「人の心がない」と追放された公爵令嬢は、感情を情報として分析する元魔王でした。辺境で静かに暮らしたいだけなのに、氷の聖女と崇められています

黒崎隼人

文字の大きさ
5 / 16

第04話「観測された異常値と氷の聖女の仮説」

しおりを挟む
 水利権の問題が解決し、アーデルベルト領には束の間の平穏が訪れていた。しかし、リディアの分析モジュールは、新たな異常値を検出し始めていた。

『サンプル群:領民全体。感情パラメータ『不安』の微増を継続的に観測。特に、特定の集落において、その上昇率が顕著。原因の特定を急ぐ必要あり』

 それは、まだ誰にも気づかれていない、静かな異変の兆候だった。作物の育ちが例年より悪い。家畜が元気をなくしていく。そして、人々が原因不明の倦怠感を訴え始める。一つ一つは些細なことだが、それらが複合的に発生していることに、リディアは気づいていた。

 カイウスも、領内の重苦しい雰囲気を察してはいたが、具体的な原因が掴めずにいた。凶作の年はこれまでにもあった。季節の変わり目に体調を崩す者も珍しくない。彼は、自分の考えすぎだろうと、不安を打ち消そうとしていた。

 その日も、カイウスはリディアの館を訪れていた。領地の運営について、彼女の意見を聞くことが、いつしか日課となっていたからだ。

「最近、どうも領内の活気がないように感じる。やはり、今年の天候不順が響いているのだろうか……」

 カイウスが、ため息混じりに言う。

「天候だけが原因ではありません」

 リディアは、静かに首を振った。

「これは、奇病と呼ぶべき現象です。人、動物、植物、その全てから生命力が緩やかに奪われている。私はそう分析しています」

「奇病だと? しかし、熱があるわけでも、どこかが痛むわけでもない。ただ、皆、なんとなく調子が悪いというだけで……」

 カイウスは、にわかには信じられない、という表情だ。

「人間の五感で知覚できる症状が現れた時では、手遅れになる可能性があります。私の観測によれば、特定の水源地を利用している住民と家畜から、共通の『微弱な絶望と諦観』の波形が検出されています。これは、通常の病による身体的苦痛のデータとは明らかに異質です」

 リディアは、地図を広げ、東の森の奥にある水源地を指差した。その周辺の集落で、異常値が最も高く検出されていた。

「精神的な摩耗率が、異常な数値を示しているのです。これは、外部からの何らかの継続的な干渉がなければ説明がつきません。仮説として、その水源地の水、あるいは土壌に、人々の精神を蝕む何らかの物質が含まれている可能性が考えられます」

「精神を、蝕む……?」

 カイウスの顔に、緊張が走る。それは、呪いとでも言うような話だった。だが、リディアの口調は、オカルトを語るそれではない。あくまでも、データに基づいた冷静な分析だった。

「信じがたい話だとは思います。ですが、このまま放置すれば、半年以内に領地の生産性は30%以上低下し、最悪の場合、ゴーストタウン化する危険性も予測されます」

 リディアが淡々と告げる未来予測に、カイウスは息を呑んだ。彼女の分析が、これまでの数々のもめ事を的確に解決してきたことを、彼は知っている。無視することは、できなかった。

「……わかった。すぐに、その水源地を調査しよう」

 カイウスは、覚悟を決めたように言った。

 ***

 翌日、カイウスは数人の部下を連れ、リディアと共に問題の水源地へと向かった。森の奥深く、岩間から清らかな水が湧き出している。見た目には、何の異常もない。水はどこまでも透明で、周囲には異臭もなかった。

 部下の一人が、水質を調べるための薬品を垂らす。しかし、反応は「異常なし」。

「カイウス様。水は、完全に無害です。やはり、考えすぎだったのでは……」

 部下が安堵したように言う。カイウスの心にも、疑念がよぎった。

 だが、リディアだけは、静かに周囲を観察していた。彼女の視線は、水そのものではなく、水源周辺の土壌や、そこに生えている苔(こけ)、岩の質感に向けられていた。

「いいえ。異常はあります」

 リディアは、おもむろに地面に膝をつき、土を少量、指でつまみ上げた。

「この土壌に、ごく微量ですが、人の感覚を鈍らせ、思考力を低下させる毒性を持つ鉱物が含まれています。通常の方法では検出できないレベルの微量です。しかし、これを長期間摂取し続ければ、確実に精神は蝕まれていく。作物が枯れ、人々が気力を失うのは、このせいです」

 それは、常人には到底不可能な分析だった。魔族として、あらゆるエネルギーの流れに敏感だった頃の能力の残滓(ざんし)が、彼女にそれを可能とさせていた。もちろん、カイウスたちにそれを説明するつもりはない。

「なぜ、そんなことがわかるんだ……?」

 カイウスが、驚愕に目を見開いて尋ねる。

「この水源を利用している者たちから検出される、特有の感情の波形パターン。それが、この土壌が発する微弱なエネルギーの波長と、完全に一致したからです」

 リディアは、あくまでデータ分析の結果として、事実だけを告げた。彼女にとっては、それが全てだった。

 カイウスは、しばらくの間、言葉を失っていた。目の前の少女は、一体何者なのだろう。人の感情の波形を読み、土が発するエネルギーの波長を感じ取る。それは、もはや人間の領域を超えている。

 しかし、今はその謎を追求している場合ではなかった。領地が、危機に瀕しているのだ。

「すぐにこの水源を封鎖する! そして、領民全員に、別の水源から水を運ぶように通達しろ!」

 カイウスの決断は早かった。
 部下たちは、まだ半信半疑だったが、領主の鬼気迫る表情に、黙って従った。

 この日から、リディア・フォン・クラインフェルトは、領民たちの間で新たな名で呼ばれるようになる。
 感情を見せない、氷のような美しさ。そして、人知を超えた力で、領地の危機を救った少女。

 人々は、畏怖と、そして感謝を込めて、彼女をこう呼んだ。
 ――氷の聖女様、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!

追放された薬膳聖女は氷の公爵様を温めたい~胃袋を掴んだら呪いが解けて溺愛されました~

黒崎隼人
恋愛
冤罪で婚約破棄され、極寒の辺境へ追放された伯爵令嬢リリアナ。「氷の公爵」と恐れられる魔導師アレクセイの城に送られるが、そこで彼女を待っていたのは、呪いにより味覚を失い、孤独に震える公爵だった!? 「……なんだ、この温かさは」 前世の知識である【薬膳】で作った特製スープが、彼の凍りついた心と胃袋を溶かしていく! 料理の腕で公爵様を餌付けし、もふもふ聖獣も手なずけて、辺境スローライフを満喫していたら、いつの間にか公爵様からの溺愛が止まらない!? 一方、リリアナを追放した王都では作物が枯れ果て、元婚約者たちが破滅へと向かっていた――。 心も体も温まる、おいしい大逆転劇!

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

スキル『農業』はゴミだと追放されたが、実は植物の遺伝子を書き換える神スキル【神農】でした。荒野を楽園に変えて異世界万博を開催します!

黒崎隼人
ファンタジー
「そのスキル『農業』?剣も魔法も使えないクズはいらん、失せろ!」 勇者召喚に巻き込まれて異世界へ転生した植物オタクの青年カイルは、地味なスキルを理由に王都を追放され、死の荒野へと捨てられた。 しかし、誰も知らなかったのだ。 彼のスキルが、ただの農業ではなく、植物の遺伝子さえ書き換え、不毛の大地を瞬く間に聖域に変える神の力【神農】であることを。 荒野を一瞬で緑豊かな楽園に変えたカイルは、伝説の魔獣フェンリルを餌付けして相棒にし、傷ついた亡国の美姫ソフィアを助け出し、自由気ままなスローライフを開始する。 やがて彼が育てた作物は「エリクサーより効く」と評判になり、その噂を聞きつけた商人によって、彼の領地で世界規模の祭典――『異世界万博』が開催されることに!? 一方、カイルを追放した王国は深刻な食糧難に陥り、没落の一途をたどっていた。 「今さら戻れと言われても、この野菜は全部、俺とソフィアのとフェンのものですから」 最強の農民が送る、世界を揺るがす大逆転・万博ファンタジー、ここに開幕!

追放悪役令嬢、辺境の荒れ地を楽園に!元夫の求婚?ざまぁ、今更遅いです!

黒崎隼人
ファンタジー
皇太子カイルから「政治的理由」で離婚を宣告され、辺境へ追放された悪役令嬢レイナ。しかし彼女は、前世の農業知識と、偶然出会った神獣フェンリルの力を得て、荒れ地を豊かな楽園へと変えていく。 そんな彼女の元に現れたのは、離婚したはずの元夫。「離婚は君を守るためだった」と告白し、復縁を迫るカイルだが、レイナの答えは「ノー」。 「離婚したからこそ、本当の幸せが見つかった」 これは、悪女のレッテルを貼られた令嬢が、自らの手で未来を切り拓き、元夫と「夫婦ではない」最高のパートナーシップを築く、成り上がりと新しい絆の物語。

【完結】アラフォー聖女、辺境で愛されます。~用済みと追放されましたが私はここで充実しています~

猫燕
恋愛
聖女エレナは、20年間教会で酷使された末、若い新聖女に取って代わられ冷淡に追放される。「私の人生、何だったの?」と疲れ果てた彼女が流れ着いたのは、魔物の呪いに苦しむ辺境の村。咄嗟に使った治癒魔法で村人を救うと、村の若者たちに「聖女様!」とチヤホヤされる。エレナの力はまだ輝いていた――。追放されたアラフォー聖女が、新たな居場所で自信と愛を取り戻す、癒やしと逆転の物語。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

処理中です...