白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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二章

25話

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 会場が混乱に見舞われ、飛竜達は竜騎士達によって制圧されていく。
 奇蹟によって身動きが取れなくなった飛竜達は、飛べないように縄で前足を拘束され、布で顔を覆われる。視界を失った飛竜達は徐々に落ち着きを取り戻し、竜騎士達の指示に従って移動を開始する。

「会場に墜落した飛竜の全捕獲及び負傷した騎士達の搬送が完了いたしました」

 団長とシャングアへと1人の竜騎士が報告にやって来る。

「会場以外に墜落した飛竜達は?」

 シャングアは、飛竜の一匹が内殻の生産地区方面へ墜落していくのを見かけていた。

「数は少ないですが墜落した範囲が広い為、他の騎士団に応援要請を行い、捕獲を試みております。神殿全域に地下への避難勧告を発令し、完了したと報告が来ております」
「わかった。引き続き、飛竜の捕獲を頼む」
「はい!」

 竜騎士は2人に一礼をすると、神殿内部へと走っていく。

「団長。すまないが、私は誓約者を迎えに行く」

 あの状況下とはいえ、エンティーが避難先で貴族から危害を受けている可能性があり、シャングアは早く迎えに行く必要があった。

「わかりました。ここは、お任せください」

 共に飛竜を制圧した竜騎士の団長は快く承諾し、シャングアは貴族達の避難した通路へと走り出す。
 神殿は迷宮のように入り組んでおり、外部からの敵の侵入を防ぐ役割を担っている。特に心殻と隣接する内殻の一部は複雑になっており、慣れない者では瞬く間に迷子になってしまう程だ。

「エンティー! どこだー!」

 シャングアは飛竜に居場所がバレようとも対応するだけの能力は充分にあり、エンティーの無事を確認する事を優先し大声を出す。

「お待ちくださいシャングア様!」

 神殿の室内から、シャングアの行く手を塞ぐように貴族の男性βが現れる。以前、Ωの令嬢との見合いを断った一族の当主だ。彼が出てくると、他の貴族達も建物から出てくる。
 見計らったような登場に、シャングアは内心嫌悪する。

「まだ飛竜は神殿内で暴れております。危険です」
「退け」

 時間稼ぎである事は明白であるが、危害を加えてはならないと思いシャングアは言う。

「騎士達に任せ、シャングア様は安全な場所へ避難してください」
「シャングア様の身に何かあれば」
「この程度で命を落とすほど軟ではない」

 貴族の言葉を遮り、シャングアはそう言うと無理やりにでも向かおうと歩き出す。

「あの者の代わりは居るでしょう」

 当然のように言われた言葉。
 エンティーが危険に晒されているとシャングアは察した。貴族達は、エンティーを扉の中へと避難させなかった。エンティーは今もどこかでまだ避難しようと逃げている。

「代わりだと?」

 シャングアはその言葉に、怒りが湧き上がる。弱みを見せないよう、感情を荒立てない様に教育を受けてきたが、我慢が出来なかった。いつも一定値まで感情を膨れ上がらせないように、家族を心配させないように心掛けてきた。
 誰かが怪我をしない様に気を付けてきたが、限界が近い。

「あの者は平民です」
「人を平然と侮辱するお前達の方が、尊いとでも言いたいのか」

 その瞬間、神殿が大きく揺れ、シャングアを中心に地面と建築物にひびが入る。空中に漂う神力は大きく振動し、肌に触れる空気は刃物のように鋭く変化する。

「シ、シャングア様」

 何時も大人しく、逃げ回り、皇太子の影に隠れていた木偶の坊ではない。貴族は思わず座り込み、その様子を伺っていた者達は建物へと引き返す。

「私の誓約者は、彼一人。代わりなんて存在しない」

 座り込む貴族を視界に入れることなく、シャングアは前へと進む。
 









「うわ!?」

 迷路のような心殻と内殻の間を走っていたエンティーは、大きな揺れに思わずバランスを崩し倒れてしまう。直ぐに立ち上がったが、足が震えてしまいうまく走れない。
 エンティーはずっと一体の飛竜に追いかけられ続けている。
建物の柱や壁を破壊し、時に竜騎士達に遭遇するも、それを掻い潜る飛竜の目にはエンティーしか映ってはいない。
唸る声と、大きな足音。そして、石が崩れ落ちる音が聞こえる。

「に、逃げないと」

 避難勧告の鐘が鳴り、一階にあるすべての扉が閉ざされ、二階へと上がる事も出来ない。
 効果が変更された誓約によって、飛竜は3度飛ばされたが、直ぐに戻って来てしまう。
 シャングアの元へ行く道筋が分からず、それでもエンティーは逃げようと走り続ける。入り組む道の中から、風の通る場所を見つけ出し、ひたすら逃げる。
 しかし、足に限界が来た。

「っ!!」

 倒れたエンティーはもう一度立ち上がろうとするが、足に激痛が走る。
 動けと何度も念じるが、足は小刻みに震えるだけ。
 助けを呼ぼうとするよりも早く、飛竜がエンティーの元へと到着してしまう。
 興奮状態である筈が金色の瞳はエンティーを真っ直ぐに見据え、口から生え揃った牙が顔を覗かせる。飛ばされると学習したのか、前と後ろの足を地面に深く食い込ませるようにエンティーへと迫る。
 食われる、とエンティーは思わず目を瞑った瞬間、飛竜の悲鳴が響き渡った。

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