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夜のオフィスに迸る想い
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「ぐ、郡司さ……!」
「おい、もう十時になるぞ。駅まで送ってやるから、パソコンの電源落として帰り支度しろ」
『会いたい』と思い描いていた人の予期せぬ登場に胸を躍らせ、そのまま鼓動を昂らせる私に反して、郡司さんの方は温度差を感じるくらい淡々とした態度だ。
無意識に立ち上がった私の前で、郡司さんはデスクに黒いカバンをドスッと置いて、椅子に深く腰かける。
私が向かい側から見下ろす中、シートが軋むほど強く背を預けた。
男らしい喉仏を露わに天井を仰ぎ、『ふーっ』と吹くような息を吐く。
「しゅ、出張……お疲れ様です」
第一声でなにを言っていいかわからず、私は無意識に労いの言葉をかけていた。
郡司さんは小さく頷くだけで、無言のまま目を向けてくる。
「あと……午前中、すみませんでした。その……」
「なにか、あったんだろ? 週末」
「えっ」
謝罪をあっさり遮られ、私は返事に窮して口ごもった。
両手をデスクについて身を乗り出す私を、郡司さんは目線だけで観察して、ゆっくり身体を起こす。
デスクに両肘をつき、組み合わせた両手の指に顎を乗せ、私を上目遣いに見遣ってくる。
「『話したいこと』って、なに?」
探るような目線に、私はごくりと唾を飲んだ。
確かに自分でそうメールしたのに、今こうしてその機会を得てしまうと、なにをどう言っていいのかよくわからない。
唇を噛んで俯く私を、郡司さんは姿勢を崩さずに見つめていた。
けれど、続く沈黙に業を煮やしたのか、両手をデスクにつき、勢いをつけて立ち上がる。
「……こんな時間まで残ってるとは思わなかったから、この後お前の家、行くつもりでいた」
感情を抑えるように静かな声で言いながら、郡司さんが他のデスクを回って私の方に歩いてくる。
私はその場に縫い留められたみたいに動けず、視界の中で徐々に大きくなる彼を、目で追って迎える。
「私の家に……?」
郡司さんの言葉尻を拾って、戸惑いながら聞き返す。
彼は「そう」と短い返事をすると、私の前に立ちはだかった。
ずっと目を離さずにいた私は、顎を上げて見上げてしまう。
「今が攻め込む時……。雄の本能で、絶好のチャンスを嗅ぎつけたから、かな」
「えっ……」
暗闇を背にした郡司さんが、妖艶と言えるくらい妖しく目を細めて口にした『雄の本能』という言葉が、私の背筋にぞくっとした刺激をもたらした。
反射的に仰け反って逃げる私に構わず、郡司さんはデスクについた両腕の中に、私を囲い込んだ。
心臓がドクッと湧き上がった音を立てる。
「っ……ぐん、じ……」
早鐘のように打つ胸が苦しくて、呼びかけた声が途切れ途切れになった。
郡司さんは首を傾け、斜めの視線で私を貫き、追い詰める。
「認めろ、愛美」
郡司さんがグッと身を寄せて、私の耳元に囁きかけた。
加速しすぎて制御不能になった私の鼓動が、大きくリズムを狂わせる。
「俺に、堕ちた。そうだろう……?」
そんな言葉を最後に、まるで噛みつくようにキスをされた。
想像すらしていなかった事態に驚き、私は吸い込んで吐き出せないまま息を止める。
それでも郡司さんは強引にキスを深めてくる。
「ん、あっ……」
息苦しさのあまり、酸素を求めて唇を開いた。
その隙を逃さず、郡司さんの熱い舌が私の口内に攻め入ってくる。
「やっ……ぐん……」
私がデスクに後ろ手をついて逃げても、郡司さんはものともせずに追い込んでくる。
あまりの息苦しさに、生理的な涙が目尻に滲んだ時、彼がわずかに唇を離した。
「……愛美」
伏せた視界で、彼の唇がそういう形に動くのを見た。
ギュッと心臓を鷲摑みにされたみたいだった。
苦しくて切ないのに、鼓動が限界を超えて高鳴っているのを自覚してしまう。
「っ、郡司、さ」
郡司さんは、掠れた声で呼び返す私の両脇を支えて、デスクの上に乗せた。
思わず怯む私を、真正面から目を合わせて射貫く。
「ぐ、郡司さ……」
バクバクと爆音を立てる心臓に、呼吸がついていかない。
郡司さんのすぐ鼻先で大きく胸を喘がせる私を、彼が上目遣いに見上げる。
その口角が、ニヤリと上がった。
「抗えないだろ? だったらおとなしく俺に抱かれろ」
郡司さんの声が身体と心に浸透して、背筋をゾクリとした痺れが駆け抜けた。
彼が私の背に手を回し、ワンピースのファスナーをゆっくり下ろすのがわかる。
「っ……だ、めっ……!!」
翻弄され、流れ着く岸すら見失いそうになっていた私が、理性を総動員して声を放った。
郡司さんの胸に両手をつき、精一杯力を込めて身体を離し、顔を伏せ、ふるふると首を横に振る。
「愛美」
「……お、オフィスなのに」
私はやっとの思いで呟いた。
「ダメ。ここじゃ……嫌」
震えて掠れる声で必死に言って、私は郡司さんの胸についていた手を離した。
引っ込める前に両方の手首をギュッと掴まれ、真っ赤に染まった顔をおずおずと上げる。
郡司さんは私の手を引き寄せ、耳元に唇を寄せてくる。
「それって」
動く唇が耳を掠める度にゾクゾクしながら、首も肩も縮めてしまう。
「ここじゃなきゃ、いいってことか」
「っ……」
横顔を探られているのがわかる。
私は限界まで首を捻って、郡司さんの瞳から逃げた。
けれど。
マンションに戻ったら、忍がいるかも……。
そんなことを考えて、ほとんど無意識に小さく首を縦に振っていた。
一瞬のわずかな反応を、彼が見逃してくれれば、それでもいい。
そう思っていたのに。
「……OK」
私の耳をくすぐったのは、短い了承の返事だった。
「おい、もう十時になるぞ。駅まで送ってやるから、パソコンの電源落として帰り支度しろ」
『会いたい』と思い描いていた人の予期せぬ登場に胸を躍らせ、そのまま鼓動を昂らせる私に反して、郡司さんの方は温度差を感じるくらい淡々とした態度だ。
無意識に立ち上がった私の前で、郡司さんはデスクに黒いカバンをドスッと置いて、椅子に深く腰かける。
私が向かい側から見下ろす中、シートが軋むほど強く背を預けた。
男らしい喉仏を露わに天井を仰ぎ、『ふーっ』と吹くような息を吐く。
「しゅ、出張……お疲れ様です」
第一声でなにを言っていいかわからず、私は無意識に労いの言葉をかけていた。
郡司さんは小さく頷くだけで、無言のまま目を向けてくる。
「あと……午前中、すみませんでした。その……」
「なにか、あったんだろ? 週末」
「えっ」
謝罪をあっさり遮られ、私は返事に窮して口ごもった。
両手をデスクについて身を乗り出す私を、郡司さんは目線だけで観察して、ゆっくり身体を起こす。
デスクに両肘をつき、組み合わせた両手の指に顎を乗せ、私を上目遣いに見遣ってくる。
「『話したいこと』って、なに?」
探るような目線に、私はごくりと唾を飲んだ。
確かに自分でそうメールしたのに、今こうしてその機会を得てしまうと、なにをどう言っていいのかよくわからない。
唇を噛んで俯く私を、郡司さんは姿勢を崩さずに見つめていた。
けれど、続く沈黙に業を煮やしたのか、両手をデスクにつき、勢いをつけて立ち上がる。
「……こんな時間まで残ってるとは思わなかったから、この後お前の家、行くつもりでいた」
感情を抑えるように静かな声で言いながら、郡司さんが他のデスクを回って私の方に歩いてくる。
私はその場に縫い留められたみたいに動けず、視界の中で徐々に大きくなる彼を、目で追って迎える。
「私の家に……?」
郡司さんの言葉尻を拾って、戸惑いながら聞き返す。
彼は「そう」と短い返事をすると、私の前に立ちはだかった。
ずっと目を離さずにいた私は、顎を上げて見上げてしまう。
「今が攻め込む時……。雄の本能で、絶好のチャンスを嗅ぎつけたから、かな」
「えっ……」
暗闇を背にした郡司さんが、妖艶と言えるくらい妖しく目を細めて口にした『雄の本能』という言葉が、私の背筋にぞくっとした刺激をもたらした。
反射的に仰け反って逃げる私に構わず、郡司さんはデスクについた両腕の中に、私を囲い込んだ。
心臓がドクッと湧き上がった音を立てる。
「っ……ぐん、じ……」
早鐘のように打つ胸が苦しくて、呼びかけた声が途切れ途切れになった。
郡司さんは首を傾け、斜めの視線で私を貫き、追い詰める。
「認めろ、愛美」
郡司さんがグッと身を寄せて、私の耳元に囁きかけた。
加速しすぎて制御不能になった私の鼓動が、大きくリズムを狂わせる。
「俺に、堕ちた。そうだろう……?」
そんな言葉を最後に、まるで噛みつくようにキスをされた。
想像すらしていなかった事態に驚き、私は吸い込んで吐き出せないまま息を止める。
それでも郡司さんは強引にキスを深めてくる。
「ん、あっ……」
息苦しさのあまり、酸素を求めて唇を開いた。
その隙を逃さず、郡司さんの熱い舌が私の口内に攻め入ってくる。
「やっ……ぐん……」
私がデスクに後ろ手をついて逃げても、郡司さんはものともせずに追い込んでくる。
あまりの息苦しさに、生理的な涙が目尻に滲んだ時、彼がわずかに唇を離した。
「……愛美」
伏せた視界で、彼の唇がそういう形に動くのを見た。
ギュッと心臓を鷲摑みにされたみたいだった。
苦しくて切ないのに、鼓動が限界を超えて高鳴っているのを自覚してしまう。
「っ、郡司、さ」
郡司さんは、掠れた声で呼び返す私の両脇を支えて、デスクの上に乗せた。
思わず怯む私を、真正面から目を合わせて射貫く。
「ぐ、郡司さ……」
バクバクと爆音を立てる心臓に、呼吸がついていかない。
郡司さんのすぐ鼻先で大きく胸を喘がせる私を、彼が上目遣いに見上げる。
その口角が、ニヤリと上がった。
「抗えないだろ? だったらおとなしく俺に抱かれろ」
郡司さんの声が身体と心に浸透して、背筋をゾクリとした痺れが駆け抜けた。
彼が私の背に手を回し、ワンピースのファスナーをゆっくり下ろすのがわかる。
「っ……だ、めっ……!!」
翻弄され、流れ着く岸すら見失いそうになっていた私が、理性を総動員して声を放った。
郡司さんの胸に両手をつき、精一杯力を込めて身体を離し、顔を伏せ、ふるふると首を横に振る。
「愛美」
「……お、オフィスなのに」
私はやっとの思いで呟いた。
「ダメ。ここじゃ……嫌」
震えて掠れる声で必死に言って、私は郡司さんの胸についていた手を離した。
引っ込める前に両方の手首をギュッと掴まれ、真っ赤に染まった顔をおずおずと上げる。
郡司さんは私の手を引き寄せ、耳元に唇を寄せてくる。
「それって」
動く唇が耳を掠める度にゾクゾクしながら、首も肩も縮めてしまう。
「ここじゃなきゃ、いいってことか」
「っ……」
横顔を探られているのがわかる。
私は限界まで首を捻って、郡司さんの瞳から逃げた。
けれど。
マンションに戻ったら、忍がいるかも……。
そんなことを考えて、ほとんど無意識に小さく首を縦に振っていた。
一瞬のわずかな反応を、彼が見逃してくれれば、それでもいい。
そう思っていたのに。
「……OK」
私の耳をくすぐったのは、短い了承の返事だった。
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