15 / 18
番外編1「リナの、ささやかな願い」
しおりを挟む
カイ様が「豊穣伯」という、とても偉い貴族様になられました。
領地のみんなが自分のことのように喜んで、お祝いのお祭りを開きました。
私も、もちろん、すごくすごく嬉しかったです。
カイ様がずっと頑張ってきたのを知っていますから。
最初はみんなに馬鹿にされながらも、たった一人で堆肥を作って。
泥だらけになりながらカチカチの土を耕して。
その背中を、私はずっと一番近くで見てきました。
だからカイ様が王様から認められて、本当に良かったって心の底から思いました。
でも……ほんの少しだけ、寂しい気持ちにもなったんです。
カイ様はこれからもっともっと遠い場所へ行ってしまうような気がして。
貧乏貴族の三男様だったカイ様と、村娘の私。
それでも私たちは「幼馴染」でした。
でも大貴族の豊穣伯様と、村娘の私。
その間にはとても大きな、見えない壁ができてしまったような気がしたんです。
それにカイ様の隣には、いつもセレスティア様がいらっしゃいます。
セレスティア様はお姫様で、騎士様で、とても綺麗で、強くて、賢い方です。
泥だらけで働くカイ様の隣で剣を振るうセレスティア様の姿は、本当にお似合いで、まるで物語の英雄とヒロインのようでした。
私なんてカイ様のために、美味しいご飯を作ることくらいしかできません。
お祝いの宴の夜。
みんなが楽しそうにしている中で、私は一人こっそりと屋敷を抜け出して、カイ様が最初に作ったあの小さな畑に来ました。
ここがすべての始まりの場所。
ここで採れたコルン麦で焼いたパンの味を、私は一生忘れません。
あの時のカイ様の嬉しそうな、誇らしそうな顔も。
「……カイ様」
月明かりに照らされた畑に向かって、ぽつりと名前を呼びました。
これからカイ様は新しい、広い領地に行くそうです。
私も一緒について行っていいのでしょうか。
カイ様のそばにずっといても、いいのでしょうか。
そんなことを考えていたら、なんだか涙がこぼれそうになりました。
その時でした。
「リナ? こんな所で、どうしたんだ?」
後ろから優しい声が聞こえました。
振り返ると、そこにカイ様が立っていました。
「カ、カイ様! いえ、その、夜風にあたっていただけです!」
慌てて涙を拭いて笑顔を作ります。でもカイ様は全部お見通しみたいでした。
「何か、悩み事か? 俺でよかったら聞くぞ」
カイ様は私の隣に座って、まっすぐに私の目を見てくれました。
その瞳は昔と何も変わらない、優しくて温かい瞳でした。
「……私、不安なんです」
気づいたら、私は心の中にあったものを全部話していました。
カイ様が遠くへ行ってしまう気がすること。
セレスティア様みたいに、カイ様のお役に立てないこと。
伯爵様になったカイ様の隣に私がいていいのか、分からなくなったこと。
私の話を、カイ様は黙って最後まで聞いてくれました。
そして話し終えた私の頭を、大きな手で優しく撫でてくれました。
「馬鹿だな、リナは」
カイ様は呆れたように、でもすごく優しく笑って言いました。
「俺がここまで来れたのは、リナがいてくれたからだぞ。みんなが俺を信じなかった時、お前だけはずっと隣で応援してくれたじゃないか。お前がいなかったら俺はとっくに心が折れてた」
「カイ様……」
「それに、俺にとってリナの作ってくれる飯が一番の元気の源なんだ。あれがないと俺は戦えない。だから、これからもずっと俺のそばで美味い飯を作ってくれ。それこそが、リナにしかできない最高の仕事だ」
カイ様の言葉が温かい光みたいに私の心の中に広がっていきました。
不安で冷たくなっていた心が、ぽかぽかと温かくなっていきます。
「……はい」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔で、でも精一杯の笑顔で頷きました。
「はい! カイ様! これからも、ずっと、世界で一番美味しいご飯を作ります!」
「ああ、頼んだぞ」
カイ様はにっと笑って、私の涙を指で拭ってくれました。
その時、気づきました。
カイ様は何も変わっていない。
伯爵様になっても、カイ様は私の知っている優しいカイ様のままだって。
壁を作っていたのは私の方だったんだって。
私の願いは、そんなに大きなものじゃありません。
これからもカイ様の隣で、カイ様の「美味しい」っていう笑顔が見たい。
ただそれだけです。
そのささやかな願いが叶うなら、私はどこへだってついて行きます。
新しい領地でも、もっともっと美味しい料理を作って、カイ様を、そしてみんなを笑顔にしてみせます。
そう心に誓った、月が綺麗な夜でした。
領地のみんなが自分のことのように喜んで、お祝いのお祭りを開きました。
私も、もちろん、すごくすごく嬉しかったです。
カイ様がずっと頑張ってきたのを知っていますから。
最初はみんなに馬鹿にされながらも、たった一人で堆肥を作って。
泥だらけになりながらカチカチの土を耕して。
その背中を、私はずっと一番近くで見てきました。
だからカイ様が王様から認められて、本当に良かったって心の底から思いました。
でも……ほんの少しだけ、寂しい気持ちにもなったんです。
カイ様はこれからもっともっと遠い場所へ行ってしまうような気がして。
貧乏貴族の三男様だったカイ様と、村娘の私。
それでも私たちは「幼馴染」でした。
でも大貴族の豊穣伯様と、村娘の私。
その間にはとても大きな、見えない壁ができてしまったような気がしたんです。
それにカイ様の隣には、いつもセレスティア様がいらっしゃいます。
セレスティア様はお姫様で、騎士様で、とても綺麗で、強くて、賢い方です。
泥だらけで働くカイ様の隣で剣を振るうセレスティア様の姿は、本当にお似合いで、まるで物語の英雄とヒロインのようでした。
私なんてカイ様のために、美味しいご飯を作ることくらいしかできません。
お祝いの宴の夜。
みんなが楽しそうにしている中で、私は一人こっそりと屋敷を抜け出して、カイ様が最初に作ったあの小さな畑に来ました。
ここがすべての始まりの場所。
ここで採れたコルン麦で焼いたパンの味を、私は一生忘れません。
あの時のカイ様の嬉しそうな、誇らしそうな顔も。
「……カイ様」
月明かりに照らされた畑に向かって、ぽつりと名前を呼びました。
これからカイ様は新しい、広い領地に行くそうです。
私も一緒について行っていいのでしょうか。
カイ様のそばにずっといても、いいのでしょうか。
そんなことを考えていたら、なんだか涙がこぼれそうになりました。
その時でした。
「リナ? こんな所で、どうしたんだ?」
後ろから優しい声が聞こえました。
振り返ると、そこにカイ様が立っていました。
「カ、カイ様! いえ、その、夜風にあたっていただけです!」
慌てて涙を拭いて笑顔を作ります。でもカイ様は全部お見通しみたいでした。
「何か、悩み事か? 俺でよかったら聞くぞ」
カイ様は私の隣に座って、まっすぐに私の目を見てくれました。
その瞳は昔と何も変わらない、優しくて温かい瞳でした。
「……私、不安なんです」
気づいたら、私は心の中にあったものを全部話していました。
カイ様が遠くへ行ってしまう気がすること。
セレスティア様みたいに、カイ様のお役に立てないこと。
伯爵様になったカイ様の隣に私がいていいのか、分からなくなったこと。
私の話を、カイ様は黙って最後まで聞いてくれました。
そして話し終えた私の頭を、大きな手で優しく撫でてくれました。
「馬鹿だな、リナは」
カイ様は呆れたように、でもすごく優しく笑って言いました。
「俺がここまで来れたのは、リナがいてくれたからだぞ。みんなが俺を信じなかった時、お前だけはずっと隣で応援してくれたじゃないか。お前がいなかったら俺はとっくに心が折れてた」
「カイ様……」
「それに、俺にとってリナの作ってくれる飯が一番の元気の源なんだ。あれがないと俺は戦えない。だから、これからもずっと俺のそばで美味い飯を作ってくれ。それこそが、リナにしかできない最高の仕事だ」
カイ様の言葉が温かい光みたいに私の心の中に広がっていきました。
不安で冷たくなっていた心が、ぽかぽかと温かくなっていきます。
「……はい」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔で、でも精一杯の笑顔で頷きました。
「はい! カイ様! これからも、ずっと、世界で一番美味しいご飯を作ります!」
「ああ、頼んだぞ」
カイ様はにっと笑って、私の涙を指で拭ってくれました。
その時、気づきました。
カイ様は何も変わっていない。
伯爵様になっても、カイ様は私の知っている優しいカイ様のままだって。
壁を作っていたのは私の方だったんだって。
私の願いは、そんなに大きなものじゃありません。
これからもカイ様の隣で、カイ様の「美味しい」っていう笑顔が見たい。
ただそれだけです。
そのささやかな願いが叶うなら、私はどこへだってついて行きます。
新しい領地でも、もっともっと美味しい料理を作って、カイ様を、そしてみんなを笑顔にしてみせます。
そう心に誓った、月が綺麗な夜でした。
11
あなたにおすすめの小説
異世界ショコラティエの甘い革命~チョコレートが存在しない世界でカカオを育ててバレンタインを流行らせます~
黒崎隼人
ファンタジー
【2月14日はバレンタイデー!】
現代日本でパティシエを目指していた記憶を持つ少年ルカは、貧しい農村の三男坊として異世界に転生した。しかし、そこは「チョコレート」が存在しない世界だった!
砂糖はある、ミルクもある。けれど、あの芳醇で甘美な黒い宝石だけがない。
「ないのなら、作るしかない」
ルカは森の奥で嫌われ者の「オニノミ」がカカオの原種であることを見抜き、独自に栽培を開始する。発酵、乾燥、焙煎――前世の知識と魔法を駆使して、ついに完成した「ショコラ」。その味は、粗悪な菓子しか知らなかった異世界の人々に衝撃を与え、やがて頑固な父、商魂たくましい商人、そして厳格な領主や宗教家までも巻き込んでいく。
これは、甘いお菓子で世界を変える、少年のサクセスストーリー。
追放悪役令嬢は、絶品農業料理で辺境開拓!気づけば隣国を動かす「食の女王」になってました
緋村ルナ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王子から追放された公爵令嬢ベアトリス。絶望の辺境で、彼女は前世の知識と持ち前の負けん気を糧に立ち上がる。荒れた土地を豊かな農地へと変え、誰もが食べたことのない絶品料理を生み出すと、その美食は瞬く間に国境を越え、小さなレストランは世界に名を馳せるようになる。
やがて食糧危機に瀕した祖国からのSOS。過去の恩讐を乗り越え、ベアトリスは再び表舞台へ。彼女が築き上げた“食”の力は、国家運営、国際関係にまで影響を及ぼし、一介の追放令嬢が「食の女王」として世界を動かす存在へと成り上がっていく、壮大で美味しい逆転サクセスストーリー!
過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました
黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。
これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。
死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜
黒崎隼人
ファンタジー
土を愛し、土に愛された男、アロン。
日本の農家として過労死した彼は、不作と飢饉に喘ぐ異世界の貧しい村の少年として転生する。
そこは、栄養を失い、死に絶えた土が広がる絶望の土地だった。
だが、アロンには前世の知識と、土の状態を見抜き活性化させる異能『土壌神の恵み』があった!
「この死んだ土地を、世界で一番豊かな畑に変えてみせる」
一本のスコップと規格外の農業スキルで、アロンは大地を蘇らせていく。
生み出されるのは、異世界人がかつて味わったことのない絶品野菜と料理の数々。
飢えた村人を救い、病弱な公爵令嬢を元気にし、やがてその評判は国をも動かすことに――。
食で人々を繋ぎ、戦わずして国を救う。
最強の農家による、痛快異世界農業ファンタジー、ここに開幕!
追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。
絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」!
畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。
森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。
一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。
これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。
スキル『農業』はゴミだと追放されたが、実は植物の遺伝子を書き換える神スキル【神農】でした。荒野を楽園に変えて異世界万博を開催します!
黒崎隼人
ファンタジー
「そのスキル『農業』?剣も魔法も使えないクズはいらん、失せろ!」
勇者召喚に巻き込まれて異世界へ転生した植物オタクの青年カイルは、地味なスキルを理由に王都を追放され、死の荒野へと捨てられた。
しかし、誰も知らなかったのだ。
彼のスキルが、ただの農業ではなく、植物の遺伝子さえ書き換え、不毛の大地を瞬く間に聖域に変える神の力【神農】であることを。
荒野を一瞬で緑豊かな楽園に変えたカイルは、伝説の魔獣フェンリルを餌付けして相棒にし、傷ついた亡国の美姫ソフィアを助け出し、自由気ままなスローライフを開始する。
やがて彼が育てた作物は「エリクサーより効く」と評判になり、その噂を聞きつけた商人によって、彼の領地で世界規模の祭典――『異世界万博』が開催されることに!?
一方、カイルを追放した王国は深刻な食糧難に陥り、没落の一途をたどっていた。
「今さら戻れと言われても、この野菜は全部、俺とソフィアのとフェンのものですから」
最強の農民が送る、世界を揺るがす大逆転・万博ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる