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「我が未来の妃よ。どうして、我にも我が父王にも、その美しき顔を見せてくれぬ。
 そなたは余りにも長い間、顔を見せぬ。
 そのゆえにこそだ。
 ようやくそなたが参内すると聞くや、
――父王は自ら我が部屋にお越しになり、こうして喜びに満ちあふれ、そなたを待っておったのだぞ」

「残念ながら、このボリスはわしに似てしもうた。
 やはり、同じ女性ということもあるのだろう。
 そなたのかんばせは、ヴィクトリアの面影を強く残す。
 わしにとっては最早見ることのかなわぬ妻の姿を見るようなもの。
 生きておってくれたら、その寂寥を癒やしてくれるのは、そなたしかおらぬのだ。
 どうか、もっと気前良う、もっと気安く、その顔をわしに見せてくれ。
 もっとも、病を治してからで良い。
 無理をするな」

 私は自分の耳を疑った。
 それから、王子や王は言っておったが。
 ・・・・・・何やかやと。
 まさに何やかやとであったが。

 私が理解したところでは、
 果たして、何の悪ふざけか、この場で、私は正式に王子にプロポーズされたらしいこと。
 王の同席は、私の顔を見たいというのと併せて、その証人で、ということらしいこと。
「わしが証人じゃ。誰にも文句は言わせぬ」と確かに王はおっしゃった。
 ここで私が受ければ、その時点で正式の夫婦となるらしいこと。

 加えて、村娘は側室に残したいので、それはどうか認めて欲しいとのこと。

「なぜです?どうしてです?」
私は心中の言葉の冒頭のみ口に出し、その後に続く言葉を呑み込む。
――『アレクサンドラを婚約破棄するとの言葉を告げられぬのですか?』との。

 更に告げられたところでは、
 王子は私を最も愛しているとのこと。
 ただ、この村娘も好きとのこと。
 この村娘は、『私が王子に嫁ぐなんて、とんでもない。側室でさえ恐れ多いことです。侍女として御側に仕えさせてもらえばいいです』と言っておるとのことであった。
 村娘はすぐそこにおったが、これは村娘の発言ではなく、王子が代弁した。
 これが王子の発案であれ、あるいは、村娘の正直な気持ちであれ、そんなことはどうでも良かった。
 更に王子いわく、
「アレクサンドラは優しいから、側室としてきっと認めてくれよう」と

(何が愛だ。
 何が優しさだ。
 反吐が出る。
 私が求めるものは、そんなものではない)

 私はどうして良いか分からなかった。
 とにかく、早くあの契約書を確認しなければ。
 頭にあるのは、それだけだった。

「申し訳ありません。やはり気分が優れず、今日はこれで帰りたく想います」
 私はプロポーズの返事もせずに、そう告げた。
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