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第4話「噂の野菜と村の希望」
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アロンの一家が、毎晩のように見たこともない豪華な(村の基準では)食事をしているという噂は、風に乗ってあっという間に村中を駆け巡った。
最初は、誰もが半信半疑だった。
あのゲイルの家が? 万年不作で、誰よりも食うや食わずの生活をしていたはずの、あの家が?
「ゲイルの家の畑、見たか? なんだか知らんが、青々とした葉っぱがすごい勢いで茂ってるぞ」
「ああ。それに、あそこの家の煙突からは、毎日たまらなくいい匂いがしてくる。肉を焼いてるわけでもないのに、腹の虫が騒ぐような匂いだ」
「ゲイルに聞いたんだが、息子のアロンが育てた新しい作物なんだと。一口食わしてもらったが、腰を抜かすほど美味かった」
噂は、体験談に変わり、やがて羨望と嫉妬になった。
そして、その感情が頂点に達したある日、事件は起きた。
夜陰に紛れ、アロンの畑からジャガイモがごっそりと盗まれたのだ。
翌朝、無残に荒らされた畑を見て、父親のゲイルは激怒した。
「なんてことだ! 犯人を見つけ出して、ひっ捕らえてやる!」
しかし、アロンは意外にも冷静だった。
「父さん、いいよ。犯人探しなんてしなくて」
「な、なんだとアロン! せっかくお前が苦労して育てた作物だぞ!」
「うん。だから、わかるんだ。腹が減ってる辛さは、俺たちが一番よく知ってるだろ? 盗んでまで食べたかったんだよ。それくらい、村のみんなが飢えてるってことさ」
アロンの言葉に、ゲイルは何も言えなくなった。
その日の昼、アロンは行動を起こした。
収穫したばかりのジャガイモとトマトを山のように積んだ荷車を引いて、村の広場へ向かったのだ。もちろん、隣にはセナが「アロンの助手よ!」と威張ってついてきている。
アロンは広場の中心で、村人たちに向かって大声で叫んだ。
「村のみんな、聞いてくれ! 今日は俺が、みんなにご馳走する! 腹いっぱい食べていってくれ!」
突然の宣言に、遠巻きに見ていた村人たちはざわめいた。
アロンは、その場で大きな鍋に火をかけると、トマトスープと、茹でたジャガイモに木の実オイルと塩をかけただけのシンプルな料理を作り始めた。
それでも、その香りは強烈に村人たちの食欲を刺激した。
最初におそるおそる近づいてきたのは、腹を空かせた子供たちだった。
アロンは笑顔で、木の器にスープをなみなみと注いで手渡す。
「熱いから気をつけてな」
スープを一口すすった子供の目が、驚きで見開かれる。
「……おいしい!」
その一言が、引き金になった。
我先にと、村人たちが鍋の周りに殺到する。アロンとセナ、それに駆けつけた両親も加わって、懸命に料理を配った。
誰もが無言で、夢中で食べた。
スープを飲み干し、ジャガイモを頬張り、おかわりを求める。
中には、その場で泣き出す者さえいた。何ヶ月ぶり、いや、何年ぶりかの「満腹」という感覚に、感情が追いつかなかったのだろう。
すべての料理がなくなり、静けさが戻った広場で、一人の老人がアロンの前に進み出た。
村長のダリオスだ。
「アロン君……。すまなかった。昨夜の犯人は、わしの孫じゃ。お前に、なんとお詫びすれば……」
しわくちゃの顔を歪め、深々と頭を下げる村長。
アロンは慌ててその肩を支えた。
「村長さん、顔を上げてください。言ったでしょう、俺は気にしてないって。それより、一つお願いがあるんです」
アロンは、まっすぐに村長の目を見て言った。
「村の共有地を、俺に貸してくれませんか。あの土地なら、今の10倍、いや、100倍のジャガイモとトマトが作れます。そうすれば、村のみんなが毎日、お腹いっぱい食べられるようになる。俺が、必ずそうしてみせます」
力強い宣言。
それは、10歳の少年が口にするにはあまりに壮大な計画だった。
だが、今の村人たちには、アロンの言葉が神の託宣のように聞こえた。
この少年なら、本当にこの貧しい村を救ってくれるかもしれない。
そんな希望の光が、皆の目に宿っていた。
村長のダリオスは、アロンの手を両手で固く握りしめた。
「……もちろんだとも。あの土地は、今日から君のものだ。いや、君だけのものじゃない。我々、村人全員の希望の土地だ。我々も、君に協力させてくれ。君の言う通りに働く。だから、我々を導いてほしい。アロン――先生!」
村長の言葉に、周りの村人たちが次々と同調する。
「そうだ、アロン先生!」
「俺たちに、畑仕事を教えてくれ!」
いつの間にか、アロンは村の救世主「アロン先生」になっていた。
『いや、先生って……。俺、まだ10歳なんだけど』
照れくささと、少しの気恥ずかしさ。
だが、それ以上に、アロンの心は燃えていた。
自分の知識とスキルが、こんなにも多くの人を笑顔にできる。
これほどやりがいのある仕事が、他にあるだろうか。
「わかりました。みんなで、このカペル村を、大陸一の豊かな村にしましょう!」
アロンの言葉に、この日一番の歓声が上がった。
それは、長い間、不作と貧困にあえいできたカペル村が、再生へと向かう産声のようにも聞こえた。
太陽が、希望に満ちた広場を明るく照らしていた。
最初は、誰もが半信半疑だった。
あのゲイルの家が? 万年不作で、誰よりも食うや食わずの生活をしていたはずの、あの家が?
「ゲイルの家の畑、見たか? なんだか知らんが、青々とした葉っぱがすごい勢いで茂ってるぞ」
「ああ。それに、あそこの家の煙突からは、毎日たまらなくいい匂いがしてくる。肉を焼いてるわけでもないのに、腹の虫が騒ぐような匂いだ」
「ゲイルに聞いたんだが、息子のアロンが育てた新しい作物なんだと。一口食わしてもらったが、腰を抜かすほど美味かった」
噂は、体験談に変わり、やがて羨望と嫉妬になった。
そして、その感情が頂点に達したある日、事件は起きた。
夜陰に紛れ、アロンの畑からジャガイモがごっそりと盗まれたのだ。
翌朝、無残に荒らされた畑を見て、父親のゲイルは激怒した。
「なんてことだ! 犯人を見つけ出して、ひっ捕らえてやる!」
しかし、アロンは意外にも冷静だった。
「父さん、いいよ。犯人探しなんてしなくて」
「な、なんだとアロン! せっかくお前が苦労して育てた作物だぞ!」
「うん。だから、わかるんだ。腹が減ってる辛さは、俺たちが一番よく知ってるだろ? 盗んでまで食べたかったんだよ。それくらい、村のみんなが飢えてるってことさ」
アロンの言葉に、ゲイルは何も言えなくなった。
その日の昼、アロンは行動を起こした。
収穫したばかりのジャガイモとトマトを山のように積んだ荷車を引いて、村の広場へ向かったのだ。もちろん、隣にはセナが「アロンの助手よ!」と威張ってついてきている。
アロンは広場の中心で、村人たちに向かって大声で叫んだ。
「村のみんな、聞いてくれ! 今日は俺が、みんなにご馳走する! 腹いっぱい食べていってくれ!」
突然の宣言に、遠巻きに見ていた村人たちはざわめいた。
アロンは、その場で大きな鍋に火をかけると、トマトスープと、茹でたジャガイモに木の実オイルと塩をかけただけのシンプルな料理を作り始めた。
それでも、その香りは強烈に村人たちの食欲を刺激した。
最初におそるおそる近づいてきたのは、腹を空かせた子供たちだった。
アロンは笑顔で、木の器にスープをなみなみと注いで手渡す。
「熱いから気をつけてな」
スープを一口すすった子供の目が、驚きで見開かれる。
「……おいしい!」
その一言が、引き金になった。
我先にと、村人たちが鍋の周りに殺到する。アロンとセナ、それに駆けつけた両親も加わって、懸命に料理を配った。
誰もが無言で、夢中で食べた。
スープを飲み干し、ジャガイモを頬張り、おかわりを求める。
中には、その場で泣き出す者さえいた。何ヶ月ぶり、いや、何年ぶりかの「満腹」という感覚に、感情が追いつかなかったのだろう。
すべての料理がなくなり、静けさが戻った広場で、一人の老人がアロンの前に進み出た。
村長のダリオスだ。
「アロン君……。すまなかった。昨夜の犯人は、わしの孫じゃ。お前に、なんとお詫びすれば……」
しわくちゃの顔を歪め、深々と頭を下げる村長。
アロンは慌ててその肩を支えた。
「村長さん、顔を上げてください。言ったでしょう、俺は気にしてないって。それより、一つお願いがあるんです」
アロンは、まっすぐに村長の目を見て言った。
「村の共有地を、俺に貸してくれませんか。あの土地なら、今の10倍、いや、100倍のジャガイモとトマトが作れます。そうすれば、村のみんなが毎日、お腹いっぱい食べられるようになる。俺が、必ずそうしてみせます」
力強い宣言。
それは、10歳の少年が口にするにはあまりに壮大な計画だった。
だが、今の村人たちには、アロンの言葉が神の託宣のように聞こえた。
この少年なら、本当にこの貧しい村を救ってくれるかもしれない。
そんな希望の光が、皆の目に宿っていた。
村長のダリオスは、アロンの手を両手で固く握りしめた。
「……もちろんだとも。あの土地は、今日から君のものだ。いや、君だけのものじゃない。我々、村人全員の希望の土地だ。我々も、君に協力させてくれ。君の言う通りに働く。だから、我々を導いてほしい。アロン――先生!」
村長の言葉に、周りの村人たちが次々と同調する。
「そうだ、アロン先生!」
「俺たちに、畑仕事を教えてくれ!」
いつの間にか、アロンは村の救世主「アロン先生」になっていた。
『いや、先生って……。俺、まだ10歳なんだけど』
照れくささと、少しの気恥ずかしさ。
だが、それ以上に、アロンの心は燃えていた。
自分の知識とスキルが、こんなにも多くの人を笑顔にできる。
これほどやりがいのある仕事が、他にあるだろうか。
「わかりました。みんなで、このカペル村を、大陸一の豊かな村にしましょう!」
アロンの言葉に、この日一番の歓声が上がった。
それは、長い間、不作と貧困にあえいできたカペル村が、再生へと向かう産声のようにも聞こえた。
太陽が、希望に満ちた広場を明るく照らしていた。
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