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第24話

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 魔法少女ノゾミ、爆・誕!!
 きっとアニメならそんなテロップが表示されているかもしれないワンシーンをキメたあたしは、まっすぐ魔女を見つめる。
 倒れたつきのんや若葉ちゃん、かすみんやむっちーも、あたしに注目していた。
 その表情はそれぞれだけど……驚いたり泣いたり、ホッとしていたり笑っていたり。
 心配かけてごめんね。支えてくれてありがとうね。でももう大丈夫!
 だから――ここからは、あたしのターンだよ!

「行くよ、レンレン! 魔女をやっつけてみずっちを助けるんだ!」
「おっけ~ぃ♪ バイブスあげあげで、いっちゃおうYO!」
「うん! だからしばらく黙っててね!」

 鬱陶しい魔導器を構える。
 まずは、このステッキの能力である魔法を発動させて牽制だ。
 イメージを浮かべながら、あたしはステッキを横に振るう。
 その軌道に沿って掌サイズの魔法陣が複数展開すると、小さな火の魔法が魔女目がけて飛び出した。
 でも、その攻撃は魔女の振るった薙刀で消滅する。一瞬だった。たったの一振りだった。
 ちょっとした肩慣らしの小手調べってつもりだったけど、やっぱり強いんだな、って思い知らされた。
 一方の魔女は、薙刀を構え直してあたしを見据える。
 その瞳には、さっきまでの歪んだ愛情じみたものは映っていなかった。

「……なんでノゾミは、そうやって……。いつもいつも無神経に……」

 あたしを嫌がっているような、敵意を向けているような……そんな目。
 情緒不安定にも程があるなって感じだけど、気にしてる場合じゃない。

「人の気も知らないで、何でもかんでも人より先に行っちゃうし……」

 魔女がブツブツと言いながらあたしを睨む。
 ……え? あたし、そんなに怒らせるようなことしたかな?
 これからするかもとは思っていたけど、まだなにもしてないような……。

「そんなノゾミ、あたしは求めていないのよ!」

 瞬間、魔女は床を蹴って一気に間合いを詰めてきた。
 ビックリしたあたしはとっさにレンレンを振りかざして、薙刀を受け止める。
 あたし達の体は魔導器で攻撃を食らっても、物理的なダメージは受けない。魔導器による攻撃は、直接心へのダメージに変わるからだ。
 そうだとわかっていても、目の前で刃物が振り下ろされるのはやっぱり怖いよ!

「なんなのさっきから! あたしのことが好きとか言ってて、今度は求めてないって! あたしどうしたらいいの!」

 とっさにあたしの口からそんな問いが漏れたのは、ぶっちゃけ恐怖心に抗うためだ。
 ギチギチと魔導器同士が触れ合う中、魔女は言う。

「どうしたらいいって? 決まってるわ。体を捨てて生首に戻って、わたしのそばにいてほしい。ただそれだけ。じゃないとノゾミは、一人でなんでも出来ちゃうじゃない。そんなノゾミは、欲しくないの」

 なんて身勝手な……。あたしは今、こうして体を取り戻したおかげで、生首も楽しかったけど自分の体はやっぱり最高だって気分なのに!
 それを頭から否定するなんて、ひどい。
 そんなひどいことをするような子じゃないんだよ、みずっちは!

「みずっちの体で、みずっちにひどいことさせないでよ!」

 怒りにまかせてステッキを払う。キンッと音を鳴らして薙刀が離れた瞬間、あたしも一度さがった。
 魔女からの攻撃を警戒してすぐに構え直す。

「ひどいこと……? この程度のことが、ひどいこと? ……あは、あはははっ!」

 でも魔女は、攻撃するどころか高らかに笑った。

「笑わせないで! わたしが受けてきたひどいことは、こんなものじゃなかった!」

 魔女が悲痛な面持ちで叫ぶ。
 気のせいかもしれないけど、一瞬、魔女の顔つきが変わった。
 表情とかじゃなくって、顔の雰囲気というか。目つきとか口角の上がり具合とか。
 それはただ『そう見えた』ってだけなんだろうけど。
 変化した時の顔つきは、なぜかとても、みずっちによく似ていた。

「ノゾミも知ってるでしょ? わたし、パパとママがとっくの昔に死んじゃってるって。親戚の家に引き取られたけど、そこにあたしの居場所はぜんぜんなくて。だからずっとずっと、独りぼっちだった」

 知ってるよ。みずっちの悲痛な叫びを受け止めながら、あたしは心でそう答える。
 ああ、だからさっき、魔女の顔がみずっちにそっくりだったんだ。
 魔女がみずっちの身体を使っているから、じゃない。
 今吐き出している叫びは、正真正銘、みずっちの言葉だから。

「なにかに熱中すれば紛らわせると思って始めた部活だって、結局わたしじゃなくて、わたしの記録と名誉にしか興味ない連中ばかりだった。コーチも同級生も、全部記録と名誉の上辺だけでわたしに近づいてきた。今までわたしを単なるモブだと思ってたくせにさ」

 魔女が知らないはずの、中学時代のみずっちの記憶だ。
 中学に入って始めた陸上競技で、たくさんがんばって、どんどん記録を伸ばしていったみずっちの記憶だ。
 でも……あたしは知らなかった。
 汗水流してがんばる親友の姿の内側に、そんな現実を潜めていただなんて。

「どんなにわたしを見てほしくて努力しても、誰もわたしを見てくれやしなかった。褒めてくれるパパやママもいない。関心を持ってくれる家族もいない。努力したわたしを認めてくれる仲間もいない。それがわたしの知っている『ひどいこと』なんだよ、ノゾミ」

 魔女は言い終えると、再び間合いを詰めてきた。
 しかも今回は、一度の打ち合いから鍔迫り合い……とはならなかった。
 何度も何度も何度も、聞き分けのない子供を叱りつける平手のように、魔女は薙刀を振るい続けた。あたしはそれを、一撃一撃受け止め続ける。
 でもこのままじゃ押し切られちゃう! あたしは魔女が薙刀を引いた一瞬をついて、懐へ飛び込んだ。
 魔女が焦ったように顔を歪める。それを視界の隅に収めながら、あたしはレンレンの先から魔法を放った。ゼロ距離からの一撃をかわすことなんてできるわけもなく、魔女は吹き飛ばされる。
 でも……弱かった。自分でも弱い攻撃だったって自覚できるぐらい、魔女はすぐに体勢を立て直したのだ。
 やっぱり無意識に加減しちゃっていた。だって、体は正真正銘みずっちのものなんだもん。
 魔女は再び距離を詰め、さらに感情と薙刀をぶつけてきた。

「ノゾミにわかる? いるのに、いない。みんなあたしを認知せずに、けれどあたしに関わろうとしてくる。わたしという境界線が、とっても曖昧な世界……そんな場所に生き続けているってことは、すごく辛いことなんだよ、ノゾミ!」

 打ち付けてくる薙刀をレンレンで受け止めるたびに、手が痛くなる。ちょっとでも力を緩めると弾かれちゃいそう。
 でも、あたしはその痛みを必至に堪え、隙を窺う。

「わかるよ、みずっち! その辛さ……同じように痛んだり、痛みを分けてはあげられないけど! あたしにだってわかるんだよ!」

 本心だった。親友がどれだけ苦しんできたのかは、今のみずっちの言葉で理解できた。
 だからこそ、手を差し伸べようと思った。
 薙刀を払い魔女の体勢が崩れたところで、あたしは手の伸ばす。けれど、魔女は薙刀の柄で腕を払った。
 まずい、このままじゃ! 咄嗟にレンレンを構えると、ちょうど薙刀も撃ち込まれて鍔迫り合いになる。
 そんな中、魔女は冷たく言い放った。
「やっすい言葉だよね……。ノゾミはいつもそう。能天気で、よくわかってないのにわかったふりして、愛想ふりまいて、なんにだろうとすぐ首突っ込んでさ」

「…………え?」

 さすがにそれはショックだった。
 ぶつけたあたしの本音をそんな風に解釈されたことは、もちろんだけど。
 みずっちの……親友の顔と声でそう突き放されたことも辛いし。
 なにより、あたしに対して抱いていたみずっちの本音が、純粋にショックだった。

「わたしの時もそうだったよね。居場所がなくて落ち込んでるわたしに声をかけてくれたのは、ノゾミだけだった。嬉しかったよ。すごくすごく嬉しかった。あたしはね、小学生のあの時、救われたんだって心から思えたの。今でも
思ってるよ。でもさ……ノゾミは違うんだよね?」

 魔女が薙刀を巧みに操り、鍔迫り合いの状態だったレンレンをはじき飛ばす。
 幸い、手放すという最悪の状態は免れた。けどがら空きになっちゃった胴に、魔女の掌底が打ち込まれた。
 魔法少女のコスチュームのおかげで痛みはないけど、重い衝撃は伝わってきたし、突き飛ばされてしまった。
 いや、そんなことよりも。
 あたしは魔女の……みずっちの本音の方が、気になってしかたなかった。

「別にノゾミは、誰でもよかったんでしょ? あの日、あの公園のベンチに一人座っているのが、わたしじゃなくてもさ……。ノゾミはわたしじゃなかったとしても、手を差し伸べていた。たまたま、そこにいたのがわたしだった。それだけなんでしょ?」

 違うよみずっち。その日のことは今でもよく覚えてるもん。
 夕方のひと気のない公園で、寂しそうにしていた女の子が目に留まって。
 学校でもすれ違ったことがあって、同い年にしてはすごいキレイな子だなって気に掛けていたから……寂しそうだったことに胸が痛んで、いても立ってもいられなくなった。
 だからあたしは近寄って、手を伸ばしたんだよ。

「あたしと、友達になろうよ!」

 そう、笑顔を浮かべて手を差し伸べたんだよ。
 確かに、みずっちじゃなくてもあたしはそうしていたと思う。だってあたしは、困っている人を放っておけないたちだから。後先考えるより先に体が動いちゃうから。
 でも、あの日あそこにいたのは――みずっちなんだ。
 あの日、あたしが友達になったのは、間違いなくみずっちなんだよ。

「違う……そんなことないよ! そんなこと……ない……」

 ……でも、それしか言えなかった。それで精一杯だった。
 言えるわけがない。薄っぺらい言葉だと受け止められて終わっちゃうのは、目に見えていた。
 今のあたしが今のみずっちにかけるべき言葉は、そんな言葉じゃない。
 そんな歯がゆい思いを抱きながら、あたしは体を起こす。
 それを待っていたかのように、魔女は続けた。

「ノゾミはね、自分が思っている以上にバカ正直で、でも同じぐらい周りに無神経なんだよ」

 魔女は言いながら構える。接近戦でやり合うのは、体に慣れていないあたしは不利かもしれない。
 後ずさりながらステッキを振るって魔法を発動させる。ちょっとでも牽制になって、策を練る時間を稼げれば。
 でも、あたしの魔法は容易くかわされ、あるいは薙刀で相殺されてしまう。
 何度も、何度も。

「のほほんとしているくせに勉強もできちゃうし、運動だって得意だし。知ってる? ノゾミと同じ高校に入るために、わたしがどれだけ猛勉強したか。わたしは知ってるよ。ノゾミがあの高校入るためにした勉強時間なんて、大したことないって。そうだよね、じゃなきゃ試験の前夜まで、毎日毎日LINEしてこないもんね!」

 明らかな怒りを滲ませて振るわれた薙刀をギリギリのところで避ける。けれど、そのままの勢いで回し蹴りが飛んできた。
 なんとかレンレンでガードした。けど、やっぱり衝撃は堪えきれなかった。
 軽く吹き飛ばされ、なんとか体勢を立て直したのと同時に、魔女はさらに言葉を繋げた。

「それぐらい、わたしはノゾミ以上に努力してきたの。なのに、勉強も運動も適わない。努力していないノゾミにすら適わない。わたしをたまたまなノリで救い出しておいて、結局は惨めな思いをさせるばかり。現実を見せつけられてばかりだった。なのにノゾミは救った気分で盛り上がって、わたしとの関係は対等だ親友だって……」

 さっきからあたしの胸が、ずきずきと痛んで止まない。
 あたしは心から、みずっちを親友だと思って今まで接してきた。
 でも――みずっちの本心は、そうじゃなかった。
 みずっちの言うとおりだ。自分の能天気さが、今は心から恨めしい。

「わたしはね。わたしを独りぼっちから救ってくれたノゾミのことが大大大好き。でもね」

 魔女は、みずっちは、痛々しい声で叫んだ。

「同じぐらい、無神経に惨めな思いを抱かせてくるノゾミのことが大大大嫌いだったの!」

 それが、みずっちの心からの声。思い。感情。
 全部を受け止めながら、あたしは泣いていた。
 あたしはずっと、なんの問題もなく、みずっちとは親友だと思ってきた。
 でもそんな関係の裏で、みずっちに辛い思いをさせ続けていたんだと知ったら、涙が止まらなかった。
 悔しくて、悲しくて、申し訳なくて……。
 でもそんな思いさえ、もしかしたらみずっちにとっては煩わしいんじゃないかなって。
 どうにもできないという現実が辛くて、心が折れそうになって。
 あたしは、ただただ涙を零した。

「……ごめ……ごめんね、みずっち……。あたし、ぜんぜん、そんなこと……」

 それでもなにかを言わなきゃと。言ってあげなきゃと。
 体が勝手に口を動かし、喉を鳴らし、言葉を紡いでいた。
 嗚咽の混じる声で、なにを伝えたいかなんてまるで考えていない、溢れるがままの言葉をただただ繋げていく。
 止めどなく溢れる涙を、グシグシと袖で拭う。拭っても拭っても、雫は止まらない。
 ――その時だ。

「しっかりして、望実さん! 前!」

 つきのんの焦った声が飛んできて、ハッと前を見る。
 魔女が――ううん、アレは間違いなくみずっちだ。みずっちの本当の心の塊だ。
 それが、あたしの目と鼻の先にまで間合いを詰めていた。
 慌てて下がろうとするけど、間に合わずに腕を取られた。
 足を払われたことまではわかったけど、視界がグルンと回転し、肺から空気を叩き出され、気づいた時には仰向けに倒されていた。
 チャキッと薙刀の切っ先があたしに向けられる。
 これでチェックメイトだよ、と言いたげなみずっちの目を、あたしはまっすぐ見つめた。

「安心して。心を折るつもりは最初からないの。また生首に戻ってほしいだけ。生首なら、わたしがいないと何もできなくなるでしょ? わたしだけを見て、わたしだけを必要として、わたしにだけ好かれるノゾミでいてほしい……ただ、それだけだから」

 ゆっくりと持ち上がっていく薙刀。まさか、その切っ先で再び首と胴を切り離すつもりなのかな。
 ジリジリとそのタイミングが迫る中、それでもあたしは、最後になにかできないかと考えた。
 この戦いを止めるための打開策でもいいし、みずっちを救うための言葉でもいいし、遺言でもいいし、恨み辛みを詰め込んだ罵声でも……いや、それはよそう。みっともない。
 とにかく。折れかけた心をつなぎ止めて、言葉にしなきゃと必死に考えた。

「……みずっちの気持ち、全部受け止めたよ。あたし、みずっちのことたくさん傷つけてきたんだね……」

 涙と共に、自然と言葉が零れてくる。
 自分の胸の内に湧いた言葉が、そのまま、溢れ出てくる。

「ごめんねって謝っても、きっと今さらだよね……今さら気づいたって、遅かったんだよね。もう、みずっちの思いは固まってるんだもんね」

 みずっちは全部口にしてくれた。どんな形であれ、状況であれ、本音を全部口に出してくれた。
 なら、それを受け止めた上で沸き起こるあたしの思いを、まっすぐ素直に伝える。
 それしか、あたしにはできないと思ったから。

「……でもね。やっぱりあたしは、理解はできても納得はできないよ。だって、みずっちのやり方は――世界のなにもかもを破壊してでも、生首のあたしと二人きりになりたいってやり方は、他のたくさんの楽しみさえ犠牲にするって思うから……」

 あたしは必死に頭の引き出しをあさって、言葉を探す。繋いでいく。
 それがもしも薄っぺらくてもいい。届かなくてもいい。響かなくてもいい。

「やっぱりあたしは、みずっちのことが好きだし、これからも友達でいたいって思うし……なにより――」

 あたしの気持ちをぶつけないままで終わるなんて、嫌だから。
 今、胸に抱いた思いを、繋いだ言葉を、あたしは、正直にそのまま突きつけた。


 
「あたしはまた、みずっちと一緒に――クレープが食べたいから!」



 ――瞬間。
 みずっちの手が止まった。

「クレー……プ?」

 みずっちはちょっとずつあたしから後ずさり、やがて薙刀を手放し、頭を押さえた。

「ノゾミと、クレープ……一緒に、食べ、て……あ、ああああっ!」

 突然苦しみだしたみずっち。その様子の変化に、あたしは戸惑う。

「クレープ? いったい……なにを? これは……ううっ! な、なんの記憶、なの?」

 そして、驚くべきことに。
 魔女のまとうコスチュームの黒色が、時々白色に変化したのだ。

「う、あああっ! で、出てくるなっ! これで、わたし達の願いが……ううっ! あ叶うのにっ! みずほ……お前は……ああっ!」

 苦しみ悶えながら魔女が叫ぶ。
 コスチュームの白黒変化がどんどん激しくなっていく。

「違う……そんなの、わたしの願いじゃない! 『達』じゃ、ない! わたしは……望まない!」

 魔女の体から、明らかに魔女とは違う雰囲気の言葉が出てきた。
 そこであたしもハッと気づく。
 今、みずっちが戦っている。どういうわけか目を覚ました元のみずっちが、自分の体を支配している魔女の意識と戦っているんだ!
 きっとクレープって言葉がトリガーだったんだ。あの日、エルドラへ来る直前。二人で美味しくクレープを食べた時の記憶が、溢れてきたから……。
 あの楽しかった記憶が溢れて、みずっちの心に火が灯ったんだ!

「出て行け、わたしの中から……! わたしの、わたしの願いは――」

 頭を押さえ、肩で息をしながら、必死に抗うみずっち。
 その体からシューシューと黒い靄が抜けていき、次第にコスチュームの色も白の面積が増えていく。

「もうちょっと……もう少しだよ、みずっち!」

 気づけばあたしは駆け出していた。みずっちのことを、強く強く抱きしめていた。
 悶えるみずっちの、思いも、言葉も、不安定な姿も、全部受け止めるために。
 友達として、親友として――今度こそ、全部受け止めてあげるために!

「がんばれ! 負けるな、みずっちぃ!!」

 あたしが力一杯抱きしめながら叫んだ瞬間。
 みずっちも同じように、あたしを力一杯抱き寄せてきた。

「わたしの願いは、またノゾミと一緒に――クレープ食べることなんだから!」

 瞬間、抜けていく靄の勢いが一層激しくなった。
 最後の最後まで抵抗していた黒色が、一気にみずっちから抜けていく。白と青の配色が徐々に戻ってくる。
 これまでの可愛らしいコスチューム姿を取り戻したみずっちは、しばらくは両足で踏ん張りながら荒い呼吸を繰り返していた。けれど力が抜けて崩れかけてしまう。
 あたしは抱きしめながらそれを支え、そっと床に寝かせた。
 みずっちはうっすらと目を開けると、すぐにあたしに気づいた。
 なにか言わなきゃ。言ってあげなきゃ。
 でも、こういうタイミングになるとパニックでわけがわからなくなる。
 ……だから、もう、あれこれ考えるのはやめようと思った。
 だって、考えて導き出した言葉よりも純粋な願いを込めた言葉のほうが、みずっちを魔女から救ったのだ。
 なら、今のみずっちにかけるべき言葉も、小難しく考える必要はないんだと。
 ただ、本当の想いを言ってあげればいいんだと。
 そう思ったんだ。

「みずっち……今までごめんね」
「ううん。わたしも、ごめん」

 お互いに謝り合うと、しばらくしてクスッと笑い合った。
 今までのことが、これで全部清算されたわけじゃない。だって、みずっちを傷つけてきた事実は消えないんだもん。
 でもだからこそ、その事実はしっかり心に刻んだ上で、やり直せばいい。
 今この時が、あたし達のリスタートなんだ。
 あの瞬間を――遠い昔、公園のベンチでのやり取りをもう一度、エルドラではじめればいいんだ。

「あたしと、友達になろうよ、みずっち」
「…………うんっ」

 涙を零しながら満面の笑みを浮かべたみずっちを、あたしは抱き寄せる。
 みずっちも、それに応えるように力を込めてくれた。
 これでいい。きっと、これでもう大丈夫。
 痛みも悲しみも、全部共有しあった上での友達だから……もうあたし達は、間違わない。
 あたしの胸の中は、そんな優しい気持ちと自信で一杯になった。



 ……と、幸せな気持ちだったのに。

「あは、あははははっ!」

 突然、笑い声が上空から聞こえて、あたしとみずっちは何事かと見上げる。
 黒い靄の塊が浮いていた。たぶん、みずっちの中から出ていった邪気だ。
 それはブラックホールのように渦を巻いてうごめきながら一所に留まり――
 ギラッと、妖怪みたいに鋭い目を見開いた。

「な、な……なんじゃありゃあ!」

 どうやら、ハッピーエンドにはまだちょっと早かったらしい。
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