【完結】浮気の証拠を揃えて婚約破棄したのに、捕まってしまいました。

airria

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アフターストーリー

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冬の澄んだ空気のせいだろう。

水玉模様の窓からは、湾の向こう側にある時計塔まで見渡せた。

「いい天気ね」

誰ともなくそう言って、私は編み物の手を止めて伸びをした。

最近は専ら、窓の近くに置かれたこの椅子に座って過ごしている。

暇つぶしに始めたレース編みだが、やってみたら意外にハマってしまって、始めた頃に比べたらかなり上達したと思う。

(そういえば、割と凝り性だとか占いで言われたことがあったわね)

思い出し苦笑する。

それこそ何十枚も作成したレースのハンカチを、ジェイド様はいつも喜んでもらってくれるけれど、そろそろ供給過多だろう。

最初の頃に作った下手くそなハンカチはもう捨ててもらって構わないと言っているのに、彼は1枚も捨てることなく大事そうに使っている。

私が産むことを決めた後も、彼は変わらず優しかった。

心配でたまらないのだろう。家にいる間はほとんど私から離れなくなって、悪阻のひどい時なんて、ずっと張り詰めた顔をしていた。

でも、彼が心配するのは私だけで。

自分からはおなかの子を話題にしないし、膨らんできたおなかに触ることもなかった。

ジェイド様は、この子を受け入れていない。

それは仕方のないことだと・・・頭ではわかっているのに、彼がこの子を避ける度に、私の胸には一種の寂しさのような感情が浮かんでは消えた。

でも彼は、妊娠を告げたあの日から、潔癖すぎるくらい頑なに、血の呪いから遠ざけようとしてくれている。

口付けることもしなくなり、私からせがんでも、困り顔で抱きしめるだけで。

きっと彼も、心のどこかではこの子を大切に思ってくれている。

そう信じられたから、胸に去来する寂しさも、見ないふりをしてやり過ごせた。








ノックと共に現れたジェイド様から、いつもの花束と共に、小さな箱を渡される。

「これは?」

開けてみて、と言われリボンを解く。

「わぁ・・!」

出てきたのは、うさぎの飴だった。

細い棒の先に、ピンクのフリルの襟をつけ、長い耳をピン!と立たせた白うさぎがお行儀良くすわっている。

「マザレイの飴飾りね!」

そうだ、そんな時期だった。

色々あって、この数年すっかり頭から抜け落ちていた。

白い体躯も、光沢のあるピンクの美しいフリルも、すべて飴細工だ。

繊細なつくりにうっとりしながら、細部をまじまじと見ていて気がついた。

うさぎには珍しい、ダークブルーの瞳。

脳裏に、同じダークブルーの瞳を持ったあの人が思い浮かぶ。

私がこの飴飾りの話をした、ごく限られた人物の中の1人。

「ふふ・・」

思わず笑みが溢れた。

「なに?どうしたの?」

くすくす笑う私に、ジェイド様が怪訝そうにしている。

「ジェイド様、これ、誰からのお届け物ですか?」

うさぎの顔をジェイド様に向けて見せる。

うさぎの目の色に気づいた途端、ジェイド様は憮然として悪態をついた。

「・・・何が『私からとは言わなくていい』だ。忌々しい・・!」

彼は声を上げて笑う私を抱きとめて、堪えきれない様子で矢継ぎ早に質問してきた。

「ロゼッタ、大公とはどこで知り合った?何で知ってるんだ?あの男はどこまで」

「大公?」

え、あの人、大公だったの?

今更ながらに知って驚く。

高貴な方だろうなとは思っていたけれど、まさか大公だったとは。 

こんな愉快な気分になるのは久しぶりで、まだしばらく彼の正体は伏せておくことにした。

「秘密です」

彼の口を手で塞ぎながらにっこり笑うと、ジェイド様はいかにも面白くないという顔をした。

「今日、いらしてたんですね」

そう言うと、ジェイド様が決まり悪そうに目を逸らす。

「本当は・・君に会いにきた。それを持って。」

私は手にしたうさぎに視線を移した。

(あの日の他愛もない話を、大公は覚えててくれたのね・・)

胸に温かいものが広がる。

じっと見つめていると、すましたうさぎの顔が、大公に似ているように見えなくもない。

「うさぎは、安産の象徴なんだそうだ」

唐突にそう言われて、私はパチパチと瞬きをした。

安産、なんて言葉がジェイド様の口から出てきたのが信じられなくて。

「今年のテーマがうさぎだったのは、ただの偶然だけど・・・その意味を聞いて、例え貰い物でも、これは僕から君に手渡したくなった。ロゼッタ、僕は・・・」

それから彼は、迷うかのように何度か口を開いたり閉じたりした。

「僕の血は絶やすべきだと、ずっと思ってきた。血のせいだけじゃ無い。これまでの僕の所業も・・・僕が父親になんてなるべきじゃない。僕の子だなんて、生まれたとしてもきっと幸せになれない。」

そこまで聞いて、思わず口を挟んでしまう。

「・・・生まれる前から、不幸せが決まっている人なんていないわ。」

彼は薄く微笑んだ。

「そうだね。どんな逆境でも、道を切り拓く強さを人は持っている。・・君みたいに。」

その手が、私の頬にそっと触れる。

「でも僕の呪いは、そんな期待すらさせてくれないほど、いつも僕を打ちのめすんだ。・・僕の運命から、君だけは死守するつもりだった。僕は・・おなかの子が恐ろしかったんだ。僕から君を奪い去るんじゃないかって・・」

「ジェイド様・・」

「もし、君に何かあれば僕はきっとこの子を恨むだろう。僕はね、ロゼッタ。もう、誰かを恨んで生きたくなかった。生きながら地獄に身を置くあの日々を、繰り返したくなかった。自分の子どもまで、恨みたくなかったんだ。」

そう言う彼の赤い瞳は切実で、私は何も言えなかった。

「でも・・やっと気づいたんだ。もう、僕1人の運命じゃない。僕は、君たちの運命と共にある。僕ら家族の運命は、まだ誰にもわからない。自分の運命に囚われて、未来を信じないのはもうやめる。」

抱き寄せられて、彼の胸に顔を預ける。

「今まで不安にさせて、すまなかった」

私の目からこぼれる涙が、次々と彼の服に吸い込まれていく。

「来年、マザレイのお祭りを見に行こう。3人で。」

黙って何度も頷く私の背を、彼はずっと撫で続けてくれた。
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