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本編
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「リリーディア、聞いているのか?」
その声で思考の海から引き戻される。
「え? あ、ハイ、キイテマス」
不意をつかれたので、リリーディアの口からはやや気の抜けた声が出てしまった。
「……さては聞いてなかったな?」
これをセドリックは聞き逃さず、半目になった。
「イヤデスワ、デンカノキノセイデスヨ、ウフフフ」
「……リリィ、お前そういうとこあるよな。誤魔化しても無駄だぞ、どれだけ一緒にいると思っている?」
「気のせいですわって言っているじゃないですか。殿下は本当にしつこ……探求心旺盛でいらっしゃいますね」
「探求心旺盛の遣い方おかしいだろ。明らかにしつこいと言いかけたのを誤魔化したな、今」
リリーディアは肩を竦めて否定のジェスチャーをとりながら耳聡い奴め、と心の中で舌打ちをする。
「絶対心の中でチッ! って、やっただろ!!!」
「……そんなことはどうでもよいのです。それよりも殿下、断言致します。私はレイミナ嬢に言いがかりもつけていなければ、嫌がらせなどしていませんわ。何の証拠があるというのでしょう? まあ、やってもいないのに証拠など出てくるはずもありませんが」
「しかしレイミナ嬢はお前にやられたと言っている」
「度重なるルールとマナーの違反を指摘し、指導していただけです。各種嫌がらせに至ってはレイミナ嬢がご自身でドタバタしているところを目撃しただけです、しかも遠目で。どうやって嫌がらせができるのです? ハンドパワーを使ったとでもおっしゃるのですか? 生憎特殊能力は持ち合わせてはおりません」
「? はんどぱわー、とは何だ?」
しまった、ハンドパワーという言葉はこの世界には存在しないのか!
慌てたリリーディアは平静を装い、
「……遥か東の国での魔法の別称ですわ。何かの文献で読みましたの」
すました声で誤魔化しを試みた。セドリックはふむ、そうなのかなどと言って頷いている。誤魔化しは成功したようだ。ちょろい。
「とにかく、レイミナ嬢は指導を庶民だから分からないと言って無視し続けました。貴族社会の縮図であるこの学園に飛び込んだ以上、分からないでは済まされません。ルールやマナーを覚えないと、将来困ったことになるのはレイミナ嬢です。そうならないように私は指導を続けました、ただそれだけです。一切悪事など働いてはいません、親切心ですわ」
他の令嬢方へのですけどね、とは言わないでおく。結果的にはレイミナ嬢への為にもなるので嘘は言っていない。
「レイミナ嬢、どうなのだ?」
セドリックがレイミナに視線を移すと、レイミナは悲しげな表情になった。
「だって私は平民ですよ、貴族のルールなんて関係ないじゃないですか。それなのに貴族、貴族って。リリーディア様は酷いわ、自分の価値観を私に無理やり押し付けて来るんですもの。怖いお顔で言ってきたりもしたのよ!セドリック様たちが傍にいてくれなかったら、私怖くて登校できなかったかもしれないわ。これからもずっと傍にいてね、セドリック様」
瞳を潤ませてはにかみながらセドリックを見上げる。
「関係ないですって? 殿下のお傍に居たいなら尚更覚える必要があるでしょうに。そんなことも理解できないのですか? 怖いお顔とおっしゃいますが、何十回も同じこと言わされていたらそうなっても仕方ないでしょう。怒りを我慢するにも限界というものがあるのです」
「……ツッコミたい文言があった気がするが今は置いておくとして。嫌がらせの件はどうなのだ」
「池に落ちた時も穴に落ちた時も、顔を上げたらリリーディア様と目が合ったの! 怪しいでしょ! 池の畔に少し大きめの石があって躓いたのも、あんなところに穴が掘ってあったのも、きっと全部リリーディア様がやったのよ。セドリック様とヒロインの私との仲を妬んで!」
言い逃れなどできないだろうと言わんばかりのどや顔でレイミナがリリーディアを指差す。
今自分でも言っただろう、石があって躓いたと。突き落とされたと言っていたのに矛盾が生じているではないか。
裏庭の穴は清掃・営繕担当職員により前々から掘られたものであり、リリーディアの知ったことではない。ゲーム補正かレイミナの策略かは判りかねるが、タイミング悪く現場を遠目に目撃しただけである。
「殿下とあなたの仲など妬んでいませんが? 貴族に相応しい振る舞いを身に着けて周囲からとやかく言われずに済むようにとおせっかいを焼いたのですが、余計なお世話だったようですわね。これ以上言ったところで無駄でしょうから、二度と言いませんわ。それに自分の不注意を私のせいにするなんて……妄想だけを根拠に言いがかりをつけているのはあなたではなくて?」
扇子で口元を隠し、上目遣いで首を傾げてやれば、レイミナは顔を真っ赤にして目を吊り上げた。どちらが怖いお顔をしているのやらと言いたくなったが、黙っておくことにする。
「よ、余計なお世話よ! 本当に可愛げがなくて嫌な人ね、リリーディア様って。あぁっ、こんな人が婚約者なんてセドリック様がお可哀想! ねぇ、セドリック様ぁ」
畳みかけるような反撃に怯みつつも、仰々しく嘆きながらレイミナがセドリックにしな垂れかかる。
いよいよ決着の時か――――とりあえず言いたいことは言えたのでスッキリはした。そう思い、リリーディアはセドリックを見つめる。セドリックはやや俯いており、その表情はわからない。
「……んで……」
「え?」
俯き加減のセドリックから発せられた小さな声。よく聞き取れず、レイミナは小首を傾げる。
それと同時に顔を上げたセドリックが、リリーディアを睨め付けた。
「何で!! 妬まないんだ!! 俺が他の女性と一緒にいるというのに、何故妬かない!!」
その声で思考の海から引き戻される。
「え? あ、ハイ、キイテマス」
不意をつかれたので、リリーディアの口からはやや気の抜けた声が出てしまった。
「……さては聞いてなかったな?」
これをセドリックは聞き逃さず、半目になった。
「イヤデスワ、デンカノキノセイデスヨ、ウフフフ」
「……リリィ、お前そういうとこあるよな。誤魔化しても無駄だぞ、どれだけ一緒にいると思っている?」
「気のせいですわって言っているじゃないですか。殿下は本当にしつこ……探求心旺盛でいらっしゃいますね」
「探求心旺盛の遣い方おかしいだろ。明らかにしつこいと言いかけたのを誤魔化したな、今」
リリーディアは肩を竦めて否定のジェスチャーをとりながら耳聡い奴め、と心の中で舌打ちをする。
「絶対心の中でチッ! って、やっただろ!!!」
「……そんなことはどうでもよいのです。それよりも殿下、断言致します。私はレイミナ嬢に言いがかりもつけていなければ、嫌がらせなどしていませんわ。何の証拠があるというのでしょう? まあ、やってもいないのに証拠など出てくるはずもありませんが」
「しかしレイミナ嬢はお前にやられたと言っている」
「度重なるルールとマナーの違反を指摘し、指導していただけです。各種嫌がらせに至ってはレイミナ嬢がご自身でドタバタしているところを目撃しただけです、しかも遠目で。どうやって嫌がらせができるのです? ハンドパワーを使ったとでもおっしゃるのですか? 生憎特殊能力は持ち合わせてはおりません」
「? はんどぱわー、とは何だ?」
しまった、ハンドパワーという言葉はこの世界には存在しないのか!
慌てたリリーディアは平静を装い、
「……遥か東の国での魔法の別称ですわ。何かの文献で読みましたの」
すました声で誤魔化しを試みた。セドリックはふむ、そうなのかなどと言って頷いている。誤魔化しは成功したようだ。ちょろい。
「とにかく、レイミナ嬢は指導を庶民だから分からないと言って無視し続けました。貴族社会の縮図であるこの学園に飛び込んだ以上、分からないでは済まされません。ルールやマナーを覚えないと、将来困ったことになるのはレイミナ嬢です。そうならないように私は指導を続けました、ただそれだけです。一切悪事など働いてはいません、親切心ですわ」
他の令嬢方へのですけどね、とは言わないでおく。結果的にはレイミナ嬢への為にもなるので嘘は言っていない。
「レイミナ嬢、どうなのだ?」
セドリックがレイミナに視線を移すと、レイミナは悲しげな表情になった。
「だって私は平民ですよ、貴族のルールなんて関係ないじゃないですか。それなのに貴族、貴族って。リリーディア様は酷いわ、自分の価値観を私に無理やり押し付けて来るんですもの。怖いお顔で言ってきたりもしたのよ!セドリック様たちが傍にいてくれなかったら、私怖くて登校できなかったかもしれないわ。これからもずっと傍にいてね、セドリック様」
瞳を潤ませてはにかみながらセドリックを見上げる。
「関係ないですって? 殿下のお傍に居たいなら尚更覚える必要があるでしょうに。そんなことも理解できないのですか? 怖いお顔とおっしゃいますが、何十回も同じこと言わされていたらそうなっても仕方ないでしょう。怒りを我慢するにも限界というものがあるのです」
「……ツッコミたい文言があった気がするが今は置いておくとして。嫌がらせの件はどうなのだ」
「池に落ちた時も穴に落ちた時も、顔を上げたらリリーディア様と目が合ったの! 怪しいでしょ! 池の畔に少し大きめの石があって躓いたのも、あんなところに穴が掘ってあったのも、きっと全部リリーディア様がやったのよ。セドリック様とヒロインの私との仲を妬んで!」
言い逃れなどできないだろうと言わんばかりのどや顔でレイミナがリリーディアを指差す。
今自分でも言っただろう、石があって躓いたと。突き落とされたと言っていたのに矛盾が生じているではないか。
裏庭の穴は清掃・営繕担当職員により前々から掘られたものであり、リリーディアの知ったことではない。ゲーム補正かレイミナの策略かは判りかねるが、タイミング悪く現場を遠目に目撃しただけである。
「殿下とあなたの仲など妬んでいませんが? 貴族に相応しい振る舞いを身に着けて周囲からとやかく言われずに済むようにとおせっかいを焼いたのですが、余計なお世話だったようですわね。これ以上言ったところで無駄でしょうから、二度と言いませんわ。それに自分の不注意を私のせいにするなんて……妄想だけを根拠に言いがかりをつけているのはあなたではなくて?」
扇子で口元を隠し、上目遣いで首を傾げてやれば、レイミナは顔を真っ赤にして目を吊り上げた。どちらが怖いお顔をしているのやらと言いたくなったが、黙っておくことにする。
「よ、余計なお世話よ! 本当に可愛げがなくて嫌な人ね、リリーディア様って。あぁっ、こんな人が婚約者なんてセドリック様がお可哀想! ねぇ、セドリック様ぁ」
畳みかけるような反撃に怯みつつも、仰々しく嘆きながらレイミナがセドリックにしな垂れかかる。
いよいよ決着の時か――――とりあえず言いたいことは言えたのでスッキリはした。そう思い、リリーディアはセドリックを見つめる。セドリックはやや俯いており、その表情はわからない。
「……んで……」
「え?」
俯き加減のセドリックから発せられた小さな声。よく聞き取れず、レイミナは小首を傾げる。
それと同時に顔を上げたセドリックが、リリーディアを睨め付けた。
「何で!! 妬まないんだ!! 俺が他の女性と一緒にいるというのに、何故妬かない!!」
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