19 / 58
19話 柔かな熱
しおりを挟む
「風邪などの病魔の症状はない。嘔吐をきっかけに、身体が自分の限界に気づいたのだろう」
再び来てくれた医師は、敷き布団の上で横になっているカルアにそう診断した。
「眠らねば、身体は一向に休められんぞ」
様子を見に来た医師はそう言って、叱りながらも労わる様にカルアの肩を優しく叩いた。
カルアの目の下の隈は一向に薄まる気配はない。
徐々に町の環境に慣れれば、カルアは眠る事ができるようになるのでは、とルクスエは淡い希望を抱いた事もある。それとなく眠り易くなるように、安眠効果のあるとされるお茶の肌触りの良い寝間着に替える等、カルアに提供していた。しかし、やはりと言うべきか、一番の問題は彼の心にある。
「……すいません。睡眠は、上手く取れないんです」
「そうか。では、ルクスエ」
「は、はい?」
様子を見守っていたルクスエは、唐突に呼ばれた事に驚いて肩がビクリと震わせた。
「今晩から、この子の布団に入って一緒に眠りなさい」
「なぜ?!」
突拍子もない指示にルクスエは声を上げ、カルアも言葉が出ないほどに目を丸くした。
「他者の心音や息遣いは、時に安心感を与える。この子の場合、周囲を警戒し過ぎて気を休められないようだ。戦士であるおまえが傍に居ると分かれば、多少は休められるだろう」
「これでも、二階で布団を並べて一緒に寝てはいます」
それで充分だろ、と言うようにルクスエは反論したが、医師はなぜか嬉しそうにする。
「おぉ、空間を共有する事に慣れておるなら、好都合だ。もっと距離を縮め、おまえが抱き着く位に身を寄せ合えと言っておるのだ。ほれ、子羊達が良くやるだろう?」
「い、言いたい事は分かりますが……」
反論が反論にならなかった。
群れの中、母羊にぴったりと寄り添い、安心しきった様子で眠る子羊。その姿を見たことはあるが、あれを真似ろと言われても……
ルクスエは気恥ずかしくなり、言葉を見失う。カルアに目線を送ると、彼の手はぎゅっと強く毛布を握っていた。
多少気を許せる仲になったとしても、誰かが密着する程に一緒に居ては怖いだろう。
「ん? おまえ達は恋仲ではないのか?」
躊躇うルクスエを見て、医師は不思議そうに言った。
時間が止まったかのようにルクスエは硬直する。
「この子が吐いてしまった時も、熱を出した時も、おまえの戸惑いようと言ったら。まるで、死の病にかかった妻を助けて欲しいと懇願するようだったぞ」
「えっ、お、俺は」
「婚姻が無くとも、おまえが一人に執着するもんだから、儂はてっきり」
「ちょ、ちょっと待ってください! 何を言い出すのですか!?」
全く持って無自覚のルクスエは、いつになく慌て、訳が分からず顔を赤くしながら医師の発言を止めた。
「お、俺とカルアはそのような関係ではありません! 確かにラダンから来た方と結婚する予定ではいましたが、今は違います!」
「今は違っても、未来は分からんだろう」
医師は心底楽しそうに、取り乱すルクスエを見ている。
この医師は、テムンの大伯父である。カルアに対しては〈怪物に効く薬があるなら、知りたい位だ〉と冗談交じりに言うほど、意に介さずに患者として接している。
隣町にも診療所があるため、エンテムの町にいない日も多いが、町長である妹と一緒にルクスエの成長を見守って来た。なので、ルクスエの事を何かと気にかけ、時に配慮はあるが遠慮のない言葉を浴びせてくる。
「カルアはルクスエの事をどう思っておるかね?」
「えっ、あの……」
「彼は熱があるんですよ!」
戸惑うカルアを庇おうとするその様を見て医師はおおいに笑うと、ルクスエの肩を叩いた。
「まぁ、ものは試しだ。これでだめなら、別の方法を用意する」
「先ほど仰られた療法は、やる前提なのですか」
「当然だ」
嘘をついても直ぐにバレるとルクスエが項垂れる中、医師はカルアの方を向く。
「カルア。見ての通り、こいつはおまえに悪さをするような男じゃない。安心しなさい。もっと頼りなさい」
その言葉にカルアは口を噤んだ。ルクスエとは違い、医師は答えを待っている。
「……できる限り、善処します」
弱々しい答えに、医師は満足した様子で頷いた。
薬については明日のカルアの容体次第となり、ルクスエは医師を見送るために共に一階へと降りた。
「ルクスエ」
玄関まで到着した時、医師は彼をまっすぐに見る。
「はい。なんでしょうか?」
「あの子は、ようやくおまえに警戒心を解き始めたようだな」
そうなのだろうか。会話の回数は増えたが、常に距離は一定に保たれているのでよく分からない。ルクスエは肯定できず、迷いを見せる。
「生き物は、自分の弱さを見せないように強がるものだ」
弱肉強食の世界では、弱いものを強いものが食べ、命を繋ぐ。実際にはどの生物にも生存戦略があり、毒を持つ、あえて小さくなる、擬態するなど、力よる強い弱いでは推し測れない。最後まで生き残ったもの、〈強い〉と称される方が正しいとも考えられる。
医師の言っているのは、同種同士による競争からくるものだ。弱っている様子を相手に察せられると攻撃を受け、時に命を落とし、縄張りを奪われる恐れがある。より良い餌場を持つ為、血を繋ぐ為、野生の世界では同種同士の争いは幾度も発声する。
理性が強いとされる人間もまた、動物の枠組みだ。弱いものは虐げられ、より良い土地や資源を得る為に戦争を起こす。理性がある為に思考は複雑化し、支配欲、自己顕示欲、性欲、快楽、それらを満たす為に、時に命を奪い、奪わずとも纏わりつくように加害が行われる。
「あの子が不調の姿を見せられるようになったのは、おまえが安全と分かったからだ」
カルアは弱々しい姿だが、決して弱音を吐くことも、自らを悲観視せず、気丈であり続けている。いっそ壊れてしまった方が楽だっただろう。それでも彼は、強くあり続けた。
それは感服し敬意を覚える程ではあるが、ルクスエは不安だった。その反動が、彼の心と体に何を及ぼすのか分からないからだ。
「大事にしてやりなさい。そして、多くの人から愛されていると自覚させてやりなさい」
「はい。努力します」
迷いない言葉を聞き、医師は満足そうに笑みを浮かべると、自身の診療所へと戻って行った。
再び来てくれた医師は、敷き布団の上で横になっているカルアにそう診断した。
「眠らねば、身体は一向に休められんぞ」
様子を見に来た医師はそう言って、叱りながらも労わる様にカルアの肩を優しく叩いた。
カルアの目の下の隈は一向に薄まる気配はない。
徐々に町の環境に慣れれば、カルアは眠る事ができるようになるのでは、とルクスエは淡い希望を抱いた事もある。それとなく眠り易くなるように、安眠効果のあるとされるお茶の肌触りの良い寝間着に替える等、カルアに提供していた。しかし、やはりと言うべきか、一番の問題は彼の心にある。
「……すいません。睡眠は、上手く取れないんです」
「そうか。では、ルクスエ」
「は、はい?」
様子を見守っていたルクスエは、唐突に呼ばれた事に驚いて肩がビクリと震わせた。
「今晩から、この子の布団に入って一緒に眠りなさい」
「なぜ?!」
突拍子もない指示にルクスエは声を上げ、カルアも言葉が出ないほどに目を丸くした。
「他者の心音や息遣いは、時に安心感を与える。この子の場合、周囲を警戒し過ぎて気を休められないようだ。戦士であるおまえが傍に居ると分かれば、多少は休められるだろう」
「これでも、二階で布団を並べて一緒に寝てはいます」
それで充分だろ、と言うようにルクスエは反論したが、医師はなぜか嬉しそうにする。
「おぉ、空間を共有する事に慣れておるなら、好都合だ。もっと距離を縮め、おまえが抱き着く位に身を寄せ合えと言っておるのだ。ほれ、子羊達が良くやるだろう?」
「い、言いたい事は分かりますが……」
反論が反論にならなかった。
群れの中、母羊にぴったりと寄り添い、安心しきった様子で眠る子羊。その姿を見たことはあるが、あれを真似ろと言われても……
ルクスエは気恥ずかしくなり、言葉を見失う。カルアに目線を送ると、彼の手はぎゅっと強く毛布を握っていた。
多少気を許せる仲になったとしても、誰かが密着する程に一緒に居ては怖いだろう。
「ん? おまえ達は恋仲ではないのか?」
躊躇うルクスエを見て、医師は不思議そうに言った。
時間が止まったかのようにルクスエは硬直する。
「この子が吐いてしまった時も、熱を出した時も、おまえの戸惑いようと言ったら。まるで、死の病にかかった妻を助けて欲しいと懇願するようだったぞ」
「えっ、お、俺は」
「婚姻が無くとも、おまえが一人に執着するもんだから、儂はてっきり」
「ちょ、ちょっと待ってください! 何を言い出すのですか!?」
全く持って無自覚のルクスエは、いつになく慌て、訳が分からず顔を赤くしながら医師の発言を止めた。
「お、俺とカルアはそのような関係ではありません! 確かにラダンから来た方と結婚する予定ではいましたが、今は違います!」
「今は違っても、未来は分からんだろう」
医師は心底楽しそうに、取り乱すルクスエを見ている。
この医師は、テムンの大伯父である。カルアに対しては〈怪物に効く薬があるなら、知りたい位だ〉と冗談交じりに言うほど、意に介さずに患者として接している。
隣町にも診療所があるため、エンテムの町にいない日も多いが、町長である妹と一緒にルクスエの成長を見守って来た。なので、ルクスエの事を何かと気にかけ、時に配慮はあるが遠慮のない言葉を浴びせてくる。
「カルアはルクスエの事をどう思っておるかね?」
「えっ、あの……」
「彼は熱があるんですよ!」
戸惑うカルアを庇おうとするその様を見て医師はおおいに笑うと、ルクスエの肩を叩いた。
「まぁ、ものは試しだ。これでだめなら、別の方法を用意する」
「先ほど仰られた療法は、やる前提なのですか」
「当然だ」
嘘をついても直ぐにバレるとルクスエが項垂れる中、医師はカルアの方を向く。
「カルア。見ての通り、こいつはおまえに悪さをするような男じゃない。安心しなさい。もっと頼りなさい」
その言葉にカルアは口を噤んだ。ルクスエとは違い、医師は答えを待っている。
「……できる限り、善処します」
弱々しい答えに、医師は満足した様子で頷いた。
薬については明日のカルアの容体次第となり、ルクスエは医師を見送るために共に一階へと降りた。
「ルクスエ」
玄関まで到着した時、医師は彼をまっすぐに見る。
「はい。なんでしょうか?」
「あの子は、ようやくおまえに警戒心を解き始めたようだな」
そうなのだろうか。会話の回数は増えたが、常に距離は一定に保たれているのでよく分からない。ルクスエは肯定できず、迷いを見せる。
「生き物は、自分の弱さを見せないように強がるものだ」
弱肉強食の世界では、弱いものを強いものが食べ、命を繋ぐ。実際にはどの生物にも生存戦略があり、毒を持つ、あえて小さくなる、擬態するなど、力よる強い弱いでは推し測れない。最後まで生き残ったもの、〈強い〉と称される方が正しいとも考えられる。
医師の言っているのは、同種同士による競争からくるものだ。弱っている様子を相手に察せられると攻撃を受け、時に命を落とし、縄張りを奪われる恐れがある。より良い餌場を持つ為、血を繋ぐ為、野生の世界では同種同士の争いは幾度も発声する。
理性が強いとされる人間もまた、動物の枠組みだ。弱いものは虐げられ、より良い土地や資源を得る為に戦争を起こす。理性がある為に思考は複雑化し、支配欲、自己顕示欲、性欲、快楽、それらを満たす為に、時に命を奪い、奪わずとも纏わりつくように加害が行われる。
「あの子が不調の姿を見せられるようになったのは、おまえが安全と分かったからだ」
カルアは弱々しい姿だが、決して弱音を吐くことも、自らを悲観視せず、気丈であり続けている。いっそ壊れてしまった方が楽だっただろう。それでも彼は、強くあり続けた。
それは感服し敬意を覚える程ではあるが、ルクスエは不安だった。その反動が、彼の心と体に何を及ぼすのか分からないからだ。
「大事にしてやりなさい。そして、多くの人から愛されていると自覚させてやりなさい」
「はい。努力します」
迷いない言葉を聞き、医師は満足そうに笑みを浮かべると、自身の診療所へと戻って行った。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる