煙草の煙

秋兎

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煙草の煙

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  仕事終わり、駅前でバスを待ちながらスマホでSNSを眺める。イヤホンからはそこそこ有名なロックバンドの曲が流れる。

 「えっ...」

 なぜかあの人がいる気がした、あの人の横顔に見えた。

 「って...んなわけないか。」

 喫煙コーナーで缶コーヒー片手に煙草を嗜む男性が1人。元彼と同じ銘柄の煙草を咥えていた。

 「あー、なんで思い出すんだろう。」

 かれこれ2年前の事で...。
え?僕は誰かって?僕は隆介りゅうすけ
しがないサラリーマン、ただほかの人と違うといえば、いわゆるゲイ。
自分が同性愛者だと気づいたのは高校時代だった。




 「りゅーちゃん、コンビニよろうぜ!」

 「そうくんはほんと肉まん好きだよねぇ」

そうくんってのは幼なじみの想太そうた。学校帰りよくコンビニで買い食いしてた。

 「きょうもりゅーちゃんちでゲームしようぜ!」

 「いいよ、じゃあお菓子いっぱい買わなくちゃ!」


ゲームしたり漫画読んだり、クラスの女子の話で盛り上がったりとしてるうちに2人で寝入ってしまった。

 「ん...寝てたか。そうくん...はまだ寝てるのね。」

 特に珍しいわけでもない、いつも見ている寝顔、なのに。それなのに僕の顔は真っ赤になり今にも湯気を放ちそうなほど火照っていた。
 唇や首筋、血管が浮かび上がる腕や手の甲。その全てに触れたいという欲望に飲み込まれそうになる。

 「ハァ...ハァ....。」
 
 呼吸も荒くなり、胸が苦しくなる。

 「ごめん、そうくん...。」

 ふんわりとした感覚とともに唇はその暖かさを感じた。




 その後はなんの変化もなく過ごして卒業。初恋はそれで終わり。
 そして、大学でまた恋をした。

 「隆介!飲みいくぞ!」

 「はい!行きます!」

 同じサークルで2年生の浩二こうじ先輩。一見チャラ男に見えるのだが、兄貴肌でめんどみの良い先輩である。

 「お前好きな子とかできたかぁ?」

 「いやぁ、それがまだで。」

 「お前顔はいいんだから、今度合コンでもセッティングしてやっからさ」

 「顔はって何ですか!そういう先輩こそ早く彼女作らないとやばいんじゃないんですか?」

 「いーのいーの俺は。」

 煙草を咥えライターの火を近づける。袖をまくった腕は、細くもガッチリとしていて、すらっと伸びる指は美しい。
そう、僕は先輩に恋をしている。



 「のみすぎたなぁ~」

 「もうへろへろじゃないですかー」

 「そういうお前だって顔真っ赤だぞ」

 「夏だからですよ!」

 「あーもうダメだ、隆介の家止めてくれ。」

 「何言ってるんですか!?」

 あぁなんて人だ、とか思いながらも内心喜んでいる自分がいる

 「お前の家って意外と殺風景だな」

 「先輩の寝床ベランダにしますよ。」

 「悪かったよ...」

 へろへろになるまで飲んでおいて自宅での見直し、お互い口の周りも悪くなる。
暑くなってきたのか先輩がシャツのボタンを外し、鎖骨があらわになる。
ベルトも緩んで腰骨が見え、チラチラと除くへそに目がいってしまう。

 「隆介...」

 「な、なんです?」
 
 先輩はいつも見せない真面目な顔で、煙草に火をつけ。話し出す。

 「俺さ...お前が好きなんだわ。」

 「はぁ。」

 まただ、この人はいつもこうやっておちょくってくる。弟みたいだとか、ペットみたいだとか。こっちの気も知って欲しいものだ。

 「いや、恋人として....すきなんだ。」

 先輩の目は真っ直ぐとこちらを向き。いつになく真剣な顔だった。

 「え?何言ってるんです?僕たち...」

 「わかってる。」

 僕の言葉をかき消すようにそう言った。

 「わかっては居るんだ。いつもこうなる...ただ、黙ったままでいるのも俺は辛い。」

 「先輩...。」

 トンと灰皿に灰を落とし、悲しそうな顔を僕に向ける。

 「先輩...僕...。」

 言うんだ、あの時出来なかった事を今。後悔しないためにも。

 「わりぃな、寝ようぜ。」

 先輩は煙草の火を消し横になって背を向けた。




 あぁ、だめだ。うなじから方へかけてのラインや、軽くくびれている腰。


                          触りたい

 そっと手を伸ばし首や腰を撫でる。

 「んん....。」

 くすぐったいのか寝返りをうってこちらを向く。飲みすぎたせいでなかなか起きないみたいだ。

 自然と唇に目がいっていた。気づけば顔は近づき、唇に触れる。

 「ケダモノー」

 「えっ?」

 目を開くと先輩は赤面しながらニヤけていた。起き上がろうとするやいなや、後頭部にポンと手を置き引き寄せられていた。

 「せん...ぱい?」

 「やっぱなー。そんな気してたんだわ。」

 「じゃあ先輩。」

 「んでもな。だめなんだわ。」

 「え?」

 意味がわからなかった、告白してきたのも先輩なのに。どうしてそんなセリフが出るのだろうか。

 「俺さ、来月からフロリダに行くだわ。」

 一瞬思考が停止した、しかしその瞬間全てを理解したのか、僕は涙を流していた。

 「で、でも」

 「わりぃな...。」

 そっと僕を起こし、涙を拭う。
いつものように煙草を咥え、火をつける。フーーっと煙を吐くその仕草は、愛おしく。そして心地の良いもので。最後に見せた先輩の笑顔は、優しくて、とても辛いもので。煙草の煙のように、淡く消えていくのであった。
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