モブ令嬢はモブとして生きる~周回を極めた私がこっそり国を救います!~

片海 鏡

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9章 描かれたるは聖なる者

155話 お別れは次の出会いへ

 私の〈予想〉は皇子達とは近いが、やや離れた位置にある。絵画を見たい理由はこちらなので、皇子達の話しを避けつつ、作者についてラグニールさんに問いかけた。

「あぁ、その作者の名前は知っているよ。陛下は一連の騒動をご存じのようだね」
「何かあったのですか?」

 盗難でもあったのかと不安になり、私は訊いた。

「2日前、展覧会に貸し出していたムシャルさんの作品のレプリカ一枚が、神聖教会の信者に燃やされたんだ。私も居合わせたから、はっきりと覚えているよ」
「え!?」
「神聖教会ってそこまで危ない連中なのか?」

 私と兄様は揃って驚いた。

「大きな組織だからね。過激な思想の人は必ずいるよ。今回は単独犯であり、組織的な犯行じゃない。ロレンベルグから招待した司祭が、血相を変えて止めに入っていたからね」

 その司祭は、燃やされる現場に居合わせ、顔を真っ青にしながら信者に体当たりをし、他の絵画への放火を阻止した。さらに燃える絵画をどうにかして鎮火しようと、自分の法衣を脱いで覆った。司祭の法衣と絵画は一部が燃えてしまったが、被害はそこで終わった。
 信者は捕らえられ、司祭はロレンベルグの人とラグニールさん、会場のスタッフと警備員、来客一人一人に頭を下げて謝罪をした。さらにロレンベルグの当主様宛にも、謝罪文を後日送り、こちらの賠償の金額は如何ほどか尋ねてきた。

「……可哀想だな、その人」
「そうですね……」

 罰を受け、修繕費や慰謝料などは犯人である信者が全て背負うとはいえ、神聖教会の代表として司祭は謝らなければならない。しかし、完全に巻き込まれた身である司祭に対して皆が同情した。

「ただ、安心は出来ないんだ。一回起きた事件は二回、三回と増えていく。今回のことで、愉快犯や模倣犯が出てくる。御婆様は、歴史的価値がある絵画をこれ以上燃やさせないために、厳重に保管すると決めたよ」

「商人なのに売る気は無いんだな?」

「商人だからこそ売らないさ。歴史的価値のある物は高値で取引されるが、それを不都合と思う者達に消されやすい。目先の利益の為に、国の財産を屠るほどロレンベルグは馬鹿では無いよ」

 ロレンベルグの天秤の片方には常に金貨が置かれている。しかし、全てを金で解決できるからこそ、買えない価値を最も理解している。
 ゲームでアイテムの〈大切なモノ〉が売れないのはこれが理由、とチュートリアルでキャラが言っていた。はじめてプレイした時には、理由付けまで世界観に合わせているのを感心した覚えがある。

「見せてもらうことは、可能でしょうか?」
「許可をするのは御婆様だからなぁ……きっと取引を持ち掛けて来るよ」
「取引ですか……」

 私が持っているのは情報ばかりだ。それにも価値は充分にあるが、手札として使えるどうか怪しい。霊草は霊峰の水はお父様たちが取引しているので、勝手に手は出せない。
 ……強いて言えば、風森の神殿や牙獣の王冠の深層に難なく行ける、とかかな?

「取引するかしないかは、内容を聞いてからでも遅くないよ。私の方から、御婆様に連絡をしてみるよ」
「はい。ありがとうございます。宜しくお願いいたします」

 私は深々と頭を下げて、感謝を述べる。
 ラグニールさんの言う通りだ。
 高価なものと引き換えだけが取引じゃない。まずは会ってみよう。



 そうして、私達は王城に一日滞在させてもらった後、レンリオス領へ戻ることにした。
 ファルエースさんの空白の3日間は〈長旅による疲労で風邪を発症し療養中だった〉となり、私も〈軽度の風邪〉となり、リュカオンは〈令嬢から風邪が移った〉となった。
 一部のメイドに風邪が流行し始めていた事も相まって、辻褄が合わせられた。こればかりは、季節が冬で良かったと思う。
 兄様と共に帰ることになり、最初に来た時よりも荷物の量が多い。馬車は2台に増え、荷物が乗せられていく。まだ熱の下がらないリュカオンは城に滞在させてもらう運びとなった。

「体の調子はいかがですか?」
「うん? まぁ、良くなった。レンリオス嬢は?」
「私も、随分軽くなりました」

 其の中で表向きは見合いだった私とファルエースさんは、2人だけでお別れの挨拶をする。炎誕の塔ではどちらも砕けた態度だったので、嘘を交えつつの会話は少しぎこちない。

「今回の出来事は、良い経験になった。ありがとう」

 ここでファルエースさんとは一旦お別れだ。ゲームの流れでは新学期に学園に転入生としてやって来る。

「はい。こちらこそ、掛け替えのない経験をさせていただきました」

 私は左手を胸に当ててお辞儀をしようとした時、ファルエースさんが左手を差し出した。

「握手だ。俺達の関係は、友達が似合ってるだろ」
「うん。その方が、私も嬉しい」

 私はその手を握る。

「今回の出来事は、俺の心の中に秘めておく。それは師匠も同じだ。誓って、誰にも言わない」

 私の砕けた口調に嬉しそうに笑顔を見せたファルエースさんは、返事をする様に一回だけ強く力を込めた後、さらりと離した。

「何かあれば、必ず力に成る」

 右手で作られた拳を胸に当てたファルエースさんは、力強く宣言する。

「……できれば、今後も手紙送って良いか? 旅行をする時にアルドいとこが、ミューゼリアも一緒が良いって言うかもしれない。日程調整や集合場所の相談をさせて欲しいんだ」
「もちろん。その時は、私の友達や兄様も呼んで良いかな?」
「良いんじゃないか。きっとあいつは喜んでくれる」

 そろそろお別れ、と言う時に、私達の元へグランがやって来た。

「キュ」

 頬っぺたにクリームをつけたまま、左は緑、右は水色のクッキー缶を両脇に抱えている。
 昨日のグランは、恐れ多くも陛下に何かとお菓子を催促して、甘やかしてもらっていたんだよなぁ……

「なんだ? どっちかくれるのか?」
「フニ!!」

 そうだよ、と言う様にグランは胸を張る。

「それじゃ、緑の方」
「ムニプ!」

 ファルエースさんは膝を付き、グランの左腕に抱えられていたクッキー缶を貰った。

「ぺぺ! プン!」

 おそらくお別れの言葉を言って、グランはさっさ馬車へと乗り込んだ。

「いいのか、あれ。絶対に中でクッキー食べてるぞ」
「多分ニアギスが……」
「ギャ! キュ! ピー!」

 言った傍からグランが抗議の声を上げ、馬車の中からニアギスが出てきた。
 右手にクッキー缶、左腕にグランが力なく抱えられている。待ち伏せをしていたようだ。

「お騒がせして申し訳ありません。失礼します」
「ご苦労様」

 昨日から、甘いものの食べ過ぎは良くない、と注意するニアギスから、グランは逃げていた。小さな子供の相手が得意な彼がやっていただろう。

「フニィ~~」

 そのままグランは情けない声を出しながら回収されて、城の中へ戻って行った。

「締まらないなぁ」
「これ位が気楽で丁度良いよ」

 呆れてため息をつくファルエースさんの隣で、私は和やかな雰囲気に口元が緩んだ。
 やがて準備が終わり、兄様がやって来る。
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