29 / 89
29 アリサの道
しおりを挟む
アリサは改めて自分の前に置かれた物体をまじまじと見つめた。
元は円形だったが、切り分けられた今は三角形をしている。
表面は茶色かったが、断面は薄い黄色。
そして、そこはかとなく芳しい香りが漂っている。どこか記憶にある香りなのだが、アリサはそれが何だか思い出せなかった。
真剣な表情で見つめてくるサンディに頷いて見せたケントがフォークに刺したそれを口に運ぶ。
しっかりと味わったケントは、サンディに向けて笑顔で親指を立てた。
「うん、美味い」
「よかった」
サンディの表情が緩む。
「これなら十分売り物になるなーーアリサも食べてみな。美味いぞ」
「う、うん……」
おそるおそる食べてみたアリサの目が真ん丸に見開かれた。
「何これ!?」
まずはしっとりした食感に驚く。これまでに体験したことのない優しい口当たりとともにふんわりとした上品な甘さが口いっぱいに広がった。
陶然としかけたところにそこはかとない香ばしさが後追いでやって来た。
「…これ、チーズ……?」
香ばしさの正体に思い至ったアリサは、衝撃に身震いした。チーズはアリサの大好物だったのだが、こんな使い方があるなんて夢にも思わなかった。
「美味しい……」
もう一口食べてみる。じっくりと味わいながら、全神経を口内に集中させる。
「ああ……」
アリサは深く息を吐いた。どんな言葉も、この絶対的な美味さの前には陳腐に思えた。
ただ美味しかった。
「気に入った?」
悪戯を成功させたヤンチャ坊主の笑顔でケントは訊いた。
「こんなものがあるなんて……もしもこれを知らずに死んでいたらと思うとゾッとするわ」
大袈裟な、と思ったケントだったが、アリサの顔があまりに真剣だったため、口には出さなかった。
「もしかして、これもケントが考えたの?」
「まあ、そういうことになるのかな?」
「ありがとう。わたしにこれを食べさせてくれて、本当にありがとう」
アリサはケントの手をとって、ブンブンと振り回した。
「そこまで喜んでもらえるなら、こっちとしても嬉しいよ」
ケントは、にっこり笑って後を続けた。
「これ、何なの?」
「チーズケーキ。気づいたと思うけど、生地にチーズを使ってるんだ。美味いだろ?」
「ケント、天才よ」
ケントが考案したわけではないのだが、話がややこしくなるので、そこは黙っておくことにする。
「ーーで、アリサにはここで働いてもらおうかと思ったんだけど」
「こっちはかまわないよーーっていうか、ぜひお願いしたい。このチーズケーキを扱っていくとなると、どう考えても手が足りないからね」
サンディはニコニコしている。
「わたしでいいんですか?」
「第一印象だけど、あんたとなら上手くやっていけそうだ。じゃあ、決まりってことでいいかい?」
「よろしくお願いします!」
アリサは笑顔を弾けさせた。
こうしてアリサはケーキ職人への道を歩き出すことになった。
元は円形だったが、切り分けられた今は三角形をしている。
表面は茶色かったが、断面は薄い黄色。
そして、そこはかとなく芳しい香りが漂っている。どこか記憶にある香りなのだが、アリサはそれが何だか思い出せなかった。
真剣な表情で見つめてくるサンディに頷いて見せたケントがフォークに刺したそれを口に運ぶ。
しっかりと味わったケントは、サンディに向けて笑顔で親指を立てた。
「うん、美味い」
「よかった」
サンディの表情が緩む。
「これなら十分売り物になるなーーアリサも食べてみな。美味いぞ」
「う、うん……」
おそるおそる食べてみたアリサの目が真ん丸に見開かれた。
「何これ!?」
まずはしっとりした食感に驚く。これまでに体験したことのない優しい口当たりとともにふんわりとした上品な甘さが口いっぱいに広がった。
陶然としかけたところにそこはかとない香ばしさが後追いでやって来た。
「…これ、チーズ……?」
香ばしさの正体に思い至ったアリサは、衝撃に身震いした。チーズはアリサの大好物だったのだが、こんな使い方があるなんて夢にも思わなかった。
「美味しい……」
もう一口食べてみる。じっくりと味わいながら、全神経を口内に集中させる。
「ああ……」
アリサは深く息を吐いた。どんな言葉も、この絶対的な美味さの前には陳腐に思えた。
ただ美味しかった。
「気に入った?」
悪戯を成功させたヤンチャ坊主の笑顔でケントは訊いた。
「こんなものがあるなんて……もしもこれを知らずに死んでいたらと思うとゾッとするわ」
大袈裟な、と思ったケントだったが、アリサの顔があまりに真剣だったため、口には出さなかった。
「もしかして、これもケントが考えたの?」
「まあ、そういうことになるのかな?」
「ありがとう。わたしにこれを食べさせてくれて、本当にありがとう」
アリサはケントの手をとって、ブンブンと振り回した。
「そこまで喜んでもらえるなら、こっちとしても嬉しいよ」
ケントは、にっこり笑って後を続けた。
「これ、何なの?」
「チーズケーキ。気づいたと思うけど、生地にチーズを使ってるんだ。美味いだろ?」
「ケント、天才よ」
ケントが考案したわけではないのだが、話がややこしくなるので、そこは黙っておくことにする。
「ーーで、アリサにはここで働いてもらおうかと思ったんだけど」
「こっちはかまわないよーーっていうか、ぜひお願いしたい。このチーズケーキを扱っていくとなると、どう考えても手が足りないからね」
サンディはニコニコしている。
「わたしでいいんですか?」
「第一印象だけど、あんたとなら上手くやっていけそうだ。じゃあ、決まりってことでいいかい?」
「よろしくお願いします!」
アリサは笑顔を弾けさせた。
こうしてアリサはケーキ職人への道を歩き出すことになった。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
姉妹差別の末路
京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
妹嫌悪。ゆるゆる設定
※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる