『140字小説』

來岳亨(きたおか・とおる)

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140字小説


遠山は臆病な深夜専従警備員だ。ビルの長い通路を、1階の詰所に忘れてきた懐中電灯を気にしながら独り急ぐ。彼は前方に赤っぽく光る影がチラつくのを目にして、こわごわ近づいて行った。影がドンドン大きくなり、アッと叫ぶ間もなく影にぶつかった。影は常夜灯の灯りと防火扉に映る、己れの姿だった。


猛暑の続いた夜、同僚数人とネオン街を呑み歩きしたたかに酔った河東はベンチで寝入ってしまい、寒風の吹き荒ぶ断崖絶壁でロッククライミングをしている夢を見た。寒風が容赦なく彼から体熱を奪い凍えさせるその凄まじさに、突然目覚めた河東は、自宅の湯船に首まで冷水に浸かっている己れに気づいた。


「何処で何してたか知らんが、オマエ最近どうかしてるぞ」「ありがとよ、世の中を見る目が変わったんだ」「それにしても変だな、両目どうした?」「ああ」「話してみろ」「目玉焼きにして喰ってしまった」「なんだって?」「旨くはなかったな」「見えないだろうに」「第3の目で異世界から現世を見る」


奇妙なヘルメットを被った男が、マシンで緩やかな坂道を下ってきた。坂道を下りきった直後、マシンは男を乗せて浮上、音もなく眼前の高層ビルを飛び越えに掛かった。そのマシンは、棒高跳びの選手のように、ビルの真上で宙返りを打ち、その儘の姿勢でビルの真上に到達したかに……その時夢から醒めた。


コンクリート剥き出しの何処からともなく光の差し込む地下の一室で、中年の男がコンビニの袋を手にして椅子やテーブルが散乱する間を彷徨き、手頃な席を探していた。太って大柄な猫が一匹、彼の後から随いてきて、ねだるかのように彼の脚に鉤爪の両手をかけ、ニャーゴと鳴いた。その時、夢から醒めた。


そこは長く急峻な地面剥き出しの、何処までも続く一本道だった。両脇の一方は奈落に続く崖、他方は密集して立つ奇っ怪な高層建築物群。坂道の頂点に地響きが起こり辺りを震わせる。キャタピラーが地面を引っ掻く鋭い音が轟き、巨大かつ無気味な戦車が全貌を現した。阿鼻叫喚が立込め……夢から醒めた。


夜中に用を足し、校舎によくある手洗い場で手を洗った。手探りで廊下を奥へと進み、うっすら明かりの漏れる右手の広い部屋に入った。何人かが布団を被って寝ている。綺麗に梳いた短い銀髪の老婆が、 寝返りを打った。花崗岩のような顔を此方にむけて、切れ長の暗い目で凝視する、その時夢から醒めた。


やっと眠くなりかけた午前2時半すぎ、津田はベッド傍に何かの気配を感じ眼を開いた。身長1メートル足らずのグレイ型エイリアンが、ベッドに両手をかけて待機している。光が頭上から差し、津田は己れの身体が浮いて行く感覚を味わった。屋根を突き抜け、身体がUFO船体内部に、その時夢から醒めた。


会議に出席することになり会場に出向いた。既に大勢が集まり、ほぼ満席の状態の中に入って行った。何人かが振り向き、ブツブツ抗議口調か嘲笑口調で話しかけてくる。どうやら、原発推進派が圧倒的に多い会場に、紛れ込んでしまったらしい。お前には出番がない、大人しくすっ込んでろって……夢だった。

10
貨物船が座礁して船底に穴が穿き、我々3人は岩に掴まって難を逃れた。船長、
他の船員は没し去ったか、波のうねりが見えるのみだ。人影はおろか、陸地の影すら見えない。しかし深淵から突き出た岩が、飛び石のように波間に見え隠れする。その岩を辿って行ったが、途中で途切れた。その時夢から醒めた。

11
途中で別の電車に乗り替えた。座席は埋まっていたが、起っている習慣なので苦にならない。若い女が座席に座っていた。電車が動き始めたのでつり革に掴まり、何気なくその女を見た。全身が冷水を浴びたように寒気立った。膝まで届く黒髪で顔を隠くした女は、凝っと座っているのみで身じろぎ一つしない。

12
深夜、電車が通る度に揺れるアパートの一室で創作に熱中していた。背後に戸を開け放した押入れ、前にカーテンを閉めた窓がある。もう少しで完成だ。気づいたらキーを叩く音に背後からの音が重なる。モニタに、覗き込むように近づいてくる映像が。スタンドが倒れ、掛けておいた背広が頭に覆い被さった。

13
PCの自作を決意し、筐体にマザーボード、CPU、メモリ等々を装着してOSをインストール後、ハードウエアをBIOSに認識させてたら、ケーブルから白い煙がモクモク立ちのぼり、慌ててマシンを止めて煙の出たケーブルを調べると、間違えてソケットに逆に差していたってのは、25年前の秋だった。

14
社命で山奥に住む教祖を訪ねることになった。歩き続け、やっとのことで辿り着いた。教祖は怪しげだが気さくだった。話に夢中になり気がつけば午後10時に。慌てて退散、夜道を急いだ。火葬場の横を通り過ぎようとした時、背後から寒風が吹いてきた。激しく動悸を打ち気絶しかけた途端、夢から醒めた。

16
遠山は岩登りをしていた。今回の行動を同僚が知ったら反対したろう。遠山に険しい岩壁を攀じ登れるものか、無謀だ。だが彼は決行した。もう少しで頂上に到達、そう思ったら急に気が緩み頂上に延した手が空を掴んだ。身体が宙に浮き、地上に落下した。激痛が襲って……ベッドから落ちたに過ぎなかった。

17
峠を登り始めて数時間、澤田は次の曲がり角を過ぎたらきっと茶屋がある筈と期待した。だが道はさらに上へと続いていた。足を引きずって歩く中、暗くなり、彼は何処へ行こうとしているのか分からなくなった。此処は?その瞬間、ネオン輝く繁華街を彷徨う自分に気づき、彼はその場に立ち竦んでしまった。

18
磐井は丘の頂上目指し、岩石を刳り抜いた住居前に辿り着いた。1階には砂が押し寄せ、背を屈めなくては入れない。奇妙な機械が砂に半ば埋もれていた。薄闇の中に、時報が聴こえる。磐井は砂を退け、変形した時計を掘り起こした。時を刻む耳障りな音が辺りに反響する。その音に驚き、磐井は飛び起きた。

19
モーターは微かに聴こえる高音を発し、前後の車輪に動力を送っていた。舗装の行き届いた道路に凹凸はなく、車体に震動は伝わってこない。何処までも真っ直ぐな道路は地平線の彼方に消えていた。稲山は眠気を吹き払うかのように、前方に目を凝らした。気がついたらパラグライダーを操って雲の上にいた。

20
追手から逃れ、高層ホテルの瓦敷きの屋上、傾斜し今にも滑り落ちそうな先端部で落下するのを持ち堪えていた。下を見下ろし目の眩むような高さなのを知って脚がすくみ全身が慄えた。突風に煽られ身体が宙を舞った瞬間、寺田は居間で、男が高層ビルの屋上から落下して行く映画を観ている自分に気づいた。

21
「よッ、自分の目玉喰ってしまってどうしてた」「ああ久し振り」「サングラスにバンダナとは……気が違ったか」「気が振れてるだけだ」「そうか」「振れてるのは、自然界の気の方だ」「自然界って」「大気中の震動だ」「俺には感じない」「ふーん」「あれッ、エイリアンのやつめ消えてしまいやがった」

22
椋田は訪問先でアイス・コーヒーを飲んだ。冷えたコーヒーで渇きが治まった。打ち合わせを済ませ辞去する。帰社途中で小用を催し、デパートの地下にあるトイレに跳び込んだ。用を足し終わる寸前、背後に気配を感じて振り向いた。男が便器に腰かけ、此方を見ている。寒気立ち思わず瞬いたら消えていた。

23
グランド・ピアノを前にしてベートーヴェンの『月光』を弾いた。いつもは指が上手く動いてくれないのに、最終楽章までなんなくこなした。調子に乗ってリストの「超絶技巧練習曲」に挑戦したら、たちまち躓いてしまった。机に俯せになり、何時の間にか眠っていたのだ。気が付いたら、両手が痺れていた。

24
「冴えない顔してどうした」「泊まったホテルがいけなかったな。オマエこそどうした」「宿酔いだ。で、そのホテルって?」「ああ、連れとダブルベッドで寝てた。知らない奴が俺の横に寝てやがるんだ」「横にか」「そうだ。で、俺は怒鳴った。なんで、隣に寝てやがるんだ、ってな。そしたら目が覚めた」

25
奥田は、徹夜でホラー小説を書くような三文作家だ。3階の自室から、勤務先へと急ぐ会社員の姿が、見える。隣の30階建ビルの屋上から、男が舗道に飛び降り、通行人2人を巻き添えにした。舗道に血が飛び散り、辺りが騒がしくなる。奥田は3分前に書いた己れの原稿によく似た描写を発見、愕然とした。

26
宿酔いの頭を抱え、田河はベッドを抜け出して突き当たりの洗面所に向かった。柱時計が不気味な音をたてて夜中の2時を報せる。薄暗い中、洗面所に辿り着き、洗面台のグラスに手を延し……壁からニューッと、手が出てきたのに驚き、彼は飛び退いた。よく見たら自分の手が鏡に映っていたに過ぎなかった。

27
「ヒーッ暑い、一杯呑んで帰るか」「ペヨーテ、ってパブがあるぞ」「へえー奇妙な建物だな」「まったく」「いらっしゃい、いつものでいいですか?」「うん、いつものを2盃」「いつもの?そうだな」「ハイどうぞ」「健康に乾杯」「お互いにな」「うん?周りの様子が変だぞ」「トリップしてしまった!」

28
半日以上、砂漠を彷徨っていた。太陽が情け容赦もなく、強烈な熱線を浴びせる。手にしたバーボン・ウイスキー瓶は、何時の間にか、空になっていた。一瓶呑んだのにまったく酔わない。日陰があったら暑さが凌げる……そう思ったら、バーボンの入ったタンブラーを前にしてバーのカウンターに座っていた。

29
真島は、前の車がトランクから血のような液体を滴らせているのを目撃、警察に通報した。パトカーの指示に従って路側帯に停止した車から、バート・ヤング風の気の好さそうなオヤジが薄くなった頭を掻きながら出てきて、トランクを開けた。暑さで、シロップを入れた缶の蓋が吹っ飛び、中身が溢れていた。

30
寝過ごした安川は駅に駆け込み、電車に飛び乗った。座席から何気なく窓外を眺め、風景の違いに気づいた。延々と拡がる田園地帯……乗り間違えたのだ。次の停車駅で反対方向に向う電車に乗ったら、直ぐに出発した。窓外を観た彼は絶叫した。電車は、天空まで届く髑髏の山を掻き分けながら疾駆していた。

31
大気温度は疾うに摂氏40度を超え、まだ上昇して行きそうな勢いだ。エアコンなしのアパートに住むサラリーマンの鷲尾は酸欠に苦しむ魚のように口を開けて喘いだ。”暑い、この儘だと蒸し焼きだな”……彼は独り言を呟き、窓を開けた。熱風が部屋の中に押し寄せ、次には文字通り蒸し焼きになっていた。

32
「萌子いますか?」「秋野ですか?」「ハイ萌子です」「臨終です」「えっ?」「いま、臨終場面を撮ってます」「大分かかりますか?」「ハーイ、芳雄」「お前どうして」「どうしました?」「いま此処に萌子がいるんだけど」「ええーっ!秋野は撮影中に危篤状態に陥りまして」「ヒエーッ、この女は誰!」

33
既成概念を超えた新鋭機が、格納庫から現れた。搭乗するのは針谷嘉朗、民間のテストパイロットだ。民間人が軍用機を操縦するなど、通常あり得ない。針谷は操縦席に座り、キャノピーを閉じた。垂直に浮かび上がり、そして新鋭機は消えた。秒速30万kmを超えるスピードだ、行き先は誰にも分からない。

34
密林に迷い込んでから、半日間、歩き詰めだ。現在地がまるっきり分からない。太陽が、強烈な放射線を容赦なく浴びせる。檜山は喉の渇きと眩暈に耐え切れず、昏倒してしまった。数時間が過ぎ、足の凍えを感じた彼は、頭を擡げた。何時の間にか日は沈み、波が大小無数の氷と共に、砂浜に打ち寄せていた。

35
反対車線に停止している電車に乗り換えなければならない。及川は、ぞろぞろ降りてくる乗客を避けながら、狭い階段を上へと急ぐ。最上段に達し、通路を反対側に向かって走った。だが、下に続く階段は見つからない。慌てて戻ろうとした及川の行先を、眼に見えない壁が遮った。出入口は何処にもなかった。

36
何時もの見慣れた繁華街を、魂の抜け殻のようになった人々がゾロゾロ歩いている。真夏の猛暑の中、頭に角を生やし、牙を剥いた形相ももの凄く、雑踏を掻き分けて先を急ぐ男が一人いた。滅亡の日を1,000年まちがえた、太陽系の設計者だ。彼は待ち受ける厳罰に慄き、思考停止直前の精神状態だった。

37
尾上亨は招待状を手にして、崩れかけ、狭く黴臭い階段を降りて行く。その動作は、彼にとって永遠に続くかに思えてくる。間違えたか、そう呟きながらドアノブを回して中に踏み込み、彼は息を呑んだ。果てしなく広がる砂浜、ユッタリと打ち寄せる波、楽園のようだがそうではない、異世界が広がっていた。

38
土手を上がって行ったら、線路の傍に出た。柴咲は、ゆるく傾斜した土手をさらに上へと向かった。汽車が真っ黒い煙を噴き上げて入ってきて、4,5人の乗客を降ろした。どうやら、そこが終着駅らしい。土手の下や上で大勢の人が空を見上げている。雲間から全長500mはある長方形の飛行物体が現れた。

39
天涯孤独な蒼島にとって、最後のチャンスかも知れない。繁華街の一角にある目立たない建物に入り、エレベータで、地下33階に向かった。広間に大勢の男女が集まっている。席に腰掛け、ナップザックを床に置いた。軽い振動が起こり、巨大なスクリーンに遠ざかる地球が映っている。場内が騒然となった。

40
某国の大災害を伝える映像が、モニターに映っていた。現地で原発関係者が撮影したらしい。公式発表では、百数十基の原発が、落雷で火災事故を起こしたとのことだ。神の意志が働いた結果なのか?「我が国では想定内の災害だ。対策は済んどる」……官邸に籠って映像を眺めていた舞嶽総理は秘書に呟いた。

41
「左方向から敵機のお出ましだ」「注意しろ、新鋭機のようだ」「それなら、我が方の勝ちだな」「どうしてだ?」「まあ、見てろって」「おい、今の見たか」「ああ」「旋回した途端、空中分解してしまったぞ」「その通り、奴らの工業技術なんてそんなものだ」「まったくな、奴らを放っといて帰還するか」

42
「これより、航空母艦の攻撃に向う」「見込みは?」「100%」「そうでありますか」「全速前進!」「船影発見、攻撃に向う」「待機せよ」「ミサイルで攻撃してきた」「右急速旋回で回避しながら爆雷投下用意」」「2番機、3番機了解」「その儘で待機せよ」「敵艦、傾き始めた」「沈んでしまった!」

43
普段から賑わう繁華街、休日とあって人でごった返している。しまった!そう気づいた時には遅かった。ちょっと前までは、なんとか動けたが、もう一歩も進めない。前嶋は、腕時計型のテレポート・マシンに脳波で指令を送った。次の瞬間、涼風の吹き抜ける何処とも知れない草原に、仁王立ちになっていた。

44
「新鋭機の操縦に習熟したと思うが、戦闘中に淫らな想像するんじゃないぞ」「2、3番機了解」「これより戦闘空域に向い、旋回して背後に回る」「りょー」「おいどうした、精神を平静に保て。そして攻撃だ」「かいでありー」「おいこらっ!訓練の成果を発揮せい」「2番機、相手を捕獲」「3番機同じ」

45
西暦2311年、帰還の途についた超光速船ホツマの乗組員8名は、地球軌道の直前で、茫然自失に陥った。座標は何度も確認していた。地球軌道に接近中なのは間違いない。だが、地球は消えてしまった。実際に天空を目視観測し、星座から太陽系であるのは間違いなかった。この異変は、何者の仕業なのか?

46
内川は毎年、最北端の海で潜水をして、猛暑の夏を楽しんだ。だが今年は例年になく気温が高い。海水温が上がりすぎ、海中にも拘わらず熱い。海底が青白く光り、何故か、渦巻いている。呼吸が苦しくなり海面に向かった。水面に顔を出して辺りを見渡す。湯船の中で、何時の間にか眠ってしまっていたのだ。

47
「どうした、顔が真っ青だぞ」「うん」「身体が、小刻みに震えてるじゃないか」「此処にくる前、あんまり暑いんで、夕涼みがてら海岸に、散歩に出かけたんだ」「で?」「ああ、海の方から冷気が漂ってきた」「そ、それで」「目鼻のない女が海から上がってきて、俺を突き抜け、何処へか消えてしまった」

48
一瞬、月が揺らいだように見えた。気づいたのは、丁度、月を観測していたインドの一学生だった。彼は、早速、観測結果をトウィッターで呟き、世界中のインターネット・ユーザから冷笑を浴びせられた。数分後、球体のUFOが日本上空に現れ、1億3千万人近い日本人は、UFOと共に地球上から消えた。

49
「インドの学生、その後どうしてるだろ」「世界中から、冷笑浴びたにしては、元気そのものだ」「元日本列島、その後の動向は」「隣国やら、ヨーロッパから押しかけてるらしい」「浅ましい限りだな」「これで、地球の砂漠化が一段と加速する」「いっそのこと灼熱地獄にしてしまうか」「暫くは静観だな」

50
元日本列島に押しかけた国々の間で戦争が始まった。日本に絶えず難癖をつけたり、領土を主張していたアジアの2国は早々に淘汰の憂き目に遭い、消滅した。ヨーロッパの大国、アラブ諸国の決戦になり、核兵器の応酬が留まることなく続いた。戦火は、硝子化してしまった日本列島から、世界中に拡大……。

51
「不遜な人類の滅亡は近い」「地表の3分の1が硝子化してしまってる」「列強ばかりか、小国までが核兵器で応酬してるんだ」「引き続き静観してるしかないだろな」「見殺しにするのか?」「そういうことだ」「これで我々に適した生存環境が整うことになる」「主は何もしない我々を赦して下さるかな?」

52
噂に違わぬ薄気味悪い洋館だった。恒例の度胸試しに参加した桑山は、鬱蒼と茂った樹々の間を縫って、丘の中腹にある屋敷を目指した。1階の、水の滴る音がやけに反響するシャワー室を覗いてみた。天井を照らした瞬間、首筋を冷たい風が吹き抜け、髪の毛が逆立った。遠い夏の、長い一夜の思い出だった。

53
「こっちだ!」「やあ!」「顔色悪いな、おまえ」「ああ、眠れねーんだ」「なんだ、期末試験の成績でも気にしてんのか?」「そうじゃない」「何だよ」「夜中に嫌な夢見るんだ」「どんな夢だ」「寒気がしたと思ったら、身体が浮き上がって行きそうになるのさ」「それって第四種接近遭遇じゃないのか?」

54
火星の某大学に留学中の國喜多は、広大な図書館内に足を踏み入れた瞬間、夢遊状態に陥るも稀覯本の並ぶ書棚を観て回り、迷宮のような館内を彷徨う中に、ある書棚の横を通り過ぎかけたその時、影から出てきた手に手首を掴まれたら意識を取り戻し、『ヴォイニッチ原本』を手にしてるのに気づいて驚いた。

55
豊島が、他人の表情に気づいたのは、ほんの数分前だった。通行人が、盗み見るようにしながら、慌てふためき、擦れ違って行くのだ。彼は、不審の念を抱き、通りがかったビルディング内の洗面所に駆け込んだ。鏡の中を覗いた彼は、驚きの余り息を呑んだ。額の中央から冷酷そうな目が、彼を凝視していた。

56
早起きして散歩に出かけた宇和島喬太は、西の地平線がほんのりオレンジ色に輝いているのを目撃した。愈々、太陽のお出ましか……そう思いながら深呼吸した彼は、オレンジ色の輝きがやがて移動し始め自分の方角に向かってくるのを驚愕の眼差しで眺めていた。それは、ピラミッド型の巨大なUFOだった。

57
PCショップで奇妙なCPUを発見した。箱に’Lucifer's Inc., Made in Antarctica’とある。凡ゆるソケットに適合するとの説明に衝動買いした。帰宅後CPUを換装してPCを起動した。モニターが瞬時に応答し砂漠が現れ……砂山を登る自分に気づき呆然となった。

58
骨董屋に妙な形状のオーディオ製品があった。昔流行った蓄音機のようだが、スピーカーがない。元澤竜司は、梟のような容貌の老店主に訊ねると、視聴させてくれることに。稀有な楽音に驚き、周りを見回した。ストーン・ヘンジの石柱に寄りかかり、天上の荘厳なる調べに、独り聴き入っているではないか。

59
夕方、奥本は人混みの喧騒を避け、繁華街から裏通りに入った。森閑とした住宅街の佇まいが、眼前に拡がっていた。舗道を歩く自分の足音が、甲高く響く中、彼は通りから通りを彷徨った。青っぽい光が、彼を手招きするかように揺らめき、角を曲って消えた。随いて行った先には無の空間が待ち受けていた。

60
諜報部員の日枝は追手から逃れて、路地裏の見すぼらしいビルディングに飛び込み、手近のエレベータに乗った。扉が閉まり、自動的に動き始めたエレベータは、地下300階に向かう。急速走行のため意識朦朧となりながらもエレベータから降りた日枝、眼前の広大な青海原を前にして呆然自失してしまった。

61
路地裏を大音響で走りまわる暴走族に、住民はほとほと困り果てていた。例によって、モータバイクの大音響が路地裏に轟く中、業を煮やした数人のUFOマニアが、一計を案じた。なにやら怪しい呪文を唱えて間もなく、爆音が住宅街から消えた。翌日、南米アマゾンで、暴走族数十人の圧死体が見つかった。

62
「遂にサタン・マシーンの完成か」「有難うございます」「どのようにサーバに接続するのかね?」「タキオン・ビームを使用しマトリックスに繋ぎます」「マトリックスとは?」「アカシック・レコードです」「ふむ、よく分からんが接続してみてくれ」「はい」「どうした!」「しゅ、終末が到来しました」

63
手相を見たがるノダに、マユムラは営業成績を上げたいばかりに承諾した。ノダは掌を仔細に眺め、「恐ろしい体験をする」と云ったきり口を閉ざしてしまった。マユムラは翌日、事故車の中から炭化したノダの死体が……との報道に驚いた。ノダはマユムラの掌に、己れの投影した手相を読み取ったのだった。

64
映画ファンの児島貴明は仕事を終え、映画館に向かった。すでに、大勢が舗道を同一方向に向かって歩いている。やはり映画鑑賞なのか。前を行く若いカップルの歩く姿が一瞬ゆらぎ、忽然と消えた。それから、立て続けに通行人が消えて行った。児島は誰もいない映画館で独り、映画『人類消滅』を堪能した。

65
壱川は強かに酔い、気づいたら段数を算えながら階段を上がっていた。13段目の最上段でカーテンを開け、一歩踏み出した。あまりの眩しさに宿酔いの気分を催しながら見渡せば、スポットライトが強烈な光を放っている。その時ステージ上の彼に、誰もいない観客席から一斉に拍手が轟き、歓声が上がった。

66
深夜、倉石は飲酒しながらネット上をぶらつき、珍しい動画を発見、早速再生してみた。UFOが彼に向かって接近、画面から溢れそうになり、それでも接近してくる。画面から六本指の手が出てきて、傍にある冷酒の入ったグラスを鷲掴みにして、引っ込んだ。それで満足したか、UFOは遠ざかって行った。

67
西暦2133年、画期的なメディアと再生機が登場した。メーカーの触れ込みによれば網膜から入ってくる微弱なプラズマを通じ、活字の描く世界で恰も活動しているかのような体験を味わえると云う。発売1日目にして獣に変身する住人が出現、瞬く間に世界中に獣が溢れ返えった。その数133億頭だった。

68
交差点の一方に、赤信号を不安そうに視つめる若い主婦、他方に、母親を見つけ信号を無視して横断歩道を駆ける男の子がいた。そこへ猛スピードで車が進入してくる。母親の悲鳴は爆音に掻き消え、子供の耳には届かない。間髪を措かず巨大なUFOが出現、子供は宙を舞って何事も無く母親の許に着地した。

69
招待状を手にしたカップルが試写会に詰めかけ、見知った同士挨拶を交わしながら着席、上映を待つことになった。幕が上がり何も映っていないスクリーンが現れ、やがて観客席にざわめきが広がった。スクリーン上に隣席の人物が1人、2人……暫くしてスクリーン上に全員登場し新方式の試写会が始まった。

70
最新鋭機に乗り込むテストパイロットの阿修羅大佐は、キャノピーを閉じ、見守る軍関係者に敬礼した。空軍の誇る戦闘機が一瞬半透明化し大気が揺ぎ、直後に大佐が操縦席から地上に降りてきた。ヘルメットを取った大佐の顔を観た面々の間に恐怖が広がり、絶叫が上がった。大佐はドラゴンに変貌していた。

71
久我山は、急峻な岩山を登り始めて間もなく、厚い霧が垂れ込め、気温が上がるのに気づいた。体温が上がるのは当然としても、まるで真夏のよな暑さだ。頭が固いものに打つかり、金属音を立てた。次第に霧が晴れ、巨大なUFOが音もなく遠ざかって行くのを目撃した彼は、その場にへたり込んでしまった。

72
究極のレーダーを搭載した複座型戦闘機が防衛任務につくため飛び立った。5分たらずで地球周回軌道に到達、レーダーで前方をスイープし始めて間もなく、二人の搭乗員はディスプレイの映像を目にして驚いた。天使が前を横切り、二人に向かって手を振ったのだ。一瞬後、戦闘機は基地滑走路に戻っていた。

73
新型単座戦闘機に乗り込んだ中佐の小早川 は、ビルディングの屋上から離陸、巡航速度マッハ7で北極を目指した。やがて、大小の氷山が現れ、その中に巧妙にカムフラージュした母艦が浮いていた。中佐は手際よく戦闘機を操り、母艦内部に降下して行った。数人のエイリアンが、小走りに駆けつけてきた。

74
ヒノ国は絶対平和を宣言し核兵器および航空母艦を廃棄、さらに防衛主体の通常型戦闘機を配備し終えた。それを待っていたかのように、隣国が旋角諸島、武洲を侵略し始めた。大国が核兵器を搭載したミサイルをヒノ国に向けて放ったが、ミサイルは悉く消滅、数秒後に放った国が灼熱の海になってしまった。

75
発明狂の蝋山はある荒唐無稽な小説に発想を得た、頭脳の電気信号を操縦桿から各システムに伝える、航空機のテスト飛行に飛び立った。プラズマエンジンを搭載した画期的な発明だ。上々な試験飛行に気を好くした彼は眼下の空き地に着陸した。その直後、彼の試作機ごと空き地がゆっくり空中に浮き始めた。

76
山高帽を被った紳士風の男がヤマギワ刑事の眼前を横切り、角を曲って見えなくなった。尾行を始めて以来、まったく正体の掴めない怪しい人物だった。今度こそ突き止めてみせる――そう自分に云い聞かせ、彼は素早く追った。角を曲がったその時、ピラミッド型の建物が音も立てずに宙に浮き夜空に消えた。

77
澤本はカフェで珈琲を飲みながらノートPCを起動した。数秒後、マウスポインタが勝手に動き始め、その中に妙なことに……フラつきながら彼に向かってきて見る間に大きくなり、ディスプレイから跳び出してきたのだ。次の瞬間、周囲の空気が揺らぎ、壁の中に消えた。それは半透明の天使の姿をしていた。

78
長身の人間離れした男が、赤い衣装に赤い帽子を身に着け、家路を急ぐ通行人に耳慣れない言語で語りかけている。通行人の何人かは理解できるのか、立ち止まて聞いていた。その中に件のサンタクロース氏の身体が浮き始め、驚いて見上げる通行人の視界から掻き消えた。舗道に一枚の大きな羽根を残して。

79
野島の眼前に地図にない急峻な山が立ちはだかっていた。数時間ついやして頂上に到達、苔むした岩石に腰掛け喫煙する。煙を吐き出し背筋を伸ばしかけたその時、背後から一陣の風が吹いてきて彼の手から煙草をもぎ取った。煙草はそのまま宙を舞い、恰も手品師の掌から消えるかのように空中で掻き消えた。

80
戦争反対の平和主義者にして戦記物を好む登山愛好家4人が、遠くにある奇妙な山を目指して黙々と歩む姿は、まるで敵地を偵察する斥候隊の行進のようだ。強行軍の甲斐あり、剣先鋭く佇立する山が直ぐ目の前に迫りつつある中、4人揃って見上げると同時に、山が音もなく浮き上がり東の方へと消え去った。

81
「久しぶりだな。何処へ行ってた」「火星から戻ったばかりだ」「おいおい冗談がキツ過ぎやしないか」「本当だとも、エイリアンとは友人同士だ」「いい加減にしろよ。そんなヨタ、誰が信じるもんか」「紹介するよ、ナンバー9だ」「何処にいる?」「そうだろうとも」「……」「信じる信じないは自由だ」

82
川島は、書棚の奥に蔵い込んであったラップトップPCを引っ張り出し、面白半分にコンセントに繋いで起動してみた。画面に此方を観察している顔が……よく見ると川島にソックリの顔つきだ。驚く暇もなく川島似と入れ替わりにグレイタイプのエイリアンが出現、手を挙げて頷いて見せ画面から消え去った。

83
誰かが随いてくるよう手招きした。他の通行人は見えないのか素知らぬ顔で去って行く。吉田は、頭に角を生やし背中に羽根をつけた「存在」の後を追い、丘に辿り着いた。ひっそりと立つ慰霊碑に、「吉田浩一 1941―2015」とあった。それは、吉田自身の名前だった。彼の姿は次第に薄れ、消えた。

84
棚橋は、書棚からユングの著書を取り出し、頁を捲っていた。挟んでおいた栞がハラリと床に落ち直立――見ていると、彼の眼前でその栞が浮き上がり宙を漂い始めた。急いで、ヴェランダに出て見上げる彼の頭上に、巨大なUFOが音もなく浮いているのが見える。彼が手を振ったら、船体を揺すって応えた。

85
埴谷は歓楽街で酒を呑み、上機嫌で酒場を後にした。外は息をするのも困難なほどの猛吹雪――風を避けながら歩く彼の足音に別の足音が重なるように路上に反響する。街灯を目にしてホッとしたのも束の間、彼は驚きの声を上げた。髪振り乱し、今にも掴みかかってくるかに見える影が路上に映っていたのだ。

86
2階の自室でゲームに明け暮れる息子が、凄まじい悲鳴を上げた。1階の居間にいた母親は飛び上がって驚き、父親は口に咥えていたパイプを床に落とした。二人で恐る恐る階段を上がり、息子の部屋に入って行く。両親は、驚きの余りその場にへたり込んでしまった。一粒種の愛息子は硬直し、息絶えていた。

87
見覚えのある街に辿りつけず、加山は車を飛ばしながら不安を感じていた。道行く人に尋ねようにも、通行人はおろか野生動物も通らない。焦りと恐怖から全身が震えた。陽が沈み始め、なんとか見慣れた標識にぶち当たりホッとしたのも束の間、半日以上前に目撃した標識なのに気づき、恐怖は頂点に達した。

88
呑み歩いて終電に乗り遅れた石母田は、あまりの寒さに目を醒ました。明け方なのに気づき見渡せば、同一方向に急ぐ人々がいる。彼はベンチを離れ、後から随いて行った。彼らは、行き止まりの壁の中に次々と消え去る。壁に手をかけて身体を引き上げ、見下ろした彼の眼前に墓地が果てしなく拡がっていた。

89
夕暮れ時、河本は裏通りをぶらつき、骨董店を見つけた。店内に、異様な置物が積み上げてあり、棚には薬草の類かと思われる植物の入った小瓶が無数に載っている。一つの小瓶を取り出し、蓋を開けて嗅いでみた。臭気が鼻を刺激し、気づいたら見知らぬ街角に独り佇む自分を発見、彼はその場に凍りついた。

90
小田嶋は歓楽街を彷徨い、梯子酒した挙句に、会社の同僚とはぐれた。かなり酔ってはいたが呑み足りず、雑居ビル地下1階のうら寂しい酒場に入る。カウンターに寄り掛かり、ウイスキーを煽ってふと見渡せば、他に誰も乗っていない終電車の座席に独り座っている己れに気づき、酔いがけし飛んでしまった。

91
猛暑の最中、木崎はカフェでしたたかに呑み、往来の激しい表通りを避けながら帰る途中、塀のある寺の横に出た。塀を乗り超えて入ると、薄闇の中に墓地が見える。墓石に腰掛けて胸ポケットからウイスキーの小瓶を出し、ふと横をみると、同輩が乾杯の真似をした。彼がそれに応えようとしたら消えていた。


92
三文作家の久住は、このところ小説が書けず、無為の日々を送っていた。そんなある日、モニタ画面上に文字が現れ暫くして一つの文章にまとまった。彼はその文面を目にして、愕然とする。曰く、”渡し守に有り金を差し出しなさい。そうすれば対岸に無事辿り着けるでしょう”――あの世からの通知だった。

93
山道を歩いていた小河浩史は、突然の雨に慌てふためき、廃屋に飛び込んだ。どうにか雨宿りのできそうな場所を探し、ホッとしたのも束の間、居心地の悪さに落ち着かない。ふと、傍にある井戸を覗きみた彼は、獣が燃えるような目で井戸の底から睨んでいるのを目撃、驚きのあまり金縛りになってしまった。

94
吉井は、月の近くに肉眼でもそれとなく分かる、光り輝く三角形の物体を発見、早速、望遠鏡で確かめてみた。それは月の50分の1としても、底辺の長さは70kmを超える巨大なピラミッド型UFOだった。望遠鏡を覗きながら、手を振って合図してみる。待っていたかのように、UFOがゆらゆら揺れた。

95
安川は、月明かりを頼りに雪道を一杯機嫌でよろよろ歩き、帰宅途中だった。雪を踏む音がキュッキュッと心地好く聴こえる。彼の足音に別の足音が加わったのに気づき、横を見ると、グレイタイプの異星人が歩いている。握手したら、急激に体温が下がり、慌てて手を引っ込めた。グレイは風に乗って消えた。

96
村の漁師が数人、水平線の彼方から猛スピードで接近して来る鯨の群れのように見える何かを目撃した。やがて巨大なUFOだと分かり彼らは慌てふためき海岸から堤防の上に退避し始めた。ところがUFOはハッチから砂浜に向けて様々な魚を大量に吐き出すと、何事もなかったかのように遠ざかって行った。

97
UFO研究家の諸橋は、手狭になった借家を引き払い、ピラミッド型の一軒家を格安で入手、その日に引っ越した。細君と蔵書や収集品を棚に収納し終り、休憩して寛ぐ。珈琲を飲んだり喫煙している最中、家全体が激しく揺れ、宙に浮き始めた。家は、UFO狂いの彼の脳波に反応した異星人の遺棄船だった。

98
桑原は骨董店で古書を見つけ、異国人らしい老店主と値段の交渉を始めた。いくらでも好いという店主に財布から有り金を出し、その古書を入手する。帰宅して梱包を解き、中を検めようとした直後、光が両眼を刺激し意識を失った。暫くして、彼は宇宙の中心に鎮座し、森羅万象を眺めている自分に気づいた。 

99
手品師が路上で手品を見せ、それを眺める通行人から拍手喝采を浴びていた。やがて通行人が増え、交通渋滞に到る騒ぎになった。警官が大勢詰めかけ、事態収拾に手こずっている中、手品師はシルクハットをちょいと持ち上げて挨拶すると、ステッキをつきながら宙へと上がって行き、通行人を後目に消えた。

100
独身寮に入って間もない新人の玉置は、夜が耽ると共に落ち着かなくなる。ある日、酔って帰り、着替えをしようとしてよろめき、壁に手をついた。寄りかかった壁に映った自分の影に、重なるように別人の影が浮き出し、ビックリして跳び退いた。影は、ドアの方に向かい、すり抜けるようにして外に消えた。

101
腰の曲がった老人が、トラックの往来する車道を杖つきながら、覚束ない足取りで渡ろうとしていた。道の中ほどまで達した時、トラックがその老人を無視して両側から猛スピードで進入してきた。信号待ちしていた複数の通行人の間から悲鳴が上がったが、老人は道を渡り切り、無気味な笑いを残して失せた。

102
山奥に住む老夫婦の許に、火星の放送電波を受信できる最新型のテレビ受像機を納入し終え、途中で道を間違えた小野上は不安になりながらも運転し続けた。途中で、野犬に注意の立て札を見かけ、ますます不安がつのる。土手の上方から巨大な野犬が飛び出し、彼の方に笑い顔を見せて崖下の藪に姿を消した。

103
前夜の宿酔いからまだ醒めやらぬ河島は、舗装の悪い山道を、要慎しながら時速4,5キロで下り、左に曲がろうとして更に減速したその時、数百匹もの様々な毛色の異なった子犬が、我勝ちにトラックの荷台に跳び乗ってくるのに驚き、ハンドルを取られそうになりながらなんとか停止し、胸を撫で下ろした。

104
閉所恐怖症の棚橋は、開放的なエスカレーターを好んで利用している。ある時、高層ビルディングのエスカレーターを早足で上がっている途中で、一人の中年が逆走してきて打つかりそうになり、避けようとしたが避けきれず、相手を突き抜けてしまった。だが相手は、何事もなかったかのように降りて行った。

105
眞島は帰宅途中、前屈みになって、ぬかるんだ道を歩いていた。月が妖しい光を投げかける中、後ろから足音が聴こえてくる。しかし、怖がりの彼は振り向くこともできず、歩度を速めた。彼に合わせるかのように足音が近づいてきて、あっという間に何かが彼を追い越し、足音だけを残して遠ざかって行った。

106
挙動不審の車を追跡中に、巡査長の俵屋は助手席から若い女が路上に飛び出したのを目撃した。打つかりそうになりながら危うい処で難を逃れたものの、車を見失ってしまった。引き返して路上に倒れている女を見れば、人形ではないか。路上からどかそうとして抱きかかえたその時、人形が振り向いて笑った。

107
服部は早朝ジョッギングに疲れ、緩やかに傾斜した土手で微睡んでしまった。周囲が騒がしいのに気づき見回すと、繋ぎを身につけた小柄な連中が7,8人やってきて、地中に消えて行く。地面が揺れた直後、開いたハッチから手が伸びてきて彼を引き入れ、土手の一部が土砂をばら撒きながら宙に浮き始めた。

108
三文作家の高屋敷は、締め切り日が迫っていながら一行も書けず、起動したPCの画面をジッと睨み続けていた。時間は徒らに過ぎ、マシンを前にして不覚にもうたた寝をしてしまう。数分後、打鍵音を耳にして我に返り画面を見た。カーソルが勝手に動いて画面に文字が現れ、前月の続きが仕上がって行った。

109
運転技術に自信のある前嶋は車の往来がないのを幸いに、舗装の余りよくない峠をかなりの速度で降って行った。カーヴに差し掛かり、用心しながら曲がり始める。ヘアピン・カーヴが続き、減速しようとしたが石ころの散乱する路面でスリップし崖下に転落……ソファから転げ落ちそうなところで目が覚めた。

110
冷気漂う真冬、月明かりを頼りに家路を急ぐ菅沼の耳に、何処からともなく猫の鳴き声が聴こえてきた。やがて鳴き声は森林の中を通る一本道に近づき、追いかけてくる。驚いて振り向く彼の眼前に女が現れ、艶っぽい微笑みを残して消えた。彼は呆然としたまま身じろぎできず、その場に凍りついてしまった。

111
天空全体を厚い雲が覆っていた。鮫島は、自分の境涯を空模様に対比させ、不安が募った。舞い降りてくる牡丹雪を目にして、家路を急ぐ。だが、雪は地面に着くや否や動きまわり、地中に潜り込む。何かの前触れか――途端に元気が湧いてきた。破れかぶれの蛮勇が、体内で滾り立ち、彼は猛然と走り始めた。

112
モーターサイクルに跨る藤澤の眼前に、地平線の彼方まで延びる平坦な道が現れた。高速回転するエンジン音が耳に心地よい。速度を上げようとした直後、壁に激突するような衝撃に思わず辺りを見渡せば2段目から驚いて見下ろす同僚が……ベッドの3段目から床に落ちたのに気づき、彼は気絶してしまった。

113
ロック・ファンの板倉は、奇妙な名称のバンドが演奏する野外コンサートに出かけた。観衆は一様に戸惑ったようだが演奏が始まるやいなや、到るところに人差し指と小指を突き上げるサインが現れた。これは、いったい何者を称える演奏会なのか。そう思った彼の眼前を山羊頭の妖しい人物が横切り、消えた。

114
悪たれ者の千石はモーターサイクルで峠を攻略中、急勾配のヘアピンカーヴを減速せずに下り、数百メートルある崖下に転落した。息を吹き返し、病院のベッドに横になっている自分に気づいて、枕元にある新聞を何気なく見る。日付3012年4月1日に仰天した彼は思考回路が焼き切れ、絶命してしまった。

115
岩倉は下りヘアピンカーヴで一瞬の油断から崖下に転落、しかし後続のライダーには、空中から大きな手が出てきたように見えた。数時間後、ライダー仲間は峠下のレストランで黙々パスタを頬張る元気な岩倉を目にして呆然自失に陥った。彼によれば、別次元の空間を疾走していたように感じたというのだが。

116
ホテルの暗い通路を歩いていた樫山は背後を振り向いたが何も見えず、恐怖に慄きながら、階段に通じる方向へと急いだ。突き当りに近づくにつれ、急ぎ足で歩く足音が聴こえ、続いて大きな姿見に黒っぽいフードを被った人物の姿が映った。その場に凍りついた彼を後目に、その人物は鏡の中に消え去った。

117
橋が濁流の中に消え、呆然と佇む柿沼の眼前に一叟の舟がやってくる。先客の推めに応じて乗り込むも、三途の川を渡る舟と気づき、彼は戦いた。呑み屋で有り金使い果たして文無しなのを知った渡し守は、彼を川に放り込んでしまう。余りの冷たさに目を覚ませば、其処は月が煌々と照らすベンチの上だった。

118
澤田は手ぶらで上京し、安アパートに住みついた。窓なしの狭い部屋に胡座を掻き、壁を凝視している中に壁が消え去り、太陽を正面に見据え空中に浮いていた。”おてんと様が真上に来てるよ!起きなさい”――母親の声に驚いて目を覚まし、時計を見たら午前10時を回り、茹だるような暑さになっていた。

119
寝不足が祟り、キーボードに両手を乗せた儘眠り込んでしまったらしい。締め切りに間に合わせようと、シャカリキになったのが拙かった。津久井は大粒の雨の、窓を激しく叩く音に目醒め、画面を見て驚きの声を上げた。起動したエディタのページには、これまで書けずにいた小説の結末が出来上がっていた。

120
押上は、仕事帰りに乗った電車の中で眠り込み、神々しいまでの光の乱舞する世界で巨きな仏像を見上げている夢を見た。信号待ちの車内アナウンスが聴こえ、身体が勢いよく傾くと同時に目を覚まし、対面する座席の方に顔を向けると、満面に笑を湛えて彼を見ている、聖人のような風貌の乳児と眼が会った。[完]
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