白銀の都の薬剤師と盲目皇子

片海 鏡

文字の大きさ
6 / 52

6 そのαの夢

しおりを挟む
「俺は外殻でΩ専門の産人科病院を作りたいんだ」

 その言葉は、とても重みがあった。

「産婦人科と一緒くたにされるけど、限度がある。Ωの場合、ベレクトのように男性もいるからな。妊娠と出産は男性の場合、女性とはまた違ったリスクが伴うし、どっちにしても性被害者の中絶、性病治療、カウンセリングを安全に行える場所が必要だ。あぁ、あと逃げ場所や隠れ家も必要だな」

 男性のΩは、子宮はあっても妊娠に適した肉体とは言い難い。島の妊産婦の死亡率は、男性のΩが最も高いと記録されているほどだ。現在では帝王切開を行いそのリスクを回避しているが、出産だけが全てでは無い。妊娠、堕胎、性病の治療、性被害者の保護、女性も男性も必要とされるが、少数故にΩは後回しにされ続けている。

「どうして、そこまでΩの肩を持つんだ?」
「そりゃ、Ωの権利蔑ろにされ過ぎだからに決まってるだろ」

 当然のように伝えられる言葉に、ベレクトの心が揺れた。

「第二の性が分かったら迫害みたいな嫌がらせ。障がい持ち産んだら空気扱い。自分ではどうしようもないような問題背負わされて、社会の鬱憤晴らす道具として叩かされるなんて、おかしいだろ」

 流れる様に紡がれた言葉に、神殿でのフェンと彼の母親の境遇が垣間見えたように、ベレクトは感じた。
 島を統治する聖皇は一代前よりΩの人権を守る活動が行われ続けているが、それでも根深くあり続ける価値観と目に見える体質、そして能力の違いに、その溝は全く埋まらない。
 それどころかΩが優遇されていると、より攻撃的な言葉を投げる輩が現れる始末だ。

「正直女性の差別も相当だけど……真っ当な内容を言っても、声出しても、感情的、ヒステリックと馬鹿にされ、〈Ωだから〉で情報を歪曲して、揚げ足取りして処理される現状が気持ち悪い」

 Ω達が声を上げても、全て喉を潰されて来た。

「自分の席が危ないからって、優秀な芽を潰す奴らがムカつく。自分達の思い通りになるように、法整備を迅速に進めるαが腐ってる。被害を受けた相手を非難して、加害者を庇護する社会は変だ」

 学問において優秀な成績を修めようとも、その才に嫉妬したβとαにその体を犯され、未来を断たれたΩは多い。

「加害者の中には治療できる部類もいるけど、再度犯罪に手を染める奴がほとんどだ。なのに、法は加害者に与える罰が軽い。しかも社会は、被害者の権利を守られない。中には、一生ものの傷を負う人もいるってのにさぁ。本当に嫌になる」

 ずっと頭を水に押し付けられ、声を上げる事すら許されては来なかった。
 それを当然のように言えるフェンが羨ましく、ベレクトは何度も頷きたくなる思いだった。

「そりゃ、被害者のふりするクソ野郎もいるけど、そこはちゃんと調べるべきで……あー……駄目だ。頭ん中整理しきれない」

 フェンは長い髪を邪魔そうに掻き上げながら、ため息をつく。

「ともかく! 俺はΩの病院を開く! 開きたい! だから、手を貸してくれる人が沢山いるわけだ!」

 晴れやかでいなが真剣な表情と真っ直ぐな言葉。
 聖徒のαと言っても、フェンは若い。白衣の医療団に所属できるほどの実力を持っていても、新人である事に変わりなく、経験は浅く、権力や立場に力はあまりない。
 病院が建設されるなんて、遠い未来だ。
 けれど彼ならば、と思わせる強い気迫をベレクトはフェンから感じた。

「Ωである俺が居れば、患者も安心するだろうな」
「やっぱり、そうなんだ?」
「神殿のΩがどうなのか知らないが、自分の症状や境遇に共感できる人がいるってのは、心強いんだよ」

 誰が一番先に聖徒のαを産めるのか。神殿でのΩはあまり仲が良くないのが、フェンの何気ない問いかけから伺えた。
 番、もしくは誓約の元で必ず子を産まなければならない。国の象徴、聖徒として避ける事の出来ない重荷に、ベレクトは同情をする。

「ベレクトが優秀だって聞いてるから、Ωと関係なく欲しい」
「おまえ……羨ましい位にハッキリ言うな」

 ベレクトは苦笑すると、小さく息を吐いた。

「直ぐには、決められない。考えさせて欲しい」

 ちゃんとした理由を聞いても、ベレクトは答えが出せなかった。
 医院が出来れば一人でも多くのΩが助かる。魅力的な誘いだと素直に思う。
 甘い言葉には裏がある。αがΩを手中に収めようとしている事に変わりはなく、手放しで了承は出来なかった。

「そうだな。長い道のりなんだ。綺麗事言ったって、賃金や労働環境が分からないままじゃ、判断できなくて当然だ。今度そっちの医院に書類送るよ。それを読んで、考えてくれ」

「わ、わかった」

 ベレクトの警戒心をよそに、フェンはあくまで仕事での結びつきのみで会話を進めている。こちらの弱みを握っているのだから、それを利用しても良いはずだ。だが、フェンはそれをしない。

「よし。そうと決まったら、書類作るために帰る」
「送らなくても平気か?」
「大丈夫。頭の中に島の地図が入ってるから、一人で帰れる」

 フェンはそう言って扉へと歩いて行き、ベレクトは見送る為に椅子から立ち上がる。

「それじゃ、良い返事を待ってる」
「気を付けて帰れよ」

 外へ出ると軽快に階段を降り、フェンはベレクトへ小さく手を振ると、迷う様子もなく歩き出した。
 嵐が過ぎ去り、爽やかな風が吹き抜けていく感覚。
 肩に乗り続ける重荷が僅かに軽くなったベレクトは、部屋の中へと戻った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げた先に、運命

夢鴉
BL
周囲の過度な期待に耐えられなくなったアルファーー暁月凛(あかつき りん)は、知らない電車に乗り込み、逃避行を計った。 見知らぬ風景。 見知らぬ土地。 見知らぬ海で出会ったのは、宵月蜜希(よいつき みつき)――番持ちの、オメガだった。 「あははは、暁月くんは面白いなぁ」 「ありがとうね、暁月くん」 「生意気だなぁ」 オメガとは思えないほど真っすぐ立つ蜜希。 大人としての余裕を持つ彼に、凛は自分がアルファであることを忘れるほど、穏やかな気持ちで日々を過ごしていく。 しかし、蜜希の初めての発情期を見た凛は、全身を駆け巡る欲に自分がアルファであることを思い出す。 蜜希と自分が”運命の番”だと知った凛は、恋を自覚した瞬間失恋していたことを知る。 「あの人の番は、どんな人なんだろう」 愛された蜜希は、きっと甘くて可愛らしい。 凛は蜜希への秘めた想いを抱えながら、蜜希を支えることを決意する。 しかし、蜜希の番が訳ありだと知った凛は、怒り、震え――同時に、自分がアルファである事を現実は無情にも突き付けて来る。 「凛さん。遊びは終わりです。帰りますよ」 強引に蜜希と引き剥がされる凛。 その凛の姿と、彼の想いを聞いていた蜜希の心は揺れ――。 オメガバースの世界で生きる、運命の二人の逃避行。 ※お気に入り10突破、ありがとうございます!すごく励みになります…!!

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)
BL
 ヒート事故により大きく人生が変わってしまったオメガ性の水元佑月。  いつか自由な未来を取り戻せることを信じて、番解消のための治療に通いながら、明るく前向きに生活していた。  佑月が初めての恋に夢中になっていたある日、ヒート事故で半つがいとなってしまった相手・夏原と再会して――。    色々ありながらも佑月が成長し、運命の恋に落ちて、幸せになるまでの十年間を描いた物語です。

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

愛させてよΩ様

ななな
BL
帝国の王子[α]×公爵家の長男[Ω] この国の貴族は大体がαかΩ。 商人上がりの貴族はβもいるけど。 でも、αばかりじゃ優秀なαが産まれることはない。 だから、Ωだけの一族が一定数いる。 僕はαの両親の元に生まれ、αだと信じてやまなかったのにΩだった。 長男なのに家を継げないから婿入りしないといけないんだけど、公爵家にΩが生まれること自体滅多にない。 しかも、僕の一家はこの国の三大公爵家。 王族は現在αしかいないため、身分が一番高いΩは僕ということになる。 つまり、自動的に王族の王太子殿下の婚約者になってしまうのだ...。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

白銀の城の俺と僕

片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*

処理中です...