異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

goro

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第三章 ウェーイクト・ハリケーン編

すれ違う思い

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第三十二話 すれ違う思い


ルーサーとラヴァが死闘を繰り広げていた頃。
宿屋の一室にペシアはいた。椅子に腰かける彼の目の前にはテーブルが置かれており、その上には一丁の銃が置かれ一度解体した上でそれらを一つ一つを掴み取りながら埃を取り除くなどメンテナンスを施している。
その動きは丁寧かつ繊細な動作であり無駄口を呟くこともない。
静寂に包まれる室内で、コツコツと銃のパーツを置く音だけが聞こえ続ける。
と、そんな時だった。

ガチャ、と独りでに部屋のドアが開いた。
ペシアが泊まる宿屋には彼一人ではなく、付き人であるラヴァとジェルシカの二人が泊まっている。しかし、ラヴァは外へ離れており、ジェルシカといえばもう一つの空いた部屋でくつろいでいる。
普通に考えれば、ジェルシカがドアを開けたと思う所。だが、ペシアは開くドアに目をくれず口だけを動かした。

「よくここがわかりましたね、フミカさん」

扉が鈍い音を立てて、開く。
そこに立っていたのは、頭にバンダナを巻く一人の女。ハウン・ラピスの依頼受付人でもあり、さらにウェーイクト・ハリケーン出身者でもあるフミカだった。

「アンタ、私がどれくらいこの街にいると思ってるの?」
「え、そりゃ、ウェーイクトから姿を消してからじゃないんですか?」

質問に対しての嫌味な返答。
フミカの眉間に皺が寄る。ペシアはそれを横目で確かめると手に持つ銃をテーブルに置き、小さく溜め息を吐いた。

「で、何の用で?」
「ルーサーからの伝言よ」
「……え、彼から?」

ええ、と答えるフミカ。
彼女は目を細め、平然とした顔を向けるペシアに対し言った。

「アンタとの場を作りたい、って言伝を頼まれたのよ」
「…………場を、ですか」

話し合いでも決闘でもない。
その言葉の意味を察したペシアは呆気にとられた顔を伏せ、体を小刻みに震わせた。
まるで、恐怖で怯えている。



「………ハハッ」



……かにも見えたが、それは間違いだった。
彼は笑っているのだ。真剣な言葉を口にする者を小馬鹿にしたような、軽い声で。

「…………何がおかしいの?」
「ハハっ…………いや、まさかそっちから来るとは思わなかったんで。こりゃ、ラヴァに無駄足を踏ませちまったな」

ラヴァ。
それはペシアの付き人とした共にインデールに来た女だ。
フミカは以前にウェーイクトにいた頃に彼女がハンターたちの間で『防御と攻撃を得意とする銃使い』と呼ばれていたことを知っていた。
そして、そんな彼女の名前が彼の口から出た瞬間、その言葉に隠されたものが何なのか、彼女は容易に想像できた。

「………ペシア、アンタまさか」
「何、負けはしないと思いますよ。どっちかっていうと五分五分だろうし。ラヴァも結構な強さだから思いのほか負けても情報だけは入ると思いまして」
「…………………………」
「まぁ、それでも………俺に勝てるわけがないですが」

ペシアは確信した声で自身の勝利を口にする。
ただの思い込みで言っているわけではない。彼もまた、この世界で生きてきた中でラヴァには劣るが直感めいた感覚を持っていた。
強敵と対峙した時、攻撃を受けた時、言葉を交わした時。
全ての感覚は彼の体に染みついている。そして、それらを自身の中で比べてその者の強弱を計っているのだ。

ルーサーと接触した時もまた同じ。
あの男は自分より強くない。そう判断したペシアだからこそ、不敵な笑みを浮かべそう断言した。


だが、それは長くは続かない。
何故なら、彼の目の前で、


「……ははっ」

ペシアの言葉を聞き、フミカが彼と同じように体を震わせながら笑い出したからだ。
当然、彼の顔色が曇る。

「フミカさん…」
「あははははっ、あーごめんごめん。あまりにも馬鹿な事言ってるから笑わずにいられなくて」
「ッ!」

瞬間、無言の殺気が突如と室内に広まる。
しかし、そんな殺気に対しても平然と笑い続けるフミカは大きく息を吐き、笑いを抑えると口元を緩ませながらこちらを睨みつけるペシアに、ある一つのことを尋ねた。

「ペシア……今、私と戦ったら勝つ自身はある?」
「……………ええ、そりゃ」
「へぇ………どれくらいの差で?」

にやり、と笑うフミカ。
それは、予想通りの反応に対しての笑みだろう。
一体こんな事を聞いて何が目的なのか…、ペシアは不機嫌な顔つきでテーブルに置いた銃を手に持ち、しばし考えながら口を動かす。

「五分五分ですかね」
「そう」

ペシアは自身が勝つと言ったが、それでも圧倒的にとは思っていなかった。
それは彼女の実力を知っているからこそであり実際に対峙した先に何が起きるのか、彼自身もわかっていないからだ。
そして、フミカも彼がそう考えていることを容易に理解していた。
だからこそ、彼女は口元を緩ませ言う。


「だったら、アンタは絶対にルーサーに勝てないわ」
「!?」


フミカは断言する。
その顔は冗談でもなく、本気で言っている顔だ。

「……根拠は?」
「だって、私はアイツに勝てるなんて一度も思ったことがないもの」
「は、何を冗談な」
「まぁ、あの時の本気を出してないアイツにならどうにかなったかもしれないけど、アンタは触っちゃならないもんに手を出した」
「………………」
「本気のルーサーはアンタの思惑なんて、一瞬で潰すわよ………………絶対に。………まぁ、同じ好ってことでアンタの無事だけは祈っといてあげる」

薄ら笑いを浮かべるフミカはそう言い残すとその部屋を後にしようとする。
後ろから向けられる殺気をものともせず。たとえ、背後から奇襲されてたとしても、何事もなく相殺する自信が彼女にはあるのだ
だから、平然としてられる。
ペシアが銃をこちらに向けているにもかかわらず。
「あっ、そうだ」

一歩、足を止めたフミカは背中を見せたまま思い出したようにペシアに言った。

「アンタ、あの赤いじゃじゃ馬。縛ってるから解いといてあげなさいよ」

フミカがこの宿屋に侵入した際、誰にも気づかれずとはいかなかった。
空き部屋にいたジェルシカは彼女の存在に気づき、敵を排除するべく動いた。だが、それも呆気なく倒し捕縛したのだ。
音が聞こえなかったからして、一瞬で終わらされたのだろう。
現役から離れても尚、力の衰えを見せない。
構えた銃を下ろし殺気を消すペシア。
だが、その口をゆっくりと動かし、

「フミカさんは怒ってないんですか?」
「………………」

フミカの足が再び止まる。
続けてペシアは話を続ける。

「美野里に手を出した。あの二人は頭に血をのぼらしてましたけど、あなたはどうなのかと思いまして」

だが、次の瞬間。
チュン!! と、音に続きペシアの頬に一筋の傷が作られた。
それはまさに一瞬の出来事であり、背後の壁には一発の銃弾が埋めつけられている。
そして、彼の目の前、

「黙りなさい」

一瞬に近い早撃ち。
銃口を目の前に構えるフミカは瞳孔を見開き、その口を動かす。

「言っとくけど、今回はルーサーに譲っただけよ。私が怒ってない? そんなガキみたいなことほざいてんじゃないわよ」
「…………………」

ふん、と小さく息を吐き、再び足を動かしその場を後にするフミカ。
彼女が部屋を去った直後、室内に漂った大きな殺気がまるで最初から存在しなかったように消えた。
小さな傷から流れ出した血を手で拭き取ったペシアは、今見せた彼女の銃捌きを思い出す。
あの一瞬に近い動き。
昔と何も変わっていない。

「銃の腕は今だ健在ってことか……おもしれえ」

ペシアはその時、胸の内から来る興奮に笑みを浮かべていた。
それはウェーイクトでは味わえない、強者との対面。
衝光使いの美野里。
元、銃使いフミカ。
そして、鍛冶師ルーサー。

この先に何があるのか、ペシアはその時、笑わずにいられなかった。





夜が明け、朝日が昇る。
昨日の内に都市に帰ってきたルーサーは玄関のドアに挟まれた二枚の紙を手に取る。
一枚目には時間と場所が書かれており、最後に一つの単語が書き記されている。
それは、決闘という文字。

「決闘か………」

どうやら言伝はしっかりと伝わったようだ。
ルーサーは一枚の紙をそのまま握り潰し、今度はもう一枚の紙をゆっくりと開いた。
そして、そこに書かれていたのは………。






マチバヤ喫茶店の店内。
眠りから覚めた美野里は一人、カウンター前の椅子に腰かけ座り込んでいた。
早朝につられて小鳥の声が微かに聞こえてくることが、あれから数時間が経ったことをより実感させつつある。
美野里は昨日の出来事を思い出す。
今、座るこの場所でペシアという男が口にした言葉。
それはこの街での居場所を失うかもしれないというものだった。
………どれだけ考えても、解決策が見つからない。
自分はどうすればいいのか、美野里は一人頭を抱え深く考え込む。どれだけ悩んでも、解決しないとわかっているのに。
と、そんな時だった。

チリリン、と店内のドア上に付けられた鈴がなる。
美野里はゆっくりとした動作で顔を向け、その開く扉の先に立つ人物を見つめる。
戦闘装備を着こなし、背中に武器であるハンマーを装備する、ルーサーを。

「……………ルーサー」
「もう、起きて平気なのか?」
「…う、うん」
「そうか」

ルーサーはそう答えると静かな動きで美野里の隣に置かれた椅子に腰を下ろした。
そして数秒、静寂が室内に漂う。
美野里は昨日のこともあり、うまく話す事ができなかった。しかし、このままではいけないと勇気を振り絞り口を開こうとした。

「ルーサー、わた」
「アイツのことは俺に任せろ」
「…………え」

こちらに視線を向けない。
ただ言葉だけを伝える彼に美野里は嫌な予感を感じた。
普段、ルーサーは鍛冶師を営み、武装するなど滅多にない。しかし、今の彼はまるで何かと戦いに行くかのような装備を着こなしている。
何故……、とそう思った直後。美野里は不意に昨日の出来事を脳裏に思い出した。
ペシアに一撃を食らわせた、あの時を…。

「ルーサー、まさか……アイツと戦」
「お前が気にする事じゃない」

不安な声を上げる彼女に対し、尚も冷たい言葉だけを伝えるルーサー。
そんな態度に美野里は顔を歪ませ、歯噛みと共に声を荒げる。

「き、気にするなって何よ! そもそもアイツとは、私が自分のせいで」
「それ以上言うな」
「ッ…」

突如、ルーサーは鋭い瞳を美野里に向け、言葉と共に美野里を黙らせた。
その圧倒的な威圧は室内の空気を重く、そして、息苦しくさせる。

「衝光を隠せって言ったのは元を言えば、俺だ」
「そ、それは……私が」
「それに、お前はアイツを止めることはできない。言葉だろうが、力だろうが、今の状態で勝てるわけがない。………………こんなくだらないことは、お前がする必要はないんだ」
「……そ、そんな……、そんなのって」

ルーサーの言葉に拳を握りしめる美野里。
彼女の心中に今広がるのは罪悪感だ。
自身のことで、周りを巻き込んでしまった。それなのに、他人に任せて自分だけは何もしない。
そんな思いが募るばかり。
美野里は、それがどうしても嫌だった。
さらに言うなら、……今まで気にかけてくれたルーサーを巻き込むことが一番に嫌だった。
それなのに……。


「なんで……何で……」

どうして、こんなに冷たい言葉を言うの?
どうして、そんな目で私を見るの?
どうして………。

「……ルーサー、なんで」

美野里の叫びが口から吐き出される。
自分の居場所がなくなる。
他人を巻き込みたくない。
心の中が様々な不快でグチャグチャになりそうだった。
そんな中で……。

その一歩手前にあるにも関わらず、ルーサーは言ってしまった。





「お前は何も気にせず、今まで通りこの街にいればいい」




瞬間。
胸の奥底にあった、一枚の心のガラスが槍に突き抜けられたように砕け散った。
昨日のペシアの言葉によって、より前へと浮き出ていた感情の防壁。
それが、ルーサーの一言で粉々に粉砕されてしまった。
もう、感情の限界が超えていた。
喉も、口も、体中がもう抑えられなかった。

「今まで通りって………何」
「………美野里?」

今まで通り。
それはどこからの今まで通りなのか?
この世界に落とされてから?
それとも、元の世界にいた頃から?

何も知らず言われた。
それが、どれだけ苦しかったか。
どれだけその言葉を夢に、暮らしてきたか。生きてきたか。
そんな、…………そんなことも知らないくせに!!!

ダン!! とカウンターを両手で叩きつけ立ち上がる美野里。
隣に座る、ルーサー。
美野里は瞳から大粒の涙を流し、震えかえった声で感情を叫んだ。




「私の事を、何も知らないくせに勝手なことばっか言わないでよ!!!!!」




直後、床を蹴飛ばし店から走り去る美野里。
目に溜まっていた滴が宙を舞い、地面に続けて落ちる。だが、無我夢中でその場をから走り続ける彼女にとってそんなことを気にする余裕すらなかった。
走り去る際、隣にいたルーサーがどんな顔をしていたのか。

もう、何もわからない。
涙ぐんだ顔で走り続ける美野里。どこまでも遠く、道が続く限り苦しみを胸に抱きながら走り続けた。




大切な人を思う気持ちは一緒だった。
だが、この時だけは…。
美野里とルーサーの思いは、すれ違う結果となってしまった。


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