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その日の晩、俺は王太子との会話について旦那様に尋ねた。
「王太子殿下は、僕たちが白い結婚ではないかと警戒しているのでしょうか?」
「いや。ディディエより、義母上の方だろう」
俺と別れ、旦那様が女性の妻を娶れば、次代の王位継承権が旦那様の子も持つことになってしまうから。
万が一、王太子夫婦に子ができなければ、まだ幼い第三王子がいる。
要は、王妃は自分の孫以外に王位を継がせたくないのだ。
「もし、私がジュールと別れることになっても、その先は誰も娶るつもりはない」
「え? 女性では確かに、お相手に危険が及ぶかもしれませんが。男性なら……ほら、あの金髪の騎士団員とか。仲が良い、ですよね?」
王宮騎士団には、それなりの身分の者しか入れないから問題はないだろう。
「ジュールは……フェルナンが気になるのか?」
金髪の彼はフェルナンというのか。モヤッとする。
何だこれ?
旦那様の口から彼の名前が出たとたん、俺の中で感情がぐちゃぐちゃになっていく。
俺は今、酷い顔をしていると思う。
応援しているとか言いながら嫉妬しているのだ。最初から「愛することはない」と言われていたのに。情けない。
最近、薄々感じていたが――ジュールの中の、俺の部分がだいぶ消えかけている。そのうちジュールとして、完全に同化するのだろう。
前世の俺と違い、僕の恋愛対象は男性のようだ。それも、旦那様のような人。俺が感情を抑えられているうちに離婚しなければ、愛してもらえない僕はきっと耐えられなくなるだろう。
「ジュール?」と呼ばれ、慌てて顔を上げた。しっかりしろ、俺!
「君は、フェルナンが好きなのか?」
「………は? ああ、あの髪型はいいなぁとは思いますけど。僕の髪では無理そうです」
「髪型?」
旦那様は怪訝そうな顔をする。
「恋愛対象として訊いているのだが」
「あー……、彼ですか? 無いですね」
「でもよく、稽古をうっとり見ていただろう?」
「は!? 僕が見てたの旦那様ですけど?」
髪型と、気になるスキンシップ以外は、全然記憶にない。普段、執務に追われてばかりなのに、旦那様の騎士のような強さにいつも見入っていた。
「そう、なのか……」
「旦那様こそ、フェルナンさんがお好きなのかと」
「少しだけ、確認したいことがあったんだ」
「確認したいこと、ですか?」
しばらく沈黙した旦那様は、思い切ったように俺を真剣な眼差しで見た。
「もしかしたら、君を……ジュールをすごく嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないが、私の話を聞いてくれないか?」
「いいですよ。聞きます」
俺は迷わなかった。どんなことでも、旦那様のことを知りたいと思ったから――友達のジュールとして側に居られる間に。
「ありがとう」と、旦那様は深呼吸した。
「フェルナンは、私がずっと片想いしていた相手と、どことなく似ていたのだ。だから、確かめたいと思った。私が未だに彼のことを好きなのか」
想う相手は男性だったのか……。
「だが、何の感情も湧かなかった。むしろ、フェルナンを近くで見て、彼のことを忘れつつある自分に驚いた。いつの間にか、彼が夢に出ることもなくなっている。私は酷い人間だ。私を助けようとして、彼は死んでしまったというのに。お礼すら言えなかったのだ」
宝石のような瞳から、涙がこぼれていく。俺は、美しいそれを親指でそっと拭う。
旦那様は、頬に触れた俺の手を包むように自身の手を重ねた。
「それなのに、私は今の状況を喜んでしまっている」
「え?」と、意味が理解できず、出すつもりのなかった声が出てしまう。
「私は。ジュールと一緒にいることが、嬉しい――幸せだと思ってしまうのだ」
ああそうか、と思う。旦那様は、自分が幸せになることが赦せないのだ。でも、それは違う。
「旦那様は幸せになるべきです。その方も、そう願って助けたのでしょう? 僕だったら自分がした事で……それも助けた相手を苦しめるなんて、死にきれませんよ」
「そう……だろうか?」
「はい! 僕ならそうです」
「ジュールは、愛さないと言った、こんな私を好いてくれるか?」
「もちろん、大好きですよ」
愛されないのは悲しいが、嫌いになんてなれない。俺は旦那様が好きだ。
だから、たとえ愛されなくても受け入れたい。
瞠目した旦那様の手が、頬から離れ俺の頭を引き寄せた。抵抗する間もなく唇が重ねられ、ポカンと薄く開いていた口の中に、厚みのある熱い舌が絡みつく。
何度も舌を絡ませて、歯列をなぞった。敏感な上顎を舐められ、体が跳ねそうになる。下半身に熱が集まってしまう。
「……ふぁ……」と声が漏れるが、旦那様は止まらない。頭はぼうっとし、水音だけが静かな部屋に響く。
唇が腫れてしまうのではないかと思ったところで、やっと口が離された。
はぁはぁと、息切れする俺を旦那様は熱のこもった目で見て、少しだけ眉を下げた。
「すまない……。嬉しくて、つい」
「いきなり、がっつき過ぎです……」
俺はちょっとだけ上目遣いで旦那様を睨んだ。
「ジュール。私が歯止めがきかなくなる前に、もう一つ私の秘密を聞いてほしい」
もちろん拒否する気のない俺は、頷いた。
「王太子殿下は、僕たちが白い結婚ではないかと警戒しているのでしょうか?」
「いや。ディディエより、義母上の方だろう」
俺と別れ、旦那様が女性の妻を娶れば、次代の王位継承権が旦那様の子も持つことになってしまうから。
万が一、王太子夫婦に子ができなければ、まだ幼い第三王子がいる。
要は、王妃は自分の孫以外に王位を継がせたくないのだ。
「もし、私がジュールと別れることになっても、その先は誰も娶るつもりはない」
「え? 女性では確かに、お相手に危険が及ぶかもしれませんが。男性なら……ほら、あの金髪の騎士団員とか。仲が良い、ですよね?」
王宮騎士団には、それなりの身分の者しか入れないから問題はないだろう。
「ジュールは……フェルナンが気になるのか?」
金髪の彼はフェルナンというのか。モヤッとする。
何だこれ?
旦那様の口から彼の名前が出たとたん、俺の中で感情がぐちゃぐちゃになっていく。
俺は今、酷い顔をしていると思う。
応援しているとか言いながら嫉妬しているのだ。最初から「愛することはない」と言われていたのに。情けない。
最近、薄々感じていたが――ジュールの中の、俺の部分がだいぶ消えかけている。そのうちジュールとして、完全に同化するのだろう。
前世の俺と違い、僕の恋愛対象は男性のようだ。それも、旦那様のような人。俺が感情を抑えられているうちに離婚しなければ、愛してもらえない僕はきっと耐えられなくなるだろう。
「ジュール?」と呼ばれ、慌てて顔を上げた。しっかりしろ、俺!
「君は、フェルナンが好きなのか?」
「………は? ああ、あの髪型はいいなぁとは思いますけど。僕の髪では無理そうです」
「髪型?」
旦那様は怪訝そうな顔をする。
「恋愛対象として訊いているのだが」
「あー……、彼ですか? 無いですね」
「でもよく、稽古をうっとり見ていただろう?」
「は!? 僕が見てたの旦那様ですけど?」
髪型と、気になるスキンシップ以外は、全然記憶にない。普段、執務に追われてばかりなのに、旦那様の騎士のような強さにいつも見入っていた。
「そう、なのか……」
「旦那様こそ、フェルナンさんがお好きなのかと」
「少しだけ、確認したいことがあったんだ」
「確認したいこと、ですか?」
しばらく沈黙した旦那様は、思い切ったように俺を真剣な眼差しで見た。
「もしかしたら、君を……ジュールをすごく嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないが、私の話を聞いてくれないか?」
「いいですよ。聞きます」
俺は迷わなかった。どんなことでも、旦那様のことを知りたいと思ったから――友達のジュールとして側に居られる間に。
「ありがとう」と、旦那様は深呼吸した。
「フェルナンは、私がずっと片想いしていた相手と、どことなく似ていたのだ。だから、確かめたいと思った。私が未だに彼のことを好きなのか」
想う相手は男性だったのか……。
「だが、何の感情も湧かなかった。むしろ、フェルナンを近くで見て、彼のことを忘れつつある自分に驚いた。いつの間にか、彼が夢に出ることもなくなっている。私は酷い人間だ。私を助けようとして、彼は死んでしまったというのに。お礼すら言えなかったのだ」
宝石のような瞳から、涙がこぼれていく。俺は、美しいそれを親指でそっと拭う。
旦那様は、頬に触れた俺の手を包むように自身の手を重ねた。
「それなのに、私は今の状況を喜んでしまっている」
「え?」と、意味が理解できず、出すつもりのなかった声が出てしまう。
「私は。ジュールと一緒にいることが、嬉しい――幸せだと思ってしまうのだ」
ああそうか、と思う。旦那様は、自分が幸せになることが赦せないのだ。でも、それは違う。
「旦那様は幸せになるべきです。その方も、そう願って助けたのでしょう? 僕だったら自分がした事で……それも助けた相手を苦しめるなんて、死にきれませんよ」
「そう……だろうか?」
「はい! 僕ならそうです」
「ジュールは、愛さないと言った、こんな私を好いてくれるか?」
「もちろん、大好きですよ」
愛されないのは悲しいが、嫌いになんてなれない。俺は旦那様が好きだ。
だから、たとえ愛されなくても受け入れたい。
瞠目した旦那様の手が、頬から離れ俺の頭を引き寄せた。抵抗する間もなく唇が重ねられ、ポカンと薄く開いていた口の中に、厚みのある熱い舌が絡みつく。
何度も舌を絡ませて、歯列をなぞった。敏感な上顎を舐められ、体が跳ねそうになる。下半身に熱が集まってしまう。
「……ふぁ……」と声が漏れるが、旦那様は止まらない。頭はぼうっとし、水音だけが静かな部屋に響く。
唇が腫れてしまうのではないかと思ったところで、やっと口が離された。
はぁはぁと、息切れする俺を旦那様は熱のこもった目で見て、少しだけ眉を下げた。
「すまない……。嬉しくて、つい」
「いきなり、がっつき過ぎです……」
俺はちょっとだけ上目遣いで旦那様を睨んだ。
「ジュール。私が歯止めがきかなくなる前に、もう一つ私の秘密を聞いてほしい」
もちろん拒否する気のない俺は、頷いた。
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