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番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第10話 2の矢1
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人物紹介
ホラズム側
オグル・ハージブ かつてのブハーラーの守将。
シャイフ・カン かつてのサマルカンドの守将。
クトルグ・カン かつてのジャンドの城主。
戦況の推移とともに、3人ともウルゲンチに逃げて来たのである。
人物紹介終わり
ホラズム軍には徐々に自壊の動きが広がっておった。月のある夜には必ずと言って良いほど、逃走を試みる部隊があった。そしてそれに対するモンゴル軍の対応はバラバラであった。執拗に追いかけられる時もあった。しかしほとんど見過ごされるに近いこともあった。特に北城の北門側にてそれははなはだしく、そしてそれがホラズム側に知れ渡るに及び、その方面から逃走を図る部隊は更にいや増した。ただそれがサマルカンドの如く全城を挙げてとならなかったのは、主戦派の首魁たるクトルグ・カンがその計画に頑として首を縦に振らなかったゆえである。
そのような状況下、シャイフ・カンは南城の将の一人オグル・ハージブに呼ばれた。伝令によれば、是非用いたき策のあるゆえ、来られたしとのことであった。モンゴル軍の攻撃をその日も持ちこたえ、シャイフは日没後の礼拝を済ませると、すぐさま向かった。
北城の本丸から南城内へは地下道にて赴くことができた。そこを伝令の灯すカンテラに先導され、また自らの持つカンテラにて足下を確かめつつ進んで行く。ここを通る度に嫌だなと想う。下に常に水が溜まっておるのみではない。閉じ込められたらとの恐れがあるのだ。そして何かが出て来たら。墓でよみがえる聖人の話は、シャイフも良く知る。しかし、こんなところに出て来るのは、ろくでもない奴に違いなかった。
その至る先は南城内であり、その北門近くにある王族直営の隊商宿であった。店や倉庫も兼備しており、訪れた隊商がそこに留まり、商売できるようになっておった。平時はここよりの上がりが王族の――ここ最近では母后の――懐をうるおしておった。代々、北城はホラズム政府軍が、南城は住民軍がその主体をなしたが、戦時には前者が南城に進駐し、ここを拠点に用いることもしばしばあり、こたびもまたしかりであった。
地下道からその建物への入口にはいつもと異なり門番が立っておった。伝令が受け答えをなし、そこへの入館を許された。門番が階上へと声を掛けると、ギイッと音がして、地下室備え付けのランプのもたらすものとは異なる灯りが上方より射し込んだ。その光の下に現れた階段を伝令が上がり、それに続いて一階に出る。そこには十人近くの兵が詰めておった。隊長らしき者が伝令から話を聞くと、ご苦労様ですと挨拶して来た。頬はやせこけておるにもかかわらず、ただ目だけは異様にぎらついておる北城の将兵に多く見られる顔とは明らかに異なる。そこにはまだはつらつとしたものがあった。シャイフはうなずき、そなたたちこそと返した。
そこから出た中庭には五十人以上の兵がおった。とても全体は見渡せぬ。もしかしたら倍の百人ほどもおるのかもしれぬ。その傍らを通りつつ「随分と厳重になった」と伝令に声をかける。
伝令は振り返りもせず、「時が時ですから」
シャイフ自身それで納得した訳ではなかった。先に来た時はこんなことはなかった。一階への扉が閉ざされておるということもなかったし、そこを守る兵も二人に過ぎなかったし、中庭に兵がごった返しておるということもなかった。北城本丸が落ちてモンゴル軍がこの地下道沿いに攻めて来るのを警戒してであるは明らかであった。確かにいつ陥落してもおかしくない状況にはあった。そしてその厳しき戦況をクトルグからの伝令に毎日伝えるのも、シャイフの役目であった。自らの報告を信じてくれておるゆえにと想えば喜ぶべきなのであろうが、自らの置かれておる厳しき状況に改めて想い至らざるを得ず、喜びの感情とは無縁に留まらざるを得なかった。
ホラズム側
オグル・ハージブ かつてのブハーラーの守将。
シャイフ・カン かつてのサマルカンドの守将。
クトルグ・カン かつてのジャンドの城主。
戦況の推移とともに、3人ともウルゲンチに逃げて来たのである。
人物紹介終わり
ホラズム軍には徐々に自壊の動きが広がっておった。月のある夜には必ずと言って良いほど、逃走を試みる部隊があった。そしてそれに対するモンゴル軍の対応はバラバラであった。執拗に追いかけられる時もあった。しかしほとんど見過ごされるに近いこともあった。特に北城の北門側にてそれははなはだしく、そしてそれがホラズム側に知れ渡るに及び、その方面から逃走を図る部隊は更にいや増した。ただそれがサマルカンドの如く全城を挙げてとならなかったのは、主戦派の首魁たるクトルグ・カンがその計画に頑として首を縦に振らなかったゆえである。
そのような状況下、シャイフ・カンは南城の将の一人オグル・ハージブに呼ばれた。伝令によれば、是非用いたき策のあるゆえ、来られたしとのことであった。モンゴル軍の攻撃をその日も持ちこたえ、シャイフは日没後の礼拝を済ませると、すぐさま向かった。
北城の本丸から南城内へは地下道にて赴くことができた。そこを伝令の灯すカンテラに先導され、また自らの持つカンテラにて足下を確かめつつ進んで行く。ここを通る度に嫌だなと想う。下に常に水が溜まっておるのみではない。閉じ込められたらとの恐れがあるのだ。そして何かが出て来たら。墓でよみがえる聖人の話は、シャイフも良く知る。しかし、こんなところに出て来るのは、ろくでもない奴に違いなかった。
その至る先は南城内であり、その北門近くにある王族直営の隊商宿であった。店や倉庫も兼備しており、訪れた隊商がそこに留まり、商売できるようになっておった。平時はここよりの上がりが王族の――ここ最近では母后の――懐をうるおしておった。代々、北城はホラズム政府軍が、南城は住民軍がその主体をなしたが、戦時には前者が南城に進駐し、ここを拠点に用いることもしばしばあり、こたびもまたしかりであった。
地下道からその建物への入口にはいつもと異なり門番が立っておった。伝令が受け答えをなし、そこへの入館を許された。門番が階上へと声を掛けると、ギイッと音がして、地下室備え付けのランプのもたらすものとは異なる灯りが上方より射し込んだ。その光の下に現れた階段を伝令が上がり、それに続いて一階に出る。そこには十人近くの兵が詰めておった。隊長らしき者が伝令から話を聞くと、ご苦労様ですと挨拶して来た。頬はやせこけておるにもかかわらず、ただ目だけは異様にぎらついておる北城の将兵に多く見られる顔とは明らかに異なる。そこにはまだはつらつとしたものがあった。シャイフはうなずき、そなたたちこそと返した。
そこから出た中庭には五十人以上の兵がおった。とても全体は見渡せぬ。もしかしたら倍の百人ほどもおるのかもしれぬ。その傍らを通りつつ「随分と厳重になった」と伝令に声をかける。
伝令は振り返りもせず、「時が時ですから」
シャイフ自身それで納得した訳ではなかった。先に来た時はこんなことはなかった。一階への扉が閉ざされておるということもなかったし、そこを守る兵も二人に過ぎなかったし、中庭に兵がごった返しておるということもなかった。北城本丸が落ちてモンゴル軍がこの地下道沿いに攻めて来るのを警戒してであるは明らかであった。確かにいつ陥落してもおかしくない状況にはあった。そしてその厳しき戦況をクトルグからの伝令に毎日伝えるのも、シャイフの役目であった。自らの報告を信じてくれておるゆえにと想えば喜ぶべきなのであろうが、自らの置かれておる厳しき状況に改めて想い至らざるを得ず、喜びの感情とは無縁に留まらざるを得なかった。
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