甘いSpice

恵蓮

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夜のオフィスに迸る想い

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それに対して忍がどんな反応を返しているかわからないけれど、郡司さんの口角がふっと上がる。


「この間はどうも。……ええ、俺があなたの彼女を揺さぶり続けていた男です。今夜、やっと手に入れた」

「ぐ、ぐん……」


忍を挑発するように言って、薄い笑みを浮かべる郡司さんを、私は大きく見開いた目で見つめた。
郡司さんの耳元に持っていかれたスマホから、忍の声が聞こえてくる。
きっと、激しく声を張っているのだろう。
聞き取りにくくはあるけれど、彼が郡司さんを罵っているのがわかる。
それを聞いている郡司さんは、スッと笑みを引っ込め、不快気に眉を寄せた。
険しい光を湛えた瞳で、窓の外の闇を睨みつけている。


「俺のことはどうとでも言えばいい。だが、お前に愛美を罵倒する権利はないだろう!」


深い闇を切り裂く鋭い一喝に、私はビクッと肩を震わせた。


「……あなたが大阪で他の女と楽しんでいる間も、愛美はずっと一人であなたを待っていた。神尾さん。あなたがどう思おうが、俺はその間の愛美をよく知っている。バカじゃないかと思うほど一途で純粋で……そんな彼女に想われているあなたに、俺はずっと嫉妬していた」


一瞬前の怒声が嘘みたいに、郡司さんは静かに淡々とそう続ける。


「一緒に仕事をしながら、彼女が時々寂しそうな表情をするのを見る度に、俺は、見たこともない男に。……自分でも戸惑うほど嫉妬は膨れ上がって、俺は愛美に惚れてる自分を誤魔化しきれなくなった」


動かない表情。
郡司さんが強く感情を殺して言っていることが、私にもひしひしと伝わってくる。


「愛美に不満な思いをさせて、悲しそうな顔をさせるだけの男から奪うことに、なんの罪悪感もない。これからは俺が彼女を幸せにする。ずっとそばで、愛美の笑顔を守り抜く。神尾さん、あなたは大阪に帰ってください。あなたにも、待ってる女がいるんだろう?」


電話の向こうの忍は、郡司さんになんて答えたのだろう。
郡司さんは言い終えると静かに電話を切って、私のスマホを目の高さに掲げて睨むように見据えた。
黙ったままジッと見つめている私に気付くと、その険しい表情をふっと和らげる。


「俺の腕から逃げてなにしてるのかと思ったら。……他の男に電話か」

「ご、ごめんなさい」


ちょっと皮肉を感じる薄い笑みに、私は慌てて謝った。
身を縮める私に、郡司さんはくっと肩を揺すって笑った。


「……って、ムカつく気持ちもあるはずなんだけどな。俺のシャツ着てるお前が可愛くて、一瞬ニヤけたのは間違いないし、それに……」


郡司さんはそう言いながら、私をぎゅうっと抱きしめた。
肩に回された彼の両腕に、私は無意識に両手をかけてしまう。


「俺に堕ちてたって。そう言ってるの聞けて、嬉しかった」


郡司さんが私の耳に、どこか甘い低い声で囁きかけてくる。
吐息に耳をくすぐられて、ビクンと身体を震わせて反応する私を、彼は肩越しに覗き込んできた。


「郡司さ……」

「電話の向こうの元カレにじゃなくて、ちゃんと俺に言って」


ねだるように言う郡司さんに、私の胸がドキッと跳ね上がった。
横顔を探られているのを意識して、私は小さく肩を竦める。
鼓動が加速していくのを感じながら――。


「私……仕事では、ずっと郡司さんを尊敬してました。郡司さんが創る広告、好きです」


目を伏せ、郡司さんの腕を見つめながら、私は静かに口を開いた。
彼も、私に先を促すように黙っている。


「この間、初めて知ったんですけど……私、入社前から郡司さんの広告に惹かれて、憧れてたんです」

「え?」


郡司さんが短く聞き返しながら、わずかに腕を解く。
私は思い切って身体ごと彼と正面から向き合った。
そして、彼にはにかんで見せる。


「『恋、弾む』」

「……それ」


郡司さんが初めてメインで企画したコピーを口にすると、彼はきょとんとした様子で目を丸くした。


「郡司さんが創った広告に惹かれて、ウチの会社を第一志望にして就活したんです。それで同じ企画広報部に配属されて、今はメインでアシスタントをしてるなんて。……私、郡司さんと出会うように、運命で決められてたみたい」


言っていて、自分でも少し恥ずかしくなる。
俯いて、郡司さんの視線から逃げながら、一言続けた。


「……出会うだけじゃなく、こうやって、郡司さんを好きになることも」


最後まで言い切る前に、私は郡司さんに強く抱きしめられていた。
引き締まった胸に強く顔を埋めて、初めて彼が上半身裸のままだったことに気付く。
もしかしたら、私が勝手にシャツを着てしまったせいかもしれない。
私は郡司さんの背中にそっと腕を回した。
晩秋を迎えるこの季節、いくら室内と言えども、夜気は冷たい。
郡司さんの背中も、ちょっとひんやりと感じた。


「……郡司さん。そんな格好してるから、背中、冷たい」


私がそう呟くと、「だったら」と、郡司さん声が降ってきた。


「お前の身体で、もう一度温めて」


耳元でねだるように囁かれ、私の鼓動が一度大きく跳ね上がった。
そのまま、ドキドキと高鳴っていくのを意識しながら、私は小さく頷いた。
彼の胸に直接語りかけるように、頬を擦りつけて声を出す。


「……ベッドに、連れてって」


自分でも、甘えてると自覚して言った、恥ずかしい言葉。
きっと言われた郡司さんも、そう感じたのだろう。
頭上で、クスッと小さく笑う声が聞こえた。


「いいよ。気分いいから、目一杯甘やかしてやる」


ちょっと不敵な、郡司さんらしい言い様に笑う間もなく、私は彼に抱き上げられていた。
足が床から離れ、ふわりと浮き上がる感覚に一瞬怯む。
反射的に小さな悲鳴をあげて、郡司さんの頭を胸に抱きしめてしまった。
途端に、彼が吹き出して笑う。


「愛美、気持ちいいけど、前が見えない」

「っ! ごめ……」


そう言われて、慌てて腕を解こうとするけれど。


「いい。このまま」


私の胸元から、郡司さんが制する声がくぐもって聞こえてくる。


「お前の胸に、抱きしめられてたい」


小さな吐息が、私の鎖骨をくすぐる。
そんな微かな刺激すら、私の鼓動を限界まで打ち鳴らす。
さっきからずっと身体の芯を燻らせている熱が、じわじわと表層まで湧き上がってくる。


「んっ……郡司さん」


甘い微熱に煽られるように、私は腕に力を込めた。
郡司さんはクスクス笑いながら、私の胸にわざと顔を擦りつけてくる。
ベッドに歩き出しながらも、私を抱え上げたまま、まるで踊るようにくるくる回ったり。
意地悪に焦らす郡司さんに、私はもうドキドキさせられっ放しだった。
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