58 / 58
王位継承編
-40℉ =-40 ℃(エピローグ)
しおりを挟む
摂氏の℃と華氏の℉、温度には二つの単位がある。
アンデルス・セルシウスが考案した氷が0℃で水の沸点を100℃としたのが摂氏。
一方ガブリエル・ファーレンハイトが考案した温度が華氏。
これは彼が測定した自分の体温を100℉(37.8℃)、その年一番寒い気温を0℉(-17.8 °C)と定めたという。
結果として華氏は摂氏に比べてマイナスの値が緩やかになり、マイナス四十度でちょうど摂氏と華氏の値が一致する。
かみ合わない二つの温度が、そこで丁度交差するのだ。
それはまるで、僕とエイコの関係にも少し似ていた。
さて無人島に二人で住むようになってはや数ヶ月。二人の関係にも微妙な変化が起きていた。
今までならキスとハグ以外の行為以外でパンクしていた彼女が、次第にそれ以外を受け入れるようになったのだ。
と言うより、時々どこからか空輸される食材以外には娯楽らしい娯楽もないこの島で出来る事なんて限られてるし、エイコも段々と慣れてきたのだと思う。
「最初からこうすれば良かった」
などと恐ろしい事まで言ってくる始末だ。
しかし変化はもう一つあって、やる事をやるようになって避妊具などを一切使用してなければ、当然待っているのは。
「……来ないの、アレが」
……ですよねえ。
ただ、堕胎という選択肢は僕もエイコも考えていなかった。
そして生まれてくる子供の為にも、親がいつまでも無人島で引きこもっている訳にもいかない。
結果、数ヶ月ぶりに僕らは現実世界に復帰して、最悪大学を中退して内定を辞退し、その学歴でも働ける仕事を探すつもりでいたのだけど。
ここで大学とタイショーが大温情をみせる。
特例中の特例で僕は卒業を待たずにタイショーへの就職が決まり、大学側も勤務しながら夜間部への引き続き編入する事を許してくれた。
そんな訳でタイショーに勤めて四年後に僕は大学を卒業し、そのタイミングで主任への昇進が決まった。
あの無人島の一件で二人の間に生まれた子供、蓮児がもし生きていたなら3歳の誕生日を迎えていたであろう。
でも彼は遺伝を伴う先天性の病で、生まれながらにして長く生きられないと医者から告げられていた。
それでも僕らは精一杯の愛情を込めて育てたつもりでいて、だから蓮児が亡くなった時のエイコの落ち込みは凄かったけど、母ハクコが何かを助言した事で立ち直った。
流石お母さん。
そして時は流れて……
❄️ ❄️ ❄️
「それが彼に関する調査結果なの?
人事課長様」
「うん?ああ、そうだね」
僕が書類に目を通していると、背後から妻が声をかけてくる。
「色々苦労もしてるみたいだし、彼にはイロをつけて上にあげたい所だ」
「身内贔屓、公私混同」
僕の言葉に、妻が四文字熟語で毒舌を浴びせる。
「そう言うなよ。実際彼は結果も出してる。
僕が推薦しなくても早いか遅いかだけの違いさ」
「なら別に遅くたって良いじゃない」
確かに正論だが、彼が嫌いなのかと思うくらいの冷淡さだな。
まあ妻にとって、会ったことがなくて興味もない相手は大体こんな感じだが。
「会社史上最速出世、ってのもそれはそれで見たいと思ってね。
あとは現店長の首を切って挿げ替えたい」
「そこは同感するわ。
勤続年数だけは立派な無能の塊が、よくも今までノコノコとその店に居座ってたんだって思ってたもの」
うん間違ってないが……随分辛辣だなあ。
「会社ってのは多少問題あっても、はいサヨナラって簡単に首を切れないもんなのさ。
やめさせたらやめさせたで、足りない人員も補充しなきゃいけないし」
「……もう全部機械運搬とタブレット操作でいいんじゃないかな」
またこの子は極論を。
「確かに僕らの外食産業は、そういう方向に移行しつつあるけどさ……」
「……パパーママー、まだお話終わらないのー?」
眠い目を擦り擦り、僕らの娘がそう言う。
その手には絵本を抱えていた。
「ああごめん、今行くよ英海」
「ごめんねパパが鈍臭いから」
「えっ僕のせいなの!?」
まあいいよ、この話は終わり終わり!
僕は甥っ子である田中海人の資料の入ったバインダーを、鞄に仕舞い込んだ。
刹那、甘えるような猫の鳴き声がした気がしたが、多分気のせいだろう。
(完)
※この話のネタバレは近日公開予定の「仏の舌」で。
アンデルス・セルシウスが考案した氷が0℃で水の沸点を100℃としたのが摂氏。
一方ガブリエル・ファーレンハイトが考案した温度が華氏。
これは彼が測定した自分の体温を100℉(37.8℃)、その年一番寒い気温を0℉(-17.8 °C)と定めたという。
結果として華氏は摂氏に比べてマイナスの値が緩やかになり、マイナス四十度でちょうど摂氏と華氏の値が一致する。
かみ合わない二つの温度が、そこで丁度交差するのだ。
それはまるで、僕とエイコの関係にも少し似ていた。
さて無人島に二人で住むようになってはや数ヶ月。二人の関係にも微妙な変化が起きていた。
今までならキスとハグ以外の行為以外でパンクしていた彼女が、次第にそれ以外を受け入れるようになったのだ。
と言うより、時々どこからか空輸される食材以外には娯楽らしい娯楽もないこの島で出来る事なんて限られてるし、エイコも段々と慣れてきたのだと思う。
「最初からこうすれば良かった」
などと恐ろしい事まで言ってくる始末だ。
しかし変化はもう一つあって、やる事をやるようになって避妊具などを一切使用してなければ、当然待っているのは。
「……来ないの、アレが」
……ですよねえ。
ただ、堕胎という選択肢は僕もエイコも考えていなかった。
そして生まれてくる子供の為にも、親がいつまでも無人島で引きこもっている訳にもいかない。
結果、数ヶ月ぶりに僕らは現実世界に復帰して、最悪大学を中退して内定を辞退し、その学歴でも働ける仕事を探すつもりでいたのだけど。
ここで大学とタイショーが大温情をみせる。
特例中の特例で僕は卒業を待たずにタイショーへの就職が決まり、大学側も勤務しながら夜間部への引き続き編入する事を許してくれた。
そんな訳でタイショーに勤めて四年後に僕は大学を卒業し、そのタイミングで主任への昇進が決まった。
あの無人島の一件で二人の間に生まれた子供、蓮児がもし生きていたなら3歳の誕生日を迎えていたであろう。
でも彼は遺伝を伴う先天性の病で、生まれながらにして長く生きられないと医者から告げられていた。
それでも僕らは精一杯の愛情を込めて育てたつもりでいて、だから蓮児が亡くなった時のエイコの落ち込みは凄かったけど、母ハクコが何かを助言した事で立ち直った。
流石お母さん。
そして時は流れて……
❄️ ❄️ ❄️
「それが彼に関する調査結果なの?
人事課長様」
「うん?ああ、そうだね」
僕が書類に目を通していると、背後から妻が声をかけてくる。
「色々苦労もしてるみたいだし、彼にはイロをつけて上にあげたい所だ」
「身内贔屓、公私混同」
僕の言葉に、妻が四文字熟語で毒舌を浴びせる。
「そう言うなよ。実際彼は結果も出してる。
僕が推薦しなくても早いか遅いかだけの違いさ」
「なら別に遅くたって良いじゃない」
確かに正論だが、彼が嫌いなのかと思うくらいの冷淡さだな。
まあ妻にとって、会ったことがなくて興味もない相手は大体こんな感じだが。
「会社史上最速出世、ってのもそれはそれで見たいと思ってね。
あとは現店長の首を切って挿げ替えたい」
「そこは同感するわ。
勤続年数だけは立派な無能の塊が、よくも今までノコノコとその店に居座ってたんだって思ってたもの」
うん間違ってないが……随分辛辣だなあ。
「会社ってのは多少問題あっても、はいサヨナラって簡単に首を切れないもんなのさ。
やめさせたらやめさせたで、足りない人員も補充しなきゃいけないし」
「……もう全部機械運搬とタブレット操作でいいんじゃないかな」
またこの子は極論を。
「確かに僕らの外食産業は、そういう方向に移行しつつあるけどさ……」
「……パパーママー、まだお話終わらないのー?」
眠い目を擦り擦り、僕らの娘がそう言う。
その手には絵本を抱えていた。
「ああごめん、今行くよ英海」
「ごめんねパパが鈍臭いから」
「えっ僕のせいなの!?」
まあいいよ、この話は終わり終わり!
僕は甥っ子である田中海人の資料の入ったバインダーを、鞄に仕舞い込んだ。
刹那、甘えるような猫の鳴き声がした気がしたが、多分気のせいだろう。
(完)
※この話のネタバレは近日公開予定の「仏の舌」で。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(8件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
燐いるー!!! 気がするー!!!
ありがとうございます!!
そのまま燐だと人名漢字で使えないので
隣という漢字をあててます
(読み方はリン)
今後もよろしくー
ヒロインのデレ方が可愛かったです(◍•ᴗ•◍)
お気に入り登録させて頂きましたm(_ _)m
ありがとうございます
そう言って頂けると作者冥利につきますです
私知ってる。表向きの態度が冷たい人ほど内にマグマのような熱さを宿してるって……
そこを汲み取っていただけると
ありがたいです