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いざ開戦
3. 華美極まる 〜リーゼロッテ〜
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「姫様、ただ今戻りました」
さっそく王城の庭園を偵察に行ったアンナが、いつも通り首尾良く帰ってきた。庭師の作業着を小脇に抱えている。
「広大な花壇、噴水、温室、休憩用テラス、小さな森で構成されています。なかなかの広さです。足場はそれほど悪くありませんが、舗装されていない土が剥き出しの部分も所々見受けられました。奥の森の辺りは砂利道です。小動物が生息している模様。日陰になるのはテラスと森の木陰くらいですね。あとは直射日光がんがんです。以上であります」
「いつもありがとうアンナ」
「いえいえこのくらい」
漁港近くの孤児院で周りに馴染めずに虐げられていた孤高の少女アンナ。酷い目に遭わないよう常に気配を消し存在しないかのように振る舞っていた。偶然その孤児院を訪れた、当時まだ一介の騎士だったオリバー様は、その気質に惚れ込んで表向きは侍女として召し抱えた。実際には、敵方に忍び込み情報を掴んでくる内偵者として重宝した。
アンナはオリバー様が国王となられる前後から、クレマチスの発展に大いに貢献したらしい。その辺りのことは、オリバー様もアンナ本人も詳しくは語りたがらないので、私も触れないようにしている。
オリバー様が国王になられたのと同時にアンナも王城に仕える身となり、そこで私達は出会った。そして何がきっかけか今となっては思い出せないけれど、私達はすっかり意気投合して仲良くなり、それを見たオリバー様がアンナを私専属の侍女にして下さった。
「リゼといると、アンナは別人みたいに明るくて面白い女の子になるんだね。そんな一面があるなんて知らなかったよ」
「面白い? 私がですか?」
「あれ、自分で気付いてないの? まあ良いや、アンナは今日からリゼと行動を共にすること。これ決定ね」
「え、良いんですか」
「アンナのおかげで面倒ごとは大体片付いたからね。ありがとう助かったよ。これからはリゼについててやってほしい。アンナが嫌でなければ」
「嫌なはずありません。喜んで姫様のためにこれから頑張ります!」
そうして天空にまでついてきてくれた、頼りになる妹のような存在。
庭師の作業着をぽいっとその辺に投げ捨ててユリウスにねちねち小言をぶつけられても、本人は一向に気にしていない。
「姫様、さっそく例の十箇条の出番ですね。あー何だかワクワクしてきた。ユリウス準備どうよ?」
「お前のせいで滞ってる」
「またまた。本当は私の情報なんか無くても完璧だとか思ってる、く・せ・に」
「わかってるなら聞くな」
「可愛くないなあ。そんなんだから全然もてないんだぞ、ねえ姫様」
陽気にけたけた笑うアンナと、背後で青筋を立てながらせこせこ動いているユリウス。地上にいた時と変わらない私の日常だ。
ここリングエラで私が与えられた私室は、大きなリビングに五つの扉があり、それぞれ書斎、寝室、浴室、小部屋二部屋へ繋がっている。小部屋はユリウスとアンナの私室になっているものの、二人とも寝る時以外はほとんどリビングにいるので、荷物置き場と化している。私も、日中は二人と一緒にリビングで過ごすことがほとんどだ。
調度品には華美な飾りはついておらず、デザイン性よりも機能性が重視されている。とは言え、私が使用する部屋はもちろんユリウスとアンナの部屋の家具もすべて一目で上質とわかるものばかり取り揃えられている。私達に対する歓迎の意とリングエラの潤沢な資産状況が見て取れる。
「リゼ様、こんな感じでいかがでしょうか」
クローゼットを行ったり来たりするユリウスの手によって、次々と本日の装いが決まっていく。
たっぷりのフリルとリボンでこれでもかというほど華美に飾り付けられた真紅のドレス。胸元から腰にかけてはパールを贅沢に使った細かい装飾が施されている。これに特大サイズのパニエを入れる予定らしい。
アクセサリーはダイヤがまるっと一周分惜しみなく使われたチョーカーとブレスレット。ゴールドの薔薇をあしらった装飾が大仰で重たく、あまり使用したことがない。
足元はパールの飾りがついた純白のハイヒール。こちらも汚れやすいのが気になり使用頻度はあまり高くない。
「よくこれだけ揃えて持ってきてたわね」
「何が必要になるかわかりませんからね。万全の体制を取れるように用意してきましたとも。まあ、靴とブレスレットはフローラ様が送って下さったお荷物の中に入っていたものですが」
夜会に行く時でもしないような派手で仰々しいコーディネイト。ソファとカーペットの上に広げられたそれらを見て、アンナが感嘆の声を上げた。
「これはまた、どえらいことになってますなあ」
「中途半端にやって成果が出ないほうが困る。やるからにはとことん追究しなければ」
私達が作った『世間知らず姫あるある十箇条』その一、TPOを弁えない服装。
庭の散策程度であれば、本来ならば動きやすいワンピースのような軽装で充分。アクセサリーや髪飾りなどは草木に引っかからないように、できれば使わないのがベター。足元も動きやすいローヒールが基本。
それをものの見事にすべて無視して逆を突くユリウスの判断。
「強烈な先制攻撃ですねえ姫様。庭の散策にこんな格好で来られたら、あの王子ぶったまげますよ。目的のためとは言え大事な姫様にこんなごてごてのお間抜けな格好させるのは何だか忍びないなあ」
「問題ないわ。さあ支度しましょうか」
さっとユリウスが自室に下がり、アンナに手伝ってもらいながら仰々しいドレスやアクセサリーを身につけていった。着替えが終わるタイミングを見計らって、ユリウスが大きな赤い薔薇の髪飾りを手に戻ってきた。
「リゼ様、フローラ様からのお荷物にこちらがありましたが、いかがされますか。使われますか」
「そうねえ、ユリウスはどう思う?」
「念には念を入れた方が良いかと」
「わかった、任せるわ」
ユリウスの器用な手つきで、腰まである髪が豪華な編み込みアップになっていく。あえて後毛を作りうっとおしく首筋に流すところまで余念がない。うまいこと木の枝か何かに引っかかってくれたら最高に幸運だ。仕上げに薔薇の髪飾りを刺す。
ドレスに合わせて化粧も派手にしていく。濃いピンクで目蓋や頬を彩り、仕上げに真っ赤な口紅。
アンナが嬉しそうにぱちぱちと手を叩いた。
「わあ!素敵です。こんなこってこての格好が似合うのなんて姫様くらいですよ」
「本当に。リゼ様は何しても様になるから困ります」
「これが本当に国賓が招かれる夜会とかだったらどんなに良かったか。あー勿体無い」
そこへちょうど、扉をノックする音が響いた。
「お迎えに上がりました」
「今参ります」
無機質なディルクの声に、ユリウスが応答した。
「リゼ様どうしますか? あえてちょっと待たせます?」
「そうほいほい手の内を見せなくても良いわ。今回ははこのまま行きましょう」
アンナは内偵担当のため、出来る限り王城内の者との接触を避けたいので留守番。いってらっしゃいませーと両腕をぶんぶん振ってお見送りしてくれる。
ユリウスを伴い廊下へ出ると、ヴィンフリート殿下は軽装でディルクと並んで待っていた。私が部屋に入らせないことに少し苛々している様子だった。
(殿下は本当に眩しい方ね……)
こうして間近で見ると、不機嫌そうな顔であっても華がありきらきらと輝いて見える。婚約式の日、大勢の前で堂々と正面を見据えたあの時と同じように。
王子としてこれ以上ないほど洗練された身のこなし、高い品格を滲ませる佇まい。作られたものではなく、ましてその場しのぎのものでは決してない。生まれ持ったものなのか、幼い頃から身に染み付いているのか。
同じ王室生まれでも、自由気ままに育った私とは格が違う。気後れしそうになるのを必死に抑えるので精一杯だ。
(敵ながら恐ろしい人……)
そのヴィンフリート殿下は私の姿を目にした途端、文字通り口をあんぐりと大きく開けて固まってしまった。つんと澄ました顔しか見たことがなかったから、初めて人間らしい表情を見た気がして新鮮な心地がした。
(せっかくの美形が台無しですこと)
思わず吹き出しそうになるのをこらえ誤魔化すように口元に手をやると、すぐ隣でユリウスも肩を震わせながら必死に地面を睨みつけていた。
さっそく王城の庭園を偵察に行ったアンナが、いつも通り首尾良く帰ってきた。庭師の作業着を小脇に抱えている。
「広大な花壇、噴水、温室、休憩用テラス、小さな森で構成されています。なかなかの広さです。足場はそれほど悪くありませんが、舗装されていない土が剥き出しの部分も所々見受けられました。奥の森の辺りは砂利道です。小動物が生息している模様。日陰になるのはテラスと森の木陰くらいですね。あとは直射日光がんがんです。以上であります」
「いつもありがとうアンナ」
「いえいえこのくらい」
漁港近くの孤児院で周りに馴染めずに虐げられていた孤高の少女アンナ。酷い目に遭わないよう常に気配を消し存在しないかのように振る舞っていた。偶然その孤児院を訪れた、当時まだ一介の騎士だったオリバー様は、その気質に惚れ込んで表向きは侍女として召し抱えた。実際には、敵方に忍び込み情報を掴んでくる内偵者として重宝した。
アンナはオリバー様が国王となられる前後から、クレマチスの発展に大いに貢献したらしい。その辺りのことは、オリバー様もアンナ本人も詳しくは語りたがらないので、私も触れないようにしている。
オリバー様が国王になられたのと同時にアンナも王城に仕える身となり、そこで私達は出会った。そして何がきっかけか今となっては思い出せないけれど、私達はすっかり意気投合して仲良くなり、それを見たオリバー様がアンナを私専属の侍女にして下さった。
「リゼといると、アンナは別人みたいに明るくて面白い女の子になるんだね。そんな一面があるなんて知らなかったよ」
「面白い? 私がですか?」
「あれ、自分で気付いてないの? まあ良いや、アンナは今日からリゼと行動を共にすること。これ決定ね」
「え、良いんですか」
「アンナのおかげで面倒ごとは大体片付いたからね。ありがとう助かったよ。これからはリゼについててやってほしい。アンナが嫌でなければ」
「嫌なはずありません。喜んで姫様のためにこれから頑張ります!」
そうして天空にまでついてきてくれた、頼りになる妹のような存在。
庭師の作業着をぽいっとその辺に投げ捨ててユリウスにねちねち小言をぶつけられても、本人は一向に気にしていない。
「姫様、さっそく例の十箇条の出番ですね。あー何だかワクワクしてきた。ユリウス準備どうよ?」
「お前のせいで滞ってる」
「またまた。本当は私の情報なんか無くても完璧だとか思ってる、く・せ・に」
「わかってるなら聞くな」
「可愛くないなあ。そんなんだから全然もてないんだぞ、ねえ姫様」
陽気にけたけた笑うアンナと、背後で青筋を立てながらせこせこ動いているユリウス。地上にいた時と変わらない私の日常だ。
ここリングエラで私が与えられた私室は、大きなリビングに五つの扉があり、それぞれ書斎、寝室、浴室、小部屋二部屋へ繋がっている。小部屋はユリウスとアンナの私室になっているものの、二人とも寝る時以外はほとんどリビングにいるので、荷物置き場と化している。私も、日中は二人と一緒にリビングで過ごすことがほとんどだ。
調度品には華美な飾りはついておらず、デザイン性よりも機能性が重視されている。とは言え、私が使用する部屋はもちろんユリウスとアンナの部屋の家具もすべて一目で上質とわかるものばかり取り揃えられている。私達に対する歓迎の意とリングエラの潤沢な資産状況が見て取れる。
「リゼ様、こんな感じでいかがでしょうか」
クローゼットを行ったり来たりするユリウスの手によって、次々と本日の装いが決まっていく。
たっぷりのフリルとリボンでこれでもかというほど華美に飾り付けられた真紅のドレス。胸元から腰にかけてはパールを贅沢に使った細かい装飾が施されている。これに特大サイズのパニエを入れる予定らしい。
アクセサリーはダイヤがまるっと一周分惜しみなく使われたチョーカーとブレスレット。ゴールドの薔薇をあしらった装飾が大仰で重たく、あまり使用したことがない。
足元はパールの飾りがついた純白のハイヒール。こちらも汚れやすいのが気になり使用頻度はあまり高くない。
「よくこれだけ揃えて持ってきてたわね」
「何が必要になるかわかりませんからね。万全の体制を取れるように用意してきましたとも。まあ、靴とブレスレットはフローラ様が送って下さったお荷物の中に入っていたものですが」
夜会に行く時でもしないような派手で仰々しいコーディネイト。ソファとカーペットの上に広げられたそれらを見て、アンナが感嘆の声を上げた。
「これはまた、どえらいことになってますなあ」
「中途半端にやって成果が出ないほうが困る。やるからにはとことん追究しなければ」
私達が作った『世間知らず姫あるある十箇条』その一、TPOを弁えない服装。
庭の散策程度であれば、本来ならば動きやすいワンピースのような軽装で充分。アクセサリーや髪飾りなどは草木に引っかからないように、できれば使わないのがベター。足元も動きやすいローヒールが基本。
それをものの見事にすべて無視して逆を突くユリウスの判断。
「強烈な先制攻撃ですねえ姫様。庭の散策にこんな格好で来られたら、あの王子ぶったまげますよ。目的のためとは言え大事な姫様にこんなごてごてのお間抜けな格好させるのは何だか忍びないなあ」
「問題ないわ。さあ支度しましょうか」
さっとユリウスが自室に下がり、アンナに手伝ってもらいながら仰々しいドレスやアクセサリーを身につけていった。着替えが終わるタイミングを見計らって、ユリウスが大きな赤い薔薇の髪飾りを手に戻ってきた。
「リゼ様、フローラ様からのお荷物にこちらがありましたが、いかがされますか。使われますか」
「そうねえ、ユリウスはどう思う?」
「念には念を入れた方が良いかと」
「わかった、任せるわ」
ユリウスの器用な手つきで、腰まである髪が豪華な編み込みアップになっていく。あえて後毛を作りうっとおしく首筋に流すところまで余念がない。うまいこと木の枝か何かに引っかかってくれたら最高に幸運だ。仕上げに薔薇の髪飾りを刺す。
ドレスに合わせて化粧も派手にしていく。濃いピンクで目蓋や頬を彩り、仕上げに真っ赤な口紅。
アンナが嬉しそうにぱちぱちと手を叩いた。
「わあ!素敵です。こんなこってこての格好が似合うのなんて姫様くらいですよ」
「本当に。リゼ様は何しても様になるから困ります」
「これが本当に国賓が招かれる夜会とかだったらどんなに良かったか。あー勿体無い」
そこへちょうど、扉をノックする音が響いた。
「お迎えに上がりました」
「今参ります」
無機質なディルクの声に、ユリウスが応答した。
「リゼ様どうしますか? あえてちょっと待たせます?」
「そうほいほい手の内を見せなくても良いわ。今回ははこのまま行きましょう」
アンナは内偵担当のため、出来る限り王城内の者との接触を避けたいので留守番。いってらっしゃいませーと両腕をぶんぶん振ってお見送りしてくれる。
ユリウスを伴い廊下へ出ると、ヴィンフリート殿下は軽装でディルクと並んで待っていた。私が部屋に入らせないことに少し苛々している様子だった。
(殿下は本当に眩しい方ね……)
こうして間近で見ると、不機嫌そうな顔であっても華がありきらきらと輝いて見える。婚約式の日、大勢の前で堂々と正面を見据えたあの時と同じように。
王子としてこれ以上ないほど洗練された身のこなし、高い品格を滲ませる佇まい。作られたものではなく、ましてその場しのぎのものでは決してない。生まれ持ったものなのか、幼い頃から身に染み付いているのか。
同じ王室生まれでも、自由気ままに育った私とは格が違う。気後れしそうになるのを必死に抑えるので精一杯だ。
(敵ながら恐ろしい人……)
そのヴィンフリート殿下は私の姿を目にした途端、文字通り口をあんぐりと大きく開けて固まってしまった。つんと澄ました顔しか見たことがなかったから、初めて人間らしい表情を見た気がして新鮮な心地がした。
(せっかくの美形が台無しですこと)
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