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第一章 称号編
勇者の称号
しおりを挟む第五十五話 勇者の称号
インデール・フレイムはこの二年の間に脱落した。
二年前のあの事件以降、ハンターたちの意欲は失われ、同時に都市に住む人口も愕然と減った。
だが、そんな事があっても都市には陽が指す。巻き戻らない一日が再び始まる。
朝日が昇り、通りに少なからずも人通りが見え出す、その時間帯。
ボサボサとなった髪、目の下のクマ。
顔立ちや身だしなみからしても、最悪の魔法剣使いのアチルはベッドの上で目を覚ます。
寝不足もあり、いつの間にか眠ってしまったことに溜め息をつくアチルはそのまま頭をかきつつ手に握っていた携帯を元の棚に戻し、洗面所へと足を運ぶのだった。
喫茶店の亡き後、一軒家を建てたアチルだったがその室内には必要最小限の家具しか置かれていない。
調理場となるキッチン、部屋の中央にあるテーブルに椅子。そして、その他に風呂や手洗いといった本当に限られたものしかない。
地下から一階に上がったアチルはキッチンの冷凍棚から朝食分の食事を取り出す。
彼女の手にあったのは、掌サイズのパンと小さな蓋付きの容器。
容器の中にはラーベというバターに似たクリームが入れられている。白い色合いに加えて油の乗ったクリーム。インデール生産ではなく、以前アルヴィアンにいる友人であるアチャルから届けられたものだ。
常時冷やさないといけないというのが面倒だが、アチルはテーブル前の椅子に腰かけ食事に手を付ける。
昔なら腹の足しにもならなかっただろう、その少ない朝食。
数回と噛み締めるように食べ、お手軽の食事を終えたアチル。
別に金銭的に苦しいわけではない。
月に数回とAランクの依頼を片付け、収入はしっかりと得ているのだ。
「………………」
アチルは小さく息をつき、テーブル上に武器や杖などの必要最低限の装備の手入れを行う。
数分も掛からない、軽い手入れだ。
そして、それらを確認し終えたアチルはそのままは外へと出て行った。
アチルが向かおうとしているのは、インデール・フレイムの外門。
宿から大門までは数キロほど距離があり、本来なら門まで行かずとも転移魔法を使えば直ぐにでも外に飛ぶことができる。
だが魔力消費の激しい転移魔法は魔法使いにとって極力使用を避けたい魔法でもあり、魔力切れは人で言う所の体力切れと等しいものでもあった。
そのため足でいける場合、魔法使いは徒歩でそこへと向かう。
アチルの場合はまた違うが、彼女もまた徒歩にて門へと向かって歩いていた。
彼女が外に出るのは、遠い距離を移動しながら宛てのない彼女についての情報を探すためだ。そして、先の見つからない二年という長い時間を掛け今も街を去った彼女の消息を探し続けているのだ。
だが、多大な時間を掛け探し続けるも一向にその成果は実らない。
そう、彼女についての情報は一つすら手に入れることができなかったのだ。
「……………………」
宛てのないことは分かっている。
しかし、それでもアチルは立ち止まっていられなかった。
何も見つからないとわかっていても…………………歩き続けなければ、心が折れてしまいそうだった。
街の行く末など、もうどうでもいい。
ただ、彼女に会いたい。
それだけが、アチルの望み続ける願いだった。
賑いのない大通りに出たアチル。
昔と違い、人通りの激しかったその場所は今では数人ほどしか通る者はいない。
会いがてらに挨拶を交わす者や長話をする者、人々の騒音が漂っていたのが懐かしいぐらいだ。
アチルが視線を上げる、そこには顔を落としながら誰とも目を合わさず歩く者、店を閉めた売店などが立ち並んでいた。
「…………………」
もう、この街にかつての面影はない。
アチルは視線を落とし、そのまま前へ足を踏み出そうとした。
その時だった。
「きゃあっ!!」
突如、大通りに女性の悲鳴が響き渡る。
アチルが顔を上げる、そこには外門に続く一本の大通りの途中で地面に倒れる女性の姿とその先を走る袋鞄を脇にかかえた男の姿が見えた。
どうやら女性の荷物を男が強奪したらしい。逃げる男の後ろ姿から見ても軽装備に加え、中年らしい背丈。腰に剣を携えていないことから見ても外からの来訪者だろう。
逃げ出してから時間が経ち距離は少し離れすぎている。
今も倒れる女性は何とか立ち上がり、助けを求める声を上げ追いかけている。
だが、そこに二年前と違うインデール・フレイムの変化はあった。
誰も。
叫ぶ女性の声に耳を貸そうという者がいないのだ。
声を掛ける所か目も合わせようとしない。昔なら、都市に住む住人が直ぐにでも協力し合い、男を捕まえに掛かっていただろう。
だが、今ではそれがない。
漠然と変わり果てたその光景。
………諦めもあった。
アチルは静かに息をつき、腰に納めた杖を取り出そうとした。
その直後、
「そこで待っててください!」
突如、突き抜ける風と共に走り出す存在がその場に現れる。
離れた場所から、アチルの横を通り抜け逃げる男を追う存在、……それは武器を帯刀した一人の少女だった。
容易は小柄、ラフな白シャツに似た衣服に赤いネクタイ。下は足首辺りまで伸びた桜色のロングスカートを装備し、加えて腰には刀剣が二本携えられている。
長い下装備は見るからに動きにくい服装だった。にも関わらずその尋常ならざる走り出しで男の背後に今まさに迫ろうとしていた。
「……………?」
その一方、アチルはそんな少女の動きを見据え、その動きの速さに対しての正体を見抜く。
少女が身に纏う衣服はアチルと同様の魔法陣が編み込まれた魔法戦闘着だ。
中に組み込まれた魔法陣の能力はその製作者である魔法使いによって様々だが、たとえ性能がつかめずとも衣服に魔力が発せられていることは魔法使いなら誰でも気づく。
だが、少女の着るそれは、走りつづける間にも魔力を放出させ続けるという特殊なものだった。
(あの魔力放出の量、普通の量を越えてる………)
アチルが疑問を抱く。
その間にも遠くでは背後に迫り男の首元に手刀を落とし意識を奪った少女の姿が見えた。
倒れる男、そこに追いついた女性は助けてくれた少女に何度も頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ」
取り返した鞄を女性に返す少女。
笑いながら腰に手を当て、彼女は言う。
「私はただ、勇者として当たり前のことをしたまでです」
勇者。
それは称号の名称だろうか?
一瞬、興をつかれる女性だったが彼女は反応を待たずしてそのまま走り出し、通り途中の角をまがって去ってしまった。
まるで、風のように視界から消えていく、謎の多い少女の後ろ姿。
疑問が頭に残るアチルだったが、荒事にならなかったことに息をつき、興味を失ったようにして再び足を動かす。
「…………………」
だが、何故だろう。
心の中で妙に引っかかった、その何か。
「…………っ」
アチルは頭をかぶり振り、それを拭い去るようにして前を向きその場を静かに外門へと歩いてくのだった。
あれから外門を出て、外を探し回り時間は随分と経った。
インデールからかなり離れた距離まで移動したアチルが空を見上げると、既に夕日が落ちだした頃だ。
不意に、アチルの腰に備えたホルダーから小刻みな振動が動き出し、手を回してホルダーから取り出したのは小さな箱状の物体。
最近になってアルヴィアンで使われるようになった魔力を動力として信号を発するそれは、いわゆる通信機というものだ。
密かに使用されていることもあることからアルヴィアンにしか広まっていない代物だが、アチルはそれを緊急時の時に必要だと、ハウン・ラピアスの店長たるレグに連絡手段として渡していた。
そして、今来た振動こそ通信時の反応だった。
「?」
アチルはすぐに転移魔法で、ハウン・ラピアスに飛ぶ。
店の前に突然と現れた彼女の姿に周りにいたハンターたちは驚いた表情を見せる。だが、とうのアチルはそんな彼らを気にすることなく店内に入り、そこにいたハウン・ラピアスの店長、レグに声を掛けた。
「どうしたんですか、レグさん?」
「ああ、…悪いね?」
「…………レグさん?」
どうにも歯切れの悪い言い方。
店内のカウンタ―近くにいたレグは何故か気まずい表情を見せる。当然、アチルはそんな彼の顔色に首を傾げた。
だが、そこでアチルはレグの背後に見慣れない一人の少女が存在に気づく。
「……どうしても、この子がアチルに会いたいって言って聞かなくてね」
そう言ってレグが紹介したのは、腰に刀剣を下げたラフな格好の少女。
髪を左側に纏め、小柄ながらも堂々とした表情を見せる少女。
数時間前、鞄を盗んだ男を捕まえた彼女だ。
そして、怪訝な表情を見せるアチルに気づいた少女はゆっくりと近くまで歩みより、そこで初めて口を開く。
「初めまして、勇者の称号を持つセリアといいます」
そう言って笑顔を見せる少女、セリア。
ハンターたちを堕落させた称号という名称を言葉にした彼女だが、その称号は今では対人に対して挨拶の際によく口にされるものとなっていた。
だから彼女がその名を言ったのは、何も間違いではなかった。
しかし、称号という名を嫌っているアチルにとって、関わり合いを持つ自体気に食わないことでもあった。だからこそ、目を細めながら素気ない態度で言葉を返す。
「……………それで、私に何の用ですか?」
「いえ、遠く離れた地でもアチルさんの噂は知れ渡ってて、会えてうれし」
「長話はいいです。……早急に要件を言ってください」
冷たい対応。
対してセリアはそんな言葉に退くことなく小さく息をつき、改めて口を開く。
「いえ、風の噂でこの都市ならあの噂に詳しい者、………アチルさんがいると聞きまして」
「?」
噂。
その言葉に眉を顰めるアチル。
だが、その怪訝した表情は一変、
「災厄の剣姫、についてです」
「!?」
次の瞬間、眉間に力が籠ると同時に、その表情は険しいものへと変化する。
アチルの雰囲気が変わった直後、場の空気もその威圧に圧され周囲に寒気を漂う。それは気迫によるものではない、アチルが無意識に垂れ流す魔力によって引き出された冷気だ。
そして、周りにいたハンターたちもその空気の変化に気づいたのか徐々にその場から距離を取り始める。
目の前に立つセリアを睨むアチル。
荒々しくなる気持ちを抑え、声色を落としながら言葉を返す。
「……どこの誰にそのことを聞いたかしりませんが、…その時聞きませんでした?」
「?」
「その噂に関して、私は一切口を開かないと」
怒気を込め、一睨みするアチル。
言葉から発する威圧からくる彼女の変化にセリアは気づいていないわけではなかった。しかし、これ以上の言葉が怒りを上げるとわかっていて尚、彼女は退くことなく言葉を続ける。
「でも、私にとって災厄を取り払うことが使命でもあるんです!」
「使命? 噂でしか知らず、何もわかってない貴方に私が何を答えろと言うんですか?」
「…確かに、私もその詳細について詳しく知っているわけではありません。でも、災厄の剣姫はこの都市を崩壊まで追いやった者であり、さらに言えばその者のせいで亡くなった者たちがいると聞きます」
「……………」
「噂となったその名前はこの世界中の誰もが知っています。……アチルさんは何故この都市をここまで追い込んだ災厄を倒そうと思わないんですか? 皆の不安を取り除き、この都市をかつて剣最強と呼ばれた都市に戻したいと思わないんですか?」
「………………」
「私は皆の不安を取り除きたい。…そのために来たんです」
そう言って、詰め寄るように真剣な眼差しを向けるセリア。
それは勇者としても、まして人間としても立派なのかもしれない。誰もがそれを望み、そうなってくれればいいと思うだろう。
だが、………その正しいと思われる言葉は、
「…………………何が、災厄の剣姫ですかッ」
触れてはならない、逆鱗を抑えた蓋を動かした。
アチルの周囲、突如と白い冷気が吹きあふれ、その場の温度を一瞬にして零度近くまで冷えきる。
店内にいたハンターたちは一歩も動けず立ち尽くし、中には逃げ出す者もいた。
だが、殺気にも似たその気迫を向けられたとしても、セリアは逃げるどころか冷静にアチルを見据える。
その確固たる眼差し。
何故かわからない。奥歯を噛み締めたアチルは杖を取り出したと同時に言葉を怒りに乗せ吐き出す。
「彼女のことを何も知らない貴方が、勝手なことばかり、口にするなッ!!」
冷気と息吹。
振り下ろされた杖から放たれた魔法は、真っ直ぐ目の前に立つセリアに向かって襲い掛かる。
迫る魔法に殺傷能力はない。
だが、その攻撃を真面に受けるのは危険だ。
そう判断したセリアは腰に納める長剣の柄に手を掛けようとした。
だが、その直後。
「そこまでだよ、アチル」
その中心に、雷鳴が飛ぶ。
強烈な魔法の息吹が真上から落とされた雷によって一瞬で消し飛ばされた。
一閃の雷が落ちた床の一部は黒く染まり、微かに硝煙が立つ。だが、その一方でその場に居合わせたハンターたちはそこに突如として現れた存在に驚きを露わにしていた。
「おい、あれって……」
「うそだろ、何でこんな所に」
口々に言葉を交わすハンターたち。
険しい表情のままアチルは目の前に現れた存在、その彼に向かって改めて怒気の籠った声を出す。
「何のつもりですか、アーサー」
その男はかつて、インデール・フレイム上層部に従う騎士団に所属し、なおかつその長たる存在だった男、騎士団長アーサー。
彼の手に持たれた、武雷が微かに弾き出す刀身を持つ黄金剣エクスカリバー。
雷を振り落としたのは彼の攻撃によるものだ。
突然の介入に対し今では存在しているかどうかわからないその団の長は、気まずそうに笑いながら手に握った黄金剣を腰の鞘に納める。
「それはこっちのセリフかな。こんな街中で君に暴れられてはこの店も壊れてしまう」
「貴方には関係のないことです。………………それよりも、貴方がいるということは、ルアは一緒じゃないんですか?」
アチルが口にしたその者は彼女と同じ魔法使いであり、同時にアーサーの付き人でもある魔法使いのルア。
常時、アーサーと共に行動していると思っていたが、その姿が見えないことにアチルは疑問を抱いていたのだ。
すると、その問いに対してアーサーは苦笑いを浮かべながら、
「ああ、それはもう少ししたらわかるよ」
「?」
意味のわからない言葉。
アチルが眉間を寄せた、その直後。
「!?」
音もない、まさに瞬きをした瞬間だった。
アーサーと同時に、アチルの姿は一瞬にしてハウン・ラピアスから消失したのだった。
ハウン・ラピアスから突如と姿を消したアチル。
だが、その場から消失したのは彼女だけではなかった。
「え、っえ!? こ、ここって」
刀剣を持つセリア。
視界に映る光景が一瞬にして変化したことに戸惑い辺りをキョロキョロと見渡す。
一方、同じように彼女の隣に立つアチルはその冷静な判断で直ぐに自身に起きた現象を理解する。
「転移魔法……ですか」
「すまない。こうでもしないと君とはしっかりとした話ができないと思ってね」
「………………なるほど。貴方が私の前に現れたのは私の注意を逸らさせるためだったんですね」
アチルはそう言って、視線を前に立つアーサーの背後へと向ける。
そこには緑の柄が描かれた白いローブを身に纏う女性の姿。インデールフレイムに住むもう一人の魔法使い、ルアの姿があった。
そして、顔色を暗くさせながら怖気づいた様子を見せる彼女は、目の前にいるアチルに対し声を、
「アチル………わ、わた」
「貴方も」
「っ!」
だが、その言葉は一言で切り捨てられる。
ルアは肩が酷く揺れ、対してアチルは目の据わった瞳で彼女を睨み、言葉を続ける。
「よく、私の前に顔を見せられましたね」
「ぁ、アチル。あの」
「黙ってください」
「!?」
「………私に、慣れ慣れしく口を開かないでください」
彼女を冷たく突き離すアチル。
その表情は怒りに染められ、一切の言葉も許さない。
彼女から発せられる威圧に押され何も話せなくなってしまったルア。唇を紡ぎ、肩を震わせながら顔を伏せる。
だが、そんな彼女の頭に近くに歩み寄ったアーサーは優しく手を乗せた。
そして、交代するようにアーサーはルアの前に立ちアチルに改めて声を掛ける。
「アチル、今回きみに来てもらったのは僕たちからのある依頼を受けてもらいたいからなんだ」
「何の許可なくここまで転移させて、勝手な事を言い分ですね。…………私は帰ります」
だが、アチルはそう言うや後ろに振り返り自身の転移魔法でこの場から去ろうとする。
しかし、次にアーサーが口にした言葉。
「…………彼女に係わる事かもしれない、と言ってもかい?」
「!?」
転移しここから離れようとしていたアチルの足がピタリと止まる。
後ろに振り返り、見開いた瞳で前に立つアーサーを見つめる。
その眼光はまるで直ぐにでも欲しいものに飛びかかろうとする獣のような目をしていた。アーサーは彼女の意識がこちらに向いたことに口元を緩め、さらに言葉を続けようとした。
だが、その時だった。
「あ、あの………」
その場で一人、手を上げたのは今まで蚊帳の外にいた刀剣を腰に携えるセリアだ。
突然の状況に今も頭が追いついていない彼女はいつ会話の合間に入るか迷っていたが、一向に隙がないことにいつまでも話せないとふみ、邪魔とわかりつつも声を出したのだ。
そして、その結果。
ようやくアーサーは彼女の存在に気づいた。
「あれ、君はさっきの………この街のハンターかな?」
「え、えっと……違います。私はここから離れたグルーサという村から来ました」
「グルーサ?」
「グルーサはウェーイクト・ハリケーンから少し離れた場所にある小さな村なんです」
「………………そこから来たってこと?」
「は、はい」
そう答えるセリアに対し、アーサーはウェーイクト・ハリケーンに昔足を向けたことを思い出す。
銃の都市、ウェーイクトは周囲が嵐で吹き抜けた荒れた場所。
その周囲に木どころか建物すら立っていられないほどの大災害たる場所だったはず。しかし、目の前に立つセリアは確かに近くにある村と言った。
疑問が頭に残る。だが、それは一先ずおいてアーサーは彼女の所持する武器を見つめ、再び尋ねる。
「見た所、君もハンターみたいだけど、もしかして、称号持ちなのかい?」
「はい、私は勇者の称号を持ってます!」
セリアは自信満々にそう口にする。
称号はいわば証明でもあり、彼女自身その称号を大事にしている様子だった。
だが、それを称号の名を聞いたアーサーは、
「勇者?」
意味ありげな言葉をつく。
予想と反した反応に首を傾げるセリアに気づいたアーサーはすぐさま慌てて話を変えようとした。だが、そこで今まで黙っていたアチルが間に割り込む。
「そ、それで! 一体何の依頼があって私を呼んだんですか?」
「あ、ああ………そうだったね。まだ話してなかった」
アーサーは一度咳き込みながら場を戻し、再びアチルを見つめる。
そして、敢えて今出たその名を彼は口にした。
「アチル、君は称号というものが何故この数年で出てきたのか知っているかい?」
「?」
「この街だけじゃない、彼女の村もそうだけど他の都市でも同じように使われるようになった称号。僕たちはその称号について調べていたんだ」
「…………調べる」
「ああ。そして、調査の結果、まだ未確認の域だが称号には未知の力があることが分かった」
「未知の力?」
「詳しくはわからない。……今回呼んだのは、それについての本格的な調査に君も同行してほしいと思ったからなんだ」
そう言って、一度話を止めるアーサー。
アチルの視線は完全にこちらを向いており、その様子からもうここを離れる事はないだろう。
話を進める為、アーサーは再び口を開こうとした。
と、そこで同じように話を聞いていたセリアが同じよう手を上げる。
「………………あの」
「?」
「称号に、そんな力ってあるんですか? 今まで旅をしてきましたけど、私にはそんな力は…」
「称号を持つ皆にその力があるかは定かじゃない、それに僕たちもわからないんだ。だからこうして調べに行くんだけど」
そう言ってセリアと話を続けようとするアーサー。
だが、
「それで、……何故そのことに彼女が関係するんですか」
眉間を寄せるアチルは話を言葉で切り、彼を睨む。
セリアは小さく顔を顰めていたが、アーサーは苦笑いを浮かべながら話を戻した。
「確かに、本題はここからだ」
「………………」
「何でも、未知の力を使う者たちがここ最近の間に都市外の村に悪行を働かせていると情報が入ってね。そして、その中に奇妙な噂もあったんだ」
「奇妙とは?」
「どうやら悪行に手を染めた者達を一人の存在が倒したらしい。それも、………六本の武器を扱うと聞いた」
「!?」
「……多種の武器を扱うならまだしも、六本の武器というのがまた気になる所があってね」
「……それは、何かの見間違いではないんですね」
「ああ、僕の信用たる知人からの情報さ。本当なら、いつ揉み消されてもおかしくない情報なんだけどね」
「え、それはどういう」
アチルが疑問に思うのは当然だった。
騎士団とは都市全体を指揮する上の存在が選りすぐりのハンターたちを集め結成させたものだ。そして、その騎士団の行動、それら全てが都市のためとなっている。
それなのに、そんな騎士団の長である彼が持つ情報が何故揉み消されなければならないのか。
アチルの考えがそこにたどりつく、そこでアーサーは自身で口を開いた。
「この依頼は、都市上層部のものじゃなく僕たち個人の依頼だということだよ」
「?」
「未知の力を秘めた称号の力、それに六本の武器を操る存在。この二つを調べるため、今夜にでもルアに頼んでレイスグラーンまで転移させてもらう。どうやら上も僕たちのことを怪しんでいるみたいだし、この二つの情報はできるかぎり上に知られるわけにはいかないからね」
「…………なんで」
「ん?」
「…どうして、そこまでするんですか?」
アチルは彼らのことを恨んでいた。
いや、恨むというよりはよく思っていないという感情が正しい。
二年前のあの場、本当の意味であそこで起きた状況を認識しているわけではない。だが、インデールという都市が………彼らが彼女を見捨てたという事実は変わらないものだった。
それなのに、彼女を見捨てたアーサーたちが何故そうまでして動いてくれるのか?。
アーサーはアチルの顔色を浮かべ、昔のことを思い出しながら目を細める。
そして、傍にいるルアの頭に再び手を乗せ、代弁するように彼は言った。
「…………あの事に関して、僕も責任は感じているんだ。そして、ルアも」
それは、あの場にいる者しかわからない。
本当の真実を知るものしか理解してもらえない言葉だ。
何も話さず、無言のまま視線を向けるアチル。一方でアーサーは彼女から視線を外し、側で話を聞いていたセリアの元に彼は歩む。
「で、君の名前は?」
「え!? あ、……せ、セリアです」
「そうか。…………………セリア。君は災厄の剣姫について、知りたいと言っていたね」
「!? は、はい!」
「なら、僕たちと一緒に行かないかい?」
「えっ!?」
思いもよらぬ誘いに驚くセリア。
側ではアチルは小さく眉間を寄せていたが、気にせずアーサーは話を続ける。
「君が知りたい災厄の剣姫、今回の依頼にその噂は少なからず関わってくる。なら、それを知るためにも君はついてくるべきだと思うんだ」
「…………………」
「どうする?」
試すようにアーサーは彼女を見つめる。
アチルやルア、周囲の視線が集中する中、本当の意味で噂を知る。その覚悟を今、試されているのだ。
確かに、彼女は噂という言葉でしか災厄の剣姫を知らない。
何も知らない上で全部を聞き出すのは何かと間違っているはずだ。
「………………」
セリアは顔を伏せ、考え、小さく息をつく。
そして、彼女は顔を上げ答えた。
「……私も、行きます」
セリアは宣言する。
アチルから言われた、真実を知らないということ。
本当の意味で災厄の剣姫が何をしたのか知らない。
なら、それをこの目で確かめ、真の意味で知ってから自身で判断しよう。
災厄の剣姫が、悪なのか、それとも正義だったのか……。
それが、勇者の称号を持つ自身の正しい判断だと信じて。
0
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