異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第三章 ウェーイクト・ハリケーン編

極上クラウザメの捕獲

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第二十七話 極上クラウザメの捕獲


捕獲依頼書・クラウザメの捕獲

剣の都市、インデール・フレイム。
塀に囲まれた都市の中、ハンターの討伐や捕獲依頼所であるハウン・ラピアスにその一枚の依頼書が張り出された。
しかし、ハンター業の中でも特に難しいランクAを持つその依頼をインデール・フレイムの誰一人として受ける者はいなかった。
そう、一人の魔法使いを除いては……。




「美野里、クラウザメの捕獲に行きましょう!」
「うん、ごめん。却下で」

えー! と不満の声を漏らすは魔法使いことアチル。
彼女がいるのは都市の中に建つ一店、マチバヤ喫茶店。そして、その店主である美野里は彼女の誘いを断り今しがた洗い終わったコップを棚に直している。
時間は昼時。
ちょうど客が帰って一段落つき、休憩しようかと思っていた矢先のことだった。
洗い物を終えた美野里は腰に手を当てつつ呆れたように口を開く。

「ねぇ、アチルも知ってるだろうけど、ここのハンターの大体は剣を武器として戦うの」
「はい、知ってますよ?」
「ならわかるでしょ。地上ならともかく、クラウザメは水中。しかも浅瀬じゃない湖の中にいるのよ?」

美野里が言う、インデール・フレイムのハンターたちの戦闘スタイルとは、武器のほとんどが剣を使い地上戦を得意とするといったものだ。
水中での戦いは難を極め、地上と全く違いスピードや防御など、水の中での息にも問題がある。
そのため、今回は断る理由としては十分だった。
そして、それに加えてもう一つ。
今回の標的であるはクラウザメだ。
巨体な体の上、強度を持つサメ肌に強靭な牙。大きな咢は人を丸のみしてしまうほどの凶暴生物だ。
たとえ、遠距離での攻撃スタイルを持つ美野里でも死闘を覚悟しないといけない程の難敵。あまりにも不利がある。

「地上ならまた別だけど、今回は下りさしてもらうから」

調理の材料があるのか確かめつつ、彼女の誘いを断る美野里。
アチルは小さく唸り声を出しながら頬を膨らませる。その顔には、まだ納得していない様子が見て取れる。
彼女は顎に手を当て、何かを考え込み、

「アチル?」
「…うん……それなら大丈夫です。私が何とかします」
「いや、何とかって」
「私は水の魔法使いですよ? 水は私の武器でもありますし、戦闘の場は魔法で整えてみせます」

ポン、と胸を叩き自信満々に宣言するアチル。
何か勝算があるのだろう。腰に携える魔法剣と魔法の杖を見せつける彼女の姿に美野里は、しばし黙り込む。
今回のクラウザメ捕獲は協力した所で、美野里になにも得はない。
正直、はっきりいって断りたかった。
だが、目の前に立つアチルの瞳はキラリと光っており、間違いなくお願いの視線だ。

「…………………はぁ」

諦めも肝心。
遅かれ早かれ、結局の所で美野里は折れるのだった。






太陽の光が消え、夜空の月だけが地上を明かり灯す。
森林、アルエキサーク。
熱さの異常気象から人食い植物シュルチは活発的に生息し、野菜等がのびのびと育つことから美野里自身、食材の宝庫とも呼んでいる場所だ。
そして、今回の標的であるクラウザメがいるのは、その森林中心部に存在する湖。

「で、どうするの?」

喫茶店での衣装から戦闘装備に着替えている美野里は肩をすかしながら湖を見つめる。
日中の暑さに変わり、その場に夜風が吹き抜ける。熱さを軽減してくれ、美野里の髪が靡きを見せる。
湖の直ぐ側で、片膝を落とすアチルは水面に指を軽く触れた。
水温を確かめているのだろうか、と首を捻る美野里。
と、そこでアチルは頭を頷かせ、

「…よし、…………それじゃ、今から行きます」

腰を上げ、湖から数歩と距離を取る。
そして、緩やかな動きで腰についたホルダーから白羽のつく杖を抜き取った。
静かな呼吸を口で行い、夜空の月を示すように、アチルは杖を真上に構える。すると、その直後、魔力の呼応に同調して彼女自身の体から淡い水色の光が纏わり出した。
それは、アチルの詠唱が始まる予兆だ。

「バウン・ルーチュ…」

溜めの多い、魔法。
アチルは湖を見据え、杖の示す先に魔法を顕現させる。


「リヴァイアサン!!」


その瞬間、夜空に描かれる水の文様。
魔法の陣から現れた水の化身、水龍の王。


『グゥガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』


夜空に君臨せす、リヴァイアサン。
咆哮とともに現れた竜に美野里は顔を引きつらせる。近距離からでの目撃もあるが、それ以前にアルヴィアン・ウォーターで一度マユリートが顕現させた水龍を見たことがあるからだ。
だが、アチルが顕現させたリヴァイアサンは、あの時見た物と容姿がまるで違う。
サファイアのような輝きのある純粋差。
それはまるで穢れのない、それこそが真の姿だと言っているかのようだった。

「あ、アチル…こ、これって」
「行きます!」

色々と言いたい美野里。だが、その言葉を待たずしてアチルは杖を湖に突き示す。
咆哮を再び上げるリヴァイアサンは夜空で円を描きながら水中に潜りこみ、盛大な音をその場からまき散らした。
そして、その数秒して、

『グゥガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
「グギャバアアアアアアアアア!!!!」

二つの咆哮に続き、湖から跳ね上がる二体の巨体。
リヴァイアサンの咢に挟まる、今回の標的であるクラウザメ。
腹部を噛まれながれ、宙に打ち上げられた凶暴生物………なのだが、どうにもリヴァイアサンの方が凶暴生物に見えてならない。
茫然と空に上がる標的を見上げる美野里は口を開き、

「……うっそー」

ドォン!!! と重い音を響かせ地上に落ちるクラウザメ。
リヴァイアサンはまるで不味い物を食べてたかのように咳き込んでいる。

「……美野里、お願いします」
「いや、お願いしますって…、ちょっとアンタ! それバテてるでしょうが!!」

やはり、リヴァイアサンの顕現は相当な魔力を使うようでアチルは荒い息を吐きながら地面に片膝をつく。そうしている間にクラウザメが痙攣から起き上がり、殺意を何故か美野里に向け出した。

「何でッ……あー! もう!!」

美野里は腰からダガーを抜き、迫りくるクラウザメに構えを取る。
クラウザメは体をうねらせ、地上を滑るように向かってくる。その速さは尋常じゃない程に速く、隙を見せた時には一口で食われるかもしれない。
歯を噛み締める美野里はダガーをクラウザメの鼻先に向かって投げ放つ。
だが、直撃した直後に硬い鉄に当たったように音を鳴らし跳ね返りながら地面に落ちた。

「ッ!!?」

真横に勢いよく飛び、何とか突進を避ける。
クラウザメは円を書くように曲がり、方向転換を決める。

「硬すぎでしょ……衝光!!」

強度が足りない。
美野里はダガーに衝光を走らせ、再び衝光を纏ったダガーを投げ放つ。
今度こそ貫ける。
美野里は確信した、その次の瞬間。
カン! と、ダガーが跳ね返り地面に落ちていく。
………………………………………………………………………え?


「うえええええ!?」


牙をむき出しに襲い掛かってくるクラウザメ。
美野里は驚愕しつつも勢いよく真横に跳び退け直撃を回避する。

(うそでしょ……)

美野里は今まで衝光の力を使い、危険な修羅場を潜り抜けてきた。
だからこそ、過信があったことも事実だ。しかし、今目の前にいる生物に衝光は効かない。
自身の持つ力で歯が立たない。
焦りから歯を噛み締める美野里。どうすることのできない状況に苛立ちを覚える。だが、それでも目の前の生物は止まってはくれない。
クラウザメは再び標的を美野里に定め襲い掛かってくる。

「リヴァイアサン!」

直後、外野にいたアチルの声が飛んだ。
リヴァイアサンは美野里とクラウザメの間に割り込み、一時の窮地を緩和させた。
仲裁による短い時間。
どうすればいいのか、美野里は思考を巡らし考える。
そして、その時だ。

「あ……」

美野里の視界に映るリヴァイアサン。
そこで彼女は記憶の領域に存在する一つの記憶を思い出す。
それは、衝光の次の段階。
アルヴィアン・ウォーターで手に入れた新たな力……ルーツライト。

『グゥガアアアアア!!!』

リヴァイアサンが悲鳴に似た声を吐き出す。
それは存在の限界時間。魔力による燃料が切れ、水龍は空気に溶けるようにして消えていく
クラウザメは防壁がなくなったことにより、改めて美野里に狙いを定めた。

「………………っ」

考えてる時間はない。
目の前に存在するクラウザメを見つめ、美野里は深い深呼吸と共に意識を集中させる。
新しい力の使い方は以前にレルティアから教わっていた。頭では理解していた。
しかし、これを実践で使うのは今日が初めてだ。
……正直、上手くいくかわからない。
でも、今はそんな弱音を吐いている状況ではない。
猛スピードで迫りくる獲物。
美野里は目を見開かせ、大声と共に口で発する。



「衝光…………ルーツライト!!!」



次の瞬間。
美野里の短髪は揺れ動くと共にその髪先から光輝く髪を生やし出す。さらに腰に納めていた全ダガーが光の剣へと具現化と共に変化した。

「………………よしっ」

自身の状態を確かめ、手を硬く握り締める。
直ぐ側まで近づくクラウザメの音を耳で確かめつつ、美野里は腰に納めた短剣の光剣を抜き取り、尋常じゃない速さで投げ放つ。
刃の大きな光剣は最初は真っ直ぐと直進して空中を突き進んでいた。だが、あの一定の速度を超えた直後、遠心力に従ったように光剣は円を描くようにその場で回転を始める。
それは、空中を飛ぶブーメランのようだ。
そして、回転する光の剣はクラウザメの真上を突き抜け背中に伸びたヒレを豆腐を斬るかのように切断した。

『ガウガガアアアアアアアア!!?』

出血はでない。だが、神経が通っていた硬いヒレが斬られたことに悲鳴を上げるクラウザメ。
激痛から動きが止まり、その場でのたうちまわる。
美野里はその隙を見逃さず、今度は刃の長い刀のような光剣を抜き取り走り出した。
それは確実に仕留めるため。
クラウザメの真横にまで間合いを詰めた美野里は刀を振り上げ、真横から切断するように振り下ろそうと、

「ちょ、ちょっと待ってえええええ!!」

ピタリ、と刀の刃がクラウザメのサメ肌に触れる手前で止まる。
今の悲鳴は後方にいるアチルの声だ。
美野里は視線を後ろに向け、そこで動揺する彼女が手に持つ一枚の依頼書を見た。

依頼書、クラウザメの捕獲。

「あ、忘れてた…」

美野里は茫然とそれを見つめ構えていた光剣を下ろす。窮地に一生を得たクラウザメはその間を利用し湖に逃げようと動き出した。
が、その直後。

「せぇーの!」

ドゴッ!!! と。
美野里の握られた拳から放たれた一撃がクラウザメの横っ腹に衝撃を与えた。
今までの衝光は肉体強化から岩を砕け散らせるほどの力を持っていた。だが、今回彼女が使っているのはその次の段階。
その威力は今まで以上と見て他ない。
甲高い衝突音が、その場一帯に響き渡る。

決着は呆気なくついた。
クラウザメは白目をむき、口を開けながら昏倒したのだった。








回収のハンターにクラウザメ捕獲を報告を告げるため、インデール・フレイムに戻った美野里たち。ハウン・ラピアスで報告の後、報酬を貰い、今しがたマチバヤ喫茶店に帰った来た所だ。
そして、そこで美野里は真剣な表情で尋ねる。

「アチル、本当にいいの?」
「はい」
「返してって言っても無理だからね!」

美野里が手に持つのは一つの大袋。
中には今回の捕獲の的となったクラウザメの肉塊が入っている。
脂身のある淡い紅色の身が光沢のごとく光り、生や焼いてといったのがインデール・フレイムでの食べ方だ。
しかし、美野里は顎に手を当てながら、

「うー……」
「美野里、どうしたんですか?」
「あ……いや、ちょっと試しにサメの味噌汁をと」

味噌汁? と首を捻らすアチル。
美野里はそんな彼女を見つめ、口元を緩ませるとそのまま衣服を店内着に着替え出す。
それは調理場に立つ準備でもあり、そして、報酬を貰った身として彼女なりの御礼をしようと思うのだった。





夕暮れが近づく、その下に建つハウン・ラピアス。
依頼書が壁に張り出され、ハンターたちがどれを選ぶか悩む中、不意に一人の男がボソッと呟いた。

「ふーん、あのクラウザメを捕まえる奴がこの都市にいたのか」

男は体を隠すほどの布マントを巻きつけ、小さく口笛を吹く。
すると、その背後に二人の顔を布で隠した者たちが近づいてきた。同じ容姿から仲間か、もしくは親しい中だという事が見てわかる。

「主様…」
「…………どうだった?」
「はい、今回の捕獲にはアルヴィアン・ウォーターの魔法使いが関わっているそうです」
「………そうか」

二人の情報を聞き、口元を緩める男。
その顔からは驚きもなく、予想していたという様子が見て取れた。
これ以上情報はつかめない。そう判断した男は腰に手を当て、その場を離れようとした。
だが、

「……ただ」
「ん? ただ?」
「……………何でも、魔法使いと一緒に女のハンターが同行していたそうで」
「女?」

その言葉に足を止め、眉を顰める男。
インデール・フレイムのハンターたちは地上戦を得意とする。だから、今回のクラウザメの依頼を受ける者はいないと踏んでいた。
魔法使いが出てきたことも納得がいった。
しかし、だ。

(同行…………魔法使いと親しいハンターが)

顎に手を当て、その真相を考え込む。
と、その時だ。
近くにいたハンターの一人、大剣使いが男に声を掛けた。

「おい、兄ちゃん。アンタ見ねえ顔だけど、どこのハンターだ?」
「…………………」
「今日の目玉依頼は。ほぼ魔法の嬢ちゃんが取って行ったからな。そこそこのしかねぇが」

べらべら、と口を動かし続ける大剣使い。
話しを聞くかぎり、ハウン・ラピアスによく顔を出しているようだ。
これは使える、と男は小さく口元を緩め、

「おい、オッサン」

瞬間、男は腰から素早く武器を抜き取る。大剣でなければ、刀や短剣でもない。
それは………銀の装飾で守られた一丁の銃。

「なっ!?」
「さっき、どこのって聞いたか? 俺はウェーイクト・ハリケーン出身の銃使い、ペシアだ」

男、ペシアは自身の名前を名乗り口元を緩ませる。
だが、大剣使いは額からくる冷たい感触。
死の瀬戸際にいる事を認識し、恐怖に体を震わせる。そして、周囲からは突然の騒動にハンターたちがざわめつく。
しかし、銃の引き金に手を掛けるペシアには関係ない。
淡々と冷徹な笑みを向け、脅しを聞かせながら、大剣使いに尋ねる。



「オッサン、今度は俺の質問だ。……魔法使いと一緒にいた女の事を教えろ」




それは…一つの騒動。
始まりの音を鳴らす、切っ掛けとなる。



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