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第1章 夢への誓い
7.元傭兵の思惑
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斧使いの探索者ベイガルに護衛──という名の引率役──を任せ、ザインとディックは気持ちを新たにポポイアの森を探索していく。
その道すがら、二人はベイガルから簡単な自己紹介を受けていた。
ベイガルは元は地方の傭兵団で傭兵をしており、グループ内でのいざこざが切っ掛けで脱退。
そこからは各地を転々とし、その場限りの探索者グループを結成しながら旅をしているのだという。
自分の腕ならばポポイアの森の単独攻略が可能だと踏んだベイガルは、今日だけは珍しく一人でダンジョンを訪れた。そうして偶然ハイゴブリンに囲まれているザイン達に助太刀し、今に至る。
「傭兵時代はダンジョンから抜け出した魔物を狩ったり、山賊なんかを退治してたんだがな。どうにも組織ってモンは窮屈でいけねえ。団の仲間との関係性は大事だが、時にはその仲間意識が足枷にもなりやがる……」
「よく分かんないけど、おじさんも色々大変だったんだね~」
「へへっ、まあな。だが今は気楽なモンさ。好きな時に適当な奴らとつるんで、深入りする前にサヨナラだ。俺にはこういうサッパリした付き合いの方が、性に合ってるんだろうよ」
そう言って笑うベイガルは、本心から告げているのだろうとザインは感じた。
大人の事情というのはいまいち理解出来ないものの、彼が苦労していたのだけは分かる。
そんな話をしながら、三人は順調にダンジョンを進んで行った。
落ち着きを取り戻したディックも、道中に出現した魔物に立ち向かった。
ベイガルはディックを勇気付け、ザインは冷静に状況を見極め援護する。時にはベイガルも加勢して、三人はとても調子良く最深部へと向かっている。
何度かハイゴブリンにも遭遇したものの、もうディックは怯えていない。
それもこれも、頼りになる先輩探索者であるベイガルのお陰であった。
もうじき最深部へと差しかかろうとしたところで、ベイガルの提案により最後の休息を挟む事になった。
すると、ベイガルが言う。
「ザイン、ディック。お前たちも知ってはいるだろうが、この先にはこの森のボス──ダンジョンマスターが待ち構えてやがる」
ダンジョンマスター。
すなわち、魔物の迷宮を生み出した張本人であり、三百年前の魔王軍の残党である。
彼らは魔王軍に属する魔物の中でも高い魔力を誇っており、その魂の核──ダンジョンコアと呼ばれる宝玉を体内に秘めているのだ。
ダンジョンコアを破壊すれば迷宮は崩壊し、無限の資源の宝庫であるダンジョンは消え去ってしまう。
なので、特別な場合を除いてダンジョンコアの破壊は固く禁じられている。これを破れば、そのダンジョンのある国から罰金の支払いを命じられてしまうのだ。
その罰金は目玉が飛び出る程の高額に設定されており、運命の悪戯による悲惨な事故でも起こらなければ、自ら進んでコアを壊すようなチャレンジャーは居なかった。
「……だが、幸いにもここのダンジョンは楽な部類だ。俺一人でも倒せるぐらいだからな」
「でも、俺達だけだったら倒せないかもしれないよね。ベイガルおじさんが助けてくれたから、ここまで来られたんだし」
ザインの言葉に、渋い顔をしながらもディックが頷く。
「……だな。ベイガルのオッサンのお陰で、どうにか上手い事魔物との戦闘のコツも掴めてきたしな」
「ガハハッ! そうまで感謝されると気分が良いなぁ!」
豪快に笑うベイガルは、ふと少年達に問うてみた。
「……なあ、ところでボウズたちの持ってる武器なんだが」
「これの事?」
言いながら、ザインとディックは彼の目に入りやすいよう、各々の武器を手に取った。
ベイガルは軽く頷くと、素直な疑問を口に出す。
「その大層な弓も短剣も、お前たちのような子供が持つには立派すぎると思っててなぁ。こんな高価そうなモン、いったいどこで手に入れたんだ?」
「実はこれ……母さんのなんだ。オレがこっそり武器庫から持ち出して……」
「母親の?」
「俺達の母さんも探索者なんだ! だからこういうすっごい武器が家にあるんだよ」
「ほーう……」
じっくりと武器を観察するベイガルの目付きは、恐ろしく鋭い。
母親に黙ってダンジョンに忍び込み、高価な武器を勝手に持ち出した幼い少年達。
この先の道を進めば、今のザインとディックだけでは突破出来ないであろうダンジョンマスターが待ち構えている。
それらの状況が揃っているのなら──と、ベイガルは不気味な薄ら笑いを浮かべ、こう告げた。
「……なあ。どっちか片方で良いからよぉ、その武器を俺にくれねえか?」
「…………え?」
厳ついながらも、穏やかな印象から一変。
男はどこかギラついた目をさせて、少年達を威圧する。
それはまるで獲物である小動物を追い詰めた、獰猛な肉食動物のよう。
「いやぁ、さっき言ったろ? 俺はこれでも傭兵上がりなんだ。今回の護衛の見返りとして、お前たちに報酬を要求するのは当然だろ。……なぁ?」
「そ、そんな事……急に言われても……っ⁉︎」
ザインが小さく呟くと、ベイガルは眉間に皺を寄せて詰め寄って来る。
思わず息を飲んだザインの背後で、ディックは小刻みに手を震わせながらも、静かに短剣を握り直した。
「何だよ、そんな怯えたような目ぇさせて……。俺は何も、無理やり武器をかっぱらおうとしてるわけじゃねえんだ。労働に対する正当な報酬ってのは、基本中の基本じゃねえか」
「で、でも……これは、母さんのだから……!」
「じゃあ、護衛契約はここで破棄するか? ……だが、駆け出しの探索者向けのダンジョンでも、ここから入り口まで戻るにも骨が折れるぞぉ? 今なら俺が倒してやったハイゴブリンどもも、もうその辺に湧き出して来てる頃合いだぜ」
ザインとディックがポポイアの森へ来たのは、まだ朝の時間帯だった。
途中でベイガルを護衛に加え、可能な限り魔物を討伐しつつ、休憩を挟みながらの長時間に渡る探索。
ダンジョン最深部を目前にした今現在、時刻はとうに正午を回っている。新たな魔物がダンジョン内に湧き出していてもおかしくない頃合いだという彼の指摘は、無視する訳にもいかない状況であった。
(どうしよう……! このまま奥に行っても、俺とディックだけで帰還地点まで辿り着ける保証なんて無い……)
今になって、身を以て実感する。
ガラッシアが子供達にきつく言い聞かせていた、あの約束事。
『子供だけで、川より向こう側には行かない事。森のダンジョンには絶対に近寄らない事』
彼女がこの状況を想定していたのかは分からない。……が、母との約束を破ってしまったからこそ、息子達は彼の──ベイガルの策略にまんまと引っ掛かったのだと言えるだろう。
「……んで、結局のところどうするんだ? このまま俺に護衛をさせてダンジョンを踏破して報酬を支払うか、契約破棄してボウズたちだけでここを脱出するか──早く決めねえと、お前たちの母さんが心配するんじゃねえかなぁ~?」
「それ、は……」
ザインは言い澱みながらも、必死に頭を回転させた。
ここでいつまでも時間を無駄にしていれば、他のダンジョンへと向かったガラッシアが先に帰宅してしまうはずだ。
そうなれば、二人が勝手に武器を持ち出し、約束を破ってダンジョンに来てしまった事実も知られてしまうのは確実であった。
しかし、この男の要求通りにどちらかの武器を差し出すのも、最善の選択とは言えないように思う。
ならば──と、赤髪の少年は目の前の男を見上げ、真っ直ぐに顔を向けた。
「……それなら、おじさんに武器をあげても良いかどうか、母さんに直接聞きに行って来る!」
「ザインっ、それじゃあお前……!」
「……どういう意味だ?」
狼狽えるディックの言葉を遮り、ベイガルが問いを返す。
ザインは緊張で大きく跳ねる心臓の鼓動を感じつつも、己が見出した最善であろう解決策に打って出た。
「おじさんは探索者なんだよね? それなら勿論、探索者バッジを持ってるはずだ」
「ああ、これだろ?」
ベイガルは頭に巻いたバンダナに付けた、金属の光沢を持った茶色い小さなバッジを指差した。
それに頷き、ザインは続ける。
「おじさんが俺達をパーティーに仮加入させれば、リーダーであるおじさんの意思でメンバーを強制的にダンジョンから脱出させられるよね? それを……ディックに使ってほしいんだ」
「何だと……?」
訝しげに眉をひそめるベイガル。
けれどもザインは怯まず、堂々と意見を声に出し続けた。
「俺はここでおじさんと残って、その間にディックには母さんを呼んで来てもらいたいんだよ。いくら何でも、本当の持ち主に黙って武器を受け渡すのはまずいでしょ?」
ザインがそう言って首を傾げると、男は小さく鼻で笑う。
「ほーう? つまり、ディックがお前を見捨てて逃げたとしても、報酬の支払いはお前から頂戴しても良いと……。これじゃあ、まるで人質みてえだな! ガッハハハ!」
大笑いするベイガルを、ザインは無言で見詰める。
まるで、なんてものではない。間違い無く、ザインは自らを人質としてディックをここから送り出そうとしているのだから。
そのまましばらく笑い続けた彼は、ようやく満足したらしい。
「良いだろう、その条件で呑んでやろう。ただし、俺が待てるのは日没までだ。日が沈んだが最後、この弓もお前自身も、俺の好きなようにさせてもらうからな」
「うん、それで良いよ」
「おいザインっ……! お前、それ本気で言ってんのか⁉︎」
思い切り肩を揺さぶってきた兄に、弟は笑顔で応える。
「本気の本気だよ、ディック。俺はディックを……兄さんと母さんを信じてるから」
「……っ、ホント……お前ってヤツはっ……!」
悔しさと不甲斐無さが胸の奥で入り混じり、瞳を潤ませるディック。
そんな二人のやり取りを冷めた目で眺めるベイガルは、『パーティー加入・脱退』と『ダンジョン脱出』の魔法が込められた銅のバッジに魔力を込め、ディックを自身のパーティーへと仮加入させた。
探索者として活動する者には、各国に点在する探索者支援ギルドから探索者バッジを受け取る義務がある。
ギルドで必要最低限の基礎を学ぶ研修を受け、探索者認定試験を突破すれば、どのような種族の者でも入手出来る必須アイテムだ。
これには他の機能もあるが、今必要なのは『パーティー加入・脱退』と『ダンジョン脱出』の二つである。
「おい、準備出来たぞ」
ベイガルの呼び掛けに、二人は口を閉ざした。
「約束通り、ディックを仮加入させたぜ」
ザインはディックに視線を送り、ディックもその視線の意味する思惑に対し、重く頷く。
「もう脱出させる用意は出来たが、お前の心の準備は出来たのか?」
「……ああ、構わねえぜ。やってくれ」
「それじゃあ、遠慮無く……!」
ベイガルはもう一度バッジに触れ、指先から魔力を送り込んだ。
すると次の瞬間、ディックの全身は淡い光に包まれる。
ふわりと身体が浮かび上がり、ディックは何か大きな力が働いているのを感じ取っていた。
そんな彼に、ザインは別れ間際に声を上げる。
「母さんの事、頼んだよ!」
「ああ。頼まれてやったぜ!」
力強く応えたディックの姿は、そのまま全身を包み込む優しい光に呑まれ、消えていった。
きっと今頃、彼は一人で森の入り口へと転移しているはずだ。
全ての望みを兄へ託し、ザインはただ待ち続ける。
対して、ベイガルはあまりにも大きな見落としをしていた。
しかしその事実に気付く事も無く、後にその過ちを激しく悔いる事になるであろう。
ユーディキウム王国のポポイアの森近く。
麗しのエルフが暮らすその地には、彼女の愛する血の繋がらない子供達が居る。
その者こそは、魔王討伐を果たした勇者伝説の生き証人──銀糸のエルフ、ガラッシア。
彼女の愛する子供達に手を出してしまったその事実が、もうじきその息子の口から語られる事になる。
その道すがら、二人はベイガルから簡単な自己紹介を受けていた。
ベイガルは元は地方の傭兵団で傭兵をしており、グループ内でのいざこざが切っ掛けで脱退。
そこからは各地を転々とし、その場限りの探索者グループを結成しながら旅をしているのだという。
自分の腕ならばポポイアの森の単独攻略が可能だと踏んだベイガルは、今日だけは珍しく一人でダンジョンを訪れた。そうして偶然ハイゴブリンに囲まれているザイン達に助太刀し、今に至る。
「傭兵時代はダンジョンから抜け出した魔物を狩ったり、山賊なんかを退治してたんだがな。どうにも組織ってモンは窮屈でいけねえ。団の仲間との関係性は大事だが、時にはその仲間意識が足枷にもなりやがる……」
「よく分かんないけど、おじさんも色々大変だったんだね~」
「へへっ、まあな。だが今は気楽なモンさ。好きな時に適当な奴らとつるんで、深入りする前にサヨナラだ。俺にはこういうサッパリした付き合いの方が、性に合ってるんだろうよ」
そう言って笑うベイガルは、本心から告げているのだろうとザインは感じた。
大人の事情というのはいまいち理解出来ないものの、彼が苦労していたのだけは分かる。
そんな話をしながら、三人は順調にダンジョンを進んで行った。
落ち着きを取り戻したディックも、道中に出現した魔物に立ち向かった。
ベイガルはディックを勇気付け、ザインは冷静に状況を見極め援護する。時にはベイガルも加勢して、三人はとても調子良く最深部へと向かっている。
何度かハイゴブリンにも遭遇したものの、もうディックは怯えていない。
それもこれも、頼りになる先輩探索者であるベイガルのお陰であった。
もうじき最深部へと差しかかろうとしたところで、ベイガルの提案により最後の休息を挟む事になった。
すると、ベイガルが言う。
「ザイン、ディック。お前たちも知ってはいるだろうが、この先にはこの森のボス──ダンジョンマスターが待ち構えてやがる」
ダンジョンマスター。
すなわち、魔物の迷宮を生み出した張本人であり、三百年前の魔王軍の残党である。
彼らは魔王軍に属する魔物の中でも高い魔力を誇っており、その魂の核──ダンジョンコアと呼ばれる宝玉を体内に秘めているのだ。
ダンジョンコアを破壊すれば迷宮は崩壊し、無限の資源の宝庫であるダンジョンは消え去ってしまう。
なので、特別な場合を除いてダンジョンコアの破壊は固く禁じられている。これを破れば、そのダンジョンのある国から罰金の支払いを命じられてしまうのだ。
その罰金は目玉が飛び出る程の高額に設定されており、運命の悪戯による悲惨な事故でも起こらなければ、自ら進んでコアを壊すようなチャレンジャーは居なかった。
「……だが、幸いにもここのダンジョンは楽な部類だ。俺一人でも倒せるぐらいだからな」
「でも、俺達だけだったら倒せないかもしれないよね。ベイガルおじさんが助けてくれたから、ここまで来られたんだし」
ザインの言葉に、渋い顔をしながらもディックが頷く。
「……だな。ベイガルのオッサンのお陰で、どうにか上手い事魔物との戦闘のコツも掴めてきたしな」
「ガハハッ! そうまで感謝されると気分が良いなぁ!」
豪快に笑うベイガルは、ふと少年達に問うてみた。
「……なあ、ところでボウズたちの持ってる武器なんだが」
「これの事?」
言いながら、ザインとディックは彼の目に入りやすいよう、各々の武器を手に取った。
ベイガルは軽く頷くと、素直な疑問を口に出す。
「その大層な弓も短剣も、お前たちのような子供が持つには立派すぎると思っててなぁ。こんな高価そうなモン、いったいどこで手に入れたんだ?」
「実はこれ……母さんのなんだ。オレがこっそり武器庫から持ち出して……」
「母親の?」
「俺達の母さんも探索者なんだ! だからこういうすっごい武器が家にあるんだよ」
「ほーう……」
じっくりと武器を観察するベイガルの目付きは、恐ろしく鋭い。
母親に黙ってダンジョンに忍び込み、高価な武器を勝手に持ち出した幼い少年達。
この先の道を進めば、今のザインとディックだけでは突破出来ないであろうダンジョンマスターが待ち構えている。
それらの状況が揃っているのなら──と、ベイガルは不気味な薄ら笑いを浮かべ、こう告げた。
「……なあ。どっちか片方で良いからよぉ、その武器を俺にくれねえか?」
「…………え?」
厳ついながらも、穏やかな印象から一変。
男はどこかギラついた目をさせて、少年達を威圧する。
それはまるで獲物である小動物を追い詰めた、獰猛な肉食動物のよう。
「いやぁ、さっき言ったろ? 俺はこれでも傭兵上がりなんだ。今回の護衛の見返りとして、お前たちに報酬を要求するのは当然だろ。……なぁ?」
「そ、そんな事……急に言われても……っ⁉︎」
ザインが小さく呟くと、ベイガルは眉間に皺を寄せて詰め寄って来る。
思わず息を飲んだザインの背後で、ディックは小刻みに手を震わせながらも、静かに短剣を握り直した。
「何だよ、そんな怯えたような目ぇさせて……。俺は何も、無理やり武器をかっぱらおうとしてるわけじゃねえんだ。労働に対する正当な報酬ってのは、基本中の基本じゃねえか」
「で、でも……これは、母さんのだから……!」
「じゃあ、護衛契約はここで破棄するか? ……だが、駆け出しの探索者向けのダンジョンでも、ここから入り口まで戻るにも骨が折れるぞぉ? 今なら俺が倒してやったハイゴブリンどもも、もうその辺に湧き出して来てる頃合いだぜ」
ザインとディックがポポイアの森へ来たのは、まだ朝の時間帯だった。
途中でベイガルを護衛に加え、可能な限り魔物を討伐しつつ、休憩を挟みながらの長時間に渡る探索。
ダンジョン最深部を目前にした今現在、時刻はとうに正午を回っている。新たな魔物がダンジョン内に湧き出していてもおかしくない頃合いだという彼の指摘は、無視する訳にもいかない状況であった。
(どうしよう……! このまま奥に行っても、俺とディックだけで帰還地点まで辿り着ける保証なんて無い……)
今になって、身を以て実感する。
ガラッシアが子供達にきつく言い聞かせていた、あの約束事。
『子供だけで、川より向こう側には行かない事。森のダンジョンには絶対に近寄らない事』
彼女がこの状況を想定していたのかは分からない。……が、母との約束を破ってしまったからこそ、息子達は彼の──ベイガルの策略にまんまと引っ掛かったのだと言えるだろう。
「……んで、結局のところどうするんだ? このまま俺に護衛をさせてダンジョンを踏破して報酬を支払うか、契約破棄してボウズたちだけでここを脱出するか──早く決めねえと、お前たちの母さんが心配するんじゃねえかなぁ~?」
「それ、は……」
ザインは言い澱みながらも、必死に頭を回転させた。
ここでいつまでも時間を無駄にしていれば、他のダンジョンへと向かったガラッシアが先に帰宅してしまうはずだ。
そうなれば、二人が勝手に武器を持ち出し、約束を破ってダンジョンに来てしまった事実も知られてしまうのは確実であった。
しかし、この男の要求通りにどちらかの武器を差し出すのも、最善の選択とは言えないように思う。
ならば──と、赤髪の少年は目の前の男を見上げ、真っ直ぐに顔を向けた。
「……それなら、おじさんに武器をあげても良いかどうか、母さんに直接聞きに行って来る!」
「ザインっ、それじゃあお前……!」
「……どういう意味だ?」
狼狽えるディックの言葉を遮り、ベイガルが問いを返す。
ザインは緊張で大きく跳ねる心臓の鼓動を感じつつも、己が見出した最善であろう解決策に打って出た。
「おじさんは探索者なんだよね? それなら勿論、探索者バッジを持ってるはずだ」
「ああ、これだろ?」
ベイガルは頭に巻いたバンダナに付けた、金属の光沢を持った茶色い小さなバッジを指差した。
それに頷き、ザインは続ける。
「おじさんが俺達をパーティーに仮加入させれば、リーダーであるおじさんの意思でメンバーを強制的にダンジョンから脱出させられるよね? それを……ディックに使ってほしいんだ」
「何だと……?」
訝しげに眉をひそめるベイガル。
けれどもザインは怯まず、堂々と意見を声に出し続けた。
「俺はここでおじさんと残って、その間にディックには母さんを呼んで来てもらいたいんだよ。いくら何でも、本当の持ち主に黙って武器を受け渡すのはまずいでしょ?」
ザインがそう言って首を傾げると、男は小さく鼻で笑う。
「ほーう? つまり、ディックがお前を見捨てて逃げたとしても、報酬の支払いはお前から頂戴しても良いと……。これじゃあ、まるで人質みてえだな! ガッハハハ!」
大笑いするベイガルを、ザインは無言で見詰める。
まるで、なんてものではない。間違い無く、ザインは自らを人質としてディックをここから送り出そうとしているのだから。
そのまましばらく笑い続けた彼は、ようやく満足したらしい。
「良いだろう、その条件で呑んでやろう。ただし、俺が待てるのは日没までだ。日が沈んだが最後、この弓もお前自身も、俺の好きなようにさせてもらうからな」
「うん、それで良いよ」
「おいザインっ……! お前、それ本気で言ってんのか⁉︎」
思い切り肩を揺さぶってきた兄に、弟は笑顔で応える。
「本気の本気だよ、ディック。俺はディックを……兄さんと母さんを信じてるから」
「……っ、ホント……お前ってヤツはっ……!」
悔しさと不甲斐無さが胸の奥で入り混じり、瞳を潤ませるディック。
そんな二人のやり取りを冷めた目で眺めるベイガルは、『パーティー加入・脱退』と『ダンジョン脱出』の魔法が込められた銅のバッジに魔力を込め、ディックを自身のパーティーへと仮加入させた。
探索者として活動する者には、各国に点在する探索者支援ギルドから探索者バッジを受け取る義務がある。
ギルドで必要最低限の基礎を学ぶ研修を受け、探索者認定試験を突破すれば、どのような種族の者でも入手出来る必須アイテムだ。
これには他の機能もあるが、今必要なのは『パーティー加入・脱退』と『ダンジョン脱出』の二つである。
「おい、準備出来たぞ」
ベイガルの呼び掛けに、二人は口を閉ざした。
「約束通り、ディックを仮加入させたぜ」
ザインはディックに視線を送り、ディックもその視線の意味する思惑に対し、重く頷く。
「もう脱出させる用意は出来たが、お前の心の準備は出来たのか?」
「……ああ、構わねえぜ。やってくれ」
「それじゃあ、遠慮無く……!」
ベイガルはもう一度バッジに触れ、指先から魔力を送り込んだ。
すると次の瞬間、ディックの全身は淡い光に包まれる。
ふわりと身体が浮かび上がり、ディックは何か大きな力が働いているのを感じ取っていた。
そんな彼に、ザインは別れ間際に声を上げる。
「母さんの事、頼んだよ!」
「ああ。頼まれてやったぜ!」
力強く応えたディックの姿は、そのまま全身を包み込む優しい光に呑まれ、消えていった。
きっと今頃、彼は一人で森の入り口へと転移しているはずだ。
全ての望みを兄へ託し、ザインはただ待ち続ける。
対して、ベイガルはあまりにも大きな見落としをしていた。
しかしその事実に気付く事も無く、後にその過ちを激しく悔いる事になるであろう。
ユーディキウム王国のポポイアの森近く。
麗しのエルフが暮らすその地には、彼女の愛する血の繋がらない子供達が居る。
その者こそは、魔王討伐を果たした勇者伝説の生き証人──銀糸のエルフ、ガラッシア。
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