けいはんシリーズ

カニコフ

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〈ジョーハル〉オンリーナンバーワン

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『お前なんて嫌いだ』

と会うたびに思う。相手は僕の恋人。
うちの芸大と数駅離れた別の芸大のアートプロデュース学科とかいう学科の同じ二年生の一乗寺泉〈いちじょうじ せん〉。
親しい友人には一乗寺をもじってジョージと呼ばれていて、僕もそう呼んでいる。
そいつの大学主催のプロジェクトで作業をして、帰りに近くのラーメン屋で夜メシを食べてる時なんてもう最悪中の最悪。
夜のラーメン屋、木目のテーブルに蛍光灯の冷たい光が反射している。僕は細身の体を椅子にすぼめ、シルバーにブリーチした短めの髪をかき上げる。小柄なせいか、座っているだけで少し存在感が薄れる。
対して、向かいに座るジョージは、黒縁メガネ、少し伸ばした髪とセレクトショップで選んだどっかのブランドの白シャツ、歳に似合わないヒゲも、何もかも自信に溢れている。ジョージの存在は、いつもそうだ。容姿も、空気の読み方も、何もかもが完璧すぎる。小柄で線が細い僕とは正反対に、周囲の目を自然と引き寄せる陽キャオーラと小慣れた雰囲気。
客観的に見て、変わったものを好む女子にとって、かなり好ましい見た目をしてる。なによりこの──。
「あっ、ジョージじゃん! おひさじゃない? この前の学食ぶり?」
女子同士で食べにきていた知り合いであろう巻き髪ギャルが、通りがかりに、僕の恋人こと、ジョージに声をかける。
「おー、あかりちん! ヤバいな、その髪色。インナーカラー、赤にしたんや。あり寄りのありだわー」
そう言って自然に美人の髪に触れる。美人も嫌がるそぶりすら見せず、兄妹猫のじゃれあいのように彼のその男のスキンシップを笑って受け入れている。
正しい陽キャのコミュニケーションとはかくあるべしを見せられている気分だ。率直に気分が悪い。
自分のコンプレックスと嫉妬、両方が混ざった感情が心に渦巻いている。
机の下の貧乏ゆすりのBPMも上がっていく。
「ね、ジョージ。また写真学科の野際先輩とか集まって飲まん? 野際会しよーよ」
「なんやねん、自分、言い出しっぺやねんし、自分で企画しぃやー」
「やだ、めんどいー。ジョージがやった方が絶対人集まるしー」
「は? 死ね。まぁ、今やってるプロジェクト、写真の人らも巻き込んだら楽しそうやし、またラインするわ」
「ほらぁ、そゆとこー。もー、ジョージ好き好きー。最高ー」
「うっざー、帰れ帰れー」

お気付きだろうか、この空気感。女の子に「死ね」と言おうが「ウザい」と言おうが好かれるこの男のポテンシャルを!ナチュラルボーンモテ男、それがこの男、一乗寺泉だ。
「はぁー……悪かったなあ、ハル。こっちで盛り上がってもうて。でも、写真学科の人とコラボ、面白くなりそうじゃん?」
女の子が去った後、こちらに向き直して話しかける姿に罪悪感のカケラもない。そりゃそう、ジョージは悪いことなんてしてないんだから。ただ僕がムカつくだけ。
「……面白くないけど?」
「ホンマ? ありやと思うけどなぁ。あの人らは映像やイラストとはちゃう物の見方してはるから…」
「お前はッッッ!!」
僕は、バンッと机を拳で叩き声をあげた。ジョージがどんな顔でこちらを見ているのか知りたくなくて、下を向いたまま話す。
「お前は僕の絵だけじゃヌルいって言いたいんだろ!!それだけじゃ集客が足りないから!! だから、他の媒体も使いたいんだろ!! 」
やっちまった。お得意の癇癪、情緒不安定、メンタル弱者、クソくずの迷惑行為。俯く世界に、さっきこぼしたラーメンのスープだけがいやに気になる。
「ハルせんせーさ」
ジョージの手が俺の長い前髪にかかる。僕が泣いてないか確認するために。優しいし、パーソナルスペースが狭い、好かれる要素しかない。僕とは真逆。
「せんっ、先生じゃない! 学生だし…」
「将来的にはなるやん。ほんでさ、今回のプロジェクトのメインビジュアルはハルの絵や、それはブレへんって。でも、これは別にハルの絵を売る企画じゃないのは分かるやろ? 企画自体を成功させるには多角的な売り出し方を考えるのは俺らアートプロデュースのすべきことやん?」
ジョージは、僕を小馬鹿にした言い方なんてしない。いつだって真摯に、下を向いたままの僕を真っ直ぐ見つめて言ってくれる。
それが余計に惨めでつらい。
彼の言うことはいつでも素晴らしきかな、ど正論だよ。僕だってそれは分かってる、分かってるけどさ。
「……帰る」
「帰らんとってや」
俯く僕の顔を覗き込むようにジョージがテーブルに顔をつける。こいつの嫌なところ、何が何でも目線を合わせようとするところ。
「お前さ…、俺の絵、好きって言ったじゃん。でも、誰でも褒めるじゃん」
「うん、そうね。褒めるよ、良いと思ったものに素直たれって俺の尊敬してる人の言葉だからね」
「僕はっ……」
僕だけを褒めて欲しいって言葉は喉につかえてギリギリ口の中で耐えた。でも言ってしまいたい。呆れられようが。だってお前が、僕の絵が良いって言ったから僕は…、一本の線も引きたくない最悪の日だって鉛筆を持てるのに。

「めんどくせぇ奴ぅー」

笑って言われてたひどい言葉。眉毛を下げて笑うジョージと目が合った。そんで。
「あ…」
ジョージの三万で買ったとか言ってた白いシャツにテーブルに飛んでいたラーメンの汁が付いている。それだけ。それだけなのに、こいつ僕に必死じゃんってなんとなく思えた。
「ラーメン、汁、付いてる」
僕が指さした先を見て、ジョージは「うっわ!さいっあくや…」と落ち込んでいる。ふ、そのシミ落ちるかな。早く水で洗い流したくてたまらないだろうな。でも、お前、いい男だからさ、僕の機嫌が治りきるまで席を立たないだろ? そういうところ、モテそうで大嫌いで……好きだ。
「ハルせんせーさ。俺はお前にアートプロデューサー的な意味では謝らんで。間違ったこと言うてへんし、そんなんでいちいち機嫌悪くなられたらめんどくさって思う。でも……、お前の彼ピッピ的な意味ではしでかしたと思っとる。それはごめん」
………ほんっ、本当にお前はも───、そういうところ──!!そういうところが絶対モテるんだよ!!絶対モテるだろ!!あ───、嫌いだ!!モテる男は男の敵!!
「 ハ───?? 調子に乗んな、死ね、アホ、ボケ」
顔を上げると長い前髪の隙間からお前の顔。いいな、お前さ、そこそこのイケメンでさ。
「え、違う? 嘘やん。絶対、さっき嫉妬してたやん!」
おら、コイツのことあわよくば彼氏にしたい数多の女、残念だったな。このハイスペッカー男を焦らせたり、悲しませたり、本気で幸せにできんのは絵を描くぐらいしか取り柄のないクソコミュ症オタクの特権だよ。ばーか。
「思い上がるなよ、カース」
ほら、僕がちょっと笑って機嫌直したていを見せるとお前安心したように笑うじゃん。なんだよ、クソ。お前、僕の一億倍ぐらい人間的に優れてるのに僕なんかに一喜一憂しやがってさ。
「ジョージ。僕、天才だからお前が映像の奴連れて来ようが写真の奴連れて来ようが、僕のメインビジュアルが一番褒められるからな。お前はそれだけ分かっとったらいい」
「ははっ! アホか。そんなん当然やろ。俺、お前の絵が一番好きやし。あ、いや、ちゃうな。お前が一番好きや」
そう言って、全方位モテまくり男は僕みたいなオタクの頬を撫でるわけ。あーあ、本当にイケメン資産の無駄遣いだよ。僕なんて、絵が人よりちょっと上手いだけのクソコミュ症男なのにさ。

「『お前が好きや』」

女の声がした。
声の方、横を見るとちょうど会計にいこうとしていただろう伝票を持っている、さっきの美人がいた。
「あっ、かりちん……。今の聞いた?」
「モロ聞いたよ」
「黙っててってお願いしても?」
「いや、無理っしょ。くっそおもろいし」
「恥ずかしいやーん」
「なら、ラーメン屋でイチャつくなし」
「頼むってー!!」
イケメン形無しで、なっさけない声。僕はね、別大学だから、基本的にノーダメージだからさ。だから、ジョージみたいないい男が情けない姿はさ、いいよ、楽しい。スカッとする。
「ホモの雨降って地固まるのバーターにされた恨みはらしてやるよ!マヌケ!グループラインでバラしてやる! なんならオリジナルのラインスタンプも作ってやる!」
おー、この巻き髪完全無敵美人も、芸大に生息してる残念美人ってやつだな。
「ハルくん、君なんで笑ってんの? 君の彼氏、今すごいピンチよ」
「笑ってへんし」
「笑ってるし」
「ハー、ほんまウチの子、性格ひん曲がっとるわ」
「絵の才能以外は、全部おかんのお腹の中に置いてきたからな」
自己評価底辺の俺が、こんな尊大なことを言えちゃうのも、一乗寺泉という男が俺を認めて、俺の彼氏であるという一点だけだ。それが揺らいだら簡単に揺らぐ屋台骨に、俺は全幅の信頼を寄せてしまっている。
「性格のひん曲がってるとこも、可愛らしいけどなぁ」
そう笑う、シミ付きのシャツを着た男。
こいつに一生「すごい」と思わせたい。「すごい」から離れられないと思わせたい。
どんな才能も、豪運もぶっちぎって、俺に人生賭けて良かったと思わせたい。
そのためなら、絵の才能以外全部捨てていい。
「わー!精華せんせすご。さすが、在学中からガンガン個展開ける精華ハル先生は別格だね!」
アカリちゃんと呼ばれたなにがし絵を描く学部のギャルが大きな口を開けて笑った。
その目は少しギラついていて、この人も絵に関しては本気の人なんだと思わされた。
ジョージの周りにはそんな人間が集まってくる。いや、意図的にジョージが集めている。
お前が俺だけを心酔して、俺だけを褒めていたら、俺はそこそこ絵が上手い奴で満足できたのに。
悪魔的な陽キャ、コミュ強、才能狂い。死ね死ね死ね。大嫌いだ。
俺は恋人のオンリーワンになんてなりたくない。並いる強敵を負かして、ナンバーワンになりたい。
「一番好きやって、もっと言ってもらわんとなぁ」
お前の人生、ムチャクチャにするためなら社会性も何もかも、ドブに捨てたるわ。
僕の絵も、僕の存在も──全部、一乗寺泉に「僕だけを好きだ」と思わせるためにある。
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