赤鷲の戦士と黄金の雨

片海 鏡

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11話 刺繍に込めた想い

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「戻ったわ」

 口を着けないままのお茶が冷め始めた頃、アイアラは旧見張り小屋へと戻って来た。
 両手に抱えられた籠には、色とりどりの布が山の様に入っている。

「沢山お持ちですね」
「えぇ、必要なものを選んでいたら、増えてしまったの」

 淹れ直そうと盆を持とうとしたカルアだったが、走って来たのか汗をかいた様子のアイアラは、冷めたお茶を一気に飲み干した。彼女はどこか機嫌が良さそうで、先程に比べ表情が柔らかくなったように見える。

「あなたに渡したいものがあるの」

 アイアラはそう言って、床に布を並べていく。
 赤、黄、緑と色とりどりの正方形の生地には花や果実、動物の紋様の刺繍がそれぞれ縫われている。大きな刺繍だけでなく、蔓草、羽、波、さらに単純な三角や四角を使った縁取りが刺繍され、1枚1枚手が込んでいる。

「凄い数ですね」

 合計15枚の刺繍が施された布に、カルアは感心をする。
 女性は幼い頃から刺繡を施した日用使いの布を作り、嫁入り道具として大量に持参する。100点以上の布を縫い上げ、それが出来なければ嫁入りできないとさえ言われる。
 先祖代々続く実家の柄、嫁入り先の家の柄、自ら発案した柄、家族の為だけの柄、一本の針と糸によって布に世界が描かれる。

「私に刺繍の縫う手順を覚えさせるために、隣でお母様が縫った布よ」

 次の世代へと残す柄として、嫁入り道具の一部の品は先祖代々大事に保管され、それを手本に娘達は刺繍を練習する。日用品ではなく、わざわざ見本として縫われた数々の布は、刺繍に対して相当な熱を持つ母親であると共に、彼女の家の豊かさが伺える。

「あなたにあげる。見本くらいにはなるわ」
「えっ」

 カルアは驚き、思わず声が漏れた。

「遠慮する必要はないわ。私は全部覚えたし、娘が生まれたらお母様のように一緒に縫えば良いのだから」
「で、でも、私にそんな」
「もらうの? もらわないの?」
「うっ、えっ」

 ラダンの村では見ない様な押しの強いアイアラに、カルアの中で恐怖よりも戸惑いが勝り始める。
 ルクスエの様なきっかけは、彼女には無い。なのに、最初から好意的な行動をとっている。
 何か裏があるのかと思ったが、そんな機微は見て取れず、どうすれば良いのか分からない。ただ、断れってしまうと彼女が不機嫌になってしまうのだけは、分かる。

「あ、ありがたく、いただきます……」
「そうしてちょうだい」

 アイアラは満足げにそう言うと、籠の中から作りかけの服を取り出した。
 ただの服ではない。光沢のある絹生地は見るからに高品質であり、刺繡には金糸と銀糸が惜しげもなく使われ、赤色の世界に大きな花々が見事に咲き誇っている。
 その美しさにカルアは思わず見惚れた。

「これは、私の花嫁衣装よ」

 彼女は自分の裁縫箱を取り出し、衣装に針で白い刺繍糸を通し、刺繍を始める。
 どうしてここで、と言う驚きよりも、初めて見る花嫁衣装への興味の方がカルアの中で勝った。

「と、とても綺麗ですね。その、絶対に似合うと思います」
「ふふ、ありがとう。テムンもあなたくらい素直なら良いのに」

 あの男性の、と驚いたカルアだが、思い返せば、納得がいく点がいくつか見つかった。
 本来の結婚は、親同士が決めるものであると共に、縁を結ぶ重要な役割を持つ。家同士、町同士、部族同士、竜の闊歩する世界では協力関係が不可欠だ。孤立をすれば、食糧と安全の確保が困難になり、救援の要請はままならず、竜に食われると言っても過言では無い。人にとって、強い結びつきこそが生存戦略なのだ。
 その両者の架け橋であり、強い絆を表すのが花嫁だ。
 故に受け入れる側は、花嫁を祝福し、盛大に歓迎をする。その意思を示す為に、他の地からやって来た嫁を最初に出迎えるのは、決まって長の役目だ。テムンが町長代理を若くして務められると言う事は、町の共同体の1つとして、すでに家庭を築く準備が済ませている証拠でもある。
 あとは、アイアラの花嫁衣裳が完成するのを待つだけなのだろう。

「あの、アイアラ様」
「様付けは辞めて。そんな身分じゃないわ」
「すいません……」

 突き放しながらも、上下関係を求めていないのがカルアにも理解出来た。
 年頃の娘同士が集まり、お喋りをしながら刺繍をする様に、対等な関係を築こうとしている。

「あっ、あの、アイアラさんは、どうして私に親切にしてくださるのですか?」

 けれどアイアラは、町の人々から忌み子について聞いているはずだ。
 覚悟の上であったが、自分は結婚式を駄目にした挙句、ルクスエの庇護を受けている。図々しく、厚かましく、汚らわしい忌み子であると思われて当然の状況だ。
 彼女が真正面から言葉を紡ぐならば、こちらもそうするべきだ。そう思い、カルアは問いかけた。

「これが親切なんて、どれだけ酷い扱い受けて来たのよ」

 アイアラはそう言って、自分の花嫁衣裳の刺繍を続ける。

「私は昨日まで、隣町に嫁いだお姉様の家にいたの。お姉様は初産で、私もいずれは産む側になるから、心得を教わりに行っていたの。お母様や御婆様達でも良かったのだけれど、〈最初〉を知れる良い機会だったから」
「出産は、身を引き裂くほどに痛いと教わりました」
「えぇ、そうよ。出産は大変なの。母となる女は、何時間もその産む痛みに耐えるのだから」

 彼女は作りかけの花嫁衣装に目線を落としたまま、語る。

「お姉様は、産まれたばかりの我が子を見て、それはそれは喜んでいたわ。お義兄様も、おじ様も、私も、皆が生まれて来た女の子を祝福し、愛を伝えていたの」

 一本、一本丁寧に刺繍糸が通され、赤い絹地に白い花が生み出される。

「お姉様は、娘に沢山の刺繍の柄を教えたいと言っていたわ」
「素敵ですね」

 幸せな家庭なのだと、嫉妬する気もないカルアは相槌を打った。

「あなたの走竜と刺繍の腕前を見て、確信したの。あなたは、ご両親から愛されている子よ」

 紡がれる言葉は重く、強く、しかし彼女の態度は一切変わらない。
〈新しく来た住人?〉 
 そう彼女は最初から、カルアを忌み子として見てはいない。高飛車に見える態度に隠れて、彼はそれを見落としていた。
 奪われ、傷付けられ、裏切られ続け、目の前のものが見えなくなっていた。
 心の中にある壁が音を立てて崩れ、何かが悲鳴を上げている。

「そんな子を虐げる程、私は馬鹿じゃないわ」

 口を噤んだカルアは、下を向き、布によって表情が隠れた。

「ほら、刺繍を始めなさい。分からない所があったら、教えてあげるわ」

 アイアラは刺繍の手を止め、彼の背を優しく摩った。
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