白銀の都の薬剤師と盲目皇子

片海 鏡

文字の大きさ
8 / 52

8 再会

しおりを挟む
 島の住民相手の診療所は、人の流れは穏やかだ。
それは近隣の住民が健康な証だ。そう主治医のエンリは日々喜んでいる。
 ゆっくりと時間は過ぎる中でも、ベレクトは薬剤師として真剣に仕事に取り組む。処方箋とおくすり手帳を受け取り、患者の体質やアレルギー副作用歴、合併症や既住歴などを確認、薬の費用の明細書作成、そして薬の準備を行う。薬の調製は、神殿製の錠剤を取り扱うだけでなく、二種類以上の薬品の混ぜ合わせや一回ずつの包装の作業など、患者一人一人に合わせて行われる。
 ベレクトはミスの無いように、細心の注意を払いながら薬を取り扱う。
 やがて太陽は一番高い場所へと昇る。

「パン屋に行ってきます」
「うん。いってらっしゃい」

 午前の診療と薬剤の処方が一旦終わり、2人は昼休憩に入る。
 診療所はエンリの自宅を兼用しており、昼休憩の際にベレクトはそこで食事をさせてもらっている。弁当を持参する場合もあるが、近場のパン屋で総菜パンやサンドイッチを買う日の方が多い。以前は食堂を利用していたが、β達に目を付けられたので行く事は無くなった。

「焼きたてでーす」

 昼食に合わせて焼き上げたパンが、厨房から賑わう店内へと次々と運ばれてくる。
 焼きたてのパン目当てでやって来た客達が、並べられたパンを次々にトレーの上へと並べていく。賑わう店内でベレクトは、魚のフライのライ麦パンサンド、ハムとチーズのバケットサンド、そしてブリオッシュを買い、早々に店を後にする。
 パンの入った紙袋を手に来た道を戻ろうとしたが、ベレクトは足を止めた。
 食堂やパン屋、どこで昼食を食べようか話す人々の中に、見覚えがある顔があった。

 かつて被害を与えて来たαだ。

 キャラメルブロンドの短い髪に、緑の瞳。額の宝玉は青緑色をしている。シャツにズボンと普段着であるが、背が高く日焼けした恵まれた体格は、自然と道行く人々の目を惹いていた。

「ベレクト!」

 ようやく見つけたとばかりにαは嬉しそうな顔で、ベレクトへ駆け寄る。
 逃げたいとベレクトは思った。しかし、恐怖のあまり足がすくんでしまった。

「久しぶりだな。5年ぶりくらいか? 元気そうでよかった」

 人の良さそうな笑顔を浮かべるαに、自然とパンの紙袋を持つ手に力が籠る。

「イースも元気そうだな」

 下手に拒絶すれば、激情される可能性があり、ベレクトは当たり障りのない言葉を並べる。

「まぁな。俺は今、親父の跡継ぐために漁師やってんだけど、そっちは?」

 友人と話す様に、親しみを持って接されるなんて気色が悪い。こちらの被害を完全に忘れている様子に、ベレクトは吐き気がした。

「細々と仕事をしているよ」

 ベレクトの両親は彼が大学に飛び級した事、奨学金制度を利用した事を知っているが、18歳で家を出て以降の職については何も知らない。
見合いが出来ないなら、会って交流を深めさせようとでも両方の親は思ったのだろうか。イースとベレクトの実家は東の漁港付近にある。これまで、彼が西坂にあるパン屋まで来るなんて事は無かった。島は比較的広いがΩ存在は珍しく、目撃情報を集め、探そうと思えば容易だ。
 縁談を含め、今更近づいて来た理由が分からない。このままでは職場と住んでいるアパートが特定されてしまいそうで、ベレクトの中に不安が募る。

「あのさ、これから一緒に昼食でもどう? 久しぶりに話さないか?」
「悪い。もう買ったんだ」

 ベレクトは手に持っているパン屋の紙袋を見せる。

「それなら、俺も何か買って来るよ」
「休憩時間はあまりないんだ。ごめん」

 採る魚の種類にもよるが、漁師は夜明け前、早朝から昼にかけての仕事だ。昼以降には次の漁の準備や兼業を行ったりと、過ごし方は人それぞれだ。
 イースにこの後の予定が無くとも、ベレクトは重要な仕事がある。仮に薬剤師でなくとも、仲良くなりたいと思う相手に予定があるならば、配慮をし、ここは一旦引くべきだ。

「ちょっとくらい時間過ぎても大丈夫だって」

 しかし、イースは引かずに、それでもと距離を詰めようとする。

「俺には仕事が」
「なんか、俺のこと避けてない?」

 イースの声が僅かに低くなり、ベレクトの肩が小さく震えた。

「おまえがΩだから苦労をしてると思って、心配しているのに、なんでそんな態度とるんだよ」
「こっちにだって生活があるんだ」
「あのなぁ……長時間話すんじゃないんだぞ。おまえの職場って、時間過ぎれば罰則ある位に厳しいわけ? そうじゃないだろ?」

 独り善がりの善意を押し付け、威圧する。会話をする気が無く、自分の思い通りにならず、苛立っている。
 こちらを支配しようとしているのが感じ取れ、ベレクトは一歩下がろうとした。

「なぁ、ベレクト」

「道の真ん中でナンパするの辞めてくんない?」

 良く通る声が、イースの言葉を遮る。

「邪魔すんなよ」
「フェン……?」
「昨日ぶりー」

 彼は自然な動きで目元も笑顔を作っている。
 黒く染まった長い髪を団子状にまとめ、開かれた瞼の内に青い瞳が輝いている。服は依然と違い、建築や工事の現場で使われる丈夫な作業着と安全靴だ。背中にはつるはしやヘルメット、作業道具は入ったリュックを背負っている。
 変装にしても鉱山の作業員の格好は予想外だったこともあり、ベレクトの意識は完全にフェンへと向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

逃げた先に、運命

夢鴉
BL
周囲の過度な期待に耐えられなくなったアルファーー暁月凛(あかつき りん)は、知らない電車に乗り込み、逃避行を計った。 見知らぬ風景。 見知らぬ土地。 見知らぬ海で出会ったのは、宵月蜜希(よいつき みつき)――番持ちの、オメガだった。 「あははは、暁月くんは面白いなぁ」 「ありがとうね、暁月くん」 「生意気だなぁ」 オメガとは思えないほど真っすぐ立つ蜜希。 大人としての余裕を持つ彼に、凛は自分がアルファであることを忘れるほど、穏やかな気持ちで日々を過ごしていく。 しかし、蜜希の初めての発情期を見た凛は、全身を駆け巡る欲に自分がアルファであることを思い出す。 蜜希と自分が”運命の番”だと知った凛は、恋を自覚した瞬間失恋していたことを知る。 「あの人の番は、どんな人なんだろう」 愛された蜜希は、きっと甘くて可愛らしい。 凛は蜜希への秘めた想いを抱えながら、蜜希を支えることを決意する。 しかし、蜜希の番が訳ありだと知った凛は、怒り、震え――同時に、自分がアルファである事を現実は無情にも突き付けて来る。 「凛さん。遊びは終わりです。帰りますよ」 強引に蜜希と引き剥がされる凛。 その凛の姿と、彼の想いを聞いていた蜜希の心は揺れ――。 オメガバースの世界で生きる、運命の二人の逃避行。 ※お気に入り10突破、ありがとうございます!すごく励みになります…!!

多分嫌いで大好きで

ooo
BL
オメガの受けが消防士の攻めと出会って幸せになったり苦しくなったり、普通の幸せを掴むまでのお話。 消防士×短大生のち社会人 (攻め) 成瀬廉(31) 身長180cm 一見もさっとしているがいかにも沼って感じの見た目。 (受け) 崎野咲久(19) 身長169cm 黒髪で特に目立った容姿でもないが、顔はいい方だと思う。存在感は薄いと思う。 オメガバースの世界線。メジャーなオメガバなので特に説明なしに始まります( . .)"

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

白銀の城の俺と僕

片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*

愛させてよΩ様

ななな
BL
帝国の王子[α]×公爵家の長男[Ω] この国の貴族は大体がαかΩ。 商人上がりの貴族はβもいるけど。 でも、αばかりじゃ優秀なαが産まれることはない。 だから、Ωだけの一族が一定数いる。 僕はαの両親の元に生まれ、αだと信じてやまなかったのにΩだった。 長男なのに家を継げないから婿入りしないといけないんだけど、公爵家にΩが生まれること自体滅多にない。 しかも、僕の一家はこの国の三大公爵家。 王族は現在αしかいないため、身分が一番高いΩは僕ということになる。 つまり、自動的に王族の王太子殿下の婚約者になってしまうのだ...。

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)
BL
 ヒート事故により大きく人生が変わってしまったオメガ性の水元佑月。  いつか自由な未来を取り戻せることを信じて、番解消のための治療に通いながら、明るく前向きに生活していた。  佑月が初めての恋に夢中になっていたある日、ヒート事故で半つがいとなってしまった相手・夏原と再会して――。    色々ありながらも佑月が成長し、運命の恋に落ちて、幸せになるまでの十年間を描いた物語です。

処理中です...