鍛えられてきただろう体が綺麗に曲がる。

「ご苦労。」
出てきたのは、鴉頭の男。
紫紺の着物にバンカラマント。
頭に乗せたカンカン帽を右手で外した。
預かろうと、河童が手を伸ばす。
「こちらに」
「結構。」
サッと引かれた手。
「預けるほどのものではない。」
細められた目、下がった口角。
カチ カチ
鴉がくちばしを鳴らした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
十龍城砦
妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造
踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、
閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)
蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)
内側に進むにつれ治安が悪くなる


均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層
人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、
     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般
妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織
     教官が可と判断してから入局
治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。
管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。
箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。
   管理局に貢献するためだけに育てられる。
   逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。


リョウ 200~300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身
狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目
普段の言動から、軽い男と評されているが、人間に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。
教官として局員養成も仕事に入ってるが(現在休職中)、まともにやってない。
狐の姿になったが、その中身は変わらない。

武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身
肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情
若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。
聴力を失い杖を必要とするようになったものの、相変わらず戦闘能力に長ける。術への耐性も健在。
教官として局員養成も行なっている(現在休職中)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた(いわゆる箱子)。
情操教育を受ける機会がなかった。

千樹 400歳 190cm 均衡管理局所属 龍 閑黄朝出身
青緑く透き通った長い髪、穏やかなタレ目、硝子のようなツノ
長身で美しい青年。富裕層出身の世間知らずなお坊ちゃん。
争いを嫌い、話し合えば必ず分かり合えるという甘い理想を抱きがち。
訓練生になってからかれこれ数十年立つが、未だに教官からの可がおりない。
海里とはよく衝突。
悪意を知らない。

加賀玲 19歳 155cm 均衡管理局 人間 中梁層出身
茶髪のポニーテール、タレ目
箱子。物怖じしない性格で、はっきりものを言う。しっかりしてる。
先輩後輩関係はしっかり守り敬語も使えるが、佐原やリョウに当たりが強いし尊敬はしてない。武下のことは尊敬している。母親は出産時に他界。父親と暮らしていたが、6歳の時に違法薬の所持で父親が管理局に捕まる。
服役中の父親とは現在不仲。流れで箱子となり今に至る。
野崎により、情操教育はある程度されてきた。


篝火(篝者)
人間至上主義の過激派組織
陰陽師の子孫が多い。安倍、賀茂

安倍晴夜 33歳 161cm 人間 篝火所属
糸目、黒い長髪
人類最強。激しい人類至上主義。妖の血を含む存在も、妖の肩を持つ存在も嫌い。
だが人間(妖とつるんでいるものは人間と思っていない)に優しい。
大阪弁。アクセサリー沢山。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...