白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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三章

29話

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「エンティーさん」

 トゥルーザはベッドの右横に置かれていた木製の椅子に座る。

「は、はい。なんでしょうか?」

 年上の、それも聖騎士に<さん>付けで呼ばれ、エンティーは少し戸惑いつつ応える。

「エンティーさんに伝えるべき情報があります。お話しても宜しいでしょうか?」

「はい。お願いします」

「まずはフェルエンデ様とついて、彼は白衣の医療団に所属する医師であり研究者です。エンティーさんの抑制剤に関して、リュクさんから報告を聞いたシャングア様が、フェルエンデ様に調査を依頼しました」

 医療団は白衣の他に、内殻を担う青衣、心殻を担う黒衣が存在する。エンティーを含めたΩ達の配給されていた抑制剤の試薬は、青衣が作ったと考えられる。しかし、青衣は医療従事者の平民と貴族の派閥の二つに分かれ、三者の中でも複雑な組織となっている。貴族達の息が掛かっている事もあり、調査は慎重に行わなければならない。

「白衣の医療団は、島の中でも中立です。調査の過程で、エンティーさんは白衣の医療団が診るべきと判断され、テンテネさんが配属されました」

 禁止薬物の含んだ抑制剤の服用が続けば、白衣の医療団の介入が無ければエンティーはずっと副作用に悩まされ、身体は取り返しのつかない程に壊れていただろう。シャングア達の機転によって、エンティーは命を救われた。

「誰が配給していたのかは、まだ判明しておりません。しかし、薬物の成分が分かった事で、中毒症状のΩ達を救う手掛かりが見つかりました」
「教えてください」

 平民のΩの中毒症状は、長年謎のままであった。エンティーは、身を乗り出したい程に気になる。

「体内で生成される神力を乱す成分が、一部検出されました。それを正し、中毒症状が緩和されれば、神殿への復帰の見込みが立てられるでしょう」
「あの……神力の乱れは道具で調べられますよね? どうして、今までそれを調べなかったのですか?」

 エンティーはテンテネ達に水晶の様な球体を持って、神力の循環が正常であるか検査を受けた経験がある。中毒患者が原因究明の為に検査を受けられず、放置されているように思え、エンティーは疑問が膨らんだ。

「あの道具は、近年フェルエンデ様が開発した道具です。神力について、今までは神から授けられた力として神聖視され、研究は禁忌とされていました。60年ほど前に白衣の医療団が神力による身体の影響について研究が必要だと訴え、30年前に聖皇陛下が承認いたしました」

「最近始まったんですね……」

 今の自分のように、外殻でも身体は正常に見えても神力によって動かなくなる人や、病患う人がいる。エンティーはそれが容易に想像出来た。
 公認の医療団ではあるが、聖徒の少ない白衣は神殿での発言権は少ない。聖徒の人身売買対策や優秀な医療従事者の育成の影で、神殿の貴族たち上層部からは軽視されていた。白衣は、神殿の命令通りに派遣された地での医療を行い、島に来訪する患者を黙って治療すれば良い、と昔から考えられていた。現場に立つ者達の思想と島の伝統や宗教と相性が悪かったとも言える。文化を守りつつ新しいものを取り入れたいと考える現聖皇バルガディンの世代となり、ようやく白衣は医療の研究に携わる権利を貰い、そして今に至る。フェルエンデが白衣に所属した事で、より動きやすくなったのだろう。

「これから、少しずつ医療現場も変化があるでしょう。横領の件も陛下が言及なされて、調査が進んでいます。今後外殻から召し上げられるΩ達の待遇は、より良いものとなりますよ」
「はい。そうなってくれたら、良いと思います」

 エンティーが知っている限りでは、20歳以下のΩは自分のみだ。今後、第二の性が判明する子供が不遇を受けず、β達と同じように仕事や生活を営み、暴力に怯えない日々を送って欲しいと静かに祈る。

「トゥルーザさんは色々知っているんですね」

 聖騎士は主に皇族の警護を行っているが、トゥルーザはかなり周囲の話を知っている様にエンティーは思う。

「育ちは違いますが、私もΩですから気になるので調べています。セーデからも、情報を貰っています」
「セーデ? 従属の方ですか?」

「センテルシュアーデの事ですよ。あいつの名前が長いので、最初と最後をくっ付けました」

 名前にしては長いとはエンティーも思っていたが、返答に悩む。皇太子をあいつ呼ばわり出来るトゥルーザは、貴族の中でも位が高いだけでなく、長年の付き合いがあるようだ。

「それにしても、二人は何を話しているのでしょうか」

 エンティーが返答に困っていると気づき、トゥルーザは話を変える。

「俺達には話せない事なのかもしれませんね」

 二人が退室した扉を見ながら、エンティーは言う。
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