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レイミナ=モリスの当日譚
2(完)
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(グッバイ、コバエ!醜態をさらして惨めに消え去りなさい!)
俯くリリーディアを見下ろしながら、セドリックの背中の陰でほくそ笑む。内心小躍りものだ、何せあのお小言マシーンが目の前で意気消沈しているのだから。
「リリーディア、聞いているのか?」
セドリックが苛つきの滲んだ声でリリーディアに問いかけた。
いよいよ悪役令嬢が泣き喚いて王子に無様にすがるシーンが見られると思うと、ワクワクして仕方がない。しかし顔に出すわけにはいかないので、レイミナは顔の筋肉を引き締める。
レイミナが頬に力を込めていると、リリーディアがゆっくりと顔を上げる。そして。
「え? あ、ハイ、キイテマス」
気の抜けた声を出した。その顔は涙でグシャグシャになどなっておらず、若干間の抜けた顔つきにはなっていたがいつもの美貌のままだ。
(は? え? 何? きったない顔になるんじゃないの!?)
ゲームで断罪シーンはムービーでもスチルでもなく、キャラクターのバストアップイラストとテキストで表現されているのみだった。テキストでは悪役令嬢は顔を涙でグシャグシャに濡らし違うのです、誤解ですと言いつつ王子に縋り付こうとするが、その手は無情にも払われてしまう。王子の手はヒロインを抱きしめるためのものなのだから。
罪を暴かれた悪役令嬢は王都追放を言い渡され、国の最北端の森にある寂れた塔に幽閉されるという展開だ。テキストを読んで想像するしかできなかったそれを動く映像として目にするのを楽しみにしていたのに、今予想外の状況に陥っている。何故か王子と悪役令嬢の漫才的なやり取りが繰り広げられているのだ。
思わず呆気に取られていたレイミナだったが、思わぬ人物によって話が軌道修正された。まさかの悪役令嬢の手によってだ。
想像してた状況とは少し違うが、流れはどうにかゲームに近い展開になってきたのでホッとする。
目前では毅然としたリリーディアとセドリックがまだ問答を続けていた。すぐにセドリックが追放を言い渡して終わるのかと思っていたのに意外と長いなとやり取りを聞いていたら、不意にセドリックから意見を求められた。
慌てて悲しげな顔を作る。そして自分は悪くないことを訴え、王子達のおかげで頑張れたことを伝えてから大好きの気持ちを込めて目を潤ませながらセドリックを見上げた。
その後ろにいるクラヴィスやカシムが、
「く……っ!かわいい……!!!」
と悶えながら胸を押さえているのが目に入る。
(フッ、誘惑対象外の相手のハートまで撃ち抜いてしまったようね……私ってば罪なオ・ン・ナ!……だけど)
自分を包んでくれるはずの温もりがやって来ないーーーーセドリックは自分を見ていない。
彼の視線の先には、コバエがいた。
「関係ないですって?」
レイミナの言葉に強めの語気で反論してくるコバエの話を真剣な顔つきで聴いている。
しぶといコバエだ、と心の中で舌打ちをする。セドリックもセドリックだ、いちいちコバエの言葉など聴かなくていいものを。罪人の言葉など一蹴すれば良いのだ、それだけの権力があるのだから。さっさとスーパーハッピーエンドのスチルのようにセドリックと抱き合って、キスしたいのに。
状況にもリリーディアの言い様にも腹が立っていたレイミナは、二つの落下事件をリリーディアによる犯行だと叫んだ。どちらの事件の際も彼女と目が合ったし、悪役令嬢なのだから犯人に決まっている。何か起きればすべて悪役令嬢のせいなのだという思い込みが、レイミナを自信満々にさせた。
しかしリリーディアは狼狽えることもなくあっさりと否定し、馬鹿にしたような態度を取ってくる。
「よっ、余計なお世話よ!本当に可愛げがなくて嫌な人ね、リリーディア様って」
(腹立つ腹立つ腹立つ~~~~!!何なのよ、コバエのくせに!!!そういう可愛げのないところが鬱陶しがられて、セドリックに捨てられるのよっ!)
ゲームをやっていた時より、リリーディアへのイライラが募る。つい本音が口から飛び出し、声にも苛立ちが混じってしまった。自分で可愛さを失った声にはっとする。いけないと思い、それを取り繕うように両手で口を覆った。
ヒロインは可愛くなければいけない、か弱くなければいけない。自分の心を落ち着かせる。そしてまるで恐ろしいものを見るような目をリリーディアに向けた。
「ああっ、こんな人が婚約者だなんてセドリック様がお可哀想!ねぇ、セドリック様ぁ」
大仰に嘆きつつ、レイミナがセドリックへとしなだれ掛かる。
しかし、何も反応が返ってこない。
ちら、と彼の様子を窺うと、やや俯いていた。表情は見えない。
「……んで……」
「え?」
微かに声が聞こえた気がしたが、いまいち聞き取れず小首を傾げる。
すると突然セドリックが勢いよく顔を上げて叫んだ。
「何で!!妬まないんだ!!俺が他の女性と一緒にいるというのに、何故妬かない!!」
(ーーーーーーーーは?????)
セドリック本人を除く会場内の人間が、一斉に固まる。思わぬ状況に皆言葉を失ったのだ。
その後いち早く正気を取り戻したらしい悪役令嬢と王子のやり取りも、ただただ周囲を困惑させた。セドリックにしなだれかかったまま呆然とやり取りを眺めていたレイミナもまたそのうちの一人だ。
不意に、セドリックがレイミナを見る。
目が合った。よく考えたら今日初めて目が合ったかもしれない。
レイミナはようやく自分を抱きしめてもらえるのかと期待して甘い視線を送ってみたが、セドリックは眉を顰めてレイミナを振り払った。
「やぁんっ」
大して強く振り払われたわけではないのだが、吹けば倒れるような可憐な令嬢を演ずるべくかわいい声を出しながら大袈裟によろけて見せた。すると、素早くカシムとクラヴィスが受け止めてくれる。
本命ではないが、イケメンにちやほやされるのは気分がいい。うっとりとして謝辞を述べれば、二人は頬を染めて俺たちは君の騎士なんだから当然さなどと言ってきた。レイミナは口元に満足げに笑みを浮かべる。
昨日までは順調だった。今日も途中まではゲーム通りだった。選択ミスも犯していないはずだ。だから大丈夫だと気をとり直す。しかし。
「私の隣に添うのはリリーディア=ローゼただ一人、そう決まっている」
その言葉に耳を疑った。
その後もリリーディアを罵ると罰すると脅されたり、惚気られたりした。
何故、どうしてと疑問ばかりが頭の中をぐるぐる回る。ゲーム通りに動いたのに一番手に入れたかった男が手に入らないばかりか、自分は断罪されるかもしれない。
逆ハーレムをキープしつつの王子エンドを狙ったのが悪かったのだろうか。ショックで体が震えてしまう。
ブラッドレイが冷えた手を握って心配そうに見つめてくれた。クラヴィスも背中に手を添えてくれ、カシムも腰を抱いてくれている。しかし一番欲しい男は、目の前でコバエとイチャイチャ夫婦漫才を繰り広げていた。
(何でよ、何でなのよ!!何がどうしてこうなるのよっ!?)
ぎり、と歯噛みしつつリリーディアを睨みつけていると、凛とした声が響く。
国王だった。
会場には完全にレイミナが悪者という空気が流れている。
このままでは処分されてしまう、そう怯えていると助け舟が出された。
憎い相手からだ。いい子ぶるな、と思う。けれど死にたくはない。
国王に反省を意の有無を問われ、渋々頷く。だが、あくまで国王にであって、リリーディアにではない。
その姿を確認し、抑揚に頷いた国王は自分たちに沙汰を告げた。
呆気にとられるほどの、大したことのない処罰だった。
罰を軽減すると言われても流石に退学か、王子への接触禁止令くらいは覚悟していた。
それなのに一月の謹慎、たったのそれだけ。実質ほぼお咎めなしということだ。
「ふふふ……あははは!やったわ!あ~よかった!やっぱり神はヒロインの味方なのよ!」
「レ、レイミナ!」
歓喜の声を上げつつ取り巻きたちに抱きつくと三人から窘められたので、口を尖らせて上目遣いで見てやれば、彼らは頬を染めて仕方ないなあなどと言ってデレデレした。
ちょろいなと思いつつ視線を周囲に巡らせる。すると愕然とした顔のリリーディアと、彼女を愛しそうに後ろから抱きしめるセドリックの姿が目に入った。
セドリックが自分以外の女にひっついてることは面白くないが、リリーディアの表情はおかしくてたまらない。
彼女にはつい先刻までやり込められていたので、蒼白な顔を見て少しだけ溜飲が下がった。
窮地を脱せたし、悪役の苦々しい顔も見ることができた。何とか生き残った。今度こそセドリックを手に入れられるはずだ。にんまりと口元に笑みを浮かべる。
「セドリック様、必ずあなたを振り向かせてみせますわっ!!」
レイミナは愛しい彼を指さすと、高らかに宣言した。
レイミナのセカンドステージが始まるーーーー…………?
俯くリリーディアを見下ろしながら、セドリックの背中の陰でほくそ笑む。内心小躍りものだ、何せあのお小言マシーンが目の前で意気消沈しているのだから。
「リリーディア、聞いているのか?」
セドリックが苛つきの滲んだ声でリリーディアに問いかけた。
いよいよ悪役令嬢が泣き喚いて王子に無様にすがるシーンが見られると思うと、ワクワクして仕方がない。しかし顔に出すわけにはいかないので、レイミナは顔の筋肉を引き締める。
レイミナが頬に力を込めていると、リリーディアがゆっくりと顔を上げる。そして。
「え? あ、ハイ、キイテマス」
気の抜けた声を出した。その顔は涙でグシャグシャになどなっておらず、若干間の抜けた顔つきにはなっていたがいつもの美貌のままだ。
(は? え? 何? きったない顔になるんじゃないの!?)
ゲームで断罪シーンはムービーでもスチルでもなく、キャラクターのバストアップイラストとテキストで表現されているのみだった。テキストでは悪役令嬢は顔を涙でグシャグシャに濡らし違うのです、誤解ですと言いつつ王子に縋り付こうとするが、その手は無情にも払われてしまう。王子の手はヒロインを抱きしめるためのものなのだから。
罪を暴かれた悪役令嬢は王都追放を言い渡され、国の最北端の森にある寂れた塔に幽閉されるという展開だ。テキストを読んで想像するしかできなかったそれを動く映像として目にするのを楽しみにしていたのに、今予想外の状況に陥っている。何故か王子と悪役令嬢の漫才的なやり取りが繰り広げられているのだ。
思わず呆気に取られていたレイミナだったが、思わぬ人物によって話が軌道修正された。まさかの悪役令嬢の手によってだ。
想像してた状況とは少し違うが、流れはどうにかゲームに近い展開になってきたのでホッとする。
目前では毅然としたリリーディアとセドリックがまだ問答を続けていた。すぐにセドリックが追放を言い渡して終わるのかと思っていたのに意外と長いなとやり取りを聞いていたら、不意にセドリックから意見を求められた。
慌てて悲しげな顔を作る。そして自分は悪くないことを訴え、王子達のおかげで頑張れたことを伝えてから大好きの気持ちを込めて目を潤ませながらセドリックを見上げた。
その後ろにいるクラヴィスやカシムが、
「く……っ!かわいい……!!!」
と悶えながら胸を押さえているのが目に入る。
(フッ、誘惑対象外の相手のハートまで撃ち抜いてしまったようね……私ってば罪なオ・ン・ナ!……だけど)
自分を包んでくれるはずの温もりがやって来ないーーーーセドリックは自分を見ていない。
彼の視線の先には、コバエがいた。
「関係ないですって?」
レイミナの言葉に強めの語気で反論してくるコバエの話を真剣な顔つきで聴いている。
しぶといコバエだ、と心の中で舌打ちをする。セドリックもセドリックだ、いちいちコバエの言葉など聴かなくていいものを。罪人の言葉など一蹴すれば良いのだ、それだけの権力があるのだから。さっさとスーパーハッピーエンドのスチルのようにセドリックと抱き合って、キスしたいのに。
状況にもリリーディアの言い様にも腹が立っていたレイミナは、二つの落下事件をリリーディアによる犯行だと叫んだ。どちらの事件の際も彼女と目が合ったし、悪役令嬢なのだから犯人に決まっている。何か起きればすべて悪役令嬢のせいなのだという思い込みが、レイミナを自信満々にさせた。
しかしリリーディアは狼狽えることもなくあっさりと否定し、馬鹿にしたような態度を取ってくる。
「よっ、余計なお世話よ!本当に可愛げがなくて嫌な人ね、リリーディア様って」
(腹立つ腹立つ腹立つ~~~~!!何なのよ、コバエのくせに!!!そういう可愛げのないところが鬱陶しがられて、セドリックに捨てられるのよっ!)
ゲームをやっていた時より、リリーディアへのイライラが募る。つい本音が口から飛び出し、声にも苛立ちが混じってしまった。自分で可愛さを失った声にはっとする。いけないと思い、それを取り繕うように両手で口を覆った。
ヒロインは可愛くなければいけない、か弱くなければいけない。自分の心を落ち着かせる。そしてまるで恐ろしいものを見るような目をリリーディアに向けた。
「ああっ、こんな人が婚約者だなんてセドリック様がお可哀想!ねぇ、セドリック様ぁ」
大仰に嘆きつつ、レイミナがセドリックへとしなだれ掛かる。
しかし、何も反応が返ってこない。
ちら、と彼の様子を窺うと、やや俯いていた。表情は見えない。
「……んで……」
「え?」
微かに声が聞こえた気がしたが、いまいち聞き取れず小首を傾げる。
すると突然セドリックが勢いよく顔を上げて叫んだ。
「何で!!妬まないんだ!!俺が他の女性と一緒にいるというのに、何故妬かない!!」
(ーーーーーーーーは?????)
セドリック本人を除く会場内の人間が、一斉に固まる。思わぬ状況に皆言葉を失ったのだ。
その後いち早く正気を取り戻したらしい悪役令嬢と王子のやり取りも、ただただ周囲を困惑させた。セドリックにしなだれかかったまま呆然とやり取りを眺めていたレイミナもまたそのうちの一人だ。
不意に、セドリックがレイミナを見る。
目が合った。よく考えたら今日初めて目が合ったかもしれない。
レイミナはようやく自分を抱きしめてもらえるのかと期待して甘い視線を送ってみたが、セドリックは眉を顰めてレイミナを振り払った。
「やぁんっ」
大して強く振り払われたわけではないのだが、吹けば倒れるような可憐な令嬢を演ずるべくかわいい声を出しながら大袈裟によろけて見せた。すると、素早くカシムとクラヴィスが受け止めてくれる。
本命ではないが、イケメンにちやほやされるのは気分がいい。うっとりとして謝辞を述べれば、二人は頬を染めて俺たちは君の騎士なんだから当然さなどと言ってきた。レイミナは口元に満足げに笑みを浮かべる。
昨日までは順調だった。今日も途中まではゲーム通りだった。選択ミスも犯していないはずだ。だから大丈夫だと気をとり直す。しかし。
「私の隣に添うのはリリーディア=ローゼただ一人、そう決まっている」
その言葉に耳を疑った。
その後もリリーディアを罵ると罰すると脅されたり、惚気られたりした。
何故、どうしてと疑問ばかりが頭の中をぐるぐる回る。ゲーム通りに動いたのに一番手に入れたかった男が手に入らないばかりか、自分は断罪されるかもしれない。
逆ハーレムをキープしつつの王子エンドを狙ったのが悪かったのだろうか。ショックで体が震えてしまう。
ブラッドレイが冷えた手を握って心配そうに見つめてくれた。クラヴィスも背中に手を添えてくれ、カシムも腰を抱いてくれている。しかし一番欲しい男は、目の前でコバエとイチャイチャ夫婦漫才を繰り広げていた。
(何でよ、何でなのよ!!何がどうしてこうなるのよっ!?)
ぎり、と歯噛みしつつリリーディアを睨みつけていると、凛とした声が響く。
国王だった。
会場には完全にレイミナが悪者という空気が流れている。
このままでは処分されてしまう、そう怯えていると助け舟が出された。
憎い相手からだ。いい子ぶるな、と思う。けれど死にたくはない。
国王に反省を意の有無を問われ、渋々頷く。だが、あくまで国王にであって、リリーディアにではない。
その姿を確認し、抑揚に頷いた国王は自分たちに沙汰を告げた。
呆気にとられるほどの、大したことのない処罰だった。
罰を軽減すると言われても流石に退学か、王子への接触禁止令くらいは覚悟していた。
それなのに一月の謹慎、たったのそれだけ。実質ほぼお咎めなしということだ。
「ふふふ……あははは!やったわ!あ~よかった!やっぱり神はヒロインの味方なのよ!」
「レ、レイミナ!」
歓喜の声を上げつつ取り巻きたちに抱きつくと三人から窘められたので、口を尖らせて上目遣いで見てやれば、彼らは頬を染めて仕方ないなあなどと言ってデレデレした。
ちょろいなと思いつつ視線を周囲に巡らせる。すると愕然とした顔のリリーディアと、彼女を愛しそうに後ろから抱きしめるセドリックの姿が目に入った。
セドリックが自分以外の女にひっついてることは面白くないが、リリーディアの表情はおかしくてたまらない。
彼女にはつい先刻までやり込められていたので、蒼白な顔を見て少しだけ溜飲が下がった。
窮地を脱せたし、悪役の苦々しい顔も見ることができた。何とか生き残った。今度こそセドリックを手に入れられるはずだ。にんまりと口元に笑みを浮かべる。
「セドリック様、必ずあなたを振り向かせてみせますわっ!!」
レイミナは愛しい彼を指さすと、高らかに宣言した。
レイミナのセカンドステージが始まるーーーー…………?
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