異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第二章 アルヴィアン・ウォーター編

ルーツライト

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第二十四話 ルーツライト


均衡が続く。
両者共に睨み合う美野里とレルティア。
衝光を身に纏う美野里は目の前の状況を分析しつつ、一瞬で転移されたアチルたちをどう探すかを考えていた。宛てがない分しらみ潰しに探すしかないが、それにはまず、得体の知れない彼女から離れなくてはならない。
身体に纏う衝光を両足に集中させた美野里はそのまま地面を踏みしめ、一気にその場から離脱しようとした。
だが、

「…パーリミオン」

静寂の中、レルティアの口から魔法が唱えられた直後。
橙の光が美野里の周囲に浮かび上がったと同時に真四角の半透明な檻が彼女を閉じ込める。

「!?」

先手を取られたことに歯噛みする美野里は衝光を拳に集中させ檻の内側に向けて重い一撃を叩き込んだ。
瞬間、凄まじい重い衝突音が周囲に響き渡る。
その音は耳にするだけで人間の動きとは思えないような速さと威力を感じ取れる。

衝光は確かに武器を持ってこそ力が発揮される。
だが、その力を扱う人間にも衝光は力を与える。跳躍は人間離れし、握り締めた拳には岩なら一瞬で粉々にするほどの力を持つ。
すなわち、それは身体強化。
美野里は頑丈とは思えない目の前の檻を一発で破壊するつもりでいた。
そうなると思っていた。

「っな!?」

直撃したにも関わらず、ヒビ一つすら入らない檻を見るまでは。

「……な、何で」

強大な破壊力を持つ衝光の力ですら破壊できなかった。
美野里は驚いた顔を直ぐに戻し、連続で檻に拳を叩き込む。しかし、それでも尚、檻にビクともしない。
苛立ちに拳を握りしめる美野里は檻の向こうにいるレルティアを睨んだ。

「…どうして、私をここに残したの」
「…………美野里ちゃんには関係がないからよ」

ゆっくりとした足取りで檻に近づくレルティア。
その冷徹な言葉からはさっきまでとは違う、女王らしい相応が見て取れた。しかし、これこそがアルヴィアン・ウォーターの女王である彼女の本当の姿なのだろう。
近づいてくるにつれてその場の空気が重圧が掛ったように体にのしかかってくる。それでも尚、美野里は殺気だった瞳を鋭くさせ、その言葉の意味を問う。

「……それ、本気で言ってるんですか?」
「ええ、だってあなたは関わるはずのない特別ですもの」
「ッ、自分の娘が捕まってるのに! そんなふざけた事言ってる場合じゃないってことぐらい普通わかるじゃない!!」

ドン!! と重い一撃を叩き込む美野里。
檻が壊れることはなかったが、もし今の一撃で壊れていたならその近くにいたレルティアの身はどうなっていたかわからない。
しかし、彼女はそんな美野里を冷たい瞳で見据える。まるで無駄な努力だと言っているかのように……。
沈黙としたこの場で、美野里の荒い吐息だけが聞こえる。
そんな中、レルティアは独り言のように口を開く。

「……本当に誤算だったわ」
「え?」
「美野里ちゃんは知ってると思うけど、アチルも外見からは立派な魔法使いに見える。でも、まだまだ子供で戦い方を十分に知らない上、甘いのよ。本当なら、インデール・フレイムで一人身になってそういった部分を切り捨ててほしかったの」
「……何が言いたいの」

言葉の真意が分からない。
美野里は真剣な瞳でその言葉を待つ。
そして、彼女は言った。


「……いえ、アチルも美野里ちゃんとさえ出会わなければ今頃は私好みの魔法使いになっていただろう、っと思って」
「!!」

その瞬間、美野里は歯を向き出しに再び拳を叩き込む。
今までの中で一番の威力。瞳孔が見開き、頭に血が上り、今の言い草に胸の奥から怒りが込み上げてきた。
美野里は喉の奥に溜まった怒りを一気に吐き出す。

「いい加減にして……アチルはアンタの物じゃない!」
「ええ、そして美野里ちゃんの物でもない」
「ふざけんなッ!!」

もう一度、ビクともしない檻に拳を叩き込もうとした。
だが、その直後。

「!?」

ガクッ、と体の力が落ちたに加え拳に集中していた力が四散する。
舌打ちを打つ美野里は自身の身に起きたことを理解していた。武器に光を纏わせる衝光。最強に近いとされたその力。しかし、それにも時間というものがある。
それは、持続の時間。
極端に時間が短く多大な量の体力をエネルギー源にしているため燃費が悪い、力のセーブを意識し使わないとすぐに限界が来てしまう。
次第に弱くなっていく衝光の力に加え、体力の大幅な激減に美野里は顔を伏せ大きな荒い息を吐く。
レルティアはそんな彼女を見つめながらも言葉を続ける。

「………戦いにとって冷静は絶対よ」
「っ……」
「どんな局面でも冷静に状況を読み、次の行動をする。美野里ちゃんはそれをこの世界で生きていく中で体に覚え込ませた。……凄いと思うわ。でも、アチルは全然ダメなの。美野里ちゃんを助けようとして簡単に禁を破った。状況を考えて使うかどうかすら判断することさえ未熟で、氷と水の魔法を使ったにも関わらず何もできなかった。……討伐やら何やらで成功して一人で浮かれていたのね」
「…な、何も知らないくせにっ!」

今まで頑張ってきたアチルの全てを不定するレルティア。
その事に美野里は大声で反論しようとした。
だが、彼女の冷徹な言葉がそれを遮る。


「知ってるわ。バルディアスの討伐でアチルが何も役に立たず何も守れなかったこと。そして、美野里ちゃんの体に大きな傷を残してしまったことも」


次の瞬間。
ザン!! と何もないと思っていた檻の内側。
突如として湧き出た半透明な剣が美野里の体を斜めから一閃し切り裂いた。






宮殿から遠く離れた場所。
真上からは太陽の光が差し込み、周りには白い雲が漂う。
青空がどこまでも続いている上空。
しかし、そこには異様な真四角の透明な空間が存在する。外側は透明の密閉され箱状のような物で形作られ、内部は広く数キロと続き周りに被害が出ることは空間が破壊される以外にないと言える。
そして、そんな空間内部に複数の陰が存在した。
高等魔法による戦闘が行われたとしても被害が出ることのないその場に転移されたアチャル。

「全く、あの女王は何をするも急で困る」

そして、溜め息をつくアチャルと対峙する白衣装を身に纏うマユリート。

「だが、これで手加減なく戦えるといったものだがな」
「………………」

彼女の後ろには今も雪の縄に四肢を拘束されたアチルの姿があり、アチャルの本気を引きづり出す理由は揃っていた。
静寂が漂う中、アチャルは両手に炎の玉を浮き上がらせ、その上から追加で強化魔法を付け加える。掌サイズだった炎が次第に大きく膨れあがり、それは尋常じゃないほどの魔力を秘めた巨大な炎の塊へと変貌を遂げる。
平凡な魔法使いならその魔力の大きさに怖気づき、そのまま気絶しているところだ。
だが、マユリートはそんな中で小さく笑った。

「……何がおかしい」
「いやいや、アンタは何もわかっていないと思ってね」
「……………」
「アンタも薄々気づいていると思うけど、私はダセットよ」

雪の魔法。
それはプセットとは違う、自然のエレメンタルと対局の負の魔法だ。
だが、アチャルはそれが勝敗に繋がるとは思ってはいない。

「ふん、たかがダセットが私に勝てると思ってるのか?」
「………ええ、そうよね。だってアンタはこのアルヴィアン・ウォーターでも有名な炎の魔法使いですもの」

でも、とマユリートは口元を緩ませ、

「雪と氷、その二つ相手ならどうなると思う?」
「!?」

彼女の言葉が発せられた直後、何もない所から魔法陣が展開されたと同時に氷の破片が現れ、アチャルに向かってくる。
マユリートが扱うは雪の魔法だけのはず。たとえ、他の魔法が使えたとしても形成するスピードが速すぎる。
疑問が頭に残るが、今は自身にむかってくる攻撃を魔法で対処する。
アチャルは掌に灯す炎を勢いよく向かってくる氷に向けて投げ放った。
炎の塊が氷の破片に触れ、一瞬にして溶かす。
………はずだった。

「!?」

氷の破片が炎の魔法を突き抜け停止しない。
真横に跳び退き向かってくる攻撃を回避するアチャルは炎の魔法が氷を溶かす事が出来なかったことに驚きを隠せずにいた。
何が起きたそうなったのかわからない。
だが、そんな中。マユリートは凶悪な笑みを浮かばせ笑い声を口から漏らした。

「キャハハハハハハ!! 何を驚いてるんだよ、炎の魔法使い様よぉ!」
「…………」
「雪と氷、どっちも確かに炎に弱い。でも、氷と違って雪の中には水が存在する。単に炎を水で消しただけなんだよ!」
「…………っ」

今も笑い続けるマユリートを睨むアチャル。
今起きた現象の答えを態々教えた。それは同時に余裕があると言ってもおかしくない。
属性の中で、水は炎より強い。魔法使いなら誰もが知っている。
そして、それは形勢が不利であることを告げている。
だが、

「……なら、その水ごと焼き尽くしてやればいいだけだ」
「ッハ! 何を言ってんだか」

瞬間、アチャルの両手から炎が湧き上がる。
マユリートは唾を吐き捨て、嘲笑うように笑みを見せ口を開く。


「雪氷の魔法、たかが炎がどこまで挑めるか試してあげるわよ!!」






沈黙がその場を支配する。
橙の檻。
内側から伸びた剣が一閃し、それに続き宙に白い衣服が舞い落ちる。
緊迫した空気が漂う中、肩をすくめたレルティアが口を開いた。

「やっぱり、後遺症が残っていたようね」

彼女が操った魔法の刃。
その刃が少女の体に届くことはなかった。
だが、それ以上にその刃は美野里の心により強い傷を与えたのだ。


「ッ、ッ……はぁ、はぁっ!」


荒い呼吸。
激しくなる鼓動。
服を切り裂かれ、肌けそうになる胸を両腕で隠す美野里。
体は酷く震わせ、その顔からは切羽詰まったような尋常じゃない汗が湧き出ている。
体を斬られたわけでも、苦痛を食らったわけでもない。
原因は彼女の胸元に残るバルディアスの一件で負った大きな傷痕だ。
大剣によって刻み込まれた死傷になってもおかしくなかった大きソレはアチルの回復魔法でも完全に治すことが出来なかった。

そして、美野里が自身の後遺症に気づいたのはそれから数日が経った頃だった。

あの件が終わった当初、美野里はその事を気にも留めることはなかった。
いつも通り、普段の生活に溶け込もうとした。だが、彼女の脳裏に時間が経つにつれて記憶が鮮明に蘇ってきたのだ。
それは言わば、恐怖。

あの場にアチルがいなければ………自分は絶対に死んでいた、という恐怖だ。

美野里が店を開けず、閉じこもっていた一番の原因はそれだった。
この世界に来て、死にかけたことはたくさんあった。何度として一人で涙を流したかわからない。
だが、それでも生き死の瀬戸際を美野里は感じたことはなかった。

「…………………」

レルティアの瞳に映るは、胸元に両腕を交差させ怯え震える一人の少女。
しかし、それこそが当たり前なのだ。
何も危険のない、平和な世界に住んでいた彼女のあるべき姿………。

「……怖いのね」

レルティアは美野里に手をかざし、言葉を続ける。

「でもそれはおかしいことでもなんでもないの。美野里ちゃんはホントはこんなことしなくていい、貴方は私たち魔法使いが守るべき存在なんだから」
「ッ、な、何…を」

体の震えも取れないのにも関わらず、美野里は視線を向け口を動かそうとした。
だが、その時だ。
グラリ、と頭を横から殴られたような脳が揺れたに続き視界が歪んでいく。

「いままで辛かったでしょ。………あなたがこの世界に来て関わってきたものは言わば、幻覚。美野里ちゃんはもう何もしなくていい。戦うことも、人と関わることもしなくていいの」
「……………………あ」
「もう、頑張らなくていいのよ」

体の自由が効かず、立ち上がる事さえできない美野里。
それは、レルティアが今も送り続ける幻惑魔法によるものだった。
言葉に混ぜ込み、徐々に彼女の精神を支配していく。傷痕による後遺症で心が崩れかけている中での魔法攻撃。

(な、なに……これ…)

段々と視界が暗くなっていく。
…………あの時と同じだ。
大剣で切り裂かれ、死に繋がるかのように真っ暗な闇に落ちていった感覚。
地面に膝をつき、倒れそうになる体を何とか持ち耐えようとする美野里。
だが、頭にレルティアの言葉が何度も復唱されていく。

『今まで関わってきた全て、幻想』
『もう、何もしなくていい』

幻惑魔法。
たとえ、そう思っていなくても…間違った方向に心を持っていかせる魔法。
そして、ついにそれは…。

(………………………………いいのかな……それで…)

美野里の精神を惑わし、そう思い込ませるところまで来た。
意識が朦朧し、体が揺れ動く。
そうして、瞳から光が失われ………。



体が落ちていこうとした、その時だった。



チャリ、と首元から音が鳴る。
首には葉っぱの中心に宝石のような真珠がついた首飾りのエクサリアが美野里の瞳に映る。
その直後、


『この街に来て初めての武器なら、………これにするか』


何故か、脳裏に少年の言葉が流れてくる。
その声は、この世界に来て一番に親しくなった人とも言える鍛冶師ルーサーの声だ。
そして、声は一言で尽きず何度も何度も流れてくる。

『美野里とは………これからも友達でいてやってくれないか。…アイツ、何でも一人でやる……っていうか何か抱え込んでんだよ、会った時から。でもお前とは結構親しそうに接してるから……んー、何ていうか』

それは美野里自身、聞いたことがない。
本人のいない場所でルーサーが喋っていた言葉なのだろう。

『……………美野里の事、頼む』

美野里は知らない。
今、彼女に伝わる言葉の全てが願いのエクサリアによって起きていることに。依頼の紙にもそんな効果を持っている等、記されていなかったため無理もない。

『……お前のせいじゃない。すぐに駆けつけられなかった俺が全部悪いんだ。危険だってわかってた。それなのに、コイツが無茶するってしていたはずだったのに俺は行かせたんだ』

頭に流れてくる彼の言葉に意識が戻ってきた。
レルティアの幻惑魔法を徐々に薄れていくにつれて、光を失いかけた瞳が再び息を吹き返そうとしていく。
美野里は冷静になっていく頭で、今まで頭に流れてきたレルティアの言葉を思い出す。


全てが幻想 (……………ちがう)
もう何もしなくていい (………………そんなことない)


不定に不定を付け加える。
少ない時間だが、この世界で生きてきた記憶がそれを証明してくれる。

たとえ、幻想に近いものだったとしても。
たとえ、何もしなくていいと言われたとしても。

(今は、そんなことよりやるべきことがある……)

大切な友達である、アチルを助けること。
彼女を批判する言葉を取り下げさせること。
そして、もう一つ。
勝手に流れ込んできた言葉。
自分の知らない所で心配してくれていた彼、ルーサーに…、


(もう一度、会って………話したい)




両膝をつき、崩れ落ちようとする美野里。
だが、ダン!! と美野里は片手を地面につけ幻惑を破った信念の籠る瞳を見開く。

「…………」
「……確かに、今の私は自分勝手で都合のいいふうに思ってるかもしれない。幻覚かもしれないし、何もしなくていいのかもしれない」

でも、と美野里は顔を上げる。
真正面に立つレルティアを見つめ、言葉を続ける。

「今まで辛かったことも、この傷のことも……全部は私の意思で動いたからこそ着いてきた物。アチルのせいでも、この世界のせいでもない」
「………………………」
「この世界に来て、辛いことはいっぱいあった。泣きたくなることも、死にたくなったこともあった。……それでも、そんな私を支えてくれたのは、この世界にいる人たちなの」

異世界に落とされ、途方に暮れていた彼女に手を差し伸べてくれた人たち。
ハンターとしての生き方を教えてくれた。危険とわかっていて、それでも自分のために戦ってくれた。
そして、助けにきてくれた。

「……そんな人たちがいるのに……危ない目にあってるのに……、何もしないなんて出来ないし、この世界の全てが幻想なんて思えない。アチルが貴方の言うように冷静な判断ができないとしても、私はそんなアチルが好きだし蔑んだりなんてしない!」

大切な人を守りたい……、その気持ちに偽りはない。
美野里は挫けかけた体を起こし立ち上がる。意志がその体を突き動かす。
ゆらり、と短い髪が揺れ動き、全身に纏っていた衝光の光が再び輝きを取り戻し始めた。
力の強さが増幅されていくのが光の眩しさで見て取れる。

そして、変化はその時起きた。

彼女の髪の端。
そこから湧き上がるように衝光の光が漏れだしていく。
美野里自身もその事に気づいてはいない。

「……美野里ちゃん」
「……私は、アチルを助けたい。だから……今度こそ、この檻をぶち壊す」

レルティアと自身との間を塞ぐ完全防壁とも呼べる魔法の檻。
美野里は呼吸を調整し、無意識にセーブしていた衝光の力を一気に解き放つ。
それは、全身から噴き出るように迸る輝きの光。

(これをして、また倒れるかもしれない)

以前、全方位の攻撃を防ぐべく使用した。そして、その反動の結果を忘れたわけではない。
だが、それでも。

(いつまで、ここでチンタラしているわけにはいかない!)

瞬間、肺に溜めこんだ空気を吐きだし、瞳を見開き美野里は叫んだ。
恐怖を打消し、次の一歩に繋がる道を進むために。


「衝光!!!!」


次の瞬間。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!! と。
頑丈な檻はガラスが割れたかのように砕け散り、宙を舞い地に落ちる。










上空での死闘は続く。
炎を魔法を放ち続けるアチャルの口から辛い荒息が漏れだす。

「どうしたの? これで終わり?」

雪の魔法使い、マユリート。
氷の魔法と雪の魔法を組み合わせた魔法を扱う。
しかし、それは彼女が元々持っていた力ではなかった。

「っぐ…」

雪の縄で拘束されたアチルが苦しそうな声を漏らす。
彼女の手足を縛る雪の魔法が、拘束に加えて魔力を吸い取っているのだ。
そして、それがマユリートの氷の魔法を手に入れることができた秘密でもある。

「ッ!!」

アチャルは拘束された彼女を助け出すべく、爆裂した炎の弾を放つ。複数に分かれ向かっていく弾炎魔法。
だが、マユリートは雪氷の壁を自身の前に作り出し、攻撃を通さない。

(クソッ、全然攻撃が通らないッ!)

炎の魔法を強化させた青い炎。
それですらあの雪氷の壁は溶ける様子が見られない。
後ろで囚われるアチルの表情からは疲労が見え隠れし、手足を縛る雪の縄から大量に魔力が吸い取られている。
…これ以上は時間を掛けられない。


(イフリートで勝負を決める!)



隙が多く現れる特大魔法。
だが今はそんなことを考えている場合ではない。アチャルは手に灯す炎を消し、炎の精霊であるイフリートを作りだす構えに出た。
だが、その行動から真意を察したマユリートは口元を歪み緩め、凶悪な笑みを現す。

「イフリートか…、面白い! ならこっちも面白いもんを見せてやる」

今まで動きを見せなかったマユリートが、魔力を全身に集中させ、手を上空に向けかざす。
そして、その口を動かし……唱えた。


「ボスゼ・メルツ・アルベー!」


アチャルと同じ特大魔法。
得体の知れない、何かを顕現させようとするマユリート。
苛立った表情を浮かべるアチャルは構わずイフリートを作り出そうとした。
だが、その時だった。




「ぐっ、つああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




莫大な魔力を吸引。
背後で囚われていたアチルの口から苦痛が混じった悲鳴が響き渡る。

「あ、アチル!!」
「キャハハハハハハ、凄いだろ! 氷の魔法と雪の魔法。それからコイツが元々持つ水の魔法も取り込んだ特注の特大魔法だ!!」

マユリートの真上に形成されていく水の魔法で顕現された竜。アチルが時間を費やし完成させた水の海竜、リヴァイアサンだ。
元々の使い手である彼女は形成に手間が掛かるからとあまり使わなかったが、その理由は別にあった。
それは、顕現の際に使う膨大な魔力。
リヴァイアサンの燃費の悪さから、アチルはその魔法を極力使わないようにしていた。
自身の実力を重々に理解していた。
だが、それが今無理やりに引き出され、使用されている。
それは膨大な魔力の損失と言ってもおかしくない。

「グッ、キサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

毛が逆立ち、歯を噛み締めたアチャルは怒りの形相で両手に炎の塊を灯し放つ。
速攻とも言える、一直線にマユリートを狙う。
だが、再び魔法陣から現れた氷の壁が炎の攻撃を防いでしまう。

「ッッ!!!」

この時、アチャルは焦っていた。
魔法使いにとって魔力とは生命力と呼んでもおかしくないものであり、それが極端に減ることは衰弱に繋がる。
しかも、封印魔法によって体力が大きく削られた今のアチルに付け入るかのように莫大な魔力が奪われたとなれば…………最悪の場合、死にも繋がるのだ。

「クソッ!!」
「オオ、怖い怖い! バケモンがいくら叫んでも無駄よ、無駄!! もう少しで最強の竜が完成するのをそこで見ていなさい!」

マユリートが顕現を早めるべく一気に魔力を吸い上げる。
苦痛から悲鳴を出し続けていたアチル。だが、その体は次第に弱まり力なく揺れ落ちた。それは限界まで魔力を奪われ、声どころか動くことさえできない状態であり、まさに死の危険に陥っていた。
アチャルは怒号を放ち、両手に炎を灯しながら走り出す。
攻撃が効かないことから、無謀な行動だとわかっていた。しかし、それでもアチルを助けたい一心で走り続けた。
たとえ、魔法陣から氷の破片が現れ、そのままこちらに向かってこようとも…。



「フッ、つまらなかったな」

呆気ない結末にマユリートは溜め息を吐く。
もっと面白い展開を期待していた分、無駄な時間を過ごしたと彼女は思った。
しかし、これで本来の目的であるプセットとダセットの二つを持つ少女を奪う事が出来る。
マユリートは口内から不気味に押し殺した笑い声を上げ、絶対的な結果から導き出される勝利を確信し、その光景を見続けた。
氷の破片は炎の魔法使いを貫く………その光景を。
だが、

「ッ!?」

それは、次の瞬間だった。
ザン!!! とアチャルに向かっていた氷の破片。それからアチルを縛っていた縄。
この二つが突如として真上から振ってきた光によって消滅した。
マユリートの顔が驚愕の表情に変わる。

一体、何が起きた。
今、振ってきた光は何だ?

突然の事態に頭が追いつかない。
しかし、マユリートの瞳は、宙から下に落ちるアチルの体を抱き留め、そこからアチャルの傍に着地する影を捕えていた。




「っな、貴様は…」

ここにいるはずのない存在。
目の前に現れたその陰にアチャルは目を見開き驚きの声を漏らす。
対して、影は両腕で抱えるアチルを彼女の横に横たわらせ、その疲労した頬にそっと手を添えた。
そこで後方から声が放たれる。

「……おい、何勝手なことしてくれてんだよ」

低い、重々しい声。
マユリートは自身の魔法が途中で中断されたことに苛立ちを見せ、殺気を纏わせ目の前に立つ存在を睨みつける。

「……………………」
「今いいところだったのに……邪魔しやがって…。つか、アンタ何? それ、どうなってるの?」

彼女の指摘。
それはその存在ではなく、風に揺らめく金髪とも言ってもおかしくない、光を放ち続ける長髪のことを示している。
しかし、その髪の持ち主である少女は吐き捨てるように言葉を口にする。



「……アンタに教える義理は無いわ」



風に揺らめく茶色のロングコート。
その下に着る上下が白と黒に分かれた新品の衣服。腰に六本のダガーを携え、短髪の後ろ髪から伸びるように生えた金色の光輝く髪を伸ばす少女。

衝光を扱う、美野里は目の間に立つマユリートを衝光の瞳で見据える。

「………私の友達を傷つけておいて……覚悟はできてるんでしょうね」
「は? アンタ、馬鹿なの? これ見てよくそんなこと言えるわね」

マユリートが言うソレは、真上に途中だがほぼ完成に等しい雪氷水の竜が顕現していること。
表面を氷の鎧で覆いつくし、口からは冷気の霧が漏れ出す。
強靭な牙に、背広に生える角。
巨大なその姿はまさに巨大な大竜だ。アチャルですらその脅威に歯噛みしている。
だが、そんな中で…美野里は違う。

「………………」

冷静な瞳でその竜を見つめる美野里。
その顔には焦りも、不安もない。
マユリートはそのことに苛立ちを抱く。目の前に立つ存在が気にくわなかった。


「いいわ、ここでアンタたちを氷漬けにしてやる。……刃向えるものなら、刃向ってみなさいよ!!」


マユリートは凶悪な声と共に手を上にかざす。
強大な魔力を送りつけ、リヴァイアサンを酷使する。
大竜は美野里達を見下ろし、大きな咢を開かせ喉の奥元から莫大な魔力を溜めていく。
それは、三種類の属性を混ぜ合わした魔法のブレス。
一度喰らってしまえばそれで確実に死ぬ、絶対零度の息吹だ。


(ま、まずい……)

アチャルはその膨大な魔力を感知し愕然としていた。今にでもイフリートを顕現して防ぐ手もあるが、さっきの戦闘で無駄に力を使いすぎた。
イフリートの出すには圧倒的に魔力が足りない。
アチャルは直ぐにここから逃げるように、目の前に立つ美野里に言おうとした。
しかし、その直後。

「舐めてるのは、アンタよ」

ゾクリ、と背筋を凍らすような殺気がアチャルを襲う。
美野里は静かな動きで一歩一歩と足を動かし腰に携えたダガーを二本抜き取り下に構えた。
口から吐き出される落ち着いた呼吸。
直ぐ側に死ぬかもしれない存在がいるにも関わらず、美野里は冷静な顔色を浮かべている。
だが、その奥には怒りがあった。


疲労に加え、強大な苦痛で倒れるアチル。
肌は冷たく、グッタリとしていた。

そして、そんな彼女を見て、平気でいられる目の前の敵。



美野里は瞳を鋭くさせ、その口で言葉を怒りと共に放つ。



「衝光、……………ルーツライト!!」



次の瞬間。
それは噴水が噴き出るかのように美野里の持つ六本のダガーが光を放ち、その形が変化する。
腰に携えた四本のダガーは全体が光の剣、刀身が大きな短刀。
さらに両手に持つ二本のダガーも光の剣、刀身の長刀。

「避けなさいよ」

美野里は忠告と共に手に持つ二本の刀を大きく振り上げ構えを取る。
だが、見た目は人が扱うサイズの刀。
そんな武器で大竜であるリヴァイアサンを消す事ができるはずがない。
その場にいる誰もがそう思った。


しかし、衝光の力は時に当たり前の現実を打ち消す。


美野里の短髪からさらに伸び生えた光の髪。
なめらかに垂れる髪から二本の糸のようなものが現われ、彼女の持つ刀と繋がり結合した。
その直後。
ドクン!! と刀は巨大な大刀へと姿を変える。


「……………なっ、なんだソレ…」

マユリートが呻くような声を口から漏らす。
髪と結合して光剣。それがまるで髪から供給しているかのように光の刃が突如大きな大刀へと姿を変えたのだ。その大きさは大竜の真上から簡単に切り裂いてしまうような特大の巨大刀だ。

目の前の脅威にリヴァイアサンが威嚇にも似たような声を出す。
だが、美野里はそんな大竜を睨み付け、その近くに雪の魔法使いに最後の忠告をする。



「…これ自体、私も初めてなの。だから、…………今の私は加減ってものを知らない」


…雪の魔法使いに向けた、最後の言葉。
ザン!!!!!!! と。それはまさに一瞬の光景だった。
美野里が最速で振り下ろした一振りは巨大な竜を真上から斬り落とし、その場に眩い光が満ち溢れた。

それは、まさに……衝光の輝きといってもおかしくないものだった。

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