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王立魔法学園編Ⅱ

インベントリ

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「マリア、今日こそは街に──」
「ごめん、ミレッタ! 今日も大事な用があるの。今度は必ず一緒に街に行くから!」

 ターシャさんのお店で働いた日から数日経ちまた次のお休みがやってきた。
 今はいつものようにラウンジで向かい合って朝食を食べている。

 今回こそは、と決死の覚悟を決めて街に行こうと誘ってくれようとしているのだが私は今日もターシャさんのお店でバイトをしなくちゃいけない。
 なので私は手と手を合わせ拝み倒すようにして今回も断りを入れる。

 今度は、今度こそは一緒に行くから。

 べ、別にバイト代が思ったよりも高額で目がくらんでしまっただなんてことはない!
 それに自分が作った魔道具を貰えたのが嬉しかったなんてことは微塵もない!

 ……ごめん、嘘。めちゃくちゃお金に目がくらんでしまったし、自分が作った魔道具をくれたのも嬉しかった。
 バイト代は金貨三十枚。魔石の魔道具が一つ買える値段。
 それに加えて貰ったのは防御壁の魔道具、前世ではバリケードって言った方が馴染み深いのかな。
 果たしてこれを使う場面があるのかどうか分からないけれど、私の使える魔法の中で土属性の魔法がお砂程度と言えど使えるので何となくだがシンパシーを感じて気に入ったのだ。

 なので今日もそれなりの報酬を期待してターシャさんのお店に向かおうと思う。

「そ、そうですか。最近マリアは忙しそうですね。もしかして、フィアンセでも出来たのですか?」

 ミレッタが空気を読めずに変な発言をしてしまう。
 その瞬間、食器の"ガタッ"と言う音が色んな方向から聞こえた。
 振り返るまではしないがバレないように少しだけ視線を他の席にやるとみんな私を見て文字通り聞き耳を立てていた。

「わ、私にフィアンセなんてまだまだ早いよ!? んー、なんて説明したらいいのかな。習い事? みたいなことをやってるんだよね」
「そうだったんですね。すみません、私の早とちりで」
「ううん、私こそちゃんと説明するべきだったよ」

 ミレッタを落ち着かせるためではなく、あらぬ誤解が学園中に広がらないように私は強く否定し、習い事のようなことをしていることをミレッタに教えた。
 一応、何処かのお姫様設定なので習い事をしていてもおかしくはないよね。
 エルだってアルだって剣術を習っていたんだし。

 ……そういえばあれからヒックさんとは音信不通でグラダラスがどうなってしまったのか一切連絡ないんだよね。
 ブレスレットに話し掛けても繋がらないし。
 みんな無事だといいけど。

「マリア?」

 グラダラスに思いを馳せていると下を俯いてしまっていた私を覗き込むようにして心配されてしまった。

「ごめんごめん。ちょっと習い事のことを考えてたら故郷のことを思い出しちゃってね。ホームシックではないけどみんな元気かなぁ、って」

 後頭部を抑えて苦笑いをする。
 その際、ミレッタは少し悲しそうな表情をしていたけれど彼女はどう思っていたのか予想はつくが果たしてそれが答えかどうかは分からない。

 ☆

「おはようございまーす」
 
 朝食を終えてターシャさんのお店へとやってくる。
 今日は寄り道をしないで来たので前回よりもお店に早く着いた。
 前回と同じならば玄関に私の親衛隊的な人たちが待ち構えているのと予想出来たのです今回は玄関を使わず三階から飛び降りてきた。
 なので私のことを待機してるであろう者たちは驚いているかもね。

 ──それよりも驚いたことがあった。
 
 ターシャさんがお店のカウンターに突っ伏しているのだ。

「ターシャさん!?」

 私は急いで駆け寄り彼女の生死を確認する。
 だがそれはすぐに杞憂へと変わる。
 彼女は大きな大きないびきを上げ気持ちよさそうに眠っていたのだ。

「……心配して損した。でもターシャさんが寝てるなら何しようかな」

 魔道具の作り方を教えてくれる人は他に居ないし、店内をぶらりを見て回ることにした。

「お、これはこの前見なかったやつだね。新商品かな?」

 シンプルなデザインの木箱が目に付いたので手に取ってみる。
 大きさは手に乗るくらいで中は何か入っていたりするのか気になったので開けてみるが何も入っておらずただの木箱だった。

「なんだ、何も入って──」
「おや、今日は早かったね」

 耳元で囁かれる声。ぞくぞくが耳元から身体へと伝わる。

 初めてお店に入った時はそれなりに警戒をしていたので心の準備はある程度出来ていた。
 だけど今回は油断していた。

「にぎゃぁぁぁぁああああ!?」

 足音もしないで近寄ってくるターシャさんにビックリして獣耳も尻尾もピンと立っている。
 持っていた木箱も落としそうになりお手玉のように何度も左右の手を行き来してやっと捕まえた。

「ふぅ……危ない危ない」
「マリアは今日も元気だね」
「元気かどうか聞かれたら元気ですけど、いきなり足音もせずにターシャさんの声が聞こえたんでビックリしてたんです」

 焦りに焦っていたので額の汗を拭っているとターシャさんはまるで私を孫でも見るような眼差しで元気なことを喜んでいた。
 元気ではあるけど元気なのをアピールした訳ではないことを伝えた。
 怒りよりかは諦めに近い感情が勝っていた。
 次は……次こそは寝てても起こしてやるんだから。

「それは済まなかった。お詫びにそれをあげるよ」
「これって一体何なんですか? 中を見てもただの木箱にしか見えないんですけど」

 貰えるものは貰っとけ精神ではあるのだが、何なのか分からなかったので一旦ターシャさんに木箱を渡す。

「これはね魔法の木箱。んーと、若いもんの間ではインベントリと呼んでいたような」
「インベントリ?」

 聞き慣れない言葉だったのでオウム返しをしてしまう。

「まぁ見ててご覧。ここに観葉植物があるだろ」

 前世でもお馴染みのパキラに似た観葉植物。
 空気清浄機のような機能が兼ね備えられておりただの観葉植物ではないのは知っている。

「これをこうじゃ!」

 それを片手で持ち木箱の上に乗せた。

 何やっているのだろう?

 初めはそう思って見たいたのだが、木箱の上に乗せられた観葉植物は手品のようにして一瞬で消えてしまった。

「観葉植物は?」

 店内を見渡してみるがターシャさんが手にしたであろう観葉植物の姿はない。

「ここにある」

 ターシャさんは木箱の中を私に見せる。
 そこには確かに小さくなった観葉植物が存在していた。

「まさかぁ~魔法じゃないんですから」

 右手で空をやんわりとビンタしてから木箱に入った観葉植物のミニチュアを手にしようとする。
 木箱から観葉植物のミニチュアを出した瞬間、ミニチュアではなく原寸大の観葉植物に早変わりした。

「うぇ、えぇええ!??」

 軽かったのに大きくなったせいでズシンと重さが伝わり私は間抜けな声で驚いてしまう。
 観葉植物を落とさないように必死だ。

「これも魔道具さ。と言うよりあたいの店は魔道具しか扱っておらん」
「さ、さいですか」

 自分のお腹に乗せることで観葉植物の鉢植えを割らずに済み、受け答えをするのがやっとだった。
 最初に魔法の木箱、と言っていたのをすっかり忘れていたよ。

 こうして今日もターシャさんのお店のアルバイトが始まる。
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