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第3部 仇(あだ)

26:ブハーラー戦1:声

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(前書きです。
 ブハーラーの商人グループの行動とその結果については、第1部の『謀略』1~5を付したものとなります。
 ブハーラー戦は、その最終的な結末を描いております。
 是非、上記部分を読んでから、こちらをお読みくだされば、と想います。
 (2021.10.12追記))





 まだ、その姿を見ぬ時のこと。

 アザーン(礼拝を呼びかける声)にて始まる朝。
 いつもと変わらぬはずの朝。
 1日の5度の礼拝。
 いつもと変わらぬはずの1日。
 ただ、異なるのは、神への祈りによってさえ、それがやされることの無きこと。

 これまで同じ状況におちいった人々と同じく、
 不安を言葉により塗りつぶし、
 恐れを信仰により隠すを目論もくろむも、
 ただやはりそれは敗れる。

 人はあらゆることを語るを欲するが、
 こうなってはそれに直面せざるを得ない
――言葉が嘘へと腐れ落ち、そして声のみが真理をになうを。

 理性は知る
――声が己を裏切ったことを
――己が浅はかなる存在に過ぎぬを。
――声の本来のあるじたる魂に、そのすべてを譲り渡す時の至るを。

 彼らには、
――彼ら自身の神がたまわったところのもの、
――言葉と声をまじわらせて、甘き恍惚こうこつと天上の至福へと至ること、
――それは、最早、許されておらぬ。

 彼ら自身の神が、その聖典コーランを声に出してこそむべきものと定められたにもかかわらず、
――彼らは何も学ばなかったのか。
――声のみが真理をこの世に表すものであるを。

 声こそが、その切迫した調子にて、心中にある不安をまろび出させ、
 声こそが、その常ならずの震えにて、心底の恐れをあらわにする。



 何より、彼らには、恐れと不安に駆られるべき理由があった。
――ブハーラーの商人たちには。
――ただ、そのなしたることのゆえに。
 その理性は知るを欲さぬも、
 その魂は知るゆえに、
――怨讐おんしゅうの軍勢の来たるを。
――劫罰ごうばつの時の至るを。
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