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第3部 仇(あだ)
51:オトラル戦18:2人の指揮官
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人物紹介
ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。
カラチャ・ハース=ハージブ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。
人物紹介終了
オトラル守備隊を率いる二人に迷いが生じたのは、いつ頃からであろうか。
そもそも人は迷いとは無縁でいられぬし、またこの二人が多くの兵の命を預かることを想えば、このことは決して責められるものではなかった。
むしろその責任感のゆえとさえ言い得た。
まず城主イナルチュクはといえば。
サマルカンドにもウルゲンチにもオトラルの戦況報告に併せて何度も援軍依頼の早馬を発しておった。
それにもかかわらず、どこからも援軍を発したとの連絡はない。
(スルターンであれテルケン・カトンであれカンクリの武将であれ、籠城というものが援軍あっての策と知らぬはずはない。
いくら堅く守り通したとしても、このまま時のみが過ぎ行けばどうなるか、分からぬはずはない。
ならば、どうしたということか。
スルターンよ。
テルケン・カトンよ。
武将たちよ。
オトラルが落ちても良いということか。)
イナルチュクほどの武人であれ、その心を後悔が占め始めておった。
この者の性格上、決してそれを他人に言うことはなかったとしても。
(我がなしたは、招くべからざる敵を呼び寄せる行いであったか。
オトラルが滅びる因を作ったは、まさに我か。
このままオトラルが滅びるとすれば、我はどうすべきか。
せめて我が作った因をカンクリにまで及ぼさぬことではないか。
そしてそのためには、残る兵をここで無駄死にさせることなく、テルケン・カトンの下に赴かせるべきではないのか。)
そして別軍を率いるカラチャ・ハース=ハージブである。
この状況で取り得る道は三つ。
しかし容易には答えが出なかった。
(このままイナルチュクと共に籠城を続けるか。
しかしそれは、どうやらここを死に場所と決めておるらしきイナルチュクと運命を共にすることに他ならぬ。
もう一つは脱出路を自ら切り開くことである。
しかしたとえ囲みを突破できたとしても、騎馬軍の精鋭をその中核とするモンゴル軍相手にその追撃をかわしきれるかというと自信はない。
しかも逃げるには馬が足りぬ。
皮肉なことだが、己の隊が増援に入ったことにより、糧食はより一層厳しくなっておった。
それを補うために、城中の軍馬の多くは殺されておった。
歩いて逃げる者たちは、多く犠牲となろう。
自らも含め兵の生命を最も確実に永らえ得るは、モンゴル軍に頭を垂れ開城することではないか。
野蛮なモンゴル軍といえど、無闇に降伏した者を殺しはすまい。
諸手を挙げての歓迎はされぬだろうが、自ら降付することにより、許されるのではないか。)
徐々にそう考えるようになっておった。
ただ両人共にことはそう安易に口外すべきことでないことを十分に承知しておった。
まず第一に籠城軍全体の士気に関わる。
それにモンゴル軍が去らぬと決まった訳ではない。
カラ・キタイであれキプチャクであれ、この地に留まり続けるということはなかった。
糧食が尽きるまでは、持ちこたえてみせよう。
両人で話し合った訳ではなかった。
ただ共に有する『これまでの戦の経験』と『自らの胆力に対する自負』ゆえに保たれた期間限定の共同戦線であった。
ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。
カラチャ・ハース=ハージブ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。
人物紹介終了
オトラル守備隊を率いる二人に迷いが生じたのは、いつ頃からであろうか。
そもそも人は迷いとは無縁でいられぬし、またこの二人が多くの兵の命を預かることを想えば、このことは決して責められるものではなかった。
むしろその責任感のゆえとさえ言い得た。
まず城主イナルチュクはといえば。
サマルカンドにもウルゲンチにもオトラルの戦況報告に併せて何度も援軍依頼の早馬を発しておった。
それにもかかわらず、どこからも援軍を発したとの連絡はない。
(スルターンであれテルケン・カトンであれカンクリの武将であれ、籠城というものが援軍あっての策と知らぬはずはない。
いくら堅く守り通したとしても、このまま時のみが過ぎ行けばどうなるか、分からぬはずはない。
ならば、どうしたということか。
スルターンよ。
テルケン・カトンよ。
武将たちよ。
オトラルが落ちても良いということか。)
イナルチュクほどの武人であれ、その心を後悔が占め始めておった。
この者の性格上、決してそれを他人に言うことはなかったとしても。
(我がなしたは、招くべからざる敵を呼び寄せる行いであったか。
オトラルが滅びる因を作ったは、まさに我か。
このままオトラルが滅びるとすれば、我はどうすべきか。
せめて我が作った因をカンクリにまで及ぼさぬことではないか。
そしてそのためには、残る兵をここで無駄死にさせることなく、テルケン・カトンの下に赴かせるべきではないのか。)
そして別軍を率いるカラチャ・ハース=ハージブである。
この状況で取り得る道は三つ。
しかし容易には答えが出なかった。
(このままイナルチュクと共に籠城を続けるか。
しかしそれは、どうやらここを死に場所と決めておるらしきイナルチュクと運命を共にすることに他ならぬ。
もう一つは脱出路を自ら切り開くことである。
しかしたとえ囲みを突破できたとしても、騎馬軍の精鋭をその中核とするモンゴル軍相手にその追撃をかわしきれるかというと自信はない。
しかも逃げるには馬が足りぬ。
皮肉なことだが、己の隊が増援に入ったことにより、糧食はより一層厳しくなっておった。
それを補うために、城中の軍馬の多くは殺されておった。
歩いて逃げる者たちは、多く犠牲となろう。
自らも含め兵の生命を最も確実に永らえ得るは、モンゴル軍に頭を垂れ開城することではないか。
野蛮なモンゴル軍といえど、無闇に降伏した者を殺しはすまい。
諸手を挙げての歓迎はされぬだろうが、自ら降付することにより、許されるのではないか。)
徐々にそう考えるようになっておった。
ただ両人共にことはそう安易に口外すべきことでないことを十分に承知しておった。
まず第一に籠城軍全体の士気に関わる。
それにモンゴル軍が去らぬと決まった訳ではない。
カラ・キタイであれキプチャクであれ、この地に留まり続けるということはなかった。
糧食が尽きるまでは、持ちこたえてみせよう。
両人で話し合った訳ではなかった。
ただ共に有する『これまでの戦の経験』と『自らの胆力に対する自負』ゆえに保たれた期間限定の共同戦線であった。
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