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奇跡は予想しない形でしか訪れない。――『なんくるない』よしもとばなな

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よしもとばななといえば、『キッチン』でしょ!とおっしゃる方もいるだろう。

いやいや、『TSUGUMI』は大学入試センター試験(この言い方古いけど)にも出た、日本を代表する文学作品ですよという声もあるかもしれない。

そして、それは否定しない。

私も『キッチン』は中学生のときに読んで、読みまくって、図書館で借りたまま返さなくなっていたぐらいだ。
(結局ちゃんと返しました、その節はごめんなさい)

デビュー作『ムーンライト・シャドウ』は処女作にして全てが詰まっているし、既に癒しの力が半端ない。

文字を通して人を救う。

言葉にするのは簡単だけど、これができる作家は、なかなかいない。

よしもとばななさんの作品はある意味、全て同じテーマで、それを繰り返し伝えてくれている。

別れと喪失。赦しと、愛と、魂の救い。

私が感じることを言葉で表すと、そうなる。

誰もが経験する痛みと、誰もが必要とする根源的な力。

だからこそ老若男女、どんな人の心にも届く――そんな気がする。

◇あらすじ
沖縄には、神様が静かに降りてくる場所がある――。
心ここにあらずの母。不慮の事故で逝った忘れえぬ人。離婚の傷がいえない私。野生の少女に翻弄される僕。
沖縄のきらめく光と波音が、心に刻まれたつらい思い出を、やさしく削りとっていく……。
なんてことないよ。どうにかなるさ。
人が、言葉が、光景が、声ならぬ声をかけてくる。
なにかに感謝したくなる滋味深い四つの物語の贈り物。


しんどいとき、心が弱ってるときの一杯のスープ。寒い日のあったかい毛布。

月並みだけど、よしもとばななさんの作品は、孤独で傷を抱えた心に寄り添ってくれる。

登場人物たちはいつも何かを喪い、傷つくところから物語が始まる。

やさしい物語だとされているけれど、そこに安易な救いや予定調和なハッピーエンドはない。

でも、だからこそリアルで、まるで友達の話を聞いているような、身に迫るものがある。

作品の中で繰り返し出てくるのが『育ちのよさ』で、登場人物は大抵その魅力を持っている。

だから、本当にひどいことにはならないんだろうな……と、ちょっぴり安心する。

育ちのよさって、言葉にはしづらいけれど、例えばこんな感じだ。

焼肉も食べられないし、カラオケで騒ぐこともできない。

ただうずくまって眠るしかない、長い暗い冷たい夜を、私たちはみんな体験している。

彼らはそのことを、誰よりもよく分かってくれているのだと思う。

読みやすいのに、心に残るフレーズがいっぱいあって、日本語の美しさがちりばめられているのもすごい。

ジブリ映画と似ているかもしれない。

子どもから大人まで楽しめて、分かりやすいけど、実はすっごく深い話――そんな感じだ。

表題作『なんくるない』も大好きだけど、私が一番好きなのは最後の掌編『リッスン』だ。

一番短くて20ページぐらいしかないから、これだけでも読んでほしい!と思ってしまう。

別に何か大きな事件が起こるわけではない。夏の海で少女と若者が出会う、それだけの話だ。

なのに、なぜかとてつもなく解放感があって、「これでいいんだ!」と思える。

退屈な日常の中で聞こえなくなってしまった心の声が、直感が騒ぎ出して、突き動かされる感じがする。

そのワクワクする気持ちが、本当の自分だから。それに従っていけばいいんだよ。

複雑に考えすぎているだけで、実は人生はもっと単純で、楽しいものなんだよ。

そんなふうに語りかけてくれているような気がする。

◇好きな一文
明日の僕もそう思うだろう。動いていく世界を聴き続けること以外は、何もできないと。

◇こんな方におすすめ
沖縄がお好きな方
海がお好きな方
精神的・肉体的に疲れておられる方
よく眠れない方
傷ついておられる方
ご飯が食べられない方
泣きたいのに泣けない方
世界が真っ暗に感じられる方
理由はないけれど、何だか苦しい方
日常生活に転がっている奇跡を見てみたい方
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