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第3部 仇(あだ)

20:オトラル戦16:モンゴルのハルカスン隊の侵入1

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人物紹介
チャアダイ:チンギスと正妻ボルテの間の第2子。オトラル攻めの共同指揮官。
カラチャル:チャアタイ家の家臣。万人隊長。

オゴデイ:チンギスと正妻ボルテの間の第3子。オトラル攻めの共同指揮官。
アルチダイ:オゴデイ家の家臣。万人隊長。
ハルカスン:オゴデイ家の家臣。アルチダイの息子。百人隊長。

イェスンゲ:チンギスの次弟カサルの息子。(チンギスにとってはオイ)
人物紹介終了


 イェスンゲ隊の突撃により、大きな損害をこうむったオトラル軍。
 その騎馬出撃による敵投石機の破壊は、
――同様の突撃をこうむるのを恐れて、
――自ずとおっかなびっくりしたものとなった。
 そして、そうなってみれば、はなばなしい戦果は得られなくなり、むしろ損害の方が大きくなった。

 オトラル側は再び投石機による攻撃を主体とせざるを得なくなり、
 モンゴル側は少なからずの犠牲と引き換えに投石機の組立てを完了した。

 互いへの投弾の応酬を主とするものへと、戦況は移り変わった。
 引き続く厳寒の中でのことであった。



 オゴデイの部隊は北側より、
――その家臣のアルチダイが西側より、
――チャアダイの部隊は南側より、
――その家臣のカラチャルが東側より、
――投石機による攻撃を仕掛けた。
 イェスンゲ万人隊は、これを率いる当人の申し出により、遊撃隊として留まるを許されておった。

 投石機から打ち出される弾が外城の城壁にぶち当たり、轟音を立てる。

 モンゴル軍は敵が投じる石を除いては、手頃な大きさの石を見つけられなかった。
 ゆえに危険を冒しつつ、それを回収して用いた。
 またそれに加えて、木の幹を代用した。
 威力を増すために水に浸して重量を増してから投じた。

 城壁はぼこぼことうがたれはするが、しかし崩れるというところまでは中中至れそうにない。
 破損の大きいところを狙って、弾が集中的に放たれる。
 三日に渡る昼夜分かたずの攻撃により、ようやく城壁は半ば以上崩れ、よじのぼれば突破できそうなところがいくつか見られた。



 モンゴル軍が突破を試みては撃退されることを数日繰り返した後の風の強い日。
 砂が巻き上げられ射手を目隠しして、
――更には強風そのものが、
――矢を当てるのを難しくした日のことであった。

 オゴデイ配下の重臣アルチダイの子たる若きハルカスン率いる百人隊が、遂に外城への侵入を果たした。
 外城内は、城壁間近まで建物が密集して建っており、しかも迷路をなす如くであった。
 どこからどこまでが一つの建物で、どこからが別の建物か分からぬほどであった。
 とはいえ慎重に調べる時間はなかった。
 敵に見つかっては元も子もない。
 とりあえず城壁から少し離れて路地に入り、そこにある手近な建物の一つにハルカスン隊は侵入した。
 建物の内はもぬけの殻であった。
 恐らく住民はより内側へと避難したのだろう。

 侵入を果たしたのは良いが、更に内側へと進むには兵力が心許こころもとない。
 味方の到着を待つことにし、そこに留まった。



 かなり待ったが、敵味方のいずれも近づいて来る気配はなかった。
 夕暮れは既に迫っており、副官は撤退を進言した。
 ハルカスンは、

「ここは足がかりとなる。
 明日まで待てば、増援が至ろう。
 また至らぬならば、なおのこと、ここに留まり侵入を手助けすべきである。」

 と受け容れようとせぬ。
 それでも副官が

今宵こよいは我らにとって不幸なことに新月しんげつです。
 夜陰やいんに乗じて敵が近づく気ならば、格好の夜となりましょう。」

 と食い下がるのに対し、
 ハルカスンは、

「ここ外城は敵陣である。
 あえて夜まで待たずとも、多勢で攻め囲めば、我らを壊滅させるは容易なこと。
 それでも敵が近づかぬのは、我らが潜伏しておることに気付いておらぬゆえ。
 ならば、ありもせぬ闇夜の襲撃を恐れ、せっかくの足がかりを失うは、まさに臆病者ゆえの愚かしさと言えようぞ。」

 とそれをしりぞけた。



 その夜。
 ホラズム側に見つかるのを嫌って、火をともすことは控えた。
 凍えるような寒さの中で手足をさすって、体を丸め何とか耐え忍んでおる時、足音が聞こえた。

 ハルカスンは闇の中を手探りで壁沿いに進み、
――首を伸ばして上の方にある小窓より、
――外の様子をうかがった。

 やはり宵闇に沈んでおった。
 姿は見えぬが、確かに足音は聞こえ続けておった。
 騎馬のものではない。
 人間のものだ。

 既に取り囲まれており、更に増援が近づいておるのか。
――それともまだ取り囲まれておらず、先発隊が近づいておる最中なのか、
――はっきりせぬ。

 ただ足音は続いておった。
 昼間の強風が嘘の如く、今はそよ風程度であり、足音ははっきりと聞こえ続けておった。
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