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冬の黄昏
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「ええ。それで二年前に退職して、まとまった額のお金をいただきましてね。それを元手にお店を始めたんです。
もとからパンを作るのは好きでしたし、製菓衛生師の免許も持っていたんですが、商売のことは何も分かりませんでしょう。それに行政の手続きなんかも詳しくありませんから、坊っちゃんには随分と助けていただきました」
年相応の皺はあるものの、繁子の肌には張りがあって美しかった。
夢を叶えて生き生きと働いていることが、彼女を内面から輝かせているのが分かる。
「あなたのようなプロからしたら、趣味の延長のような形で店を持つなんて考えられないし、腹が立つ話でしょう。気に障ったらごめんなさいね」
肩をすぼめて謝られ、桜は恐縮した。
「とんでもありません。ご自分のお店を持つなんて大変なことですし、尊敬します」
「この歳になってもね、やりたいことってたくさんあって、それは幸せだなって思いますよ。この間も孫と遊んでいたら、新しいパンのアイデアがどんどん降ってきて、お絵かきに使ってたクレヨンと画用紙にどんどん書きつけちゃいました」
繁子は小さく舌を出した。
「少し……分かるような気がします」
桜は松田を連れ戻しに行ったときのことを思い出して、頷いた。
「一度あなたにお目にかかって、ゆっくりお話したいと思っていたのよ」
繁子は微笑んだ。
「あなたのケーキは美しくて繊細でおいしくて、食べた人を幸せにする。宝物のような才能を神様から与えられたのね」
「いえ、私なんてとても」
桜は首をすくめた。
「全然駄目で……本当」
言葉が続かず、目を伏せて黙っていると、
「よく、ケーキは嗜好品って言いますよね。ケーキなんか食べなくても生きていけるって。でも、みんなケーキが大好きよね。それって、そのちょっとした贅沢が私たちを豊かにしてくれるって、誰もが知っているからだと思うの」
「そう……でしょうか」
時々、よく分からなくなる。
自分は誰かの役に立っているのか。
社会に有用な存在だ、生きている資格があると、胸を張って言えるのか。
ケーキなんか食べなくても、誰もが生きていける。
けれど、必要なものだけしかない人生なんて、何て味気ないんだろう。
もとからパンを作るのは好きでしたし、製菓衛生師の免許も持っていたんですが、商売のことは何も分かりませんでしょう。それに行政の手続きなんかも詳しくありませんから、坊っちゃんには随分と助けていただきました」
年相応の皺はあるものの、繁子の肌には張りがあって美しかった。
夢を叶えて生き生きと働いていることが、彼女を内面から輝かせているのが分かる。
「あなたのようなプロからしたら、趣味の延長のような形で店を持つなんて考えられないし、腹が立つ話でしょう。気に障ったらごめんなさいね」
肩をすぼめて謝られ、桜は恐縮した。
「とんでもありません。ご自分のお店を持つなんて大変なことですし、尊敬します」
「この歳になってもね、やりたいことってたくさんあって、それは幸せだなって思いますよ。この間も孫と遊んでいたら、新しいパンのアイデアがどんどん降ってきて、お絵かきに使ってたクレヨンと画用紙にどんどん書きつけちゃいました」
繁子は小さく舌を出した。
「少し……分かるような気がします」
桜は松田を連れ戻しに行ったときのことを思い出して、頷いた。
「一度あなたにお目にかかって、ゆっくりお話したいと思っていたのよ」
繁子は微笑んだ。
「あなたのケーキは美しくて繊細でおいしくて、食べた人を幸せにする。宝物のような才能を神様から与えられたのね」
「いえ、私なんてとても」
桜は首をすくめた。
「全然駄目で……本当」
言葉が続かず、目を伏せて黙っていると、
「よく、ケーキは嗜好品って言いますよね。ケーキなんか食べなくても生きていけるって。でも、みんなケーキが大好きよね。それって、そのちょっとした贅沢が私たちを豊かにしてくれるって、誰もが知っているからだと思うの」
「そう……でしょうか」
時々、よく分からなくなる。
自分は誰かの役に立っているのか。
社会に有用な存在だ、生きている資格があると、胸を張って言えるのか。
ケーキなんか食べなくても、誰もが生きていける。
けれど、必要なものだけしかない人生なんて、何て味気ないんだろう。
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