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第2話「畑と堆肥と変人扱い」
「よし、まずは土作りからだ!」
翌朝、アロンは夜明けと共に起き出すと、家の裏の畑で一人、高らかに宣言した。
やるべきことは山積している。
だが、全ての始まりは土壌改良。これなくして、豊かな収穫はありえない。農業の、揺るぎない基本中の基本だ。
『土壌分析によれば、この畑は栄養スカスカ、カチカチ、保水性ゼロの三重苦。まずは、有機物を大量に投入して、土をふかふかに蘇らせる必要があるな』
そのために不可欠なのが、堆肥である。
アロンは村の外れにある、家畜のフンや生ゴミが捨てられている場所へと向かった。村人たちにとっては、ただ汚いだけのゴミ捨て場。しかし、アロンの目には宝の山に映っていた。
「お、いいねいいね。これは良質な牛フン。こっちには鶏フンもある。乾燥した草や落ち葉も混ぜれば、極上の堆肥ができるぞ」
一人でぶつぶつ言いながら、アロンは手製の木箱に、鼻が曲がりそうな悪臭を放つ「宝物」を詰め込み始めた。
前世では慣れた作業だったが、この10歳の小さな体にはなかなかの重労働だ。ぜえぜえと息を切らしながら、何度もゴミ捨て場と自宅の裏庭を往復する。
家の裏に集めた材料を、アロンは手際よく積み上げていった。
牛フン、鶏フン、枯れ草、落ち葉、そして台所から拝借してきた野菜クズ。それらを交互に美しい層になるよう重ね、米のとぎ汁(この世界ではただ捨てられていた)を上からふりかける。発酵を促す微生物の代わりだ。
「よし、これでしばらく寝かせておけば、極上の完熟堆肥になるはずだ」
満足げに頷くアロンだったが、その一連の行動は、村人たちにとって理解不能な奇行でしかなかった。
「おい、見たか。アロンんちのせがれ、朝からゴミ捨て場のフンを集めてるぞ」
「ああ、おかしな匂いがすると思ったら……。とうとう頭がおかしくなったんじゃないのか」
「病気で寝込んでから、どうも様子が変だとは思っていたがな」
遠巻きにひそひそとささやかれる声が、アロンの耳にも届く。
だが、彼は気にしなかった。結果を出せば、誰も文句は言えなくなる。それも、前世で学んだことの一つだった。
そんなアロンの元に、一人だけ、ずかずかと近づいてくる少女がいた。
そばかすの浮いた頬をぷくりと膨らませた、幼馴染のセナだ。
「アロン! あんた、朝から何やってんのよ! ものすごい臭いんだけど!」
セナは鼻をつまみながら、アロンが積み上げた小山を指さした。
「ああ、セナか。おはよう。これは堆肥だよ。最高の畑を作るための、魔法の土さ」
「たいひ? まほうのつち?」
きょとんとするセナに、アロンは得意げに説明を始めた。
このフンや枯れ草が、時間を置くと真っ黒で栄養たっぷりの土に変わること。それを畑に混ぜ込むと、作物がびっくりするくらい元気に育つこと。
熱っぽく語るアロンを、セナはぽかんとした顔で見ていたが、やがて呆れたようにため息をついた。
「……よくわかんないけど、アロンが楽しそうだから、まあいっか」
「だろ? あ、そうだ。セナ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「えー、臭いのは嫌よ」
「堆肥が完成したら、セナに世界で一番美味しい野菜を食べさせてやる。約束だ」
アロンが真剣な顔で言うと、セナは少し考えてから、ニカッと太陽のように笑った。
「一番美味しいの、絶対よ? しょうがないなあ、手伝ってあげる!」
こうして、アロンの農業改革に、最初の協力者が誕生した。
セナという強力な(?)助っ人を得たアロンは、次に「緑肥」に取り掛かった。緑肥とは、育てた植物をそのまま土にすき込むことで、土の栄養にするという農法だ。
幸い、この世界にもマメ科の植物は自生していた。アロンはセナと一緒に、根に窒素を貯め込む性質のある「レンガ豆」という雑草を大量に集め、畑に植えていった。
これもまた、村人たちから見れば意味不明な行動だった。
「なんでわざわざ雑草を畑に植えるんだ?」
「食えもしないものに、精を出すなんて、酔狂なやつだ」
だが、アロンは気にしない。セナも、最初は文句を言っていたが、アロンが子供のように楽しそうに土をいじるのを見ているうちに、いつの間にか夢中でレンガ豆を植えていた。
堆肥作りと緑肥の導入。
傍から見れば、ただ汚いゴミを集め、雑草を植えているだけ。
しかし、アロンには見えていた。
『土壌神の恵み』を通して見る彼の畑は、灰色の「死んだ土」から、少しずつ、ほんの少しずつだが、生命の色を取り戻し始めていたのだ。
数週間後。
レンガ豆が可愛らしい紫色の花を咲かせた頃、アロンはそれを惜しげもなく刈り取ると、クワで畑にすき込んでいった。
そして、いよいよ、寝かせておいた堆肥の出番だ。
すっかり発酵が進んだ堆肥は、嫌な臭いも消え、まるで森の土のような芳しい香りを放つ、黒くふかふかとした極上の土に変わっていた。
「うわあ、本当に真っ黒な土になってる! いい匂い!」
セナが驚きの声を上げる。
「だろ? これが、俺たちの畑の未来だ」
アロンは完成した堆肥を畑に運び込み、丁寧に土と混ぜ合わせていく。
カチカチだった土は、まるで上質なスポンジのように空気をたっぷりと含み、ふかふかになった。一握り掴むと、しっとりと手に馴染み、生命の香りがする。
『土壌分析……完了。窒素、リン酸、カリウム、バランス良好。有機物含有量、大幅に改善。土壌硬度、低。保水性、高。……結論:この土は生きています』
脳内に響く声が、アロンの努力を肯定してくれた。
目の前の畑は、淡い茶色の温かい光を放っているように見える。
「よし……。最高の土ができた。次は、何を植えるか、だな」
アロンはふかふかの土を握りしめ、にやりと笑った。
この世界にはまだない、前世の記憶から引っ張り出してきた「秘密の作物」の種を、彼はすでに用意していた。
誰も見たことのない収穫が、もうすぐこの畑で産声を上げる。
そのことを、今はまだ、アロンとセナの二人しか知らなかった。
翌朝、アロンは夜明けと共に起き出すと、家の裏の畑で一人、高らかに宣言した。
やるべきことは山積している。
だが、全ての始まりは土壌改良。これなくして、豊かな収穫はありえない。農業の、揺るぎない基本中の基本だ。
『土壌分析によれば、この畑は栄養スカスカ、カチカチ、保水性ゼロの三重苦。まずは、有機物を大量に投入して、土をふかふかに蘇らせる必要があるな』
そのために不可欠なのが、堆肥である。
アロンは村の外れにある、家畜のフンや生ゴミが捨てられている場所へと向かった。村人たちにとっては、ただ汚いだけのゴミ捨て場。しかし、アロンの目には宝の山に映っていた。
「お、いいねいいね。これは良質な牛フン。こっちには鶏フンもある。乾燥した草や落ち葉も混ぜれば、極上の堆肥ができるぞ」
一人でぶつぶつ言いながら、アロンは手製の木箱に、鼻が曲がりそうな悪臭を放つ「宝物」を詰め込み始めた。
前世では慣れた作業だったが、この10歳の小さな体にはなかなかの重労働だ。ぜえぜえと息を切らしながら、何度もゴミ捨て場と自宅の裏庭を往復する。
家の裏に集めた材料を、アロンは手際よく積み上げていった。
牛フン、鶏フン、枯れ草、落ち葉、そして台所から拝借してきた野菜クズ。それらを交互に美しい層になるよう重ね、米のとぎ汁(この世界ではただ捨てられていた)を上からふりかける。発酵を促す微生物の代わりだ。
「よし、これでしばらく寝かせておけば、極上の完熟堆肥になるはずだ」
満足げに頷くアロンだったが、その一連の行動は、村人たちにとって理解不能な奇行でしかなかった。
「おい、見たか。アロンんちのせがれ、朝からゴミ捨て場のフンを集めてるぞ」
「ああ、おかしな匂いがすると思ったら……。とうとう頭がおかしくなったんじゃないのか」
「病気で寝込んでから、どうも様子が変だとは思っていたがな」
遠巻きにひそひそとささやかれる声が、アロンの耳にも届く。
だが、彼は気にしなかった。結果を出せば、誰も文句は言えなくなる。それも、前世で学んだことの一つだった。
そんなアロンの元に、一人だけ、ずかずかと近づいてくる少女がいた。
そばかすの浮いた頬をぷくりと膨らませた、幼馴染のセナだ。
「アロン! あんた、朝から何やってんのよ! ものすごい臭いんだけど!」
セナは鼻をつまみながら、アロンが積み上げた小山を指さした。
「ああ、セナか。おはよう。これは堆肥だよ。最高の畑を作るための、魔法の土さ」
「たいひ? まほうのつち?」
きょとんとするセナに、アロンは得意げに説明を始めた。
このフンや枯れ草が、時間を置くと真っ黒で栄養たっぷりの土に変わること。それを畑に混ぜ込むと、作物がびっくりするくらい元気に育つこと。
熱っぽく語るアロンを、セナはぽかんとした顔で見ていたが、やがて呆れたようにため息をついた。
「……よくわかんないけど、アロンが楽しそうだから、まあいっか」
「だろ? あ、そうだ。セナ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「えー、臭いのは嫌よ」
「堆肥が完成したら、セナに世界で一番美味しい野菜を食べさせてやる。約束だ」
アロンが真剣な顔で言うと、セナは少し考えてから、ニカッと太陽のように笑った。
「一番美味しいの、絶対よ? しょうがないなあ、手伝ってあげる!」
こうして、アロンの農業改革に、最初の協力者が誕生した。
セナという強力な(?)助っ人を得たアロンは、次に「緑肥」に取り掛かった。緑肥とは、育てた植物をそのまま土にすき込むことで、土の栄養にするという農法だ。
幸い、この世界にもマメ科の植物は自生していた。アロンはセナと一緒に、根に窒素を貯め込む性質のある「レンガ豆」という雑草を大量に集め、畑に植えていった。
これもまた、村人たちから見れば意味不明な行動だった。
「なんでわざわざ雑草を畑に植えるんだ?」
「食えもしないものに、精を出すなんて、酔狂なやつだ」
だが、アロンは気にしない。セナも、最初は文句を言っていたが、アロンが子供のように楽しそうに土をいじるのを見ているうちに、いつの間にか夢中でレンガ豆を植えていた。
堆肥作りと緑肥の導入。
傍から見れば、ただ汚いゴミを集め、雑草を植えているだけ。
しかし、アロンには見えていた。
『土壌神の恵み』を通して見る彼の畑は、灰色の「死んだ土」から、少しずつ、ほんの少しずつだが、生命の色を取り戻し始めていたのだ。
数週間後。
レンガ豆が可愛らしい紫色の花を咲かせた頃、アロンはそれを惜しげもなく刈り取ると、クワで畑にすき込んでいった。
そして、いよいよ、寝かせておいた堆肥の出番だ。
すっかり発酵が進んだ堆肥は、嫌な臭いも消え、まるで森の土のような芳しい香りを放つ、黒くふかふかとした極上の土に変わっていた。
「うわあ、本当に真っ黒な土になってる! いい匂い!」
セナが驚きの声を上げる。
「だろ? これが、俺たちの畑の未来だ」
アロンは完成した堆肥を畑に運び込み、丁寧に土と混ぜ合わせていく。
カチカチだった土は、まるで上質なスポンジのように空気をたっぷりと含み、ふかふかになった。一握り掴むと、しっとりと手に馴染み、生命の香りがする。
『土壌分析……完了。窒素、リン酸、カリウム、バランス良好。有機物含有量、大幅に改善。土壌硬度、低。保水性、高。……結論:この土は生きています』
脳内に響く声が、アロンの努力を肯定してくれた。
目の前の畑は、淡い茶色の温かい光を放っているように見える。
「よし……。最高の土ができた。次は、何を植えるか、だな」
アロンはふかふかの土を握りしめ、にやりと笑った。
この世界にはまだない、前世の記憶から引っ張り出してきた「秘密の作物」の種を、彼はすでに用意していた。
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そのことを、今はまだ、アロンとセナの二人しか知らなかった。
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※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。