元商社マンの俺、異世界と日本を行き来できるチートをゲットしたので、のんびり貿易商でも始めます～現代の便利グッズは異世界では最強でした～

第5章：星詠商会、誕生

　都市フィルメアは、ミリス村とは比べ物にならないほど活気に満ちていた。
　石畳の道を多くの人々や馬車が行き交い、様々な人種――屈強な鎧を着た冒険者、ローブを纏った魔術師、裕福そうな貴族――が闊歩している。ここなら、俺の商売も大きく展開できるだろう。
　まずは拠点の確保だ。俺は不動産を扱う商会を訪ね、フィルメアの商業区画に、手頃な店舗兼住居を購入した。ミリス村で稼いだ金貨が、ここで大いに役立った。
　次に、商会として正式な登録を行う。屋号をどうするか。俺は少し考えた後、こう名付けた。
【星詠（ほしよみ）商会】
　二つの月が浮かぶこの世界の夜空と、俺が渡ってきた星――地球。二つの世界を繋ぐ商会に、相応しい名前だと思った。
　だが、巨大な組織を一人で切り盛りするのは不可能だ。信頼できる人材が必要だった。俺は、人材斡旋所と冒険者ギルドに求人票を出すことにした。
　募集するのは、経理担当、商品知識のある者、そして護衛だ。破格の給料を提示したこともあり、多くの応募者が星詠商会を訪れた。
　その中に、彼女はいた。
「エレナと申します。専門は魔術理論及び、古代文明の遺物研究です」
　銀色の髪を揺らし、蒼い瞳で冷静にこちらを見つめる女性。年は俺と同じくらいだろうか。その知的な佇まいと、落ち着いた声は、多くの応募者の中でも際立って見えた。
「魔術師の方が、なぜ商会に？」
「あなたの商会が扱うという『未知の道具』に興味がありまして。その原理を解析し、応用することが私の研究に繋がると考えました」
　彼女の目的は、純粋な知的好奇心。金や名声ではない。その一点で、俺は彼女を信用できると感じた。
「採用だ。エレナさん、あなたには商品開発のアドバイザー兼、この商会の頭脳になってもらいたい」
「……よろしいのですか？ 私は、商売の経験はありませんが」
「問題ない。俺が教える。それよりも、あんたの知識が必要なんだ」
　こうして、冷静な女性魔術師エレナが、星詠商会の最初の従業員となった。
　他にも、元冒険者で腕の立つ護衛のガストンや、計算が得意で実直な元役人の青年マルクを雇い入れ、星詠商会の体裁は一気に整った。
　開店初日。俺は店の目玉商品として、現代の調理器具を並べた。
　フッ素加工されたフライパン、切れ味抜群のセラミック包丁、そして誰でも同じ分量を計れる計量カップとスプーン。
　フィルメアの主婦や料理人たちは、最初こそ半信半疑だったが、実際に使ってみて驚愕した。
「な、なんてことだ！ 焦げ付かない！ 肉がこびりつかないぞ！」
「この白い刃物（セラミック包丁）、鉄のナイフより遥かに切れる！ トマトがこんなに薄く……！」
　星詠商会の調理器具は、瞬く間にフィルメアの料理界を席巻した。
　エレナは、俺が持ち込む現代製品を驚異的なスピードで分析し、その価値や異世界での最適な利用法を的確にレポートにまとめてくれた。
「ユウト。この『電池』という魔力溜まりは、非常に効率的です。しかし、使い捨てというのが難点ですね。魔力を充填できる仕組みがあれば、革命が起きます」
「この『プラスチック』という素材は、軽くて丈夫ですが、火には弱い。武具への転用は難しいですが、日用品としては無限の可能性があります」
　彼女の的確な分析は、俺の商売の指針となった。ガストンは店の警備や面倒な交渉事を引き受けてくれ、マルクは完璧な帳簿で店の財政を支えてくれた。
　仲間がいるというのは、これほど心強いものなのか。ミリス村で一人でやっていた時とは、比べ物にならない安心感と高揚感があった。
　星詠商会は、フィルメアで確固たる地位を築きつつあった。だが、俺たちの快進撃を、面白く思わない者たちがいることを、俺はまだ知らなかった。あの商人、ボルコスもその一人である。彼は、俺への報復の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。