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番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第8話 モンゴル軍の動き2
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人物紹介
モンゴル側
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
人物紹介終わり
ボオルチュはジョチに呼ばれた。
『重大事の相談があるゆえ、至急、我が天幕に来てもらいたい。また供回りを連れて来るのは構わぬが、ことがことゆえ、何者であれ同席は許さぬ』とのことであった。
ボオルチュは一人のみ連れ、ジョチの陣に向かう。心中、一つの憂慮を抱えながら。側近の同席を許さぬとは、ジョチは我をおどす積もりではあるまいか。
出迎えたジョチの配下に案内され、ボオルチュは小さな天幕に導かれた。己の供回りに乗って来た馬を預ける。それからこの天幕には近づくな、知り合いでも訪ねていよ、行き先をジョチ大ノヤンの者に告げるのを忘れるなと命じた。ジョチを無用に刺激したくはなかったのだ。
天幕の内に入ってボオルチュは少し愁眉を開いた。待っておるのがジョチのみではなく、クナンもおったゆえに。良識ある武人であり、多少なりとも交わりはある。ジョチが己をおどす積もりなら、まずは同席を欲さぬ人物である。ならば、こたびのことが何であれ、ジョチは一線を守る積もりであろう。そして筆頭の家臣を従えてということは、これはジョチ家として公式な会談であり、ならば、ジョチの側にそれだけの内容があっての呼び出しということであろう。ジョチの伝令によれば大事ということであったが。ボオルチュは改めて気をひきしめた。
ジョチとクナンは立ったまま出迎えに待っており、ボオルチュは一端挨拶のためにひざまずかんとするが、ジョチに脇を抱えられ軽く抱擁されたため、それさえ許されなかった。
ジョチは主人の席たる南面ではなく、東面して座し、ボオルチュには西面する座を勧めて来た。対等を意識させるその割り振りはボオルチュのチンギスへの近さに対するジョチなりの心配りかもしれぬが、会談の用向きを聞いておらぬボオルチュにすれば、素直にそれを喜ぶことはできぬ。クナンは北面の席に座した。
三人の間には、金糸にて虎が鹿を襲っておる様の刺繍を施したあでやかな赤地の布が敷いてあり、その上には革袋が置いてあり、酒の匂いが既にそこから漂い出しておった。そしてすぐに料理人が入って来て、「鹿の生の肝です」と告げると、料理を置いて下がった。
「ボオルチュ・ノヤンに是非食べさせたいとして、ジョチ大ノヤンが配下に命じられ、捕らえさせたものです。朝から近くの野に赴かせ、ようやく先ほど届きました」とクナン。
ジョチは革袋を取るや、「これもまたこの地で取れた酒です」と言ってボオルチュに渡さんとする。
「まずはジョチ大ノヤンからお飲み下さい」
「いや、そなたの方が年上ですから」とジョチが再度勧めると、
「齢ということであれば、まずクナン翁がお飲みになるべきです」
「ここは客人たるそなたが口をつけねば始まりませぬ。わたくしもオゴデイ大ノヤンに負けぬ酒好きですから、飲みたいのは山々。わたくしを年上と気づかうお心があれば、まずは一口お飲みになり、この老体にも美酒にて喉をうるおさせて下さい」とクナンが返す。
「そうですか。わたくしが先に飲まねば始まらぬとなれば」
ボオルチュは革袋の飲み口に口を付け、喉をうるおす。口元からあふれた酒があごに垂れ、服を汚すのも構わずに。
「おお。良き飲みっぷり」
とジョチは上機嫌に言い、ボオルチュが渡して来た革袋を己は口を付けず、そのままクナンに渡す。
「お先に良いので」と問うクナンに対し、
ジョチは「構わぬ。飲みたいのであろう」と返す。
「それではお言葉に甘えて」とこちらも豪快に飲む。
色色と口うるさいであろうクナンを傍らに置くは、恐らくジョチの器量の現れ。ジョチがモンゴルを継いだ世を見てみたい気もするがと酒も手伝ってか、あらぬ方へ向かった考えをボオルチュは急いで追い払った。
モンゴル側
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
人物紹介終わり
ボオルチュはジョチに呼ばれた。
『重大事の相談があるゆえ、至急、我が天幕に来てもらいたい。また供回りを連れて来るのは構わぬが、ことがことゆえ、何者であれ同席は許さぬ』とのことであった。
ボオルチュは一人のみ連れ、ジョチの陣に向かう。心中、一つの憂慮を抱えながら。側近の同席を許さぬとは、ジョチは我をおどす積もりではあるまいか。
出迎えたジョチの配下に案内され、ボオルチュは小さな天幕に導かれた。己の供回りに乗って来た馬を預ける。それからこの天幕には近づくな、知り合いでも訪ねていよ、行き先をジョチ大ノヤンの者に告げるのを忘れるなと命じた。ジョチを無用に刺激したくはなかったのだ。
天幕の内に入ってボオルチュは少し愁眉を開いた。待っておるのがジョチのみではなく、クナンもおったゆえに。良識ある武人であり、多少なりとも交わりはある。ジョチが己をおどす積もりなら、まずは同席を欲さぬ人物である。ならば、こたびのことが何であれ、ジョチは一線を守る積もりであろう。そして筆頭の家臣を従えてということは、これはジョチ家として公式な会談であり、ならば、ジョチの側にそれだけの内容があっての呼び出しということであろう。ジョチの伝令によれば大事ということであったが。ボオルチュは改めて気をひきしめた。
ジョチとクナンは立ったまま出迎えに待っており、ボオルチュは一端挨拶のためにひざまずかんとするが、ジョチに脇を抱えられ軽く抱擁されたため、それさえ許されなかった。
ジョチは主人の席たる南面ではなく、東面して座し、ボオルチュには西面する座を勧めて来た。対等を意識させるその割り振りはボオルチュのチンギスへの近さに対するジョチなりの心配りかもしれぬが、会談の用向きを聞いておらぬボオルチュにすれば、素直にそれを喜ぶことはできぬ。クナンは北面の席に座した。
三人の間には、金糸にて虎が鹿を襲っておる様の刺繍を施したあでやかな赤地の布が敷いてあり、その上には革袋が置いてあり、酒の匂いが既にそこから漂い出しておった。そしてすぐに料理人が入って来て、「鹿の生の肝です」と告げると、料理を置いて下がった。
「ボオルチュ・ノヤンに是非食べさせたいとして、ジョチ大ノヤンが配下に命じられ、捕らえさせたものです。朝から近くの野に赴かせ、ようやく先ほど届きました」とクナン。
ジョチは革袋を取るや、「これもまたこの地で取れた酒です」と言ってボオルチュに渡さんとする。
「まずはジョチ大ノヤンからお飲み下さい」
「いや、そなたの方が年上ですから」とジョチが再度勧めると、
「齢ということであれば、まずクナン翁がお飲みになるべきです」
「ここは客人たるそなたが口をつけねば始まりませぬ。わたくしもオゴデイ大ノヤンに負けぬ酒好きですから、飲みたいのは山々。わたくしを年上と気づかうお心があれば、まずは一口お飲みになり、この老体にも美酒にて喉をうるおさせて下さい」とクナンが返す。
「そうですか。わたくしが先に飲まねば始まらぬとなれば」
ボオルチュは革袋の飲み口に口を付け、喉をうるおす。口元からあふれた酒があごに垂れ、服を汚すのも構わずに。
「おお。良き飲みっぷり」
とジョチは上機嫌に言い、ボオルチュが渡して来た革袋を己は口を付けず、そのままクナンに渡す。
「お先に良いので」と問うクナンに対し、
ジョチは「構わぬ。飲みたいのであろう」と返す。
「それではお言葉に甘えて」とこちらも豪快に飲む。
色色と口うるさいであろうクナンを傍らに置くは、恐らくジョチの器量の現れ。ジョチがモンゴルを継いだ世を見てみたい気もするがと酒も手伝ってか、あらぬ方へ向かった考えをボオルチュは急いで追い払った。
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