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第3部 仇(あだ)

5:オトラル戦2

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人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主

ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。

チャアダイ:同上の第2子

オゴデイ:同上の第3子

トゥルイ:同上の第4子。

イェスンゲ:次弟カサルの子供 (チンギスにとってはオイ)。

ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

シギ・クトク:チンギスの寵臣。戦場で拾われ正妻ボルテに育てられた。タタルの王族。

ジェベ:チンギスの臣。四狗の一人。ベスト氏族。

スブエテイ・バートル:チンギスの臣。四狗の一人。ウリャンカイ氏族。

トクチャル:駙馬グレゲン。オンギラト氏族(正妻ボルテの一族)。

ダイル:オゴデイ家の臣。コンゴタン氏族(第一部の終章『問責の使者2 前編』のスイケトゥと同族)


ホラズム側
スルターン:ホラズム帝国の君主。

人物紹介終了



 チンギスの下には既にスベエテイから、以下の報告が入っておった。

『オトラルを遠望できるところに陣を布き、三千人隊と共に己は留まり、ジェベ隊の到着を待つと。
 そして残り七千人隊を細かく分けて、周辺の町や村を調査しておりますと。
 また千人隊長のダイルを発し、オトラルに宣戦布告したと。
 その際、カンの命にたがわず、軍勢の数を誇張して告げ報せたと。』

 そしてその二日後には、ジェベ隊到着の報をたずさえた伝令をスベエテイが送って来た。
 チンギスはトゥルイ、ボオルチュ、シギ・クトクと共に報告を受けた。

「引き続き、オトラル周辺の町や村を調査中です。
 少なくとも調査を終えた範囲では、人はほとんどおらず、食糧や家畜も残されておりませぬ。
 また麦わらも見当たりませぬ。
 ゆえに馬草まぐさはこの先、不足する可能性があります。
 ただし川や水路は多く、また雪も薄くは降り積もっておりますので、人馬が水に困ることはないでしょうとのこと。」

「オトラル以外にも城壁に囲まれた町があると聞くが、やはり兵はおらぬのか。」

とトゥルイが尋ねる。

「はい。兵ばかりか、戦えそうな大人の男さえ見当たりませぬ。
 女子供もおらず、留まっておるのは老人ばかり。
 それに病気の者や歩くのが難しい者たち。
 いずれの町や村も放棄されたことは明らかです。」

「我が軍のサイラーム進駐の情報がオトラルに伝わり、人々が群れをなして逃亡しておるとの報告は、既に間諜かんちょう(スパイ)から入っておりました。
 またスルターンは農民や商人に逃げるよう布告を出しておると、投降して来た者の多くが言っております。
 それに従ったのでしょう。
 ただ兵が全く残っておらぬことは予想外です。」

とシギ・クトク。

「先の糧食や麦わらの件を考え合わせれば、兵は逃げたというより、オトラルに集結したと見た方が良いでしょう。」

とボオルチュ。

「敵は準備を万全にして、我らを迎え撃とうとしておるのは間違いあるまい。
 報告。御苦労。しばし休まれい。」

とチンギスは伝令に退出の許可を出し、
その後四人で今もたらされた情報から、作戦の変更が必要か否かを検討した。

 そして翌日チンギスは右翼のジョチ、イェスンゲ隊にはアリス川の右岸側を、左翼のチャアダイ、オゴデイ隊には左岸側を進軍させた。
 更にその二日後、大中軍を二分にぶんし、およそ半分を率いて自らは右岸側を、残りをトゥルイに率いさせ左岸側を進ませた。
 後衛は輜重しちょう隊の護衛を兼ねて、駙馬グレゲンのトクチャルに委ねた。

 運河や川は凍っており、モンゴル軍の進軍を遅らせるものはなかった。
 街道沿いの畑にも果樹園にも、人は全く見当たらなかった。
 ただやがて将兵の注意は前方にのみ向けられることになった。

 そこには確かにオトラルの偉容があった。
 高台が小山の如くに盛り上がる。
 最も外側に外城の城壁。
 その内に、より高き内城の城壁がある。
 その二重の城壁の内側には、他の高き建築物を従える如くに、本丸とおぼしきものがそびえておった。
 そして、それは天空へと至らんとする如きいく本もの小塔をも、また備えておった。

 とはいえモンゴルの将兵が、これを旅行者の如くの感嘆の想いで眺めた訳ではなかった。
 彼らの顔には一様に厳しさが宿っておった。
 これがまだ敵の騎馬の大軍であれば、心荒こころあらぶるということはありえたかもしれぬ。
 しかし待っているのは攻城戦であった。
 これを落とすために、多くの味方が殺されるであろう、
 多くの部下が殺されるであろう。
 最悪は己が殺されるかもしれぬ。
 その暗澹あんたんたる想いが、心中を占めざるを得なかったのである。
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