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第6章 逆風を追い風にして

2.再会

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 ベンドバルフ団長とお会いして、あれから二週間。
 私達は、今か今かとルークさんの帰りを待つ中、午後のホームルームで、アレク先生から学校行事についての説明を受けていた。

「いよいよ夏季休暇が間近に迫り、浮き足立っている生徒も多い事だろう。夏季休暇は二ヶ月あるが、その間にグループでの討伐遠征を行う決まりがある。遠征の期間も指定されてはいない」

 数日前、ケントさん達から聞いた通りだった。
 セイガフは騎士やギルド員を多く排出している特色があるから、夏休みに出される課題はこういった形式になるのだそうだ。

「各グループで遠征での成果をレポートに纏め、提出してもらう。ただし、討伐場所は学生用の依頼書の中から君達に選んでもらう事になる」

 今日の放課後からグループ編成を決め、受付を済ませた順に依頼書を選べる。
 つまりは早い者勝ちですわね。良い遠征先に行きたいのであれば、すぐにグループを作らなくてはなりませんわ。
 今回に限っては、パートナーと別の班に加入しても構わないらしい。

「まあ、ウォルグが美少女様を放っておくワケがねぇけどな」
「ホームルームが終わったらすぐに飛んで来そうだよね、ウォルグ先輩」

 先生に気付かれないよう、小声で話すウィリアムさんとリアンさん。
 私はそれに苦笑する。
 確かに、彼ならあり得ない話ではないものね。

「それから、休暇明けにはルディエル国立魔法学院との合同魔法大会が開催される。国内ツートップの学校による、伝統的な大会だ。知っている者も多いだろう」
「けどよぉ先生、それって一年生はあんま関係ねぇよな? 学校代表に選ばれるのは高学年ばっかりって話じゃねえか」

 セイガフとルディエルによる合同魔法大会。
 私も前回の人生で、ルディエルの代表として参加していた。
 何といっても、私程の防御魔法の使い手は他に居ませんでしたからね。当然ですとも!
 セグも勿論代表入りしていましたから、戦闘が得意ではない一部の花乙女達は応援するしかありませんでしたわね。
 その中には、あのエリミヤも含まれているのですけれど。
 ウィリアムさんが言っていたように、代表として選出されるのは高学年の生徒の方が多かった。一年生で選ばれるなんていう方は、余程の才能がある生徒でないと難しいでしょう。

「それは違いない。だが、今年の一年生は例年より優秀な者が多いのだ。ウィリアム、君を含めてな」

 それはつまり、私達の中から代表が出ても不思議ではない──という事を意味する。

「先週行った男女混合クラストーナメントでは、他学年を圧倒して我がクラスが白熱した試合を展開していたのは、皆も記憶に新しいと思う。それが理事長の耳に入り、今年は是非ともこの一組から何人か代表を出してほしいとのお言葉を頂いている」
「と……り、理事長が、そんな事言ってたんですか!?」
「ああ。リアン、理事長からは君の名前も挙がっていたぞ」
「あ、あの人が……オレの事を……」

 セイガフの理事長さん……そういえば、まだお顔を拝見した事がありませんわね。
 どうやらリアンさんは顔見知りのようだけれど、動揺が激しいのが気になりますわ。どうしたのかしら?

「今日から夏季休暇中まで、代表への自薦・他薦も受け付けている。魔法大会は要求されるレベルが高いものであるからして、参加は慎重に考えた方が良い」

 討伐遠征と魔法大会。
 すっかり学校生活に慣れてきたこの時期に、刺激的なイベントが控えているのは好ましい事だ。

 そして放課後。

「レティシア。夏休みの遠征先はどこが良い? お前の意見が聞きたい」

 予想通り、ホームルームが終わって間も無くウォルグさんがやって来た。
 帰りの支度をして、教室を出て数歩の所で待ち構えていたのだ。
 私と同行する前提で意見を聞かれている。断るつもりははじめからありませんけれど、拒否権が一切ありませんわ。

「……ええとですね、ウォルグさん」
「ああ、ウィリアム達も行くと言うのだろう? それは想定内だ。その上で聞いている」

 迷いが無い。
 青い眼を真っ直ぐこちらに向ける彼の中では、いつものメンバーで遠征に行くのは確定しているらしい。
 すると、少し遅れて追い付いたケントさんと、一緒に教室を出たウィリアムさん達も話に合流した。

「ウォルグさんがそう仰って下さるのは嬉しいです。ですが私としては、ご一緒する皆さんの意見も参考にして頂きたいですわ」
「そうだよウォルグ。せっかくの夏休みなんだから、どうせならそのついでに旅行出来そうな場所なんて良いと思うんだけれど、どうかな?」
「……そうか」
「メンツはいつも通りで良いんだろ? 俺とレティシアとケントとウォルグ、リアンにミーチャと……」
「後は、ルーク先輩だね」

 私達は、リアンさんの言葉に頷いた。
 まだ城から戻らないルークさん。近日中には戻って来ると言っていたけれど……。

「あ、あの……」

 教室のドアからひょっこりと顔を覗かせたのは、ケントさんの妹で、クラスメイトのサーナリアさんだった。隣にはミーチャも居る。
 あの教科書隠し事件以降、取り巻きの女子生徒達と距離を置く事になった彼女。
 最近ではミーチャと三人で女子だけのお茶会をする事も多い、私の二人目の女友達だ。
 サーナリアさんは、あの事件の後からケントさんとの微妙な距離感が続いていた。
 私はもうあの件について気にしていないのだけれど、ケントさんの中では、未だ割り切れていないようなのだ。
 サーナリアさんは兄に対して申し訳無さが強くあるようで、ウォルグさんのお菓子を囲んでのお茶会でも、どこか気まずそうにしていたのをよく覚えている。

「あらサーナリアさん、どうかなさったの?」
「ええと、その……」
「ほらほら、今がチャンスですよ! 言っちゃえサーナリア!」

 もじもじとしているサーナリアさんの背中を、ミーチャがとんっと押す。
 数歩前に出された彼女はそれにビクリと慌てて、距離が近付いた私達に恐る恐る語り出した。

「も、もしご迷惑でなかったら……わたしも、一緒に行かせてもらえませんか……?」

 やはりケントさんの事を気にしているらしく、彼の方には目を向けられないサーナリアさん。
 この兄妹がいつまでもこんな調子では、いくら事件の被害者ではあっても居心地が悪い。
 遠征を切っ掛けに二人の関係を修復してもらえれば、商会の従業員だった私としての恩返しにもなるだろう。

「是非ご一緒しましょう、サーナリアさん! 先日のクラストーナメントでの貴女の活躍、見事でした。きっと遠征でも素晴らしい活躍をなさるはずですわ」
「でもわたし、二回戦落ちしちゃったし……レティシアさんに比べたら、わたしなんてとても……」

 彼女は長期間の療養生活が明けて、入学試験以来の対人戦──それも一対一の試合──で、一度だけではあるけれど勝利を収めたのだ。
 激しい運動とは縁遠かった彼女が勝てたのは、彼女自身の努力の成果に他ならない。
 きちんと和解した今ならば、私はサーナリアさんの為に手を差し伸べる覚悟が出来ている。
 私は、彼女の目をしっかりと見て言う。

「いくら私でも苦手な事だってありますのよ? 貴女も観ていたからお分りでしょうけれど、準決勝でリアンさんに負けてしまいましたし」

 トーナメントの準決勝まで勝ち進んだ私でも、流石にリアンさんのスピード戦法には敵わなかった。
 というか、あれは人間業を超えていると思うのですけれども。

 入学試験では味方として共に戦ったリアンさんの見せた、赤い疾風のような超人的な高速移動。
 魔法なのか特殊な技能なのかは分からないけれど、あの速さで連続攻撃され、集中力が途切れてきた試合終盤で防御が間に合わなかったのだ。
 彼の双剣が私の喉元に突き付けられたところで、試合終了。無尽蔵かと思う程の底なしの体力に圧倒されてしまった。
 その後のウィリアムさんとの決勝戦も凄まじかった。あの時の仕返しとばかりにリアンさんが攻撃を繰り返し、ウィリアムさんの顔が引きつっていたのが印象的だ。
 終わりの見えない戦いの末、時間制限ギリギリでリアンさんがリベンジを果たした。
 あの時の試合が、理事長の耳に届いたという事なのだろう。

「サーナリアさんは解呪がお得意でしょう? しっかり観ていましたとも。一回戦での動きを封じる呪いの迅速な解呪、それに続いての風魔法の攻撃のコンボは見事でした!」
「そ、そんなに褒めてもらう程のものじゃないよ! たまたま上手く出来ただけかもだし……」
「それぞれ得意な事が違う人が集まって戦うのがチームの良い所です。貴女の力が必要になる事もあるでしょうし……何より、女の子同士でお泊りするのは楽しいはずですもの!」

 私は彼女の手を取り、笑顔で言った。
 すると、サーナリアさんの頬がみるみる赤くなっていく。

「そう言ってもらえて……嬉しいわ。わたし、あなたとお友達になれて、本当に良かった……!」

 ふわりと微笑む彼女の後ろで、ミーチャがガッツポーズする。

「じゃあサーナリアも一緒に行こう! 良いよね、ウォルグ先輩! ケント先輩も良いでしょ?」
「俺は構わない」
「そうだね。賑やかなのは悪くない」
「では、メンバーはこれで決まりですわね。早速編成の受付を済ませてしまいましょう!」

 ああ良かった、ケントさんに断られなかった。
 内心ヒヤヒヤしていたものだから、素直に受け入れられて安心しましたわ。


 それからすぐに私達は職員室へ向かい、遠征班の編成を報告する。
 部屋の一角に張り出された依頼書の前には、まだ誰も居なかった。どうやら私達が一番乗りだったようだ。

「選び放題だね」
「どうせならリゾートっぽい所が良いですよね~! 海とか良くないですか? 夏だし!」
「海……!」

 ミーチャの言葉に、サーナリアさんが反応する。

「レティシアもどう? 海良いよね? ほら、この依頼なんて丁度良くないですか?」

 ミーチャが指差した依頼書に目を通す。

「アルマティアナ近海の魔物討伐……アルマティアナといえば、有名なリゾート地ですわよね」
「料理も美味しいと評判らしいし、討伐が済んだら何日か滞在するのも良いかもしれないね」
「つってもよぉ、そんなリゾート地で寝泊まりするって、金はどうすんだよ?」
「それならボクが出してあげるよ」

 突然背後から聞こえた、懐かしい声。
 振り返ればそこには、待ち望んだ彼の姿があった。

「ルーク先輩!?」
「戻って来るのが遅くなってゴメンね~! 色々心配掛けちゃったお詫びに、旅行費は全額ボクが負担するからさっ!」
「うわぁぁぁ! 本物の先輩だー!!」

 感情のままに飛び付いたリアンさんに、ルークさんは苦笑して言う。

「苦しいって、リアン~!」
「すっごくすっごく心配してたんだよー!? 先輩が騎士の人達に連れてかれてから、レティシアがお城に連絡するまで、無事かどうかずっと分かんなかったんだから!」
「それはボクのせいじゃないからね? お城の人達が頭固いんだも~ん」
「とにかく、リアンさんの言う通り元気そうで安心しましたわ。……ちょっぴり印象が変わりましたけれど」

 そう、彼の印象が変わっているのだ。
 猫っ毛なショートヘアだった黒髪は、セミロングに。
 一年生と間違われる身長は、少し伸びているような気がした。というか、確実に伸びている。
 未だにぎゅうぎゅうと抱き締めるリアンさんと比較すると、以前はリアンさんと変わらない身長だったのが、明らかに伸びているのが分かる程に。

「髪もそうだが、身長が伸びていないか?」
「ちょっと声も落ち着いた雰囲気というか、少し低くなったような気もするね」
「あー、やっぱり分かる? 多分レティシアに治療してもらったお陰なんだと思うけど……」
「私の治療というと……大森林での事ですわね」
「そうそう! あれからお城で色んな話をしてきて、あれやこれやの手続きがあって、時間が掛かっちゃったんだよね~。で、ボクの外見の変化やら何やらも説明してあげたいんだけど……」

 そう言って、ルークさんはウォルグさんに手伝ってもらってリアンさんを引き剥がすと、アルマティアナの依頼書を掲示板から取った。

「これの受諾じゅだくを済ませてからで良いから……。まずは、レティシアに話があるんだ」

 先程までとは打って変わって、真剣な表情で告げたルークさん。
 出来れば二人だけで話がしたいとの事で、手早く依頼の受諾手続きを済ませる。
 私とルークさんは、アレク先生に指導室の使用許可を頂き、早速二人でそこへ向かった。
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