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第2章 新人探索者
3.白百合の女騎士
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「ひゃっほーい‼︎」
「アオォォォンッ‼︎」
赤髪の弓使いと巨大な狼が、全身に風を受けながら草原を駆け抜けていく。
その先に見えるのが、真夏の太陽を受けてキラキラと反射する大きな湖と、その中心に広がる王都ノーティオである。
こんなにも広大な空間をジルに乗って走り抜けるのは少年時代以来の事で、ザインもジルもそのあまりの開放感にテンションが最高潮に達していた。
心を許した友と行く、生まれて初めての二人旅。
成人となる十八歳の誕生日を終え、一人前として扱われるようになった高揚感。
そして何より、目の鼻の先に見える石の大橋を渡っていけば、もうすぐ彼の長年の夢である探索者の資格を得られるギルドに辿り着けるのだ。自制心などという言葉は、今のザインの脳内辞書からは消し去られてしまっていた。
「よーしジル! このまま王都まで一直線だ‼︎」
高らかに拳を突き上げながら叫べば、ジルはひたすら真っ直ぐに、そして全速力で大橋へとダッシュしていく。
念の為ジルの首元には、首輪代りに母が寄越した一枚布をスカーフのようにして結び付けてある。
これならきっと門番にも、「この鋼狼は彼が連れている使い魔だろう」と理解してもらえるはずだ……と、ザインは考えていた。
彼らはそのまま、王都の門まで向かっていく。
時刻は午後のおやつを食すに相応しい時間帯となっており、王都を出入りする人影はまばらであった。
橋を渡っていくと、門の手前でザイン達は呼び止められる。
「そこの青年、止まりなさい!」
門番の男は、こちらに向かって警戒心を露わにしながら、手にしていた槍の先端を突き付けている。
ザインは慌ててジルを止めると、ひらりとジルの背中から飛び降りて言う。
「ちょ、ちょっと待って下さい! この子は悪い子じゃないんです!」
「そいつはどう見ても魔物だろう! 魔物を王都へ入れる訳にはいかん!」
「いや、だからその許可を取る為に手続きをしに来たんです! この子は俺の相棒なんですよ!」
大型の魔物に乗って現れた青年に対し、門番をはじめとした周囲の通行人達からの視線は、厳しいものだった。
ザインの説得に応じる様子の無い門番。このままここで粘っても、事態は好転しそうに無いだろう。
(仕方が無いけど、ここはひとまずジルには外で待機してもらうしかないかなぁ……)
内心でそう呟きながら、ジルに移動を頼もうとしたその時。
ちょっとした騒動となってしまい、門の近くに人集りが出来ていた。そこを割って入って来る鎧姿の若い女性が、ザインと門番に向けて声を発した。
「一体、何事ですか?」
鎧を纏ったその女性は、明るいオレンジ色の髪をサイドで束ねており、活発そうな印象を受ける。
けれどもその冷静な目と態度からは、彼女の真面目さがよく伝わって来た。
彼女は視界にジルの姿を捉えると、すぐ側に立っているザインへと視線を移す。
「……この鋼狼のマスターは君ですか?」
「は、はい! ジルって言います」
「魔物を街や施設へ同行させるには、『主従契約手続き』が必要だというのはご存知のはず。この鋼狼には、契約紋の刻印を済ませていますか?」
「契約紋……?」
ザインが首を傾げて聞き返せば、鎧の女性は門番へと問い掛ける。
「……この場は自分にお任せを。彼と彼の魔物は、自分の監視下にてギルドまで同行させ、早急に手続きを完了させて参ります」
「聖騎士殿がそう仰るのでしたら……こちらも了解致しました」
門番は彼女に礼の姿勢をとると、ザインとジルに言う。
「今回は聖騎士殿の付き添いという特例で、手続き前の魔物の同行を許可する。くれぐれも、サンティマン殿の顔に泥を塗るような事の無いように。良いな?」
「は、はい」
すると、聖騎士と呼ばれた女性がザイン達に呼び掛ける。
「その鋼狼は賢そうですね。とても王都で暴れ出すようには思えない。……さあ、早くギルドへ参りましょう。自分が案内させて頂きます」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「ワゥフッ!」
探索者支援ギルドを目指しながら、王都ノーティオの大通りを進んでいく。
どうやらザイン達に助け舟を出した彼女は、このユーディキウム王国の精鋭──白百合聖騎士団の一員であるらしい。
気高く美しい白百合をモチーフにした清廉なデザインの鎧が、彼女の高潔さをより高めていた。
「自分はプリュス・サンティマンと申します。どうぞお気軽に、自分の事はプリュスとお呼び下さい」
年齢は、二十代前半といったところだろうか。
ハキハキとした発声と、意思の強さを窺わせるスカイブルーの瞳。
その空色が夕焼けに移り変わっていくような優しいオレンジ色の髪が、プリュスという女性の強さと優しさを印象付けさせる。
「ええと……プリュスさんって、騎士……なんですよね? もしかして俺、プリュスさんのお仕事の邪魔をしてるんじゃないですか……?」
「そんな事はありませんよ。王都でのトラブルや困り事をはじめ、あらゆる事態への対応を求められるのが、我ら白百合聖騎士団なのです」
白百合聖騎士団とは、王国内の精鋭女性騎士のみで構成された特殊集団。
平時は各々に与えられた使命を個人でこなし、招集があれば王都に集い、戦地へ派遣される。
その中でもプリュスは期待の新人であり、白百合の鎧を着てからまだ半年しか経っていないのだという。
「聖騎士団へ配属されてから、それなりに日が経ちましたが……自分は、諸先輩方に比べればまだまだ未熟です。そんな自分でも、君のような若者のお役に立てているのであれば幸いなのですが……」
「さっきは本当に助かりましたよ! プリュスさんが来てくれてなかったら、もっと大きな騒ぎになってたかもしれないし」
少し表情が曇っていたプリュスだったが、ザインのその言葉を受けて、笑みが宿った。
控え目ながらも穏やかに顔を綻ばせ、プリュスは言う。
「……そう言って頂けると、嬉しいです」
少しだけ距離が縮まった二人と、周囲から視線を集める一頭。
聖騎士である彼女が同行している影響で問題視はされていないようではあるものの、それでもジルの巨体は人目を引いてしまうらしい。
そんな話をしていると、数メートル程先にギルドの建物が視界に入って来た。
「あっ、こちらが探索者支援ギルド王都ノーティオ本部になります。念の為、受付の者に自分から話を通しておきましょう」
「何から何までありがとうございます、プリュスさん!」
「礼には及びません。さあ、参りましょうか」
と、プリュスを先頭にギルドの扉を潜り抜けようとした矢先。
「クゥーン……」
王都のギルドといえど、成体となった鋼狼が通るにはドアが小さすぎたようだった。
悲しそうに尻尾を下げるジルに、プリュスが申し訳無さそうに、そっと頭を撫でながら告げる。
「ごめんなさい、ジル君……。本当は君も中に入れてあげたいのですが、この建物は君のその立派な身体には狭すぎるようですね。ほんの少しの間だけ、ここで待っていて頂けますか?」
「ワフ……」
彼女の真摯な言葉に、ジルは静かに頷いた。
すると、プリュスはそんなジルを労わるように、ふわりと優しく微笑みかけた。
「良い子ですね、ジル君。すぐに戻って来ますからね?」
そうしてジルを外で待機させ、後ろ髪を引かれながらもギルドの受付へと向かうプリュス。
そんな彼女を見て、ザインはふと胸に浮かんだ疑問を投げ掛ける。
「……もしかして、プリュスさんって動物好きだったりしますか?」
「えっ……⁉︎」
「いや、だってほら……ジルの事を凄く大切にしてくれてましたし……。街の人達はジルを怖がってるみたいですけど、プリュスさんはそんな感じもしなかったんで。……違いましたか?」
ザインにそう問われ、プリュスは少しだけ声を抑えながら口を開いた。
「……す、好きです。特に、その……わんこって、とても可愛いと思うのです……!」
薄っすらと頬を染めながら、そう告白したプリュス。
彼女が犬好きである事を知ったザインは、内心で何度も頷きながら、プリュスの人柄の良さを再確認していた。
──犬好きに悪い奴は居ない。
いつだったか母がそう断言していたのを思い出しつつ、二人は受付へと向かっていった。
「アオォォォンッ‼︎」
赤髪の弓使いと巨大な狼が、全身に風を受けながら草原を駆け抜けていく。
その先に見えるのが、真夏の太陽を受けてキラキラと反射する大きな湖と、その中心に広がる王都ノーティオである。
こんなにも広大な空間をジルに乗って走り抜けるのは少年時代以来の事で、ザインもジルもそのあまりの開放感にテンションが最高潮に達していた。
心を許した友と行く、生まれて初めての二人旅。
成人となる十八歳の誕生日を終え、一人前として扱われるようになった高揚感。
そして何より、目の鼻の先に見える石の大橋を渡っていけば、もうすぐ彼の長年の夢である探索者の資格を得られるギルドに辿り着けるのだ。自制心などという言葉は、今のザインの脳内辞書からは消し去られてしまっていた。
「よーしジル! このまま王都まで一直線だ‼︎」
高らかに拳を突き上げながら叫べば、ジルはひたすら真っ直ぐに、そして全速力で大橋へとダッシュしていく。
念の為ジルの首元には、首輪代りに母が寄越した一枚布をスカーフのようにして結び付けてある。
これならきっと門番にも、「この鋼狼は彼が連れている使い魔だろう」と理解してもらえるはずだ……と、ザインは考えていた。
彼らはそのまま、王都の門まで向かっていく。
時刻は午後のおやつを食すに相応しい時間帯となっており、王都を出入りする人影はまばらであった。
橋を渡っていくと、門の手前でザイン達は呼び止められる。
「そこの青年、止まりなさい!」
門番の男は、こちらに向かって警戒心を露わにしながら、手にしていた槍の先端を突き付けている。
ザインは慌ててジルを止めると、ひらりとジルの背中から飛び降りて言う。
「ちょ、ちょっと待って下さい! この子は悪い子じゃないんです!」
「そいつはどう見ても魔物だろう! 魔物を王都へ入れる訳にはいかん!」
「いや、だからその許可を取る為に手続きをしに来たんです! この子は俺の相棒なんですよ!」
大型の魔物に乗って現れた青年に対し、門番をはじめとした周囲の通行人達からの視線は、厳しいものだった。
ザインの説得に応じる様子の無い門番。このままここで粘っても、事態は好転しそうに無いだろう。
(仕方が無いけど、ここはひとまずジルには外で待機してもらうしかないかなぁ……)
内心でそう呟きながら、ジルに移動を頼もうとしたその時。
ちょっとした騒動となってしまい、門の近くに人集りが出来ていた。そこを割って入って来る鎧姿の若い女性が、ザインと門番に向けて声を発した。
「一体、何事ですか?」
鎧を纏ったその女性は、明るいオレンジ色の髪をサイドで束ねており、活発そうな印象を受ける。
けれどもその冷静な目と態度からは、彼女の真面目さがよく伝わって来た。
彼女は視界にジルの姿を捉えると、すぐ側に立っているザインへと視線を移す。
「……この鋼狼のマスターは君ですか?」
「は、はい! ジルって言います」
「魔物を街や施設へ同行させるには、『主従契約手続き』が必要だというのはご存知のはず。この鋼狼には、契約紋の刻印を済ませていますか?」
「契約紋……?」
ザインが首を傾げて聞き返せば、鎧の女性は門番へと問い掛ける。
「……この場は自分にお任せを。彼と彼の魔物は、自分の監視下にてギルドまで同行させ、早急に手続きを完了させて参ります」
「聖騎士殿がそう仰るのでしたら……こちらも了解致しました」
門番は彼女に礼の姿勢をとると、ザインとジルに言う。
「今回は聖騎士殿の付き添いという特例で、手続き前の魔物の同行を許可する。くれぐれも、サンティマン殿の顔に泥を塗るような事の無いように。良いな?」
「は、はい」
すると、聖騎士と呼ばれた女性がザイン達に呼び掛ける。
「その鋼狼は賢そうですね。とても王都で暴れ出すようには思えない。……さあ、早くギルドへ参りましょう。自分が案内させて頂きます」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「ワゥフッ!」
探索者支援ギルドを目指しながら、王都ノーティオの大通りを進んでいく。
どうやらザイン達に助け舟を出した彼女は、このユーディキウム王国の精鋭──白百合聖騎士団の一員であるらしい。
気高く美しい白百合をモチーフにした清廉なデザインの鎧が、彼女の高潔さをより高めていた。
「自分はプリュス・サンティマンと申します。どうぞお気軽に、自分の事はプリュスとお呼び下さい」
年齢は、二十代前半といったところだろうか。
ハキハキとした発声と、意思の強さを窺わせるスカイブルーの瞳。
その空色が夕焼けに移り変わっていくような優しいオレンジ色の髪が、プリュスという女性の強さと優しさを印象付けさせる。
「ええと……プリュスさんって、騎士……なんですよね? もしかして俺、プリュスさんのお仕事の邪魔をしてるんじゃないですか……?」
「そんな事はありませんよ。王都でのトラブルや困り事をはじめ、あらゆる事態への対応を求められるのが、我ら白百合聖騎士団なのです」
白百合聖騎士団とは、王国内の精鋭女性騎士のみで構成された特殊集団。
平時は各々に与えられた使命を個人でこなし、招集があれば王都に集い、戦地へ派遣される。
その中でもプリュスは期待の新人であり、白百合の鎧を着てからまだ半年しか経っていないのだという。
「聖騎士団へ配属されてから、それなりに日が経ちましたが……自分は、諸先輩方に比べればまだまだ未熟です。そんな自分でも、君のような若者のお役に立てているのであれば幸いなのですが……」
「さっきは本当に助かりましたよ! プリュスさんが来てくれてなかったら、もっと大きな騒ぎになってたかもしれないし」
少し表情が曇っていたプリュスだったが、ザインのその言葉を受けて、笑みが宿った。
控え目ながらも穏やかに顔を綻ばせ、プリュスは言う。
「……そう言って頂けると、嬉しいです」
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聖騎士である彼女が同行している影響で問題視はされていないようではあるものの、それでもジルの巨体は人目を引いてしまうらしい。
そんな話をしていると、数メートル程先にギルドの建物が視界に入って来た。
「あっ、こちらが探索者支援ギルド王都ノーティオ本部になります。念の為、受付の者に自分から話を通しておきましょう」
「何から何までありがとうございます、プリュスさん!」
「礼には及びません。さあ、参りましょうか」
と、プリュスを先頭にギルドの扉を潜り抜けようとした矢先。
「クゥーン……」
王都のギルドといえど、成体となった鋼狼が通るにはドアが小さすぎたようだった。
悲しそうに尻尾を下げるジルに、プリュスが申し訳無さそうに、そっと頭を撫でながら告げる。
「ごめんなさい、ジル君……。本当は君も中に入れてあげたいのですが、この建物は君のその立派な身体には狭すぎるようですね。ほんの少しの間だけ、ここで待っていて頂けますか?」
「ワフ……」
彼女の真摯な言葉に、ジルは静かに頷いた。
すると、プリュスはそんなジルを労わるように、ふわりと優しく微笑みかけた。
「良い子ですね、ジル君。すぐに戻って来ますからね?」
そうしてジルを外で待機させ、後ろ髪を引かれながらもギルドの受付へと向かうプリュス。
そんな彼女を見て、ザインはふと胸に浮かんだ疑問を投げ掛ける。
「……もしかして、プリュスさんって動物好きだったりしますか?」
「えっ……⁉︎」
「いや、だってほら……ジルの事を凄く大切にしてくれてましたし……。街の人達はジルを怖がってるみたいですけど、プリュスさんはそんな感じもしなかったんで。……違いましたか?」
ザインにそう問われ、プリュスは少しだけ声を抑えながら口を開いた。
「……す、好きです。特に、その……わんこって、とても可愛いと思うのです……!」
薄っすらと頬を染めながら、そう告白したプリュス。
彼女が犬好きである事を知ったザインは、内心で何度も頷きながら、プリュスの人柄の良さを再確認していた。
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