異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第一章 インデール・フレイム編

魔法剣ルヴィアス

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第八話 魔法剣ルヴィアス

もう手遅れ。
そんな言葉が何をどうしようとも変わらない、目の前に広がる光景を前にして頭に浮かんでくる。
というのも、アチルの誤解から解き放たれた大量の水魔法によって、人間だれもが大切であるだろう私室を水族館の鏡内に溜められた水槽の中のようになってしまったのが原因でもあるのだが、


「ほん――っとに、アンタは」
「……………」

現在、私室外の廊下にて、町早美野里は眉間に皺を浮かべている。
突然と水中に溺れかけた彼女たちだったが、何とか室内から脱出し、ミニ水族館と成り果てた私室もアチルの魔法によって水だけは回収させることには成功した。
が、成功したのはそれだけなだけあって、目を見開いた美野里が視線を向けた先にあったのは‥その……言わずとも分かる光景なわけあって、

「普通に考えて、こうなることぐらい分かるでしょうが!!」
「ごめんにゃしゃい!!?」

全身びしょ濡れの美野里は、水浸しと成り果てた部屋を後ろに怒りの剣幕で目の前で正座する元凶ことアチルに雷を落とす。
少し離れた所では、同じくずぶ濡れとなった鍛治師ルーサーの姿もあるが、今の彼女にとってはそんなことはどうでもいいほどに、絶賛とご立腹なのだ。
まぁ、水に溺れかけ何とかそれに脱せたと思った矢先で部屋中には衣服や本、その他諸々の私物がものの見事に散乱しているのだ。
怒らない方がおかしい。
そんなわけあって、美野里は鋭い目つきで眼前で正座する元凶を睨む。

「どうするのよ、これ! 部屋にあるもの全部びしょ濡れだし、ベッドなんて水吸いすぎてクッションみたいになってるのよ!?」
「え……えーっと、………そ、その………」

頭上から来る視線に、アチルは気まずい表情で目をそらす。
だが、叱る彼女の怒りは下がらず、

「‥‥何よ、言いたいことでもあるわけ?」

部屋の持ち主たる美野里はというと、何か言いたげな彼女に対し、物凄く冷たい目線を送ってくる。
あ……言葉一つでもミスれば、完璧にアウトだ。と内心で悟るアチルは、その小さな頭で考えに考え‥、

「み、…美野里?」
「?」

そして、緊迫した現状の中、いつでも攻撃体勢に移れる怒れる獅子を前に、アチルが導き出した答えは!



「その、もうベッドをやめて、なんちゃってクッションだったってことじゃ‥‥だめ、ですか?」



ニッコリと、アチルは小さく舌を見せ可愛らしく、さらに微笑ましいほどの笑顔だった‥。

「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」」

その場に、虚しいほどに冷たい沈黙が落ちた。
今の場面で、もし仮に男がそれを見せられたとすれば、デレるか、もしくは怒りが少し和らいだのかもしれない。
しかし、同じ女性としてはそれをされると逆に怒りの数値が上がるわけでもあり、

「アンタは‥‥‥‥アンタは‥‥‥」

ぷるぷる、と拳を震わせる美野里。
そして、その直後に、ブチッと。



「なんちゃって、で済むわけないでしょがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



ゴォォォォンンンッ!! と強烈な拳が制裁のごとく青髪の頭部に炸裂する。
こうして二度目にあたる、魔法使いの悲鳴が地下にあった廊下中に響き渡ることとなった。




数分後。も、目に涙を溜めながら頭に二つの膨らみを作る、未だ正座中の魔法使い。
美野里は腕を組みながら、離れた場所に立つ鍛治師ルーサーを隣に呼び寄せ、

「で、こいつは鍛治師のルーサー。…ねぇ、アンタもこの馬鹿に一発入れとく?」
「いや、……俺もそこまで鬼じゃねえよ」

さっきまでのやり取りを知るルーサーにとっても、これ以上は酷すぎると思ったのだろう。丁重にお断りする彼に対し、やればいいのに、と唇を尖らせる美野里。
だが、そんな彼女の隣に立つルーサーにとっては実の話……現在、そんなことを気にしている余裕がないほどに重大な問題が起きていた。
というのも、正確には彼自身ではなく、その場にいる美野里とアチルたちに、なのだが‥‥、

「取りあえず、アンタにはこの落とし前はつけて貰うから」
「あ、あの……にゃ、にゃんでもしますから、どうかお慈悲をっ」
「それは、アンタの行動次第」
「ぅぅ…」

美野里による説教が今も続く。
そのやり取りに対しては、そういつもと変わらない光景にも見える。
しかし、それとは別で問題となったのはどうしても視界に入る、体のラインをさらに際立たすことになっている、水に濡れた服装にあった。
現場となった私室を埋め尽くした水は彼ら全員を水中に引きずり込む形になった為、当然ルーサーも同じように衣服を濡らした状態になっているが、問題はない。
だが、それとは別に彼女たちは女性陣にとっては話が違う。
何故なら、こうしている間にも服が肌と密着することによって、女性特有の膨らみを際立たせる切っ掛けとなってしまっているからだ。

「…………っ!?」

ルーサーの視界に映る、腰に手を当てながら眉間を寄せる美野里。
その胸元は、少なからずも、多からず……といった中サイズ程の二つの膨らみがある。
対して、床に正座するアチルはというと………正直な話、デカい。

(これ、…バレたら絶対殺されるな。……特に美野里には)

衝光での瞬殺か…と、初めは頬を赤らめていたルーサーだったが、今では先にある未来を考え顔を青ざめている。
そして、そんな隣に立つ彼の様子に美野里は眉を潜めながら、首を傾げるのだった。


水魔法の犠牲&巻き添えに合う羽目となった美野里たちは一度、しっかりと話をするため、マチバヤ喫茶店の一階に場所を移すことにした。
水で濡れていた衣服に関しては、責任者であるアチルの魔法よって、どうにか若干と湿っ気がありつつも着ることに不自由がないほどに服を乾かせてた。
そして今、冷え切った体を温める為に美野里が調理場に立ち、何やら調理に入っている。


「それで、アチルはここに来てから何の武器を使ってるんだ?」

店内に置かれたテーブル前の椅子に腰を下ろすルーサーは、目の前で座るアチルにふとそんな事を問いかける。
だが、とうの本人はというと調理場での作業に気が向いていたようだった為、仕方なくルーサーの咳払いをつき、アチルの視線をこちらに戻させた。
あたふた、しながら慌てるアチルは早速と返事を返し、

「えっと、これ…です」

懐から、鞘に納められた小さなダガーを取り出す。
見た目からは、汚れや傷は一切ない新品といってもいいような状態の武器。ルーサーは手渡されたそれを受け取り、鞘からダガーを抜きつつ刃の状態や形状などを観察する。

「…………」

そうして、一通り武器を見終えたルーサーは頭をかきつつ、アチルへ向き直ると、……ゲンナリした表情を浮かべ、言った。

「このダガー、全然使ってないよな?」
「はい」

…………………………………。
二人の間に、どうにも言いようのない沈黙が落ちる。

「な、なぁ…、お前って、これからインデールに住むんだよな?」
「はい、そうなります」
「じゃあ、インデールが剣の都市ってことは」
「知ってますよ? さっきからどうしたんですか、ルーサーさん?」
「……………………」

……頭が痛くなる。
額に手を当て、黙るルーサー。
一方のアチルはというと、調理場からじんわりと漂ってきた、ツーンとした匂いに誘われ、カウンターの方へとフラフラと去ってしまう。
その場に残ったルーサーは、そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、重い溜め息を漏らし、ポケットに手を入れ、そこから小さな石を取り出した。
洞窟になら、道端に落ちているだろう石ころに似た鉱石だ。ただ、その表面はまるで鏡のように透き通った面を持っている。
ルーサーはそんな鉱石を見つめながら、ぼそりと、


「アイツ、………だからコレ送って来やがったんだな」


誰にも聞かれないほどの小声でそう呟き、鍛治師は一人、ガックリと肩を落とすのだった。





「はい、エンターチャのスープ。熱いから気を付けてね」

調理を終えた美野里が持ってきたのは、三種類の野菜が一緒に煮込まれた赤色のスープ。
その匂いもそうだが、見た目からしても味が濃そうという印象がある。

「か、辛そうだな…」
「これでも香辛料は押さえた方だから、大丈夫よ。まぁ、体を温める時は辛いのが一番だし」
「なぁ……それって、辛さで感覚が麻痺するとかそういう感じなんじゃ」
「っ!? ま、まぁ…そうとも言うわね」
「…おい」
「っ! 美味しいです! 美野里って、うっ…唇がヒリヒリしてッ!?!」
「………………」
「……………その…ちょっと、味付けミスったかも」




カラン、と三人分の皿が流し台へと置かれた。
洗い物を手早く済ました美野里が見守る。そんな中で、アチルとルーサーは再び武器についての話が始まっていた。

「それで、武器はほとんど使ってないわけか?」
「はい、…何かと、魔法が先に出てしまって」
「……まぁ、確かにコレを使うよりは自分の得意分野を生かした方がいいのは分かるけど。…アチルがダガーを選んだのは単に使いやすいと思ったからか?」

ルーサーは、手に持つダガーをいじりながらそう尋ねる。
アチルは苦笑いを浮かべながら、

「えーっと、そういうことではないんです。ただ、荷物にさほどならない物なら何でもいいかなぁー…と思いまして…」

確かに今まで魔法で生活してきたアチルにとって武器というのは無縁の関係なのかもしれない。
仮にもし、美野里自身が魔法を使う事が出来たとしても、魔法よりも今まで使ってきた武器を手に取るだろう。
まぁ、仕方がないのかぁ……、と美野里も同意するようにそう思ってしまう。
ルーサーは今聞いた話を踏まえ、黙り込んでしまう。だが、その小さく口元がゆっくりと緩みを見せると、その眼には何か企んでいるような輝きが灯りだした。
そして、小さな声で、

「(魔法使いに、剣………ふっ、やってやろうじゃねえか)」

え? とその言葉に聞き取る美野里。
対して、ルーサーはどこかやる気で自身の肩を回したりしながら体の調子を確かめると、後ろに立つ美野里に振り返り、

「おい、美野里」
「な、なに…よ」

唐突に掛けられた声に戸惑う美野里。
そんな彼女に無邪気な子供のような笑みを浮かべ、ルーサーは言った。


「ちょっと鍛冶場、貸してくれ」



マチバヤ喫茶店の地下には、通路を通じて何個かの部屋が分けられている。
私室と浴室、厠や物置部屋と各使用部屋として作られている場所だが、その他に一つ、ある部屋があった。
木製とは違う、鉄製で作られた頑丈な扉で閉められた部屋があり扉を開くとそこには、ひっそりとした暗い空間とその奥には火をたく窯と石台、工具やその他の諸々が床に置かれていた。
見るからに武器を作る際に必要な物が、そこには全て揃っている。
そこは、少人数しか知ることのない秘密の場所。
美野里が利用する、もう一つの作業場である鍛冶場なのだ。

「……凄いです、美野里」

初めての鍛冶場に足を踏み入れたアチルは、周囲に視線を巡らせながら感嘆の声を上げる。その後ろでは美野里がやや不機嫌な表情を浮かべ拗ねたように頬を膨らませていた。
あまり自身の秘密を口にしない彼女なのだが、ああしてルーサーにバラされた状況で隠せるとは到底思えず、こうして渋々と見せることになったのだが、

「よいしょっと」

ゴトン! と重い音を上げ、ルーサーは鍛冶場の入り口に立つ。
今さっきまで自身の鍛冶場に帰り、必要な工具諸々を取りに行っていた彼の背中には、大の大人が入りそうなほどの茶色の鞄が背負われ、いま音を立てたのはその鞄を床に置いた為だ。
ルーサーは久々と来た美野里の鍛冶場を見渡し、しばし無言になった後でさっきから目を合わさない喫茶店の店主に向き直る。

「全く……毎回、何でも自分でやろうとしやがって」
「う、うるさい…」
「しかも、また工具、増えてるだろ」
「うっ!? ……そ、そんなのはどうでもいいから、は早く、準備したら!」

最近使った事を見抜いた上、新しい物も増えていることにルーサーは、呆れた表情を浮かべ溜め息を吐く。
むぐぐっ、と口元を紡ぐ美野里はそんな彼を睨む。
数秒と短い沈黙がその場に続いたが、その間に挟まれているアチルは一人、乾いた笑いを上げながら苦笑いを浮かべるしかできない。
とはいえ、このまま時間を潰すわけにはいかず、ルーサーは鞄から必要な道具を取り出し床に並べていく。
そして、まず作るにしてもその使い手の得意とする分野を知ること為にも、床に置かれた工具を珍しそうに眺めるアチルに彼は質問していく。

「それじゃ、まず。アチルは魔法で得意な属性とかあるのか?」
「え、あ…は、はい。一応、全属性の魔法は使えます。あ、でも一番はやっぱり水の魔法です」
「うーん、…水か。やっぱりアルディアン・ウォーター出身だからとか」
「いえ、それはまた関係ないと言いますか」

頬を人差し指でかきつつ、どこか恥ずかしげに話すアチル。
ルーサーはそんな彼女の様子に口元を緩めつつ、次々と質問を続けていく。
慎重や握力、得意としていることや戦闘時の動きなど色々な事を聞きただしては、頭の中に入れていく。

「…………」

そんな仲良さそうな二人の後ろで、小さく拗ねたような複雑な表情を浮かべる美野里に気づかずに…。

「よし……まぁ大体は掴めたな」

そうして、ある程度の情報を聞き終えたルーサーは次にポケットから手持ちサイズの鉱石を取り出すと、それをアチルの前に出した。
すると、その時。
今まで蚊帳の外にいたはずの美野里が突然とソレに飛びつくように食いついて来た。

「ち、ちょっと、それって!?」
「どうしたんですか、美野里?」

首を傾げるアチル。
対して、ルーサーはその疑問に答えるように、その鉱石の名前を口に出す。

「ああ、蓄石・メタリスだ」
「メタリス?」

見聞きしたことのない鉱石の名前に首を傾げるアチル。
どう説明しようか、と考えるルーサーはしばらく顎に手を置きながら唸り声を上げる。
と、その矢先で、

「美野里、パス」
「え!?」

説明するのが正直、面倒くさくなった。
唐突に話を投げ捨て、視線を外し見て見ぬ振りに入るルーサーに美野里は顔を顰める。
だが、その直ぐ側には期待めいた眼差しを向けるアチルに顔があり、彼女は諦めたように説明を始めた。

「えーと。メタリスは、いえば蓄積を可能とする石なのよ」
「蓄積……何を溜めるんですか?」
「う、うーんと、………何でもかな?」
「何でも、ですか?」
「うん。……あんまり凝った条件とかはなくて、例えばメタリスに蓄積させたいものをそれに当てると自動的に蓄積しちゃう…らしいんだけど。まぁ、許容範囲もあるから巨大な物は無理かもしれないって、本に書いてあって………ん? って、ちょっとまさか!?」

そう説明する中で、美野里は不意に彼の狙いに気づいた。
やっと気づいたか、とルーサーは口元を緩ませながらアチルにメタリスを手渡し、

「それじゃ、アチル。これに向けて、ありったけの魔法をぶちこんでくれ」
「ちょ、ちょっと待って!! ねぇ、まさか本当に、ここでするつもりじゃないわよね!?」

ありったけの魔法とはつまり、……ずぶ濡れの私室の二の舞になる前振りだ。
大参事を予期し、慌てふためく美野里にルーサーは笑いながら、

「まあ、見てろって。さっきのようにはならねぇから」
「どこからそんな根拠が出てくるのよ!!」

ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ二人。
アチルは手の上に置かれたメタリスを見つめ、そっと息を吐く。美野里はああ言っているが、今日あったルーサーという彼の言葉にはどことなく嘘偽りがない、とそう思ってしまった。
だからこそ、武器を作ってくれる、その言葉に嬉しさと期待がある。

(……やってみたい。……さっきのようになったらごめんなさい、美野里!)

アチルは呼吸を整え、美野里への返事を待たずして、手のひらを中心に魔力を集中させていく。
広範囲ではなく、一点集中の魔法を発動させる。そうイメージを頭の中で作りながら、彼女は自身が得意とする水魔法の詠唱を始めた。

「アーヴィー・ア!!」

ギュルルン!! とメタリスの底から水が巻き上がるような音が聞こえてくる。
あわわわ、と勝手に魔法を始めたアチルに美野里は不安そうな声を漏らす。だが、そんな矢先で、不意に彼女はある異変に気づいた。
アチルの手のひらでは、今も水の魔法が継続されている。にも関わらず、メタリスを含め手からは一滴として水という液体が零れてこない。
アチル自身も目の前で起きている現象に驚いている。内心で、この状態が永遠と続いていくのか、と思ってしまうほどに。
だが、変化は次の瞬間に起きた。

「!?」

バン!! とメタリスがアチルの手から弾け飛び、ゴトンゴトッと音をたて床に転がり落ちた。
さらに今まで何の変哲もなかった岩色の鉱石が次第に色を変え、うっすらとした青色へと変色していく。

「え、岩が青く……」
「ん、成功だな」

ルーサーはそっと床に落ちたメタリスを掴みとり、鍛冶場の窯の元へと歩いて行く。
窯の付近には木の枝が多数置かれており、数本とそれらを手に持った上で窯の蓋を開け、その中に枝を次々と放り込みながら、釜に火をつけ準備を進めて行く。
そして、呆然と立ち尽くす美野里とアチルに対し、ルーサーは釜の調子を見据えながら言った。

「それじゃ、今から結構時間掛かるから店内にでも上がっといてくれ」

パチパチと枝たちが火の粉を上げていく中、訳も分からず言葉をなくすアチル。そんな彼女の手を掴み、美野里は溜め息を吐きながら、

「大丈夫よ。…ほら、上に行くわよ」
「え、でもっ」

戸惑うアチルを無視して、美野里は無言で鍛冶場を後にする。
足音が次第に遠くなるのを聞きながら、彼女たちがいなくなったのを確認したルーサーは、大きな息を吸いこむ。
そのまま、パン! と頬を両手で叩き気合を込めた。
そして、鍛治師としての仕事へと入った。




夕方近く、あれから既に五時間が経過していた。
窓ガラスから見える空は、茜色に染まり、通りには帰り支度をする住民の姿も見える、その一方で、

「「はぁ―――…………」」

ぐだー、とテーブル上に突っ放しながら上半身を倒す美野里とアチル。
流石にここまで長い時間、待ちぼうけに合うとは思っていなかった上、眠気も出てようで二人は大きな欠伸を上げる。
だが、そんな時だ。

「ふぅー…疲れた…」

ギシギシィ、と音を立て地下から戻ってきたルーサー。
その顔は疲れきった色を浮かべている一方で、彼の手には一本の武器が握られていた。




「で、これがアチル。…お前の武器だ」

ゴトン、とテーブル上に置かれた刀身の長い片手剣。
アチルが最初に持っていたダガーとは種類が違うこともそうだが、更に違うのは刀身が青く、刃の表面には何やら小さな文字が刻みこまれている。
アチルはそれが魔法を唱える際に使う呪文であることは直ぐに気づいた。

「…………」

美野里とルーサーが静かに見守る中、アチルは唾を飲み込み、緊張した面持ちで剣の柄を握る。
ガッシリとした感触。
それといって違和感のない、手になじむような感覚だ。

「どうだ? 剣の握り具合は?」
「だ、大丈夫です。あ、でも…少し重いですけど、多分…いけると思います」

軽く剣を振りながら、不服がないことを確かめる。
初めて握る剣なだけあって、振り方や構えといい初心者の動きだ。しかし、これはもう練習するしかないわけで、そこは頑張ろうと心に思うアチル。

「じゃあ、次にそれで魔法を使ってみてくれ」
「え、魔法ですか?」

突然と、ルーサーに魔法を進められ、戸惑うアチル。
地下での一件で店内での魔法に敏感になる美野里の視線を気にしながら、彼女は呼吸をつきながら、

「……い、行きます」

静かに、ゆっくりと剣の腹に手をかざした。
そして、そのまま魔法を唱えようとした。
その時だった。

「!?」

ブワッと直後、剣の刀身を突然と水が纏わる。
突発的に調整もせず出した為、原型があやふやとなってはいるがそれでもその剣はまさに水の剣と呼べるものになっていた。
アチルはそんな剣を持ち、一番に驚いた表情を浮かべる。
というのも理由があり、それは、

「えっ!? 何で……まだ魔法すら出してない…のに…」

魔法を唱えようとしたのは確かだった。
だが、実際は魔法を発動すらしていない。何故、勝手に魔法が刀身に纏ったのかと疑問を抱く彼女に対し、ルーサーは得意げに説明を始める。

「その剣の名前は、ルヴィアス。剣自体にメタリスを混ぜ合わせて作った魔法剣だ」
「ま、魔法剣…」
「メタリスに水の魔法を蓄積させただろう? まぁ、それもあって、やっぱり発動して纏ったのは水だったわけだけど、剣自体が勝手にやってくれてるみたいだし、これなら詠唱もいらないだろ」
「………………」
「ん? 何か不満な所とかあったか?」

ルーサーは、刀身に今も纏わる水を見つめる彼女に、そう尋ねる。

「あ、…えっと……不満は全然ないんです。た、ただ…剣が勝手にするっていうのがちょっと………それはそれで扱いづらいんじゃないかと思いまして」
「んー、勝手にって言っても、多分アチルの魔力を感知して出してると思うし。……それにほら」

ルーサーが指さした先を見るアチル。
すると、さっきまで水の魔法で纏われていた剣がいつの間にか魔法を止め普通の剣へと戻っていた。
ルーサーが作った魔法を酷使する剣、魔法剣ルヴィアスは、彼女の魔力に反応し水を纏う。
メタリスと鉄を混合させ作ったそれは、魔法を剣周辺に集める力を持つ。
各力によって分けられた都市であるため、魔法を剣が組み合わさった武器は、この世界に一つしかないだろう。

「魔法剣かぁ……」

美野里は、アチルの持つ魔法剣に感嘆の声を出す。
今までなかった魔法と武器の合成によって出来た新しい武器。同じ武器を作る者にとってもその剣は珍しい物だ。
だが、

「…………………」

ほんの少し、美野里の心に、ちょっとモヤモヤとした気持ちが溜まる。
ルーサーに作ってもらった剣を手に、その瞳は輝かせるアチル。その姿に若干ながら羨ましいと思ってしまった。
美野里が物欲しそうに見つめる。その一方でアチルの様子に満足したルーサーは笑いながら、

「よし、それタダでくれてやるよ」
「え、………ええええええええっ!? そ、そんな、ここ、これって凄く貴重な物じゃっないんですかっ!!?」
「ん、……まぁ」

ルーサー自身、出来上がった剣がうまくいったことに満足したようで、それ以上に金を要求するつもりはなかった。
金はいらない、と言うルーサーにアチルは断固としてそれを了承しない。
どちらも認めず、言い合いを続けながらの賑やかな空間がその店内に広がる。

そして、そんな光景を見つめる美野里は人知れず、小さな溜め息を吐くのだった。






魔法剣による実戦はまた明日にしよう。
そう約束を取り付けたアチルは今、ルーサーと共に暗くなった人通りの少ない道を並んで歩いている。ちなみにこんなに遅くなった原因は美野里の喫茶店で馬鹿騒ぎをしながら夕食を済ませたからなのだが、

「…ふふっ」

新品の剣を腰に納め、アチルは剣色が青色という所にも気に入っているようだ。
鼻歌をつきながら隣を歩く彼女にルーサーは口元を緩める。と、そんな彼の視線に気づいたアチルが首を傾げながら声を掛ける。

「どうしたんですか、ルーサーさん?」
「ん、あ…いや…。そこまで喜んでくれると、こっちも作った身にとして嬉しくなってな」

そう言うルーサーに対し、目を見開きながら驚いた表情を浮かべるアチル。
その大げさな反応に流石にルーサーも眉を潜め、

「何だよ? 何かおかしな事言ったか?」
「あ、いえ……その、なんだかさっきまでとは印象が違って見えたので」
「印象って、お前…俺をどう見てたんだよ?」

ルーサーは笑いながら、何気なくそう聞き返す。
だが、対するアチルはというと平然とした様子で口を動かし、言った。
それも、


「美野里の濡れ姿を見て興奮していた男性、と思ってました」
「ブッ!? ぅゲホっゴホッ!?!?」


二人の間に漂う、穏やかな空気をぶち壊す一言を。
思いもよらない言葉という攻撃に、ルーサーは喉を詰まらしながら咳き込む。
その顔は真っ赤に染まり、荒げた調子のため声のトーンも高い。

「なななッ、おまッ何言ってッ!?」
「気づいてないと思ってたんですか? 女の子は、結構そういうイヤラシい目線とか敏感に察知するんですよ?」
「ぅ…」

事実なだけあって、言い訳しようにも言葉が思い浮かばない。
顔を引きつらせるルーサーは、そのまま黙り込み……やがて、悪かった、と言葉を口にする。
誤った所で許されるかどうか? というよりも、それじゃあ美野里も気づいて…、と頭を抱えたくなるルーサー。
だが、その謝罪の言葉に対し、アチルはというと…しばし沈黙したのちに、



「え、本当に見てたんですか?」



アチルの言葉に、今度こそルーサーの表情は固まり、やがてその顔色が青から赤へと染まっていく。
恥ずかしさが一瞬にした込み上げ、急ぎ顔を上げる。
すると、隣を歩く彼女は、一言。

「ルーサーさん、イヤラシいです」
「っ、お前ッ、嵌めやがったな!?!」
「美野里のを見てたってことは、もしかして私のことも見てたんですか!! ヘンタイです! 最低です!! 女の敵です!!」
「いや、だからっ!! ってか、あんな姿でいる自体がそもそもアウトだろ! それにああなったのも、お前が」
「それ以上責めるなら、美野里にチクりますよ?」
「卑怯すぎるだろッ!?」

数分間、夜にも関わらず大声で言い合いをし続けた二人は荒い息を吐きながら、最後に溜め息を吐いた。
そして、しばらくして、共にアホらしくなり笑い始める。

「はー、もう……それでどうするんです?」
「ん? 何がだよ」
「私には剣をプレゼントして、美野里には何もあげないんですか?」
「……………………」


意地悪そうな問いかけ言葉をルーサーは言葉を詰まらせる。
だが、その表情はどこか忘れていたというよりも隠していたことがバレそうになった際に見せるような、とそこまで考えた時だった。

「アチル」
「は、はい!」

つい返事を返してしまったアチルにルーサーは笑いながら言った。

「アイツ、何でも一人でやる。……っていうか何か抱え込んでんだよ、会った時から。でもお前とは結構親しそうに話してた。……だから」
「……ルーサーさん」
「美野里とは、これからもずっと友達でいてあげてくれ」

静けさと共に吹き抜ける風はアチルの横髪を揺らす。
ルーサーは無言のまま笑みを浮かべ、そんな彼女の横を通り過ぎ歩いて行く。まるで去り際の言葉を残し、格好良く去って行くように…。
ただ、そんな雰囲気とは関係なくしてアチルという少女は、



「そんなに美野里の事が好きなんですか?」




ブハッ!! とこれで二度目による言葉攻撃でその場の空気をぶち壊すのだ。
クスクス、と笑いながらアチルは口元を緩ませ、

「ッば、ななな、何でそう」
「本当にわかりやすいですね、ルーサーさんって」
「いや、違うからな! っておい、聞けよ!!」

こうして、二人は夜の街を歩き、家路へと帰って行くのだった。
そして、笑い続けるアチルは内心でそんな彼に感謝しつつ、その淡い思いに手をかしてあげよう、と思うのだった。
とはいえ、

「で、いつから美野里のこと好きになったんですか?」
「だから違うって言ってんだろうがっ!?! ああーっもう!!」

その後、しばらくの間。
ルーサーがアチルに弄られたのは言うまでもない。
そして、そんな二人とは違った場所にて、

「……………こ、これって…」

マチバヤ喫茶店の地下。
私室のテーブル上に密かに置かれていた真新しい一本の包丁を見つけた美野里は、それが誰からの贈り物なのか直ぐに理解し、顔を真っ赤にさせながら一人悶えることとなるのだった。

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