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番外編1「リナの、ささやかな願い」
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カイ様が「豊穣伯」という、とても偉い貴族様になられました。
領地のみんなが自分のことのように喜んで、お祝いのお祭りを開きました。
私も、もちろん、すごくすごく嬉しかったです。
カイ様がずっと頑張ってきたのを知っていますから。
最初はみんなに馬鹿にされながらも、たった一人で堆肥を作って。
泥だらけになりながらカチカチの土を耕して。
その背中を、私はずっと一番近くで見てきました。
だからカイ様が王様から認められて、本当に良かったって心の底から思いました。
でも……ほんの少しだけ、寂しい気持ちにもなったんです。
カイ様はこれからもっともっと遠い場所へ行ってしまうような気がして。
貧乏貴族の三男様だったカイ様と、村娘の私。
それでも私たちは「幼馴染」でした。
でも大貴族の豊穣伯様と、村娘の私。
その間にはとても大きな、見えない壁ができてしまったような気がしたんです。
それにカイ様の隣には、いつもセレスティア様がいらっしゃいます。
セレスティア様はお姫様で、騎士様で、とても綺麗で、強くて、賢い方です。
泥だらけで働くカイ様の隣で剣を振るうセレスティア様の姿は、本当にお似合いで、まるで物語の英雄とヒロインのようでした。
私なんてカイ様のために、美味しいご飯を作ることくらいしかできません。
お祝いの宴の夜。
みんなが楽しそうにしている中で、私は一人こっそりと屋敷を抜け出して、カイ様が最初に作ったあの小さな畑に来ました。
ここがすべての始まりの場所。
ここで採れたコルン麦で焼いたパンの味を、私は一生忘れません。
あの時のカイ様の嬉しそうな、誇らしそうな顔も。
「……カイ様」
月明かりに照らされた畑に向かって、ぽつりと名前を呼びました。
これからカイ様は新しい、広い領地に行くそうです。
私も一緒について行っていいのでしょうか。
カイ様のそばにずっといても、いいのでしょうか。
そんなことを考えていたら、なんだか涙がこぼれそうになりました。
その時でした。
「リナ? こんな所で、どうしたんだ?」
後ろから優しい声が聞こえました。
振り返ると、そこにカイ様が立っていました。
「カ、カイ様! いえ、その、夜風にあたっていただけです!」
慌てて涙を拭いて笑顔を作ります。でもカイ様は全部お見通しみたいでした。
「何か、悩み事か? 俺でよかったら聞くぞ」
カイ様は私の隣に座って、まっすぐに私の目を見てくれました。
その瞳は昔と何も変わらない、優しくて温かい瞳でした。
「……私、不安なんです」
気づいたら、私は心の中にあったものを全部話していました。
カイ様が遠くへ行ってしまう気がすること。
セレスティア様みたいに、カイ様のお役に立てないこと。
伯爵様になったカイ様の隣に私がいていいのか、分からなくなったこと。
私の話を、カイ様は黙って最後まで聞いてくれました。
そして話し終えた私の頭を、大きな手で優しく撫でてくれました。
「馬鹿だな、リナは」
カイ様は呆れたように、でもすごく優しく笑って言いました。
「俺がここまで来れたのは、リナがいてくれたからだぞ。みんなが俺を信じなかった時、お前だけはずっと隣で応援してくれたじゃないか。お前がいなかったら俺はとっくに心が折れてた」
「カイ様……」
「それに、俺にとってリナの作ってくれる飯が一番の元気の源なんだ。あれがないと俺は戦えない。だから、これからもずっと俺のそばで美味い飯を作ってくれ。それこそが、リナにしかできない最高の仕事だ」
カイ様の言葉が温かい光みたいに私の心の中に広がっていきました。
不安で冷たくなっていた心が、ぽかぽかと温かくなっていきます。
「……はい」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔で、でも精一杯の笑顔で頷きました。
「はい! カイ様! これからも、ずっと、世界で一番美味しいご飯を作ります!」
「ああ、頼んだぞ」
カイ様はにっと笑って、私の涙を指で拭ってくれました。
その時、気づきました。
カイ様は何も変わっていない。
伯爵様になっても、カイ様は私の知っている優しいカイ様のままだって。
壁を作っていたのは私の方だったんだって。
私の願いは、そんなに大きなものじゃありません。
これからもカイ様の隣で、カイ様の「美味しい」っていう笑顔が見たい。
ただそれだけです。
そのささやかな願いが叶うなら、私はどこへだってついて行きます。
新しい領地でも、もっともっと美味しい料理を作って、カイ様を、そしてみんなを笑顔にしてみせます。
そう心に誓った、月が綺麗な夜でした。
領地のみんなが自分のことのように喜んで、お祝いのお祭りを開きました。
私も、もちろん、すごくすごく嬉しかったです。
カイ様がずっと頑張ってきたのを知っていますから。
最初はみんなに馬鹿にされながらも、たった一人で堆肥を作って。
泥だらけになりながらカチカチの土を耕して。
その背中を、私はずっと一番近くで見てきました。
だからカイ様が王様から認められて、本当に良かったって心の底から思いました。
でも……ほんの少しだけ、寂しい気持ちにもなったんです。
カイ様はこれからもっともっと遠い場所へ行ってしまうような気がして。
貧乏貴族の三男様だったカイ様と、村娘の私。
それでも私たちは「幼馴染」でした。
でも大貴族の豊穣伯様と、村娘の私。
その間にはとても大きな、見えない壁ができてしまったような気がしたんです。
それにカイ様の隣には、いつもセレスティア様がいらっしゃいます。
セレスティア様はお姫様で、騎士様で、とても綺麗で、強くて、賢い方です。
泥だらけで働くカイ様の隣で剣を振るうセレスティア様の姿は、本当にお似合いで、まるで物語の英雄とヒロインのようでした。
私なんてカイ様のために、美味しいご飯を作ることくらいしかできません。
お祝いの宴の夜。
みんなが楽しそうにしている中で、私は一人こっそりと屋敷を抜け出して、カイ様が最初に作ったあの小さな畑に来ました。
ここがすべての始まりの場所。
ここで採れたコルン麦で焼いたパンの味を、私は一生忘れません。
あの時のカイ様の嬉しそうな、誇らしそうな顔も。
「……カイ様」
月明かりに照らされた畑に向かって、ぽつりと名前を呼びました。
これからカイ様は新しい、広い領地に行くそうです。
私も一緒について行っていいのでしょうか。
カイ様のそばにずっといても、いいのでしょうか。
そんなことを考えていたら、なんだか涙がこぼれそうになりました。
その時でした。
「リナ? こんな所で、どうしたんだ?」
後ろから優しい声が聞こえました。
振り返ると、そこにカイ様が立っていました。
「カ、カイ様! いえ、その、夜風にあたっていただけです!」
慌てて涙を拭いて笑顔を作ります。でもカイ様は全部お見通しみたいでした。
「何か、悩み事か? 俺でよかったら聞くぞ」
カイ様は私の隣に座って、まっすぐに私の目を見てくれました。
その瞳は昔と何も変わらない、優しくて温かい瞳でした。
「……私、不安なんです」
気づいたら、私は心の中にあったものを全部話していました。
カイ様が遠くへ行ってしまう気がすること。
セレスティア様みたいに、カイ様のお役に立てないこと。
伯爵様になったカイ様の隣に私がいていいのか、分からなくなったこと。
私の話を、カイ様は黙って最後まで聞いてくれました。
そして話し終えた私の頭を、大きな手で優しく撫でてくれました。
「馬鹿だな、リナは」
カイ様は呆れたように、でもすごく優しく笑って言いました。
「俺がここまで来れたのは、リナがいてくれたからだぞ。みんなが俺を信じなかった時、お前だけはずっと隣で応援してくれたじゃないか。お前がいなかったら俺はとっくに心が折れてた」
「カイ様……」
「それに、俺にとってリナの作ってくれる飯が一番の元気の源なんだ。あれがないと俺は戦えない。だから、これからもずっと俺のそばで美味い飯を作ってくれ。それこそが、リナにしかできない最高の仕事だ」
カイ様の言葉が温かい光みたいに私の心の中に広がっていきました。
不安で冷たくなっていた心が、ぽかぽかと温かくなっていきます。
「……はい」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔で、でも精一杯の笑顔で頷きました。
「はい! カイ様! これからも、ずっと、世界で一番美味しいご飯を作ります!」
「ああ、頼んだぞ」
カイ様はにっと笑って、私の涙を指で拭ってくれました。
その時、気づきました。
カイ様は何も変わっていない。
伯爵様になっても、カイ様は私の知っている優しいカイ様のままだって。
壁を作っていたのは私の方だったんだって。
私の願いは、そんなに大きなものじゃありません。
これからもカイ様の隣で、カイ様の「美味しい」っていう笑顔が見たい。
ただそれだけです。
そのささやかな願いが叶うなら、私はどこへだってついて行きます。
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そう心に誓った、月が綺麗な夜でした。
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